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「全滅、だと?」
『ええ、全滅です、クローベル執務官。
シーベル定期観測隊と送り込んだ武装局員四〇名、先程病院に搬送されました』
ばあちゃんの部屋で定期報告を終え自分の執務室で休憩に入っていた俺は、信じられない知らせを聞いていた。
「まだ局員を送り込んでから一時間しか経っていないはずだろう?」
『しかし事実です。それと、あの、武装局員なのですが……』
「何かあったのか?」
『命に別状はないのですが、リンカーコアの収縮を確認しました。
おそらくリンカーコアから魔力を強奪されたのではないかと』
「ロストロギアにリンカーコアの強奪、か。そのロストロギアの名称は?」
『申し訳ありません。特定には至りませんでした。
ただ、犯人はベルカの騎士と自らの事を称していたそうです』
「ベルカの騎士だと!?」
思わず大声を出してしまい、ウィンドウの向こうで通信士が萎縮する。
それを見て気を取り直した。
「ああ、すまない。あまりに意外だったものでな」
『い、いえ。……しかし、意外、ですか?』
「ああ。元来騎士は誇り高い。
自ら騎士を名乗るような者がリンカーコアの強奪なんて辻斬りまがいの事をするとは……」
『……あとこれは未確認情報なのですが』
「うん?」
『聖王教会の連中とはどこか違う印象を受けた、と被害者が』
「それは教会所属の騎士ではない、と言う事か?」
『いえ、そもそも使う魔法からしてどこか違っていたそうです。
騎士と聞いて教会の者かと思ったらしいのですが、戦っている内に違う、と』
「なるほど。貴重な情報をありがとう。
こちらでも調べてみるが、この事件、メインの捜査はどこになりそうだ?」
『中心となっている世界がまだ特定できていませんので、先行捜査は始まりましたが担当は決まっておりません。
決まりましたらまた連絡を入れましょうか?』
「ああ、手間をかけて悪いが頼めるか?
俺の方も調べて判明した事はそちらに回すようにする」
『はい、ありがとうございます、クローベル執務官。それでは、失礼します』
「ご苦労様」
彼の馬鹿丁寧な敬礼に答礼して通信を終えると深く溜息をつく。
そこへベオがコーヒーを運んできた。
「ああ、ありがとな」
≪主、根を詰めすぎるのは良くありません≫
「わかってるさ。ただ今回は嫌な予感がするんだ」
ずらりと表示したデータは今回の被害者達のリンカーコアのもの。
確かに通常時に比べかなり小さくなっており、その光も弱々しい。
魔導師にとってリンカーコアは生命力の源だ。
今回はなんとか死者が出なかったが、重傷を負った上でリンカーコアの強奪をされればいつ死者が出てもおかしくない。
「リンカーコアを強奪する騎士にロストロギア、か。まったく、物騒な世の中だ」
≪コアの強奪、ですか?≫
「何か知ってるのか?」
旧暦から存在するベオの知識は馬鹿にできない。
とは言え、宿主がいない間は基本眠っていたらしいので、歴史関係は当てにならないのだが。
≪いえ、別物でしょう。
私の知っているアレは、強奪などと言う手段は必要としないはずです。……ですが≫
「?」
≪件の騎士が使う魔法が、教会騎士達のものとどことなく違う、と言うのは説明可能です≫
「そう言やお前もベルカの騎士だったな」
ベオはええ、と言いながら首肯した。
≪主の使われるベルカベースのミッドチルダエミュレートは魔法式の中でもかなりの特殊式に入ります。
が、主の使う魔法のベースになっているベルカ式と、現在教会の騎士達が好んで用いるベルカ式は若干術式が異なるのです≫
「……それは初耳だぞ」
≪本局に常駐していた頃聞いた事はありませんでしたか?
古代ベルカ式、近代ベルカ式、と。
おそらく、今回使用されたのは古代ベルカ式なのでしょう≫
「ああ、あれがそうなのか」
教会系資料を漁っていた頃の事を思い出す。
確かにその区分は見た事があるが、基本は近代ベルカ式をベルカ式と呼んでいるはずだ。
なぜなら、
「古代ベルカ式はレアスキル扱いじゃなかったか?」
古代ベルカの術式は旧暦ベルカ戦争の際に資料がほぼなくなってしまっており、それを扱えるのは家系として伝えてきた家の者くらいのはずだからだ。
継承者が少ないそれは、扱えるだけでレアスキル認定を受けられる。
≪ええ、そちらから攻めれば古代ベルカ式登録をされている者はすぐ調べがつきます。
そうした家の者は総じて地位が高いとの事ですし、そう簡単に捕まるような手段を取るとは考えにくいですね≫
「むう、なら今回の犯人である自称ベルカの騎士は……」
≪主のようにロストロギアに古代ベルカ式の使い方を習ったか……≫
「はたまた古代ベルカの亡霊か、か。
俺個人としては後者の方が面白そうだが……すでに被害も出てる。そうも言ってらんねえな」
端末を引っ張り出す。
とりあえず先程の通信士――確か二等陸士――に、犯人の使用魔法が古代ベルカ式である可能性が高い事を伝える。
すぐに古代ベルカ関係のロストロギアを洗ってみると返ってきた。
「まあ、期待薄だろうけど」
≪古代ベルカは登録されているロストロギアが膨大ですから≫
「お前とか、な」
≪私は正確に言えば純粋な古代ベルカのものではありませんが≫
「いいんだよ。
他の奴等はそう思ってんだからそう言う事にしておけ。第一説明が面倒だ」
≪はっ≫
一礼して側に控えるベオに苦笑いをこぼす。
何度仰々しい態度をやめろと言っても、直る兆しも見えやしない。
近頃では俺も諦めが入ってきている。
とは言えこんな事を口に出しても意味がないと分かっているので、俺は別の愚痴を口にした。
「せめて犯人の外見だけでも情報を回してくれないもんかね」
≪情報はもらえないのですか?≫
「本腰入れて捜査に参加するんならもうちょい深い所まで情報を要求できるんだがな。
一応俺の本任務はなのはの護衛だし、担当外に渡せる情報なんてたかが知れてる。
ついでに言や、犯人像については被害者のデバイスを解析中だってよ」
≪……私としては主が何故こんなに一つの事件にこだわるのか理解に苦しむのですが≫
「言ったろう? 嫌な予感がするんだ」
本当に根拠なんてたったのそれだけ。
だが、かつて戦場を駆けていた身としては、自らの勘を信じられないのは自分を信じられないのと同義だ。
特に、霊感と言うのは馬鹿にならない程の精度を誇る。
「聞こえるんだよ」
≪聞こえる、とは?≫
「俺の大っ嫌いな運命の歯車とやらがよ、耳障りな音立てながら回り始めてんだ」
≪……≫
苦虫を噛み潰したような表情でコーヒーを啜る。
いつもと変わらぬ味のそれは、いつもより苦かった。
「近いぜ、ベオウルフ」
カップを置き、立ち上がる。
湧き上がってくる感情を握り締めながら、窓の外を睨みつけた。
「戦場の、臭いだ」
争いは嫌いだ。
いつも俺の大切なものを奪おうとする。
が、同時にどこかで闘争を求める自分がいる事も自覚している。
なぜなら俺はそう言う者で、そう言う者として永きを生きてきた。
今更変えられるようなものではないのだ。
そして、護る為の牙と銘打った所で、牙は所詮傷付けるものでしかない。
どのような目的で力を振るおうが、それは変えられる事のない純然たる事実なのだ。
もしこの生き方を変える時が来るとしたら、今までの俺を捨ててでも手に入れたいものができた時位だろう。
「矛盾、してるよなあ……」
言いながらも口元は獰猛な笑みを形作る。
無意識に吊り上がったそれを、心の中で諌め元に戻した。
結局、気質と言うのは早々変えられるものではない。
ああ、俺は……こんな俺が大っ嫌いだ。
≪主……≫
「すまない、戯言だ。忘れてくれ」
≪いえ、私は主のそんな所を好ましく思います≫
「ベオ……」
≪その葛藤は戦士として当たり前のものです。
只人としての想いと、戦士としての想い。どちらも大切なものと私は思います≫
「そうか……」
こんな不安定な生き方でも、お前はそう言ってくれるのか。
たった一つ、勇気が欲しかった。
前へ踏み出し、歩き続ける為の勇気が。
「ベオウルフ。俺は……俺は、お前の主人足りうるか?」
≪他の誰が否定しようと、私は肯定しましょう。私の主はあなた以外ありえませぬ≫
力強く断言された言葉にしばし目を伏せ、様々なものを振り切って顔を上げる。
これで、十全。
お前がそう言うのなら、俺はここで俺を張り続けようじゃないか。
心の内で自らの半身に礼を言う。
精神リンクで受け取ったのか、ベオはほんの少しだけ頬を緩ませ首肯した。
踵を返す。
「行こう、ベオウルフ。
俺達にできる事は、やれる事は、それこそ星の数ほどあるんだから」
≪御意≫
短いそのやり取りが、今はありがたい。
後から思えば、これが俺の、ジンゴ・M・クローベルとしての最初のターニングポイントだった。