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────────interlude
そうして、後に闇の欠片事件と呼ばれる事になった事件は終結しました。
わけのわからないまま始まった事件は、わけのわからないままに終わって。
私にわかるのはあの事件の最後、お兄ちゃんがやけに満足気に笑った事と、何かが吹っ切れたらしいという事のみ。
あの日からお兄ちゃんは前よりも穏やかに笑う事が増えました。
私はと言えば相変わらず小学生と民間協力者の2足の草鞋を履きながら忙しい日々を過ごしています。
尤も、もう夏休みに入っちゃってるから、今は現在進行形でアリサちゃん達と待ち合わせしてたんだけど。
「そう。じゃあ今日はゆっくり過ごせるわけね」
「うん。お兄ちゃん、用事があるってあっちに行っちゃってるから。
自動的に私のお仕事もお休み」
「よかった……久しぶりに一緒に遊べるね」
「そうしましょ。私達もお稽古はない日だし、すずかの家にしよっか?」
「うん! あ……じゃあ1度私の家に寄って行ってもいいかな?
丁度昨日フェイトちゃんからビデオメールが届いたの」
「そうなの? なら途中でなのはの家に寄って行きましょ」
「ありがとう、アリサちゃん!」
あの事件の後は結局フェイトちゃんと会えていないけど、定期的にビデオメールは送ってきてくれている。
クロノ君曰く、この前フェイトちゃんが海鳴に来れたのはあくまで特例措置によるものだったんだとか。
まだフェイトちゃんの裁判が終わっていないから、本来なら事件関係者との接触は厳禁なんだって。
1番最初フェイトちゃんからのDVDを手渡された時、また無茶しやがってとお兄ちゃんがぼやいていたから、本当ならビデオメールもあんまりよろしくないっぽいけど。
そのお兄ちゃんと言えば今日はミッドチルダの方に行っている。
ちょっとした事後処理だから私は来なくていいって言われたんだけど、なんとなくお兄ちゃんのちょっとした事後処理って言うのは本当の事ではないような気がする。
だけど全部が全部嘘と言うわけではなくて、全てを話していないと表現するのが正しいだろうか。
最近お兄ちゃんの隠し事が見抜けるようになってきたのは、きっといい事なんだろう。
「なのは? そんなにのんびりしてると置いてくわよ?」
「にゃ!? 置いてかないでよう!」
どうやらぼけっとしていたらしく、アリサちゃんの言葉で我に返る。
慌てて追いつこうと歩速を早めると、何故だか2人は私の事を生温かいような視線で見つめていた。
なんだろう……なんか反論しないといけない気がするのに、反論しても意味がないような気もする。
とりあえず言える事は1つ。
今日も海鳴は平和です。
『そんなわけで、もうすぐ裁判も終わりそうなんだ。
そうしたらリンディ提督が裁判が終わったら海鳴で一緒に暮らさないかって言ってくれてて』
『クロノの話じゃ観察処分に決まりそうだからね。
アタシもフェイトもそっちに行けそうだよ』
『アリサとすずかにも直接会えるのが楽しみ。もちろん、なのはにもね』
『それじゃ、今日は短めだけど、これで。もうすぐ会えるようになるから』
『またね』
画面の中のフェイトちゃんとアルフさんが笑顔で手を振ったところで映像は終わる。
その後デッキから排出されたDVDを送られてきたケースに大切にしまい込むと、はふ、と息が漏れた。
そっか……もうすぐ皆で一緒に遊んだりできるようになるんだ。よかったあ。
「……毎度の事だけど、なのはのフェイト好きっぷりも大したもんね」
「あはは、仕方ないよ、アリサちゃん。この前起きたって聞いてる事件以来会ってないんだからもう1ヶ月も経ってるし、その時だって碌に話せなかったみたいだし」
「まあそうなんだけど……
あ! でもちょっと気になってた事があるのよ。なのは、聞いてんの?」
「ふえっ!? 何、アリサちゃん?」
いけない。
近い未来、皆で一緒に遊ぶ事を考えていたらアリサちゃんの言葉を無視してしまっていたらしい。
ちょっと怒ったような顔のアリサちゃんが言葉を続けた。
「このDVDもう5通目だっけ?
なのになんで1回もっはやてやアランさんの名前が出て来ないのよ?」
「あ、それ実は私も気になってたの。
はやてちゃん、フェイトちゃんに送るビデオメールに写った事ないし。
ね、なのはちゃん、どうして?」
「えーっと、それは……」
一応、理由はきちんとある。
ちょっと複雑なのははやてちゃんの方だろうか。
はやてちゃん、と言うよりも八神家の皆はアースラスタッフと直接的な面識がない。
こっちの理由は簡単。
お兄ちゃんがリンディさん達と相談して情報規制をかけているからだ。
現在は夜天の書に改修されているけど、元々闇の書は第1級捜索指定ロストロギア。
前回の闇の書事件が起こったのは11年前の事と聞いている。
現主であるはやてちゃんはともかく、ヴォルケンリッターの皆の事を覚えている局員はそこそこいる。
いずれシグナムさん達の情報が局に流れてしまうのは止められない事なんだけれども、お兄ちゃんとしてはその前にはやてちゃん達の立場を確立させておきたいらしい。
しっかりとした後ろ盾さえできてしまえば、ちょっかいを出してくる人達も減らせるんだとか。
情報規制を敷いたのはその為の時間稼ぎ。
それまではいかにプライベートなビデオメールと言えども、固有名詞が記録に残るような行為は避けたいとのこと。
今のところフェイトちゃんとはやてちゃんの直接的な対面は叶っていないけど、それとなく人伝に私の友達と言う形で話はしてあると聞いている。
あとはまあ、最近はやてちゃんが忙しそうだから私も中々会えてなかったりするんだけれども。
「あと、お兄ちゃんに関してはもっと単純なの」
「どう言う事よ、それ?」
「だってお兄ちゃん、直接フェイトちゃんと会ってるんだもん」
「「ええっ!?」」
これは民間協力者の私と、嘱託魔導師のお兄ちゃんの差が如実に出ている部分とも言える。
お兄ちゃんは一応、クロノ君付の嘱託魔導師と言う扱いになっているらしい。
資格を取った事でジュエルシード事件の重要参考人として招喚を何度か受け、裁判の証人にもなったんだとか。
ちなみに、民間協力者でも本人さえ了承すれば証人席に立つ事はできる。
ユーノ君がいい例だ。
だけど事件の発端となった発掘者であるユーノ君と事件担当者のクロノ君がいて、更には現地で合流した民間魔導師であるお兄ちゃんが出席すれば私の証言など必要がない。
結局、立場の差から現地参加者は私ではなくお兄ちゃんが選ばれ、既に証人は充分と私が喚び出される事はなかった。
そんな事情もあり、お兄ちゃんはちょくちょくフェイトちゃんと顔を合わせている。
他の用事でお兄ちゃんがミッドチルダに行く時も、アースラや本局を中継につかっているからついでに会おうと思えば会えるんだとか。
勿論、これに関してはお兄ちゃんの身元がはっきりしているから面会許可が降りる、と言うのもあるんだけど。
「そもそもビデオメールはいつもお兄ちゃんが運んでるんだし」
「ああ……向こうからどうやって郵送しているのかと思っていたらアランさんが運んでたんだ」
「そう言う事なの……私もフェイトちゃんに直接会いたいなあ」
「ああもう、しっかりしなさいよ、なのは!
もうすぐこっちに来れそうだってフェイトも言ってたでしょ!」
「わかってるけど……はあ……
はやてちゃんの方も落ち着くまであと1ヶ月はかかるって言ってたし……」
八神家の事に関してはクロノ君が話してくれた。
なんでもお兄ちゃんが不敵に笑いながら、あと1ヶ月程度でどうにかしてみせるって豪語していたんだとか。
お兄ちゃんの事だからきっと難しくても強引にごり押した上で有言実行をしてくれる事だろう。
なんだか一瞬青い顔をしたクロノ君が思い出されたけどきっと気のせいだ。
それでもあと1ヶ月、かあ……長いなあ。
ここにはいない友達に会えない期間を思って私は長い溜息を落とした。
「辛気臭いったらありゃしないわね……ほらなのは、遊ぶわよ!
あたし達にしてみればあんたと遊ぶのも久々なんだからっ!」
「そうだよ、なのはちゃん。行こ?
フェイトちゃん達の事はアランさんが上手くやってくれてると思うし」
「うん……そうだね」
「ああもう! しゃきっとしなさいよ!!」
結局、アリサちゃんに首根っこを掴まれてずるずる移動させられる私。
そんな私とアリサちゃんを見てくすくす笑うすずかちゃん。
ちょっとやり方は強引だけど、私を心配してくれているのは痛いくらい伝わってきて。
だから、
「ありがとう、アリサちゃん、すずかちゃん…………大好き」
「~~~~ッ! 勝手に自己完結して小っ恥ずかしい事言ってんじゃないわよっ」
「アリサちゃん、顔、真っ赤だよ?」
「すずかうっさい! 行くわよっ!!」
「「はーい」」
────────interlude out
どうしてこうなった……
眩暈がしそうな状況に、思わず頭を抱えてしまいそうになる。
目の前でにこにこ笑顔を崩さないでいるのは、長い金髪を藍色のカチューシャで留めた少女。
一応現在の俺の身体よりは年上に当たるのだが、紛れもない少女だ。
センスのいい調度品に囲まれた部屋の中、大きめの重厚な机を挟んで俺と彼女は対峙している。
その彼女の脇には彼女より少し年上だろうシスター服を着た少女がおかっぱに揃えられた髪をぴくりとも揺らす事なく立って控えている。
どうしてこうなった?
許されるのであれば今すぐにでもこの席を立ってしまいたい。
そんな衝動を抑えながら、お俺はおずおずと目の前の少女に声をかけた。
「ええっと……失礼ですが、もう1度お名前を伺っても?」
「あら、あまり畏まらないで下さい、アラン・F・高町さん。
私は聖王教会騎士、カリム・グラシアと申します」
「同じく、騎士グラシアに仕えるシスターのシャッハ・ヌエラと申します」
「秩序と自由を愛した騎士、ヴェイン・ファルコナーの御子息である貴方とお会いできた事をとても光栄に思います」
どうしてこうなった!?
と言うか何故この子が俺を親父の息子だって知ってんだよ!?
一応俺は”俺”の息子だって事になってるだろうがっ!
更に言わせてもらえば何故にグラシア家のお嬢さんがご登場!?
まだ子供とは言えグラシアの跡取りっつったら聖王教会じゃそれなりに重鎮だろう!?
見るからに動揺していたのだろう。
今回に関してはまったくポーカーフェイスができなかった自信がある。
彼女、カリム嬢は金糸を揺らしながらくすりと笑みを漏らし、
「貴方の出自については”あのお方” から聞いていますから。
こうして私が場を設ける事になったのは……貴方に興味があって、ですね」
「……俺、口に出してました?」
「いえ。でもお顔にわかりやすく書いてあったもので」
「はあ……そうですか」
駄目だ……勝てる気がしねえ。
精神的には完璧に年下のはずの彼女に、内心で白旗を上げる。
そっもそもが相手は名門グラシア家のお嬢さんだ。
俺よりも政治的な魑魅魍魎が跋扈する世界での経験値は上と考えた方がいい。
心を落ち着ける為1つ咳払いをして、誤魔化せるとは思えないが表面上冷静を繕う。
「それで……俺に興味とは?」
「ああ、それは簡単です。
義弟の親友が貴方について酷く誇らし気に話してくれた事が以前にありまして。
それで私も義弟も1度はお会いして見たいと思っていたんですよ」
「義弟さんですか……? ん? その親友?」
「本当にあの子はどこに行ったのやら……きちんと日時は教えていたはずなのですが」
不満気に声を漏らすのはシスター・ヌエラ。
少々苛ついた様子で壁にかかった時計を睨みつけている。
「まあ、あの子の事は一旦置いておきましょう。
ちなみに貴方のお話をしてくださったのは、貴方もよく知る人物……ハラオウン執務官ですよ」
「ああなる程……クロノの奴、いったいどんな事を話したんだか……」
「少なくとも悪い噂ではありませんでしたが」
「…………そうですか」
伝えられた内容が少し気になるが、突っ込むのはやめた。
特にこの8年は姿を消していた為、クロノが妙に俺の事を美化して伝えている可能性が高い。
実際再会したばかりの頃はそんな感じの言動が何度かあった。
何割分上乗せされているかはわからないが、馬鹿のような評価を他人から聞かされたら恥ずかしさのあまりこの場を走り去ってしまいそうだ。
「義弟についてはこの場にいなくても大丈夫ですし……
その内来るでしょうから本題に入りましょう」
「はあ……俺は構いませんが、シスターは?」
「問題ありません。
到着が遅れれば遅れる程、明日の訓練が増えて行くだけの事ですから」
さらりと涼しい顔で告げるシスターに頬が引き攣るのを自覚する。
どうやら義弟君の訓練は、この見るからに苛ついているシスターがつけているらしい。
人しれず義弟君の冥福を祈り、俺は頭を切り替えた。
ここから先は流石に冗談混じりで話せるような内容ではない。
「さて、改めまして……この度は私の為に貴重なお時間を割き、このような場を設けていただいた事に御礼申し上げます、騎士グラシア、シスター・ヌエラ」
「先ほども申し上げましたがあまり畏まらないで下さい、高町さん。私の事はカリムで結構です」
「私も、シャッハと呼んでいただいて構いません」
「では、俺はアランで。時にシスター・シャッハ。ここ……目と耳は?」
「カリムの私室ですので大丈夫ですし。
教会所属の騎士にも会談の間は近付かぬよう厳命してあります」
「それでも気になるようであればこういたしましょう」
カリム嬢がリモコンのような物を操作すると大きな窓にかけられていたカーテンが自動的に閉まって行く。
次第に暗くなって行く室内。
カーテンが閉まり切ると同時、部屋の空気が一変したのを知覚した。
「結界……ですか?」
「ええ。この部屋は内緒話に使われる事も多いですから」
対策は万全、と言う事だろう。
年相応の笑顔を浮かべたカリム嬢と、想像される内緒話の内容のギャップが物凄い事になっているが。
「さて、本題でしたね……
今回俺が教会を頼ったのはある家族の保護をお願いしたかったからです」
「ハラオウン家と繋がりのある貴方が態々こちらにいらっしゃったと言う事は……古代ベルカ関連ですか?」
「ええ。尤も本人は管理局で働く事を希望していますが……俺としてはできれば保護は別の機関にやってもらいたい。それがこちらを訪ねた理由です」
少なくとも別の機関に保護と言う名目で監視をお願いすれば、彼女達が管理局にいいようにされてしまう可能性は減らせる。
俺はクロノ達を信用しているが、管理局全体を信用する気は微塵もない。
個人の思いなど大きな窓に組織の前ではちっぽけで、容易に押し潰され得るのだから。
カリム嬢やシスター・シャッハも言葉の裏に隠された意味を悟ったのだろう。
どこか戸惑った視線を俺に向けてきていた。
「保護していただきたいのは7人……いや、6人と1匹。
それに対し俺達が提示できる対価は古代ベルカ史における情報」
「「!?」」
「もちろん、これだけで対価として成り立つとは思っていません。
なので期限付きでの俺の出向と、保護人員による協力が上乗せされます」
当然の事だが八神家には既に了承を得ている。
古代ベルカ時代の生き証人であるヴォルケンズの情報はカリム嬢をはじめとする教会所属の者にとっては有用なはずだ。
ついでに俺とリン姉達の間に交わされた契約は冬過ぎに満了する。
嘱託魔導師が聖王教会に出向できるのは確認済みだ。
「……そこまでの対価が必要な人々、と言うわけですね?」
カリム嬢の言葉に重々しく頷く。
ポケットから取り出すのは7枚の写真。
それを順繰りに机の上へ並べていった。
写真は当然、はやて達のもの。
「第1級捜索指定ロストロギア・闇の書……現在は俺達とアースラスタッフの尽力で害のない夜天の魔導書に直っていますが、保護対象はその主と守護騎士達です」
室内に激震が奔ったのが空気からわかる。
息を呑んだのは果たして誰だったのか。
それ程までに闇の書は悪名高いロストロギアであり、その名が持つ意味は、重い。
「もちろん現在の夜天の書はロストロギアではありますが、闇の書のような危険な機能は一切ありません。暴走する事も主が力量を超えて無理しなければないでしょう。
資料はこちらに。夜天の書の守護騎士・ヴォルケンリッターも主に危害が及ばぬ限り敵対行動を取る事はありません」
言って机の上に置くのは俺やユーノが調べた闇の書及び夜天の書に関する情報が入ったデータチップ。
俺達が実行した改修計画についても記されている。
カリム嬢は何か畏れ多い物にでも触れるかのように情報チップを受け取ると、手元にある端末に繋いだ。
流石に夜天が闇になった経緯についての情報は省いたが、膨大なデータがモニタに表示されていくのがカリム嬢の瞳に映り込む文字列でわかる。
今この場で全てのデータを閲覧するには時間がかかりすぎるので、ある程度2人が情報を流し読みしたところを見計らって俺は再び口を開いた。
「どうでしょう? 貴女方にとっても悪い取引では──」
「ごめん義姉さん! ちょっと遅れた!!」
と、今までのシリアスな空気をぶった切るかのように室内へ乱入してきたのは年若い少年。
顔立ちは、まあ、美形の部類に入る。
緑色の髪を真っ直ぐに伸ばした少年は、恐らくクロノより少し上位の年齢だろう。
何故か着込んでいる白いスーツに少々着られている感の拭えない少年は、室内にいた俺達の不躾な視線を受けて僅かにたじろぎ、曖昧な笑みを浮かべた。
「あー……もしかして、こちらが本日のお客様? 完全に遅刻、かな?」
「ロッサ……」
「貴方って人は……」
額に手を当てるカリム嬢と頬を引き攣らせるシャッハ嬢。
後退るロッサ少年に俺は苦笑いを浮かべたままで身体ごと振り返る。
「えっと……本日お邪魔させてもらっているアラン・F・高町です。
よろしくお願いします……ロッサ、さん?」
「あ、これはご丁寧に。ヴェロッサ・アコース、査察官なんかをやっています」
有効的に差し伸べた右手をアコース少年が握る。
一応俺もいい年こいた大人なので、ここは寛大に流してやるべきところなのだろう。
小さく聞こえた、ちっさいなあ、と言う呟きに頬が引き攣るのは止められなかったが。
好き好んでこんな状態でいるわけじゃねえっつの……
世の中の不条理に怒りを感じるがアコース少年が悪いわけではない。
だから、握る手にいつもより力が入ってしまったのはきっと気のせいな筈だ。
アコース少年の笑顔が引き攣って見えるのは恐らく俺の背後から立ち昇るシャッハ嬢の怒りのオーラのせいだろう。
そうに違いない。
「ロッサ、失礼ですよ。アランさんは貴方より目上の方なのですから」
「……後で覚悟しておきなさい」
「ええっ!? シャッハ、それはないんじゃないかい!?
と言うかこの人があの資料にあった──」
「ええ。英雄、ヴェイン・ファルコナーの御子息です」
「…………大変失礼しました」
恐縮するアコース少年に肩を竦め、握手していた手を離す。
ってか、今気になる単語があったような……
戸惑い気味にカリム嬢を振り返ると彼女は俺と目を合わせたまま柔らかく微笑んだ。
「英雄……ですか?」
「ええ。アランさんのお父様は聖王協会の一部では有名なのですよ。
管理局に所属した当時こそ色々言われていましたが、最終的にその身を挺して闇の書を止めた英雄……騎士として。
事情を知る者で彼を尊敬している人は少なくありません」
「…………そう、ですか。きっと父も喜ぶ事でしょう」
決して英雄なんて柄の人ではなかったけれども。
喜ぶのだってきっと自分が英雄と呼ばれている事に対してのものではない。
自らの行動でどれだけ多くの人達を救えるか、それがあの人の喜びの基準だったから。
持っていたのは英雄願望ではなく正義の味方願望とでも表現すればいいのか。
結局全てを救う事など不可能で、最終的には自己犠牲による救済を望んだ。
人としてはどこまでも正しく、生物としてはどこまでも間違っている。
そんな人物だった。
1度でいいから殴り合いの喧嘩をしてみたかったかもな……
彼の息子が俺と“アラン”だったからいいものの、普通の少年であったのであればきっと一生ものの心の傷として遺ったに違いない。
だから殴りたいのはきっとただの八つ当たりなのだろう。
あのニヤケ顔に拳を叩き込んだらきっと気持ちよかっただろうな、と思っている事は否定しないが。
にしても、どれ位の人間が俺が親父の息子だって知ってんのかね?
あんま知られてるとあの人に手伝ってもらって新しい戸籍を作った意味がないんだが……
「大丈夫ですよ」
「え……?」
「知っているのはこの場にいる者だけです。あの人経由の情報ですから」
「それはよかった……けど、そんなに顔に出てましたか?」
「ハラオウン提督から聞いていた通りの方でしたから」
ぺたり、と自分の頬を触ってみる。
いつも通りの無愛想な顔、の筈だ。
尤も、幼い頃からグラシア家の者として魑魅魍魎達を相手取ってきたカリム嬢にしてみれば、俺のような若輩者の表情を読む事など容易いのかもしれないが。
眉を寄せる俺を見て、カリム嬢が歳相応の、少女らしい笑みを漏らす。
少し恥ずかしくて俺は顔を逸らした。
決してアコース少年を睨みつけるシャッハ嬢が怖かったからではない、と思う。
「さて、本題に戻しましょうか。
結論から言いますと、私共としましては彼女達を保護する事に異存はありません」
「よろしいのですか?」
「ええ、大丈夫よ、シャッハ。
ただ1度ご本人達とも面接をさせていただきたいのですが……」
「それは当然ですね。
ただそうすると渡航用のパスを人数分作っていただかないとならないのですが」
一応、今の八神家の立場は第97管理外世界に住むただの一般人だ。
通常なら次元航行技術に触れる許可は出ない。
それは文化レベルの違いが管理外世界に及ばぬよう考え出された規則なのだから。
ミッドチルダなどの管理世界の技術流入は多くの魔法がない世界にとって劇薬と言っていい。
つまり、行き過ぎれば必ず害になるのだ。
新たな技術は新たな争いを呼ぶ。
少なくとも世界の平和を守らんとする者達は、そんな戦争の火種を他の世界に投入する事を望まない。
「もちろん、渡航許可については私共の方で取得しておきます。
やろうと思えばいくらでも抜け道はありますから」
………………後半については聞かなかった事にしよう。
「それで、いつ頃でしたらご都合がよろしいでしょうか?」
「そうですね、早い方がいいわけですし……」
今のところはやてのリハビリの日を除けば定期的に用事が入っている奴はいなかった筈だ。
否、いたか。
確かシグナムが最近になって近所の道場に剣道を教えに行くようになっていた筈だ。
どうも年端もいかない少女に養われている事に後ろめたさを感じていたらしい。
他にはヴィータも老人会に顔を出しているが、あちらは近所の爺様達と遊んでいるだけ。
予定を入れてもどうと言う事はない。
スケジュールを確認して大体の当たりを付ける。
モニタにカレンダーを表示し、都合のよさそうな日程に色を付けた。
「候補日としてはこの辺になりますね」
「そうですか……シャッハ」
「はい。騎士カリムのスケジュールと合わせますと、明後日、もしくは週末がよさそうですね」
「あ、ちょっと待った、義姉さん。僕も同席していいなら週末が好ましいんだけど」
そう声を上げるのはアコース少年。
シャッハ嬢の視線がちょっと痛そうだ。
また遅刻するんじゃないでしょうね、と言うプレッシャーがびしばし少年に中っているのが視覚的に見える気がする。
と言うより、少年がはやての写真を見てニヤついているのが気になる。
「僕もちょっと興味があるからね……あ、今度は絶対遅刻しないよ?
可愛い女の子との約束に遅刻する程僕も落ちぶれてないし」
「ほう…………興味とな、アコース少年」
「ひっ!? べ、別に変な意味ではないですよ、高町さん。
ただ僕には妹とかがいないもので…………あと、ロッサで結構です」
なんだ、そう言う意味か。
顔を青ざめさせるロッサ坊に安堵の息をつきつつ、俺も名前呼びで構わない旨を伝える。
と言うより、そんなに怖かったのだろうか。
微妙にカリム嬢も腰が引けているような気がするし、シャッハ嬢に至っては身構えている。
首を捻る俺にカリム嬢が場をとりなすかのように手を叩いた。
「それでは、週末のお昼過ぎ、2時頃でいかがでしょう?」
「こちらとしては異存ありません」
「ではそのように予定を組んでおきます。
今日はご足労いただき本当にありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ貴重なお時間をいただき感謝しております」
定型文を伴いながら頭を下げ合った俺とカリム嬢の目が合い、苦笑。
なんとなく、こう言うのは彼女に似合わないと思った。
多分向こうも同じ気持ちなんだろう。
くすくすと忍び笑いが漏れる部屋の中、俺は目の前に出されたカップに手を伸ばす。
白い陶磁器のなかには琥珀色の液体。
最初に俺へと出された紅茶だ。
喉を通り抜ける心地よさに、思っていたよりも喉が渇いていた事を悟る。
冷えても香り立つ品のよい風味が、茶葉の良さを示していた。
尤も、冷えてしまったせいで美味しさは半減していたが。
「あら、いけない。シャッハ、お茶を変えましょう」
「あ、お構いなく。お忙しいでしょうし、すぐに帰りますから」
「どうぞゆっくりしていって下さい。
今日は丸々予定を空けてありますし、貴方のお話も色々聞いてみたいですから。
あ、それともお忙しいですか?」
「あいにく、今日は1日フリーです」
なにせクロノに無理を言って任務が入らないようにしてもらったのだから。
肩を竦めた俺にカリム嬢は嬉しそうに微笑み、シャッハ嬢がお茶の準備をしに退室する。
プライベートでは敬語不要と言われた俺は、そのまま聖王協会の1室で午後の紅茶を楽しみながらしばしの歓談と洒落込むのだった。
追記、カリム──嬢はいらないと言われた──のいれた紅茶は絶品だったとここに記しておく。
あの味は俺には出せないだろう。
と言うかこんな風に考えるようになったのって、父さんや母さんの影響が大きいのかねえ。