[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
身体を半身に、足は広げすぎず、下げた右足に軽くためを作るよう曲げて。
腰を落とし左掌を僅かに前へ。
構えは基礎的で、かつ、この世界では俺しか知る筈のない体勢。
だけどもあいつは俺と全く同じ体勢を取った。
この事実から導き出される回答はたった1つ。
そんなものは、この結界に入ってあいつを見たときからわかりきっていた事だ。
原因も多分、俺は知っている。
そもそも今回の件は、海鳴市に飛び散った闇の残滓が再度寄り集まり凝縮された事により発生した事件だ。
そして、俺は1度きりとは言え闇を切り離す際夜天の中へと侵入を果たしている。
あの時リインフォースは俺の中に残るばあちゃんの存在を把握していた。
ならば、闇自体が俺の記憶を記録していたとしてもおかしくはない。
尤も、
最後の最後に出てくるのが“俺”とは予想外だったがな。
皮肉が利いてるじゃねえか……
闇の核はリインフォースの影なのだと思い込んでいた。
ここで彼女が来なかったと言う事は、恐らく俺以外の誰かが撃破したのだろう。
何故、“俺”だったのかと言う疑問は尽きる事がない。
能力的に見ればこれまでの影の中でも最弱。
それでも仮説を重ねるのであれば──
「「破っ!!」」
踏み込みと同時に突き出されるのは右の掌打。
同じく突き出されていた掌底とぶつかり合い、ばちいっと乾いた音を立てる。
右足、踏み込む。
右肩で胴を突き上げようと思ったのだが、向こうも同じ事を考えたのか断念。
肩がぶつかり合う前に回転。
左の回し蹴り。
俺の目に相手から振りかぶられる回し蹴りが映りこんで。
絡み合う足と足。
判断は一瞬だった。
軸にしていた右足が宙を蹴る。
ハイキックと言うよりも胴回しに近い体制で右足を振り上げて、
「「くっ」」
これも、相殺。
打ち合わせをしていたわけでもないのにまるで型稽古をしているかのように、俺達の動きは瓜二つだった。
否、同じではない。
あいつは最初いた位置から全く動いていないのに対し、俺の身体だけ衝撃で2m程後退していた。
リーチと体格による差が出ているのだろう。
成長しきっているあいつよりも、12歳の俺の身体は小さい。
体重差による威力の違いはいかんともしがたかった。
案外骨かもしれねえな、これは……
実際、目の前の男を打倒するのは簡単な話だった。
特別な力を何も持たない筈の“俺”。
砲撃までいかずとも、射撃魔法の1つや2つで撃ち抜けばすぐに墜とせるに違いない。
本来であれば、だが。
そして、
────これこそが、“俺”が選ばれた理由に他ならないだろう。
魔法が上手く発動できない。
にも関わらず空中に立っていられる程の質量を足元から感じる。
この結界が特別製なのは入った瞬間からわかっていた事だ。
どうやらユーノ達は宙に立てる事に気付いていないようだが、極端に魔法の発動が難しくなっている。
キャンセルされていると言うよりは、発動を阻害されていると言った方が正しいだろうか。
原因は恐らく、結界内に散らばった目に見える程の光の粒子達。
回りくどい言い方はやめようか。
俺は、この光の正体を知っている。
「霊力……それも、俺とは比べ物にならんほどの」
≪キング?≫
「いや、なんでもない」
仮説をここで述べてしまうのであれば、中核に“俺”が利用されたのは闇が記録していた中で最も異物だったからか。
侵入した際僅かに残ってしまった可能性のある俺の霊力。
それと記録を紡ぎ合わせ、力を持つ影を作り出す。
“俺”でなくてはならなかったのは、霊力と最も相性がいいのが“俺”だったから。
そもそも希少な力だ、該当者がそうぽんぽんいるとは思えない。
そして、それ以外でこいつが選ばれる要素が見当たらない。
溢れ出す光の粒は、すべて“俺”の身体から放出されていっている。
向こうは気付いていないようだが、足元から、確実に。
つまり溢れ出したこれは、全てあいつの力なのだろう。
血中に僅かしか力を持たない俺と、無意識だが力を垂れ流しにできる量保持している“俺”。
そして無意識にだが、霊力が魔力の結合を阻害するように働いているようだ。
結界に入ってから全く回復する兆しの見えない、俺の魔力量からもその事が窺える。
この辺りは闇があいつの力を利用した、と言ったところか。
────つまり、この空間において典型的魔導師はあいつの敵足り得ない。
少なくとも霊力について研究した事のある俺は知っている。
手間や発動の難易度がネックではあるが、効果に限れば魔法も目じゃない程の可能性を霊力と言う力は秘めているのだと。
だからこそ俺は苦手分野である結界等の魔法を、血界陣で補う事が可能なのだから。
それでも、簡易とは言え身体強化魔法が使えているのはありがたいな……
やれやれ、フリーダムな自分のデバイスに感謝する日が来るとは思わなかった。
つまりそれは、現状ではほぼ純粋な技術のみで目の前のあいつを打倒しなければならない事を意味する。
あの忌まわしい記憶に蓋をし、龍眼に頼りきっていた俺では開始早々に負けてしまっていただろう。
だけど、今は違う。
俺はもう、全ての記憶と共にあるのだから。
身についた忌むべき戦闘技術も、あの宝石よりも輝いていた日々も。
だから、
「負けて……られっかよ。そうだ、俺はもう……過去なんかに負けてやれねえんだ」
そうでなければ、顔向けができない。
俺を育み慈しんでくれた2人にも──そして、兄のように思っていたあの人にも。
「何を……わけのわからない事をっ!!」
ぬるりと這うように踏み込んできたあいつの右拳を、横から力を加えてやる事でさばきながらバックステップして避ける。
続いて飛んできた左ハイに、今度は逆に踏み込んだ。
受け止める右上腕。
衝撃を生かして左足を踏ん張り、その反動で左掌が脇腹を狙う。
身体を捻って避けられるが、中胴が僅かに崩れた。
畳み掛けるように右膝。
向こうがバックステップする事で避けられる。
繰り返される超近距離での攻防に双方致命傷はなく、そんな最中ふと疑問が浮かんだ。
わけのわからない事と言いながらも、何故こんなにもこいつは苦しそうな顔をするのだろう、と。
「……なあ」
「なん……だっ!」
通常、戦う時に敵と交わしていい言葉は、戦いを有利に進める為のものに限る。
口を開くと言うのはそれだけ隙を相手に見せる事になるからだ。
だけども俺は、疑問を投げかけずにはいられなかった。
中段蹴りを間合いを更に詰め、身体で受け止める。
少し、ばかりではなく痛いがこの際無視だ。
そんな些細な事実よりも、今の俺にはもっと大事な事がある。
「お前…………本当にわかってないのか?」
動きが、止まった。
先程までの近接戦ではしっかり観察できなかったあいつの顔が間近に見える。
黒耀を思わせるその瞳は、僅かに揺らいでいた。
返事は、ない。
だから、言葉は止めない。
「なら……あの雨が降り注いでいた深夜、何を置き去りにしてきたのかも────忘れちまったのか?」
衝撃。
腹に奔ったそれに、俺の身体が更なる宙に浮く。
恐らくではあるが前蹴りを喰らったのだろう。
開いた距離に相手の顔が見えなくなる。
仕方のない事だ。
あいつは、俯いていたのだから。
「…………置き去りにしたものなんて、ない。あの日俺は、全てを奪われたんだ」
「違うだろ、それは。大切なものは1つや2つじゃなかった筈だ」
そうだ、俺は知っている。
奪われたそれを奪い返す事もできないのに追いかけて、そうして全てを捨て去った。
少なくとも俺はそうだった。
ならば、あそこで俯いている“俺”はどうなのか。
「────ったんだよ」
呟きは遠く、俺の耳まで届かない。
その言葉を届かせようとするかのように、あいつが一気に踏み込んできて。
振るわれる右拳は先程までの攻防が見る影もないようなテレフォンパンチ。
それを、避ける気が全く起きない。
故に左頬に当たって初めて、あいつの拳が止まる。
痛かった。
痛かったけど、倒される程ではなかった。
せいぜい奥歯が嫌な音を立てた程度か。
「────じゃなきゃ、いけなかったんだよ!」
小さな声は、まだ俺の耳に届かない。
だけど、わかってしまった。
こいつは、
「それが全部じゃなきゃ、いけなかったんだよっ!!!」
今、泣いているのだと。
肩の力が、抜けるのがわかった。
意気込んでいたのが馬鹿みたいだ。
だって、
「なんだよ、お前……もう、気付いてるんじゃねえか」
くぐもった、涙混じりの言葉。
持ち上げられた顔はぐしゃぐしゃで、見るに耐えない表情をしていた。
だけどその真っ直ぐさが、俺には羨ましい。
最期まで気付けずにいた俺と、すでに気付いているこいつ。
どちらが上等な人間かだなんて、論じるまでもなく明白だ。
「いったいどこで道が分かたれたんだろうな、俺達は……」
「……知るかよ、クソッタレ」
かつての養父の口癖に、苦笑が浮かぶ。
元気かなあ、あいつ等…………それと、あの人も。
俺を殴った体勢のまま悪態を吐くあいつは、僅かに肩が震えていた。
目を閉じて、しばし失った世界を想う。
目蓋に浮かぶ人達の姿は一瞬で通り過ぎて、俺は現実に戻る為に目を開けた。
今は……笑っててくれると、いいんだけど。
酷い奴だ。
笑えない理由を作ったのは俺なのに、それでも笑っていて欲しいと思うなんて。
だけどどこまで行っても俺はそう言う奴だから、その事実さえ受け止めていこう。
それしかもう、俺にできる事はないのだから。
「だけど──」
なおも言い募るあいつの拳に力が入る。
変なところで諦めが悪いなんて、全く以って俺らしい。
いや、土壇場での見苦しさが俺らしいと自分で思うのも酷く微妙な気分だったが。
「だけどわからないんだ……
俺は────俺は今更どんな顔であの2人の墓の前に立てばいいっ!!」
頬を打ち抜かんとする拳に、更なる前へ。
右足を踏み込んで、迫り来る分からず屋の顔目掛けて、
「甘えてんじゃねえよっ!!」
ヘッドバットをお見舞いした。
鉢がねによる攻撃はそれなりに効いた事だろう。
痛みを堪えるかのように、あいつは目尻に涙さえ浮かべたまま額に手をやって。
俺はその姿に鼻を鳴らす。
断っておくが、決してこいつの言い分がわからないわけじゃない。
俺だってあの5年間、墓の掃除はしていたけれども、2人の墓前に手を合わせられた事は1度もなかった。
だけど今は、最低と知りつつも敢えて自分の事を棚に上げる。
あれから長い時が流れて、俺はかつての“俺”とは少し違う存在になって。
大切な人はいつも、俺を残して逝ってしまって。
だからこそ、わかる事がある。
言える事が、ある。
伝えておかなければいけない事が、ある。
こいつは────俺とは違うから。
「お前……今いくつになった?」
「は……?」
「いいから答えろっ! 今何歳だっ?」
「に、25」
やはり俺が死んだ当時よりも若い。
だけど、世間一般では大人として扱われる年齢だ。
「ならいい加減自分の足で立てよ。
いつまでも2人によっかかりっぱなしじゃ……安心して眠れねえじゃねえか」
最期まで自らの足で立とうとしなかった自分が、今では殺したい程大嫌いだ。
何故、もっと早く気付かなかったのか。
何故、1度も自らを振り返らなかったのか。
後悔ばかりがそこにはある。
それによって結ばれた縁はあれど、きっと俺は一生これを後悔し続ける。
だけど、まだ止まれる奴がいるのなら、止まれと言ってやるのも先達の仕事だ。
俺の幸せはすでに後悔の延長上に生まれているけれども、こいつまで同じになる必要はない。
人は、現在いる場所で幸せになるべきなのだと、今では思える。
きっと全ては、これまでのいくつもの出会いが俺に教えてくれた事だ。
「今すぐじゃなくてもいいんだ。でも……時間がかかってもきちんと立って歩いていけるようになったって、そう報告できるようになる事が1番の親孝行じゃねえのかよ」
結局、最期まで気付けずに実行できなかった親孝行。
多分、これはエゴだ。
あの人達の息子として歩む事をやめてしまった馬鹿の願いを託す、そんな醜すぎる俺の我侭。
だけど俺とは違うこいつならば、あるいは。
今ならまだ、違う道を歩めるのではないかと。
世界は狭く、だけれども広大だ。
今俺がしる歴史とは全く異なる運命を辿る平行世界があったとしても、それ位許容してくれるだろ?
どこかにあるかもしれない、こいつが帰るべき世界。
繋がっている可能性があるのであれば、例え無意味だとしても構わない。
託して、おきたかった。
「…………こんな姿なんて、見せられるわけねえじゃねえか」
「じゃあ、全部ぶちまけて、自由の身になって、それでお前が笑えるようになったら……報告しに行けよ」
「は、はは……一生かかりそうだな、それは」
力ない笑いに、漂っていた悲壮感が、消える。
佇む姿は今にも再び泣き出しそうで、それでいて嬉しそうで。
くしゃりとあいつはその顔を歪めた。
────悲劇の主人公でいる時間は、もう終わりだ。
俺達は、物語ではなく自分の人生を生きているのだから。
「なあ……お前は今、幸せか?」
「ああ。俺は今、間違いなく幸せだ」
胸を張って言える台詞が、今は誇らしい。
間違いだらけの道のりも、きっと無駄ではなかったと思える。
だって、何も知らない俺なら、こいつの言葉に揺らいでしまったかもしれないから。
「ついでに俺の分も報告しておいてくれ。
馬鹿な息子は馬鹿なりに、幸せにやってます、って」
こいつの大切な人達は俺の大切な人達とは違うだろうけど、もはや報告する術を俺は持たない。
ちょっとお門違いだけど、まあその位あの人なら豪快に笑い飛ばしてくれるだろう。
ふう、と大きく息を吐き出して、あいつが構える。
泣き笑いの表情のまま、それでも真っ直ぐに俺を見て。
「じゃあ……手土産でも持っていかないと駄目だよな」
「……そう来たか」
「当然だろ。俺は……お前の事をなんにも知らない」
普通ならば呆れるべき言い分。
それでも自然、口角は吊り上る。
確かに、俺達は互いの事を何も知らない。
推測できる部分は多々あれど、結局別の道を歩んだ以上俺達は他人に過ぎず。
そして知る為に選んだ手段がこれと言う所が、なんとも“俺”らしかった。
口内の違和感をその場に吐き捨てる。
どうやら先の激突で奥歯が折れていたようだ。
赤い血液と共に吐き出されたそれは、遥か下方、海の中に落ちて行く。
口元に残った何かをドラッケンにつけてしまわぬようバリアジャケットで拭い取った。
右手を胸の辺りまで上げ、指をくいっと曲げてやる。
わかりやすい挑発。
「ならば、持っていけ。……その身に刻み込んで、な」
「ほざけ。お前の方こそ刻んどけ」
望むのは全力のぶつかり合い。
かと言って魔法はここでは使えない。
指を噛み千切り、空中に円を描く。
巡る魔力は俺特有の霊力が入り混じったもの。
描かれる魔方陣は、今までに類を見ない程複雑なもの。
「おいおい、本気でこの世は摩訶不思議だな。なんだその魔方陣っぽいもの」
「なんだも何も、間違いなく魔方陣だ」
「…………救急車呼ぶか?」
「余計なお世話だ。そもそも空中に立ってる時点でお前の問いはナンセンスだろ」
「違いない」
軽口を叩きながらもあいつはしっかりと両の足で宙を踏みしめ、右手を脇に据える。
あからさまに右拳で攻撃しますと言わんばかりの体勢。
本気で俺に刻み込みにくるつもりらしい。
避けるなよとあいつの瞳が語る。
元より避けるつもりなど、ない。
「フレット・ウネ・ウェンテ──」
さあ、最後は魔法使いらしく。
過去へ、ありえなかった贈り物をしよう。
「閉じた未来から開けし過去へ
繋がりしは交わりえぬ縁故
望む
我は望む
進み行く道に光があらん事を
そして────この邂逅に、永久の祝福と消えない傷痕を」
篭めるのは言霊。
朗々と謳い上げるのは即興の呪文。
尤も、術式は元々あった物の応用。
しかし確信があった。
いかに俺の術式速成能力が低いとしても、この日この時この空間内において、しくじる事などありえないと。
たん、と右足が空中でありえない足音を立てる。
「大気の恩恵者たる■■■■■が告げる!」
蠢く光の粒を、かき集めて魔方陣に乗せる。
この光は俺から発生した力ではないけれど、由来が同じなら扱いきれない理由なんてない。
あとはこの身体中を奔る膨大な魔力に、俺が耐えられるかどうかだ。
「優しき北風と吹きすさぶ南風
其を以って彼の者の追い風にせんと────」
今までにない俺の詠唱の中、あいつが踏み込んだ。
その歩みは、俺が相手にしてきた魔導師のものとは比べ物にならない程遅く、泥臭く。
だけれども、今まで見てきた中で最も迅かった。
「────始まりの風[last one storm]!!」
あいつの手が届くよりも一瞬早く、発動。
赤い魔方陣から俺単体では不可能なレベルの魔力砲撃が発射され、あいつの姿を飲み込む。
だけど、嗚呼、聞こえている。
俺達は空中に立っていて、聞こえない筈の足音が、確かに。
耳には届かないけど、そこに、ある。
酷く長く感じた砲撃が終息し、体内の魔力を根こそぎ持っていかれて。
ふらつく俺の前にはぼろぼろになったあいつの姿。
頬に残る涙の跡。
だけれども口元は吊り上っていて。
きっと、俺と同じ表情をしていた。
もう動く気力もない俺に向かって伸びてくる拳は、真実スローモーション。
力尽きる直前の拳を、俺の左胸が受け止める。
なんの力も残っていない、ただ胸の上に置かれただけに見える右正拳突き。
しかし、その拳は今まで受けたどんな攻撃よりも重かった。
あいつの心を示すように。
俺の、心を示すように。
「…………届いた、か?」
「ああ、確かに。お前には届いているか?」
「忘れられる筈がねえだろ…………こんな糞痛えの」
「ハッ、そうかよ。俺はアレに飲み込まれた時死んだと思ったね」
ただただ事実を確認するだけの会話。
その体勢のまま動かない俺達は、動けない俺達は、それでもあいつの姿が薄れ始めた事で離れて。
「クソッタレ。最後にお前の顔を思いっきりぶん殴れなかった事だけが心残りだな」
「馬鹿言え、途中で1回殴ってるだろうが。それにな、言ったろ?」
「何をだ」
わかりきってる質問が投げかけられる。
なんでそんな事がわかるかって?
そんなのあいつの目が何よりも語っている。
「──『過去なんかに負けてやれねえんだ』って」
「途中までちっと押され気味だったくせによく言うよ」
「……そんな昔の事は忘れたさ」
肩をすくめ、悪びれずに言う俺にあいつが笑った。
もう向こうの景色が透けて見えそうな程薄れた身体。
そんな状態を気にした様子もなく、姿勢を直すと右拳を差し出してくる。
すぐに意図を悟り、俺も右拳を差し出す。
こつん、と俺達の拳と拳が合わさった。
「俺にも……お前みたいに大事な人ができるかな?」
今更な質問。
■■■■■の視線は、俺を通り抜け背後に向けられていて。
ちらりと後ろを振り返る。
ユーノ、クロノ、フェイト、アルフ。
そしていつの間に復活したのか、なのはの姿まで見える。
皆心配そうで、だけど終わりを悟ったのかその顔には安堵が見て取れた。
「馬鹿言うなよ。少なくとも1人、お前を待ってる人がいる筈だろ?」
「待ってて……くれるといいんだがなあ」
「待ってるさ。何せあの人は底抜けのお人よしだからな」
「違いない……なあ」
「なんだ?」
「大事に、しろよ」
何を、なんて言われずともわかっていた。
具体的な言葉なんて、いらない。
互いにそれが、このクソッタレな世界を美しくする方法だと、もう知ってるから。
「────時間だ」
言葉は果たしてどちらのものだったか。
自然、右手が挙がる。
かつて、ただ幸せに浸りきって友人達と遊んでいた頃の別れ際のように。
あいつも同じように手を挙げて。
俺達は同時に額の近くで1度だけ手を振った。
とても気軽に、俺達は自分に最も近しく最も遠い人間に別れを告げる。
「じゃあな、“俺”」
「あばよ、俺」
「「元気でな」」
その言葉を最後に、あいつの姿が光に包まれる。
光は空を覆っていた暗い結界を塗り潰して、そして弾けた。
飛行魔法を発動させる。
後に残ったのは白みかけた空と、ただただ静かな海、そして昇りかけの太陽。
『闇の欠片の完全消滅を確認!
状況推移の観測に映ります。皆さんお疲れ様でした!』
『結局、私の出る幕なかったわね』
「それはそれでいい事ですよ、艦長。お疲れ様でした」
全体通信に答えながら、クロノが寄ってくる。
「先生も、お疲れ様でした」
「ああ……いや、ありがとうな」
「なんの事だか分かりませんが、一応受け取っておきます」
「……それはまた、珍しい切り替えしだな」
「こう言う所は先生を見習おうかと思いまして」
「あんま真似すると俺みたいに馬鹿になるぞ?」
「気をつけましょう」
悪戯っぽく笑うクロノの向こうに見える、解決を喜ぶ皆の姿。
その光景をしっかり目に焼き付けてから、朝焼けの海を見る。
これが、今の俺の幸せだ。
ふと唐突に、声が聞こえた気がした。
一瞬都合のいい幻聴かと思ったけど、今日は素直に受け取っておく事にしよう。
呟く言葉は、ここではないどこかにいるであろうあの人に。
「元気でやりますよ。俺は……貴方の弟ですからね」
「? 何か言いましたか、先生?」
「いいや、なんでもないさ。なんでも、な」
長かった夜が、ようやく終わりを告げて。
どんなに長い夜も、こうしていつかは朝が来る。
待っていても朝が来ないのならば、自分で歩いていけばいい。
さて、俺も歩くとするかね。
じゃねえと年下の若造に追い越されちまう。
殆ど魔力の残っていない気だるい身体で、俺は飛び寄ってくるなのは達に向けて右手を挙げた。
父さん、お袋……今、俺は幸せです。
貴方達のおかげで、今までの、この世界の全てが愛おしいから。
────────interlude
「山村先輩、内線入ってますよ。なんでも受付に弟さんが来ているとか」
「弟……?」
僕は一応天涯孤独の身なんだけどな……
首を傾げながら、僕と同じような反応を示した課長に視線を送る。
一瞬の交錯。
それでも付き合いの長くなってきた彼の先輩は、僕の中抜けを許容してくれた。
尤も、早めに戻って来いよ、と視線で釘を刺されてしまったが。
とりあえず行ってみない事には誰が来たのかも分からない。
受付に向かう為エレベーターに乗り込み、1階ロビーへ辿り着くと周囲を見渡した。
特に変わりはないように見える。
まあ、ここの様相が様変わりするなんて事件の時位なので、変わっていない事はいい事なんだけど。
ふと僕の目を引いたのはこの機械的なオフィスの中、ぽつりと黒い色を落としている青年の姿だった。
壁際に寄りかかっている青年は、少しずつ暖かくなってきた今の季節には合わない、真っ黒な厚手のコートを羽織っていて、
「──っ!?」
思わず叫び声を上げそうになった自分に急ブレーキを命じる。
いや、自分の本来の役割を考えるのであれば、ここで叫んでしまってもよかったのかもしれない。
だけど、理性とは違う僕の中の何かが、その声を上げる事を拒絶した。
対する青年は、僕の視線に気付いたのか軽く手を上げると壁際から離れる。
長く伸びた髪をおざなりに後ろで一纏めにし、ちょっとは手入れすればいいのにと思ってしまうような無精髭が乱雑に伸びている。
彼にはあまり似合っていない眼鏡の奥に笑っていない瞳を隠しながら、1度だけ口元に人差し指を立てて。
そこで初めて自分の行動が正解だったと悟る。
きっと僕が何かしら声を上げていたら、彼はこの場から立ち去ってしまっていただろう。
彼はゆっくりと口元を苦笑の形に歪めたまま僕の方に歩いてきていて。
かつての彼であれば浮かべられなかったであろう、笑っていない笑み。
それが、僕等が会わなくなってからの時間を僕に思い知らせるかのようで、少し苦しかった。
「今、時間いいかな?」
「…………向かいの喫茶店でどうだい?」
するりと自然に出た言葉はお誘いのそれ。
見た目も雰囲気も全然変わってしまった。
だけど軽く目を細める仕草や、その黒耀を思わせる鋭い目付きに懐かしさを覚える。
僕が彼を、間違える筈はない。
目の前に立つ青年は、彼は、僕がこの3年間必死になって探し続けていた人物。
良さん、三上良一の義理の息子、孝太郎君だった。
実を言えば僕はこの職場の極近くにある喫茶店に入った事が1度もなかった。
そもそも職場の目の前なのだ。
コーヒーが飲みたいのならば職場のコーヒーメイカーで事足りる。
煙草も吸わない僕は、態々ここに入る必要性を感じた事はなかった。
それでも店内に流れるジャズ風のBGMは心地よく、この慌しいオフィス街にある店とは思えない程ゆったりした空気を醸し出している。
これならゆっくり休憩したい時に来るのもありかな。
そんな思考と共に、断りを入れてから煙草をふかし始めた孝太郎君の手元を、僕はぼんやりと眺めて、
「突然来た俺が言うのもなんだけど……本当に時間大丈夫だった?」
一瞬、思考が遅れる。
言葉の意味が脳に浸透してから、僕は慌てて返答を紡ぎだした。
「あ、ああ、大丈夫だよ。1時間休を貰ったから」
「そっか」
刑事としては、すぐに上へ報告するべきだったんだろう。
でも僕は、上司に何も言わなかった。
きっと刑事としては失格の行動。
それでも、良さんと亜季さんに彼の事を託された兄貴分としては、これこそが唯一の正解だったのだと信じている。
突然時間休を申請した僕に、上司は何も言わなかった。
3年前僕を叱咤した彼は、ただ一言、
「そうか」
と言うだけで僕の我侭を受け入れた。
きっと今の状況など、彼にはお見通しだろう。
それでもこの場を僕に任せてくれた先輩刑事に、限りなき感謝を。
「いったい今までどこにいたんだい?」
「裏街を転々としてた、かな……なんだかんだで居心地はそう悪くなかったよ」
「そう、か……」
会話が、続かない。
聞きたい事も言いたい事も、山のようにあった。
だけどもどれも明確な形になってくれやしない。
結局僕にできたのは、たったの一言を吐き出す事だけだった。
「……どうして、なんだい?」
色々な意味が含まれていたように思う。
それはあの日彼が消えた事に対する疑問であり、今更になって僕の前に姿を現したことへの疑問でもある。
僕を、頼ってくれなかった事に対する疑問でも。
僕の質問に彼は手元から立ち昇る煙をじっと見詰めて、何故かその姿が迷子の子供のように僕には見えた。
「夢を、見ていたんだ……」
「夢?」
「ああ。夢の中で俺はわけのわからない所にいて、そして……あいつに会った」
わけのわからないのは僕の方だ。
そんな言葉を飲み込んで。
伏せられがちだった彼の顔が上がった。
瞳は揺らいでいて、それでいてどこか芯を感じさせるもので。
「姿も、年齢も、全く違う。名前も、国籍だって違っただろう。
なのに……笑っちゃうだろ? それでもあいつは“俺”なんだって、すぐに確信させられた」
やっぱり、意味の取れない言葉。
それでも、その夢が孝太郎君に取ってとても大切なものだったのだと、それだけは伝わってくる。
「それであいつが言うんだ。
俺の大切なものは、父さんとお袋だけじゃなかったろうって」
「孝太郎君……」
「あの日俺は、その大切なもの全てを置き去りにしたろって。
きっとアレは、俺が辿るはずだった行く末の先にある姿。だけど、だけどさ……」
孝太郎君はそこで1度言葉を切って。
どこか誇らしげな顔で言葉を繋げた。
「直接言われたわけじゃない。
それでも……俺は違う道を行けって言われた気がするんだ」
一息ついた彼が短くなった煙草を揉み消す。
そのまま、全てを吐き出すような深い溜息がその場に落ちた。
「なあ、山村さん、正直に答えて欲しいんだ」
「……なんだい?」
自分でも驚く程優しい声が出た。
彼も一瞬だけ目を見開いて、それから唇を震わせ、
「俺に、幸せになる資格があるのかな? まだ……俺はやり直せるかな?」
「馬鹿……そんな当たり前の事、聞くなよ」
「聞きたいんだ。他ならぬ山村さんの口から……俺、馬鹿だからさ」
苦笑。
柔らかく細められた瞳は、かつて彼が幸せに過ごしていたであろう頃の面影を色濃く残していた。
確かに、彼は罪を犯した。
それは残念ながら、紛れもない事実だ。
3年前、あのまま現場に彼が残っていたのであれば、単なる過剰防衛で事は済んだだろう。
だけど、現実には違う。
彼はあの日現場から逃走し、正当防衛の結果とは言え殺人者としての指名手配を受けている。
少なくとも世間的にはそうだ。
だけど、だからこそ僕は言う。
「当然だろう。幸せになっちゃいけない人なんて、どこにもいない」
そして、孝太郎君の事を託された、彼の兄として。
自信を持って頷けた事を僕は誇りに思おう。
「あはは……本当に、変わらないなあ、山村さんは」
微笑んだ孝太郎君の表情は、確かにかつての少年の顔を思い起こさせた。
結局、3年前の事件は犯人の自首と言う形で終息した。
孝太郎君はそのままうちの署に出頭。
今は己の罪に対し判決が下りるのを待っている。
孝太郎君が逮捕されたと言うニュースは、どこの局でも取り上げられる事はなかった。
ただ新聞の端っこに3cm程の記事が載っただけ。
丁度大きな事件が起きていた頃だったので運が悪かった、否、良かったと言うべきなんだろう。
ただ僕はそれなりのキャリアになる刑事生活の中で、当事者以外に取ってはこの程度のものなのかと拍子抜けする事になった。
僕達に取って大きな傷痕を遺したあの事件は、世間的に見ればその程度の事なのだと。
「お久しぶりです、良さん、亜季さん」
そうして僕は今、三上夫妻の墓の前にいる。
三上家之墓と書かれた墓石は、僕の掃除など必要ない位に綺麗に掃除されていた。
なんでも孝太郎君がちょくちょく掃除に来ていたらしい。
手を合わせてみた事は1度もないと言っていたが。
「今日から、孝太郎君の公判が始まります。
多分、そう重い罪にはならないと思いますよ」
裁判では事件当時の彼の精神状態が多分に考慮される事になっている。
事件当時、彼は両親の死を目の当たりにした直後であった事。
彼自身が襲われ命の危険があった事等だ。
3年と言う長期間逃亡していたにせよ、自主の形で逮捕されたのも大きかった。
完全な無罪とは行かないまでも、かなり軽減される事には違いない。
尤も、孝太郎君は判決とは別に罪を背負うと言っていた。
殺人と言う重い十字架は、決して背中から消える事はないのだと。
『山村さん、そんな顔しないでくれよ。
俺は……ここからまた新しい自分を始めるつもりだから』
『孝太郎君……』
『罪は絶対消えたりはしないけど……だけど、俺はもう逃げないって決めたから。
置き去りにした物をもう1度拾い集めて、また歩いて行ける様に頑張るから。
だからさ、まだ俺みたいな奴を大事に思ってくれているなら……山村さん、お願いがあるんだ』
『なんだい?』
『出てきて、これからの行動で俺は償っていく。
それでまた父さん達の前で胸を張れるようになったらさ…………兄さんって呼んでも、いいかな?』
『っ……!? ったり前だろ! 僕は、僕はずっとそのつもりで──』
『ありがとう……じゃあ、また、いつか』
1番聞きたかった言葉。
僕の返答に薄く笑みを浮かべたまま、孝太郎君はその手首に手錠をはめられた。
何度も逮捕の瞬間を見てきたけど、彼ほど堂々とした姿で手錠をはめられた人間を、僕は見た事がない。
尤も、身内の欲目は入っているかもしれないけれど。
「罪を償いながら、胸を張れるようになったらまた貴方達に会いに来るそうです。
だから僕に言えるのはこれだけ。彼は……今も元気です。
良さん、亜季さん。孝太郎君はきっと、貴方達の願い通り気付いてくれましたよ」
ざあ、と風が吹く。
夏に入りかけの湿り気を帯びた風。
いつもなら不快な筈のそれも、僕には酷く優しいものに感じられた。
「こんなクソッタレな世界でも……まだまだ捨てたもんじゃないって」
スーツ姿ではあるけれど、今日は休暇を取ってある。
これから孝太郎君の初公判に出席するから。
僕は風に吹かれた花束の位置を直すと立ち上がり、墓の前で胸を張る。
「また会いに来ます。それで……いつかは孝太郎君と一緒に」
踵を返す。
去る足取りは軽い。
さあ、僕の弟に会いに行こう。
────────interlude out
サイトのほうを覗いて驚愕してしまいましたよ。
アランさん主体のストーリーが色濃いPSP版ですが、いやぁまったく違和感なく、自然に入り込んでいけるストーリーで本当にクオリティが高いなと感激しています。
ただこの後なのははどうなるのかが気になるのですがw
P.S
相変わらず、クロノは口が上手いですねw
だれのせいやらwww
いつも感想ありがとうございます。
SS情報サイトなんですが、何故か新規登録ができずに登録を見送っております。
そろそろあの不具合は直ったんだろうか……
そしてとことんまでに影の薄いなのはさん。
リリなのオリ主モノって基本オリ主に焦点が当てられるからなのはさんの影が薄くなりがちなんですよね。
まあ、この後もなのはさんは出番がなく、さくっと場面を飛ばされてしまうわけですがw
心配させた主人公に対し彼女がどんな暴威を振るったかは想像にお任せしましょう。
……この前友人に、このSSで一番変わったのってクロノだろと突っ込みを受けました。
違うよ! クロノは最初からあんな子なんだよ! きっとアニメに出てきてないだけで。
と言う言い訳はきっと苦しかった事でしょう。