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リリカルなのは二次小説中心。 魂の唄無印話完結。現在A'sの事後処理中。 異邦人A'sまで完結しました。
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────────interlude

「やれやれ。本当ならこう言うのも大幅にフライングだしいけないんだけどね」


「相変わらずクロノ君は頭固いなあ。
 ちゃんと資格はあるんだし、きちんと任務を任せられるかの試用期間って事でいいじゃん」

 ボクが固いんじゃなくて君が柔軟すぎるんだよ……

 内心で愚痴を零しながら目の前で揺れる茶色の癖毛を見る。
 いつも直しているのにどうして頭頂の髪だけが立ってしまうのかが不思議だ。
 今日は別に修羅場とかがあったわけではないので、きちんと朝から通常任務に就いていた筈なのだが。
 彼女の寝癖はボクの中でアースラ七不思議の1つに勝手に数えさせてもらっている。
 ちなみに代表的な不思議は、あれだけ砂糖を摂取している母さんが何故糖尿病にならないのか、だ。

「実際そう提案してなんとか許可が下りてるから文句は言わないけどさ」
「あはは、じゃあ今のは何かにゃー?」
「ちょっとした愚痴だよ。先生に関わってからこっち、管理外世界担当とは思えない頻度で事件に遭遇してるんだからこれ位は許されるだろう、エイミィ」
「確かにちょっと異常な程の頻度だけどね……今のアランさんに伝えていい?」
「やめてくれ! 先生に聞かれたらどうなる事か……」

 あ、やめてください先生。
 特訓は……特訓はもう嫌なんです。
 あの特訓を受ける位ならAAAクラスの次元犯罪者を相手取る方が……!

「……私は受けた事がないから知らないんだけどさ、アランさんの特訓ってそんなにやばいの?」
「バックスである君達が羨ましく思える程度には」
「………………ごめん」

 何故か素直に頭を下げてくるエイミィを見て我に返る。
 今のボクは彼女が思わず謝ってしまう程に酷い顔をしていたらしい。

 ボク、よく小さい頃あの特訓受けても平気で先生についていったな……いや、平気でもなかったか。

 ただ特訓を受ける苦しさより、自分の無力さの方がつらかっただけの話。
 あの頃のボクは少なくともそうだった。
 今同じ特訓を受けたらと思うとぞっとしない。
 尤も、当時は先生も人に教えるのが初めてで手加減があまり上手くなかった事も手伝っているのだろう。
 なのはの受けてきた訓練内容はボクの時よりも随分易しいものだったようだし。
 それに先生はボクに魔導師、もとい管理局員になって欲しくなかった節がある。
 そう言った事情もあり、手厳しかったのかもしれないと今になって思う。

「なんにしても……今のところは順調、だね」
「ああ。先生が4つ目、なのはとユーノが2つ目の結界に取り掛かった。
 それでも──」
「まだ、核の中心には出会っていない、か。
 各結界群の中で違う反応を出している物がないかサーチは続けてるけど……正直、芳しくないね」
「そんな事は最初からわかっていたよ。
 相手は欠片とは言えロストロギア。ボク達の常識が通じる相手じゃない」
「でもこんなペースじゃいつまで経っても終わらないよ?
 2組に分かれて動いてもらってるけど、まだ結界自体は増え続けてるし」

 そんな事は百も承知だ。
 だからボクも逸る気持ちを抑えながら、艦橋であの人が来るのを待っているのだから。

「それでもボク達はできる事を精一杯やるしかないんだ」
「……損な役回りだよね、私達って」
「言うな、エイミィ。そう言う立場を望んだのは、他ならぬボク達なんだから」

 ある意味で諦めの言葉を吐く。
 ボク達の手は短く、いつも1番望む場所に手を届かせる事は困難で。

 だからこそ……人は組織を作る。
 1人でできる事には限界があるから。

 それが、ボクが管理局で働き続ける理由だ。
 きっかけはもっと暗くてどろどろとした感情だったけど、視野が広がると共にそう思うようになっていった。
 先生があまり好んでない事からもわかるように色々と問題の多い組織ではあるけれど、この中で理想を追い続けると決めた。
 それは先生が望んでいた形とはいささか異なるのかもしれないけれど、ボクだけの形だ。
 ボクが見つけた、理想の貫き方だ。

「ごめんなさい、ようやく許可が下りたわ」
「「艦長!」」

 そうして、待ち侘びていた人がようやくブリッジに姿を現す。
 軽く肩で息をしているボクの母親は、珍しくも少しばかり額に汗を浮かばせて。

「まったく、上の連中は頭が固いんだから……現状も知らずに現地民である嘱託魔導師達だけで大丈夫なんてどの口が言うのかしら」
「上の人達のそれは今に始まった事じゃありませんよ」
「そうね。でも前線で戦ってる魔導師を駒としてしか見ない人達にはいい加減うんざり」

 許可が中々下りなかったと言う事は、母さんは先生との約束を守ったのだろう。
 闇の書の名前を出せばすぐに許可が下りたはずなのだから。
 だけど今海鳴の街に現れているのは正体不明のロストロギア。
 捕獲、回収は不可能と判断し、嘱託魔導師とアースラスタッフで協力して破壊。
 それが今回ボク達が描いたシナリオだ。

 ……先生と再会してからアウトローコース一直線だな。

 内心で苦笑する。
 だけど悪い気分じゃない。
 多分、ボク自身今の自分が嫌いではないからだろう。

「尤も、本当なら私もそうしないといけない立場なんでしょうけど」
「艦長……」
「大丈夫よ、クロノ。私は11年前に約束したんだもの」
「約束、ですか?」
「ええ。あの子の力になってやってくれって。
 同じ遺族として支えてやってくれって頼まれて、私は頷いたから」

 少し遠い目をした母さんは、時空管理局の提督としてではなく、ただのリンディ・ハラオウンとしてそこにいた。
 ボクはその約束の事を知らないけど、内容から誰の言葉かなんて、そしてあの子と言う単語が誰を示すかだなんて聞かずともわかる。
 母さんは提督としての立場より、その約束を取った。
 今までの母さんからは考えられない事なのだけれども、これはただそれだけの事なのだろう。

「クロノ・ハラオウン執務官」
「はい」

 次の瞬間には柔らかい表情は消えて。
 凛とした雰囲気の時空管理局次元航行艦隊巡航L級艦アースラ艦長がそこにいた。
 反射的に背筋を伸ばしたボクを見て、艦長はふっと目元を緩めて、

「先行した魔導師と協力し、事態の早期終結を目指しなさい」
「…………了解っ!!」

 敬礼に返ってくる答礼。
 ボク達は目を合わせたまま口元だけを笑みに変える。
 言葉にしなくてもわかる。
 今、ボクと母さんの気持ちは1つだ。
 踵を返し、転送ポートに向かうボクの背中に声がかかった。
 首だけで振り返った視界に、見えるのは母さんとエイミィの姿。

「「気をつけて」」

 そのたった一言に、ボクは握ったデバイスを高く掲げた。
 返す言葉なんて決まってる。

「行ってきます!」

────────interlude out

 苦戦は覚悟していた。
 正直、俺の知る魔導師達が現れるなら、相手は一流どころばかりの筈だったから。
 だからこそ、と言えばいいのか。
 この展開ははっきり言って予想外だった。

「なあ、兄ちゃん。なんで私こないな所におるん?」
「……」
「なんで兄ちゃんはそんな怖い顔しとるん? ……答えてえな、兄ちゃん!!」

 結界の中心に佇み、必死に俺へ呼びかけてくるのは妹分の1人。
 その格好は常のラフな普段着ではなく、黒と白を基調としたバリアジャケット姿。
 ユニゾンしているのか、彼女の肌の色素は薄い。
 いつもとは違う白い髪の毛を揺らしながら、水色の瞳が俺を真っ直ぐに見詰めていた。

 そうだよな……こう言う可能性もあった。
 ただ俺が考えないようにしてただけだ。

≪……キング≫

 戦えますか、と相棒が俺を呼ぶ。
 実際には声に出してなかったけれど、それでも俺を心配している事だけは伝わってきて。
 俺はただ首肯すると、口を開いた。

「お前は今、悪い夢を見ているんだ……はやて」
「悪い、夢……? そうか、夢なんやね、これは。
 道理でまだリハビリ中なんに手足が自由に動いとるわけや。
 それにまだシルフィとのユニゾンは兄ちゃんから許可出とらんもんなあ」
「ああ。あとは言いたい事……わかるな?」
「夢なら目え覚まさんとあかんなあ。……兄ちゃんは私を起しにきたんやね?」
「そうだな…………きちんと、目覚めないと」

 そうして彼女は俺の言葉にふわりと微笑むと、身体を真正面に向ける。
 ゆっくりと広げられていく両腕。
 俺を受け入れるかのように腕を開いたまま、はやては目を閉じて。
 その姿に、知らず手が震えてくる。

「……馬鹿だよ、お前。なんで俺の言葉をそんな簡単に信じるんだ」
「せやね………………私も自分で馬鹿やと思うわ。
 せやけど、なんでやろうなあ……ようわからんけど、兄ちゃんの言葉を疑う気持ちがさっぱりわいてこんのよ」
「目を覚まさせるって言っても、多分痛いんだぞ?
 魔力ダメージでノックアウトするんだから」
「あはは、そら痛そうやわ。私、痛いんはもう嫌やなあ」
「ならどうして──」
「それでも、私より兄ちゃんの方が痛そうな顔しとったから」

 は、と息が詰まる。
 はやては体勢を変える事なく、口元の笑みだけを深めて。
 俺の動揺など微塵も気付いた様子もなく、言葉を続けた。

「せやから……そんな兄ちゃんやから、ちょっとくらい痛くてもええかな」

 やっぱり馬鹿だ、お前……こんな時にまで俺の心配してるなんて、さ。

 無言で構える。
 何も指示を出していないのにドラッケンは勝手にカートリッジをロードして。
 渦巻く魔力は荒れ狂い、すぐに俺の意思に沿って大玉の魔力球を形作った。

「せめて、一発で決めるから……」
「うん、ええよ。私も頑張って最後まで笑顔でおるから」

 圧縮はかけない。
 風も纏わせない。
 俺にしては珍しいただの魔力砲撃。
 術式は当然きちんと組んだ経験がないから、あいつのを真似て。

≪divine buster≫
「………………ショット」

 愚直なまでに真っ直ぐ放たれた蒼い砲撃は、寸分の狂いもなくはやての影を飲み込んだ。
 突き抜ける蒼は暮れかけの空に消えていく。
 後に残るのはボロボロのバリアジャケット姿で、それでも笑みを絶やさない大切な妹分の姿。
 薄れ始めた、その姿。

「……ごめんな」

 零れ落ちたのは多分俺の弱さ。
 決して護るべき者や敵対した者には吐べきではないと定めていた言葉。
 突き通すのはきっと俺のエゴだからと、貫こうと思っていた信念から漏れ出た弱音。
 その小さな声が届いたのかはやては目を見開くと、それでも笑った。
 全てを、包み込むような笑顔で。
 まるで、慈しむかのように。

「初めて聞けたわ、兄ちゃんの弱音」
「……カッコ悪いとこ見せたな」
「ううん、ええよ。むしろ嬉しい」

 予想外の言葉に俺は彼女を凝視する。
 対するはやてはもう足が完全に消え去って。

「最近ずっと張り詰めた感じやったから」
「そうか? 意識はしてなかったが……」
「つらい時はつらいって言ってええんよ。
 私等は確かに兄ちゃんより頼りないかもしれんけど、それでも話を聞く事はできる」
「はやて……」
「支えたいって、思っとるんやから。私も、なのはちゃん達も。
 忘れたらあかんで、兄ちゃん。兄ちゃんは1人やない」

 1人じゃない、か……

 知ってるつもりになっていただけなのだろうか。
 逆に心配をかけていたのだろうか。
 疑問が脳内を巡る。
 棒立ちになった俺に、そっとはやては前方へ手を伸ばし、微笑んで。

「自分を責めたらあかんよ。
 そないな顔しとったら、私等でなくても心配になってまう」

 自らの頬を、触る。
 そこにあるのはいつもの仏頂面で。
 だけど両眉だけがわかりやすく下がっていて。

「魔法使いさんは不敵に笑わなあかんのよ。
 きっとこんな事言うんは今の兄ちゃんには酷なんやろね。
 せやけど私はそんな兄ちゃんが好きやから……もう目が覚める、消えてまう私やから、無責任に応援してくわ」

 俺の方に伸ばされていた両腕を引き寄せて。
 もう殆ど消えてしまっている身体全体ではやてはガッツポーズをした。

「頑張れ!」

 全てが、無に還る。
 はやての影も、結界も、全て。
 だけど最後の応援だけは、俺の耳に残って消えなかった。
 違う、俺の胸に残ってるんだ。
 どれ程そうしていた事だろうか。
 俺は相棒の声で我に返った。

≪キング≫
「………………あいつ、やっぱり馬鹿だ。最後の最後まで俺の心配して行きやがった」
≪強い方ですね、彼女は≫
「ああ……だからこそ、心配なんだ」

 なのはは、相手に理解されなくても意思を貫く強さを持っている。
 ともすれば大きなお世話になってしまうお節介も、自分が決めたならそれを貫くだろう。
 はっきり言ってしまえば空気が上手く読めない部分がある。
 だから結局は誰が何を言ってもゴーイングマイウェイで進んでいく筈だ。
 対するはやての強さは少し違う。
 はやての強さは、全てを受け入れる強さだ。
 それは恐らくはやての生い立ちによるものなのだろう。
 だけどその強さが、否、はやてだけではない。
 2人の強さが、時折俺を不安にさせる。
 貫き通せない時、受け入れられないものが出てきた時、折れてしまうのではないかと。

≪なんにせよ……立つ瀬ありませんね、兄分としては≫
「立つ場所がないなら座る場所を探すさ。それ位しないと顔向けできん」

 具体的には今まで倒してきた家族の影達に。

「これで……4つ。先は長いな」
≪ええ。それでも貴方は歩みを止めない、そうでしょう?≫
「愚問だ、ドラッケン」
≪それでこそです≫

 キレの悪い軽口を交わしながら、俺は移動を開始した。
 胸の中に残る温かさと、確かな痛みを黙殺して。

────────interlude

 こ、これは所謂ピンチと言うやつなのではないかとなのはは思うのです。

 対峙するあの子は色違いのベオウルフを納刀し再び構える。
 そうして、口を開いた。

「どうしたのですか……? もう、猪のように飛び込んでこないのですか?」
「ぐ……痛いところ突くね──」




 時間は僅かに遡る。
 結界に入った瞬間、飛んできたのは濃い青色の砲撃。
 一瞬次の相手はクロノ君の影かと思ったけど、クロノ君にしては攻撃が馬鹿正直すぎる。
 それに、彼の魔力光はどちらかと言えば空色っぽいから、今の砲撃はどちらかと言えば私の知る限りお兄ちゃんの魔力光に近い。
 馬鹿みたいに真っ正直に襲い来る砲撃をかわしながら中心に向かうと、そこにいたのは私と同じくらいの年頃の小さな女の子だった。

「貴方達も……私から奪うのですか?」

 向けられた杖は私とよく似て……ううん、違う。この子が私とよく似てるんだ。

 私とよく似たバリアジャケット。
 だけどベースの色は黒くて、私が青のポイントにしている所の色は赤へ。
 2つ叉の槍はきっとバスターフォーム。
 槍の穂先は赤くて、コアは青色。
 私と同じ栗色の髪はセミショートで、瞳が青い。

「なのは、あの子……」
「うん。きっと私だね」

 馬鹿正直と何度も言った身としては複雑だけど。
 そう、多分彼女は私の影。
 だってあの子の顔、私が毎朝洗面所で見るのとそっくりだもの。
 だけど立ち昇る魔力は今の私とは比べ物にならない。
 リミッターをかけ直した私とは違って、あの子にはリミッターがついていないから。

 あはは、失敗したかも……さっきのヴィータちゃんで結構魔力使っちゃったし。

 おまけに左肩も治療はしてもらったけど全快ではない。
 確信が、ある。
 私が全リミッターを外しても、多分あの子の魔力量には負ける。
 そもそもラストリミットの解除にはお兄ちゃんの承認が必要だから、全力全快を今この場で出す事は不可能なんだけど。
 それでも、

「諦めるなんて……ありえないよ。私は魔法使いさんの妹なんだから」

 へらへら笑いながら飄々と、不敵なままで悪役を通さないといけない。
 だって私はそう言う人の妹で、あの背中を追いかけるだけでなく、追いつくのでもなく、隣に立ちたいと思ったんだもの。
 向こうがバスターならこっちはナックルで。
 ユーノ君とのコンビネーションは少し取りにくくなるけど、バスター同士では多分負けてしまう。

 魔力資質の高さは絶対的強さを意味しない、か……
 悔しいけど今の私じゃまだその領域に辿りつけてないね。

 両手にかかるベオウルフの重みを改めて感じながら、私は口を開いた。

「私は別に貴女から何かを奪おうと思って来たわけじゃないの。
 ね、止まって……くれないかな?」
「そうやって私は全てを奪われてきました……それが、悲しいのです」

 あの子は言葉通りに酷く悲しげな瞳のまま声を発した。
 その響きに深い所で動揺してしまう私は、やっぱり悪役としても未熟者なのだろう。

「悔しくて、泣きたいけど泣けないのです。
 だけど胸の奥から、声がするのです。……心が、滾るのです。
 奪われたものを取り返す為、目の前の敵を打ち砕き、喰らえ、と。
 そうすれば私の夢見た時間が戻るのだと」
「…………貴女の夢見た時間?」
「私はただ……平和に暮らしていたかった」

 たった一言が、胸をえぐる。
 それはきっと、私が心のどこかで思っていた事。
 ただ平穏に、お兄ちゃんやアリサちゃん達と笑って、少しずつ大きくなって、大人になっていく当たり前の未来。
 私が、かつて魔法を知りもしなかった頃に思い描き望んでいた、未来。

「皆と笑い会って、少しずつ大人になっていく。そんな平凡な未来を、奪われた。
 たった1つ……この力を知ったが故に」
「……貴女は、戻りたいの?」
「叶うのであれば、今すぐにでも」
「………………そう」

 一瞬だけ、上空を仰ぐ。
 今の短い会話だけでわかってしまった。
 この子は私のありえたかもしれない未来で、そして、

「なら貴女と私はまったくの別人だね。
 ……だって私、戻りたいなんて思った事、ないもの」

 心配そうに私を見るユーノ君に笑いかける。

 そうだ、私は何も知らなかった頃に戻りたいとか、1度も思った事がない。
 だって、

「ユーノ君との出会いも、フェイトちゃんとの喧嘩も、全部全部大切なの。
 きっかけは確かに偶然で……もしかしたら必然だったのかもしれない。
 だけど、私は私の意思で、選んで……今、結果としてここに立っている。
 私が通ってきた道のり全てが、今の私を形作ってる」

 そして何より、その願いはお兄ちゃんとの出会いを否定する事になる。
 私は、知っている。
 お兄ちゃんがずっとずっと昔から、私に魔法の存在を本当に教えてよかったのかと迷い続けてきた事を。
 だからこそこの力に感謝する。
 確かに苦しい事もつらい事も、沢山あった。
 その中にはきっと平凡に暮らしていれば味わう事のなかった強烈なまでの負の感情も。
 でもその中に、確かな輝きがあった。
 嬉しい事も楽しい事も、全部が今の私に詰まっている。
 それを否定したら、私が私ではなくなってしまう。
 それを否定したら、私はあの人を1人にしてしまう。

「…………私は今……幸せなの」

 だから私は胸を張って、こう言うんだ。
 今までの全てを、後悔で染めてしまわないように。

 あの子は私の言葉を聞いて、しばし逡巡するように佇み、それから口を開いた。

「……それでも私は……あの頃に戻りたい」
「…………うん。きっとそう言うんじゃないかって、思ってた」
「何故ですか?」
「貴女は……私だから」

 語り合う時間は終わりだ。
 私が構えると、彼女も私をしっかり見据えたまま構えた。
 鏡写しのような私達は、対称的な心のままお互いの得物に思いを託して。

【ユーノ君】
【……僕は別の結界を当たるよ。この戦いは、なのはの戦いだ】
【ごめんね……ありがとう】

 蚊帳の外に置いてしまう申し訳なさと、私の意思を汲んでくれた事への感謝を、その言葉に全て篭めて。
 結界の外に去っていくユーノ君を横目に、私は声を張り上げた。

「さあ、始めよう! 私と貴女の真剣勝負!!」
「ならば私は私の望む未来の為に、私の全力で、この身に宿る忌まわしき力を用い貴女を屠りましょう」
≪divine buster≫

 開始の合図はあの子の砲撃。
 真っ直ぐに突き抜けていくそれを左にかわしながら私は前へ。
 右手に宿るのは桜色の光。

「ナックル!」
≪shooter≫


 愚直に突き進んだそれをあの子は受け止めずに避ける。
 距離を詰めながら思考制御で光球をターン。
 後ろから迫る魔弾にあの子は一瞬だけプロテクションを展開。
 そして私の行く手をさえぎるようにショートバスターを連発してくる。
 私は飛行魔法を解除する事で自由落下。
 すぐに再度飛行魔法を展開しながら、左手からナックルバスターを飛ばす。
 瞬きの間どう対処するのかを迷ったあの子に向かって右手をアッパーのように突き上げる。
 あの子はスウェーでそれを避けて、私は肘を打ち下ろした。

「くっ!?」

 右肘に鈍い感触。
 打ち下ろしは毒々しい色になっているベオウルフに防がれた。
 私の右手が痺れている間に、あの子は右手を支点にくるりと杖を回して、

 って!?

≪zero buster≫

 まずい、と思った時にはもう遅かった。
 咄嗟に身をよじるけど、ずきりと痛む左肩に動きが鈍る。
 青い奔流は私の右肩を貫いて。
 慌てて後退したのと同時、追い討ちをかけるように幾条もの光が私を襲う。

「ベオウルフ!」
≪round shield≫

 支える左肩が、痛みで熱を持つ。
 全快には程遠い。
 さらには砲撃を喰らった右肩さえもだるかった。

 ガードはできたけど……失敗したなあ。
 相手はバスターフォームなんだから、距離を開けたらいけないのに。

 頭ではわかっていても、身体が本能的に反応してしまう。
 これが戦闘経験に基づくものならまだいいのだけど、私の場合はただ恐怖に負けただけだ。
 私の周りでは砲撃をメインに置くのが私しかいないから、戦闘経験が足りてないのは仕方のない事なのだけれども。
 それでもこの不利な条件の中、左肩が痛むのはかなりつらい。
 再び距離を詰め始める私を前に、あの子は杖を上空へ掲げた。

≪device form≫

 現れたのはベオウルフとは違う、真っ黒な鞘に納まった日本刀。
 全ての基本、ベオウルフの汎用形態。
 あの子は本体を鞘に納めたまま、腰溜めに構えて。
 ぞくりと奔った悪寒に、移動魔法へ急制動をかける。
 瞬き、目の前をきらめくのは黒い輝き。
 振るわれた刃は美しい軌跡を描いて私の前髪を1房斬り落とした。
 そのまま距離が開く。
 でもそんな事より何より、私は目の前の光景に釘付けになっていた。

「嘘…………居合い?」

 私には辿りつけなかった境地。
 見間違えるはずがない。
 あれは、お兄ちゃんの使う居合いだ。
 私にはそれを扱う適性が低いって、半ば諦めかけていた、それ。

 まずい、まずい、まずい。

 脳内で大音量の警鐘が鳴る。
 今のところ、私の単独戦闘能力が最も高いのは現在使っているナックルフォームだ。
 確かにこの形態でも砲撃などは使えるけど、基本は近接格闘。
 それはつまり、あの居合いの間合いに飛び込まなければならない事を意味する。
 右手のだるさはようやく取れてきたけど、それでも間違いなく、不利。

 こ、これは所謂ピンチと言うやつなのではないかとなのはは思うのです。

 対峙するあの子は色違いのベオウルフを納刀し再び腰溜めに構える。
 そうして、口を開いた。

「どうしたのですか……? もう、猪のように飛び込んでこないのですか?」
「ぐ……痛いところ突くね。と言うか、居合い……使えるんだ」
「? これは異な事を。私に扱えると言う事は、貴女も使えるのでしょう?」

 残念ながら、それはない。
 だって私、才能ないからって居合いはろくに練習してこなかったもの。
 本当にこの子は私のありえたかもしれない可能性なのかな?

「これはお兄様が私に託した力の一端。
 忌まわしき力ではありますが……あのきらめきを、私は追い続けました」

 だからこそ、今の力があると、彼女は言った。

 託した、か……もしかすると……ううん、きっと、そうだね。

 恐らくではあるが、あの子の中ではお兄ちゃんがもういない。
 多分何かの拍子でお兄ちゃんが亡くなって……嗚呼、それならわかるよ。
 そんな状況なら私は必死になってアレを習得しただろう。
 少しでもあの人がいた証拠を、この世界に残したくて。
 ……これはひとまず置いておこう。
 今私が考えないといけないのは、あの子に勝つ方法。
 今の私があの子に勝つには、どんなに怖くてもあの居合いの間合いに飛び込んで、更に内側に踏み込まないといけない。
 例え勝ちを掴める可能性が、どんなに低かったとしても、だ。
 左肩は、ずきずきと痛い。
 だけどまだ、耐えられる。
 私が負けるって事は、私の今までを否定する事になるから。

「行くよっ!」
「また、それですか……1つ覚えの突撃…………全て、粉砕します」

 牽制に3つ程のシューターをあの子に向かわせながら、私は吶喊する。
 足りない、何もかもが。
 今の私には足りない。
 速度が、錬度が、経験が。
 だけどこの力に賭けてきた想いだけは、負けちゃいけないと思った。
 あの子の姿が、迫る。

「我流不破抜刀術奥義────神閃」

 だからそれはきっと、偶然の中の必然。
 抜きさられる刀、更に速度を上げる私に、僅かにあの子の剣筋が鈍って。
 ぎりぎりの所で左脇を熱い感触が通り抜ける。
 それでも私は生きていて。
 だから必死になってたった1つ、左拳を突き出した。

「ナックル──!?」
≪buster≫

 だけど起死回生の筈の一手は、黒い何かに阻まれた。

 鞘っ!?

 私の左拳に鈍い感触。
 同時に肩がごきりと鳴った。
 技後硬直から素早く立ち直ったあの子は、そのまま得物を上空に跳ね上げる。

「────終わりです」

 間に合わない、そう悟った。
 どんな防御も、回避も、その全てが。
 あれが振り下ろされれば私はここで戦闘不能になる。
 それならまだしも、命すら怪しい。
 結果、私とあの子のぶつかり合いは終わって、私の今までが否定される。

 ………………無理だ。

 心の奥で、囁く声があった。
 それは、諦めの言葉ではなく、悔しさから出た言葉。

 それでも私は、高町なのはを、魔法使いの妹を辞められない。

 それは、たった1つ、私を私たらしめる言葉。
 意識を奮い起こしても、身体はちっとも動いてくれない。
 だけど、私はただただ睨み付けた。
 私を否定する、その刃を。

 遅い?

 コマ送りになる視界。
 視覚情報は必要な部分以外をカット。
 モノクロの世界の中で、あの子の手がゆっくりと下ろされてくるのが見える。
 数瞬後に、あの刀で私は否定されるだろう。

 だけどそれでもっ!

「私は……負けられないのっ!!」
「サンダーフォールッ!!」
≪thunder fall≫

 その声は何故か、私の耳にはっきりと届いた。
 世界に色が戻って、上空から降り注いだのは金色の光。
 それは私の目の前にいたあの子に直撃。
 と言うか、あの、私の左手もちょっと痺れている。
 ヴィータちゃんから受けた傷も合間って痛みが増した気がする。
 弾かれたように後方へ吹き飛ぶ私の身体。
 上空を仰ぐまでもなく、誰が乱入してきたのかを理解した。

「なのはっ!」
「なのはっ、無事かいっ!?」
「フェイト、ちゃん。……アルフさん」

 飛行魔法を展開して、私の元にやってきたのはフェイトちゃんとアルフさん。
 あまりの事に一瞬唖然としてしまった。

「……あの、大丈夫?」
「えっと……」

 ありがたいんだけど、凄く助かったんだけど、本当にこれでよかったのかな?

 だってまさかこの戦いに他の誰かが入ってくる事なんて想定していなかったの。
 それは多分、向こうで呆然としているあの子も同じ。
 私の態度に何か勘違いしたのか、フェイトちゃんが慌て始めた。

「あの……ごめん、痛かった!? 私、なのはがやられそうで、かっとなって……」

 そのフェイトちゃんの更に向こうでは、まさか余計な事だったとか言うんじゃないよね? とアルフさんが牙をむいている。
 人間形態なのにどこか狼を髣髴とさせるその姿はどこか不思議で似合っている。
 と言うか、似合いすぎてて怖い。

「あ、ううん。きっとあのままじゃ私やられちゃってただろうから、助かったんだけど……」

 戸惑い気味にあの子を見る。
 あの子は私の視線を受けて、初めてその顔を笑みの形に変えた。
 と言っても微苦笑だったけど。

「なる程……これが貴女と私の差ですか。
 残念ながら私には、ピンチに駆けつけてくれるような友はいなかった」
「えっと……」
「私の、負けのようです。…………嗚呼、私はこのまま消えるのですね」

 そう呟くあの子の身体は確かに徐々に薄れてきていた。
 きっとあのヴィータちゃんと同じ。
 結界の核としての役目を、終えたんだ。
 だけど私はあの子の台詞に静かに首を振った。

「ううん、違うよ。負けたのは私で、勝ったのは私達。
 ……これはきっと、そう言う事なんだ」

 今の私1人じゃ、あの子を止める事なんて叶わなかった。
 だから、

「私、もっと強くなるよ。貴女の分まで、もっとずっと。
 それで……どんな後悔も悲しみも吹き飛ばせるように、諦めないで自分の力を磨いてく」
「そう……ですか。ならば私は次にまみえる時までに、決して砕け得ぬ力をこの手にして、貴女達と戦えるようになっておきましょう」
「待ってる、とは言えないし言わないけど…………でも!」

 殆ど消えかけのあの子に聞こえるよう、私は声を張り上げる。

「ありがとう! 私……貴女の事、絶対忘れないからっ!!」

 私の言葉にあの子は、くすりと笑った。
 なんの気負いもない、素敵な笑顔だと思った。

「……変な方ですね、貴女は。
 しかし私はこう言いましょう……ありがとう、と。では、さらばです」

 そうやって余韻も残さずに、あの子は消えた。
 私よりもずっと強い可能性を持ったあの子は。
 だけど、思う事がある。
 あの子は孤独によってあれだけの力を手に入れた。
 きっと私も同じになれば同じだけの力を手に入れられる、そう言う可能性を見せてくれた。
 それでも、

「……もしかして私、空気読めてなかった?」
「ううん、凄く助かったよ。
 ……来てくれてありがとう、フェイトちゃん、アルフさん」




 私の側には、大切な友達がいる。
 だから皆と一緒に少しずつ強くなっていこうと思うんだ。

────────interlude out

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無題
なんだ、ただの神か。

毎回拝見していますが、内海さんの文才は天限突破なさっていますよ。
さまざまな二次を読んできましたが、一人称視点ではあなたはプロクラスだと思います。
キャラクターに感情移入できますからね。
パーフェクトに。

次回の更新を気長にお待ちしていますので、体調にご注意しながら頑張ってください。

P.S
コメントは拍手時のほうがいいでしょうか?
GIN 2011/02/07(Mon)17:21:19 編集
>GINさん
いえいえ、毎度他の方の小説を読む度自分の文章力の低さを嘆く日々ですよ、ええ。
もちろん、そう言ってくださるGINさんには涙を流しながら頭を下げたい気分でありますが。

リアル生活がちろっと急がしめなので更新は以前にましてゆっくりになってしまっています。
そんな中コメントをいただくと舞い上がるレベルで意欲がわいてくる気がしますね。
いつもお付き合いありがとうございます。

ちなみにコメントはどちらでも構わないのですが、拍手の方だと中々お返しできないと言う弊害が生じます。
ちょこちょこ書いてはいるんですが、長らく返せていないものでして。
コメント欄の方が早めにお返しできますので、GINさんの書きやすい方を使っていただければ幸いです。
内海トーヤ 2011/02/07(Mon)19:12:33 編集
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