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父さんが仕事中に怪我をして入院したのだ。
「っ、父さんっ」
開け放った扉の向こう、白い部屋の中で、包帯だらけの父さんが眠っていた。
「あ……アラン」
ベッドサイドに座っていた美由希が俺に気付くと立ち上がる。
その顔は憔悴しきっていた。
いかん。
俺がこんなんじゃ駄目だ。
一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「容態は?」
「今かーさんと恭ちゃんが説明を受けてる。けど……意識不明の重体だって」
「くそっ」
その手の知識が少ない俺でもわかる。
この深手では、少なくとも回復したとしても以前のように刀は振れないだろう。
「アラン」
「美由希?」
声を掛けられて顔を上げる。
不安げに瞳を揺らす年相応の女の子がいた。
「あの、さ。アランの魔法で治せたりしないかな、とーさん」
その言葉で反射的に目を逸らす。
「ごめん……治癒魔法、使えないんだ」
俺の魔法は全体として戦闘用魔法に偏っている。
治癒魔法はどんなに頑張っても習得できなかった。
こうなると俺にできるのは、魔力で細胞を活性化させる位だが、体力のない人間にかければ最悪死につながる。
今の父さんにかけるのは危険すぎた。
歯を食いしばる。
力があっても俺には何も護れやしない。
そう思うと悔しくてしかたなかった。
「ごめん」
もう1度呟くように謝罪する。
果たしてそれは誰に向けた言葉だったのか。
俺には判断がつかなかった。
「あ、いや。アランが悪いわけじゃないんだから、そんなに落ち込まないの。
とーさん強いんだから、すぐに元気になるって」
「美由希…………」
失敗した、瞬時にそう悟る。
見てられなかった。
無力な俺も、その俺を元気付けようと空元気を振りまく美由希も。
そう思ったときには体が動いていた。
「え…………」
座っている美由希と、立っている俺。
抱き寄せた彼女の頭は、俺の小さな体にすっぽり包まれた。
「我慢は……しなくていい。
感情を殺すな。
そんな事してたら、いつか壊れちまう。
俺は何も見てないし、聞いてない……な?」
暫くそのままでいると、体から震えが伝わり、胸の辺りが冷たくなってくる。
美由希の背をぽんぽんと叩きながら、この優しい子が潰れてしまわぬよう願う。
彼女の声に気付かないふりをして、俺も少しだけ泣いた。
「ん……」
「大丈夫か?」
「うん、ありがと」
10分程してから落ち着いたのか、美由希が俺から離れる。
目が合うと、照れくさそうに笑った。
「どうした?」
「いやね、やっぱり年上なんだなあと思って」
「チビで悪かったな」
憮然として顔で返すと、あははと美由希が笑う。
目元は多少赤いが、さっきよりは随分ましな笑顔だった。
少しは役に立てただろうかと自問する。
「アラン」
「ん?」
「そうやって溜め込むのはアランの悪い癖だよ。
少なくとも私は今ここにアランがいてくれてよかったと思ってる。
だから、ありがとう」
驚いた。
彼女等と暮らし始めてからまだそんなに経ってない。
でも美由希は俺の考えを見透かしたかのように礼を言ったのだ。
「わかるよ、家族だもの」
「む。そんなに顔に出てるか?」
「あはは」
濡れた胸元が気にならない位、胸の辺りが温かく感じる。
「そうか、家族、か」
「そ、家族だから、だよ」
目を合わせて、笑った。
殉職した親父からの遺言だと、元上司の局員から届けられた一言を思い出す。
『どうか幸せに』
ああ親父。
きっと俺は今、幸せなんだと思うよ。
カチャリとドアが開いて、母さんと恭也が入ってくる。
母さんは少しだけ明るくなった美由希の顔を見て、安心したように息を吐いた。
「どうだって?」
「今のところ目を覚ますかどうかは5分5分らしいわ。
士郎さんの体力なら今夜の峠は越えられると思うけど……」
「アランの魔法ではどうなんだ?」
「ごめん、さっきもその話をちょっとしたんだけど、治癒魔法使えないんだ。
魔力を送り込んで自己治癒力を高める方法もあるんだけど、今の体力だと逆効果だと思う」
「そうか」
聞かれる事は予測できていたので、今回はよどみなく答えられた。
恭也もさして期待していなかったようで、この話題をすぐに切り上げる。
「今晩は1人付き添いについてもいいらしいから、私はここに残るわ。
3人とも家の事お願いしても大丈夫?」
母さんの言葉に全員が頷く。
その様子に彼女は少しだけ目を細めて笑った。
「これからの事は明日また話し合いましょ。
明日もちょっと難しい話になると思うから、申し訳ないけどまたなのはを預かってもらってちょうだい」
末妹のなのはは今は近所の人に預かってもらっている。
病院に長時間いるのは幼いなのはにとっても苦痛だろうという配慮からだ。
「それじゃあまた明日。
そうね、10時頃にここに集まって」
その言葉で今日のところは解散となった。
紅に染まる夕暮れの中を、3人並んで帰る。
「あ、夕飯作らなきゃな」
「じゃあ、私作るよ」
「「それはやめろ」」
デスコック美由希。
10歳にして、純粋な味のみで人が殺せる殺人コックである。
結局身長が足りないので、恭也に手伝ってもらって俺が作る事になった。
結論から言って父さんは無事峠を越えた。
まだ目も覚めてないし、怪我も治ってないから当分入院は続くが、危険な状態は脱したので、そのうち目を覚ますとのこと。
目を覚ましてからなら大分体力が戻っているはずなので、魔力による回復促進も行えると話したら、母さんはとても喜んだ。
「それでね、美由希は士郎さんの付き添い、恭也とアランは店の手伝いをして欲しいのよ」
今話しているのは明日からの生活について。
料理のできない美由希を付き添いにするのはシフトとしては正しいんだけど……
「なのははどうする?」
「なのはは……預かってもらうか、家でお留守番してもらうしかないわね」
確かにこれが順当なところだが……少し気になる事が。
喫茶翠屋に手伝いに行った場合、このなりでできる事を考えてみる。
いきなり黙り込んだ俺を見て、母さんが訝しげな顔をした。
「アラン? どうかしたの?」
「ちょっと気になる事があるんだ。
解決したら店の手伝いにも回るから、最初は恭也と2人でやってくれないか」
「気になる事?」
「うん……なのはが、ね」
そう、なのはだ。
昨日の朝までは普通だったのが、迎えに行ってから妙な違和感がある。
「なんか昨日迎えに行ってから妙におとなしいんだ。
今日だって預けるとき全然ぐずらなかったし。
それ以外にもなんて言ったらいいか……こう、違和感があるんだ。
具体的にはわかんないんだけど、魚の骨が喉に刺さったみたいな……」
「……そう。
じゃあアランは暫くなのはの事を頼めるかしら。
もし大丈夫そうならお店のほうに顔を出してちょうだい。
ただ、無理はしないでね」
「わかった」
美由希は病院へ、母さんと恭也は店へ。
俺となのはは家に残り、主に母さんがやり損ねた家事を片付ける日々。
それぞれにやるべき事をするようになってから1週間が経った。
いつも通りに朝食の食器を洗いながらなのはの様子を見る。
なのははおとなしくリビングで遊んでいた。
そう、おとなしく、だ。
この瞬間、俺は今まで感じていた違和感に気付いた。
「なのは」
なのはは呼ばれると俺のほうを向いて笑った。
違和感の正体はこれだったのだ。
なのはは決して笑ってなどいなかった。
シンクの水を止め、手を拭く。
エプロンを外してソファーに座った。
「なのは、おいで」
「アーにぃ?」
とことこと寄ってきたなのはを抱き上げると膝に乗せる。
こつん、と額を合わせると、なのははきょとんとした顔で真っ直ぐ俺を見つめていた。
「なのは、兄ちゃんに何かして欲しい事はないか?」
「んー」
ちょっと考え込んでから首を振る。
その様子は非常にかわいらしいんだが、子供らしくなかった。
母さん達は俺の異常性により忘れているが、なのははまだ2歳になる前の子供だ。
いくらなんでもこれは明らかにおかしい。
「そっか、兄ちゃんな、今日は疲れちゃったからお昼寝しようと思うんだ。
なのはも一緒に寝るか?」
「アーにぃ、いっしょ?」
「ああ、一緒だ」
今日はなのはの近くにいよう、そんな簡単な思い付きだった。
が、俺の言葉に曇りない満面の笑みを見せたなのはを見て、ようやく理解する。
この賢すぎる妹は、周りに迷惑をかけまいとさびしさを押し殺していたのだと。
そんな単純な事にも気付かなかった馬鹿な自分を殴り飛ばしたくなる。
「なのは」
「なあに、アーにぃ」
「さびしかったら、言っていいんだ。
独りが嫌なら、言っていいんだ。
わがまま言ってもいいんだ。
俺達は家族なんだから」
再びなのははきょとんとすると、首を振った。
「なのは、いい子にしてるよ?」
ガツンと殴られた気分になる。
これだ。
多分これがなのはを追い詰めた原因。
確かになのははとてもいい子だ。
けどそれは、自分を押し殺してまでなるべきものじゃない。
「なのは」
なのはを正面から見る。
優しい顔をしようとして、失敗。
なのはの目に映る俺は、泣きそうな顔をしていた。
「なのはがさびしいと、俺もさびしい。
なのはが悲しいと、俺も悲しい。
なのはがさびしいなら、俺が傍にいてやる。
なのはが悲しいなら、俺が楽しくしてやる。」
「アーにぃ?」
「だからさ、我慢だけはしないでくれ。
なのはのわがまま、俺は嬉しい。
……なぁなのは、お話しようか。
言葉にしなきゃ伝わらない事も、たくさん、あるんだ」
俺がゆっくりと話すにつれて、なのはは俯き、ぎゅっと俺のシャツを掴んだ。
ふと、エプロンを外しといてよかったとどうでもいい事が頭をよぎる。
そうこうしている内に、なのははぽつりぽつりと喋り始め、俺は静かに相槌を打つ。
家に俺がいても、俺は家事をしているから独りぼっちだった事。
忙そうだから手伝いたいけど、皆に断られてしまい役に立てないのが悲しかった事。
独りぼっちは嫌だけど、皆の傍にいるのも邪魔になる。
そうした思いに挟まれて、苦しかった事。
話す順番も滅茶苦茶で支離滅裂な所もあったけれど、一通り全部思いを吐き出すとなのはは声を上げて泣いた。
よく考えると結構な時間一緒にいるのに、俺はなのはが我侭を言って泣いている所を一度も見た事がなかった事に気付く。
泣きつかれて眠るなのはを見て俺は微笑んだ。
ようやく、この賢く、周りに気を遣いすぎる少女と、家族になれた気がする。
ちなみに、寝ている間もなのはは俺のシャツを手放す事はなく、動けない俺は皆が帰ってくるまでそのままの体勢でいるしかなかった。
それを見たシスコンが徐々に酷くなって行く某少年に俺が散々追い掛け回されたのは、割と理不尽な話だと思う。