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「フェイトさん、はい」
リン姉が小さな袋を手渡すと、それを彼女は嬉しそうに受け取りぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、リンディ提督」
袋を持ったまま彼女はなのはとアリサ、すずかの所へ走って行き、たった今買ったばかりの携帯の話を始めて。
その様子を見ながら俺とリン姉は頬を緩ませた。
「ジンゴ君は行かなくていいの?」
「ま、後で番号教えてもらえりゃ俺は充分さ。で、ユーノは今?」
「クロノに連れられて無限書庫に行ってるみたい」
「げ、予想はしてたけどやっぱあそこか」
無限書庫は本局に併設されている超巨大データベースだ。
管理世界で発行された書物を全て納めている、全世界の歴史が納められていると言っても過言ではない場所。
尤もこれだけ聞けば非常に便利な場所に聞こえるが、実際は管理局の金食い虫兼デッドスペースだ。
理由はその資料の膨大さにある。
求める資料を探すのに、遺跡発掘をするような装備を持って潜らなければならないデータベースなど全世界を探してもここくらいだろう。
もはや、書庫なのに潜ると言う表現をされる時点で間違っていると俺は思う。
どうしても必要な時に何度か利用した事はあるが、
「生きて帰ってこれんのかな、あいつ」
「だ、大丈夫でしょ」
「前に調べ物で入った時なんか遭難しかけたんだよな。
一ヶ月かかって外に出た時は太陽が眩しかったぜ」
おまけにあまりに帰ってこないから遭難して死んだと思われかけていたらしい。
確かにデータはあったけど、なんとか見つけることは出来たけど、もう二度と潜りたくはない。
冷や汗をかいている提督様を見ながら溜息を一つ。
何せあの書庫全く整理が成されていないのだ。
資料を探すのに本来なら遺跡発掘チームを組まなければならないと言うから馬鹿げている。
実際、俺は帰ってこれたが遭難したまま帰ってこないなんて事も多々あるらしい。
おかげで一定以上の実力がなければ単独探索は禁止されている。
「ほら、ユーノ君はその辺り専門家だし」
「まあ発掘民族スクライアだしなあ」
「それにね、クロノのお師匠様達がついてくれてるはずだから大丈夫よ」
「師匠?」
それについては初耳だ。
「クロノの教官が本局のギル・グレアム提督だったって言うのは知ってる?」
「ああ、聞いた事あるな」
「提督の使い魔、双子の猫でね。
フィジカルを専門とするリーゼロッテと魔法戦を得意とするリーゼアリア。
どちらもとても優秀な子達よ」
「へえ」
二人も師匠がいたのか、あいつ。
どうりで動きにそつがないわけだ。
しかし猫、ねえ……
「食われてないよな、あいつ。ネズミだし」
「……フェレットでしょ。大丈夫よ……多分」
「うわ、すっげえ不安。ユーノが食われたらなのはの奴泣くぞ」
俺の歯に衣着せぬ言葉にリン姉は苦笑を漏らし、ふと思いついたように手を叩く。
どうかしたかと彼女の方を向くと、
「そうそう、私今日はこれから本局なんだけどジンゴ君も来ない?」
「本局ってアースラの件でだろ。なんでまた?」
「レティとね、仕事の後会う事になってるの。
話をしてたらジンゴ君にも会いたいって」
「それは仕事? それともプライベート?」
「うーん、三:七って所かしら」
レイ姉か。
そう言や裁判の前日に会ったっきりだったな。
仕事が三ってのはちと気になるが……
頭の中のスケジュールを確認し、即決。
「うん、今のなのは達ならそうそう遅れは取らないだろうし、行くよ」
「本当!? レティに連絡入れなきゃ!」
「って、そんな心底驚かなくてもいいだろ。断ると思ってたのかよ?」
「だってジンゴ君ってこう言っちゃなんだけど結構過保護じゃない?」
「まあ……自覚はあるけど。
でもいつまでも俺が張り付いてるわけにはいかないしさ。
それにあの二人今が成長期だよ、魔力も、戦術も。
実践一回は訓練一〇〇回に勝るから、あまり構いすぎるのもどうかなと思ってる」
っと、なんだこの上から目線。
「そ、それにほら、あいつ等揃いも揃って頑固者だから。
余計な手出しをすると怒られる気がするんだよ」
「ふふ……そうね。そう言う事にしておきましょうか」
くすくす笑うリン姉にばつが悪くなって目を逸らす。
と、アリサと目が合った。
ついでに何やらぎゃーぎゃー騒いでいる。
やれやれ、怒り狂ったアリサにどつかれる前にあっち行きますか。
「じゃあ、また後で」
「ええ、女の子は待たせちゃ駄目よ」
「善処するよ」
アリサの沸点が突破される前にと、俺は小走りで彼女達の輪の中へと向かった。
で、俺は果たしてここにいていいんだろうか?
目の前には初老を通り過ぎた、しかし未だ現役を保ち続けている管理局の英傑。
豊かなグレーの髪と髭を蓄え、その大きな身体を青色の提督服に包んでいる。
その表情は柔らかいとも固いとも取れ、複雑な色をかもし出していた。
「久しぶりだね、リンディ提督。そしてそちらの彼は初めまして、かな」
「ええ」
「はっ、時空管理局本局統幕議長直属執務官、ジンゴ・M・クローベルであります!
お会いできて光栄です、ギル・グレアム提督」
立ち上がり敬礼すると彼はそのまま軽く答礼して。
座っていいとジェスチャーされたので素直に座ると、彼は少しだけ表情を緩めた。
「君もこの前来た高町なのは君と同じ地球出身者と聞いているが」
「はっ、このような容姿ではありますが、自分は純粋な日本人であります!」
「そうか。なのは君にも言ったが私も地球生まれでね。
同郷のよしみだ、そう緊張しなくても構わないよ」
「はっ、ありがとうございます!」
彼の文字を言葉通り素直に受け取り、失礼にならない程度に肩の力を抜く。
提督はそんな俺の様子を見て満足そうに頷くと、すぐさま顔を引き締めリン姉の方を向いた。
どうやら本題に入るらしい。
「闇の書の事件、進展はどうだい?」
「中々難しいですが……うまくやります」
そう言ってから彼女は紅茶のカップを手に取り、提督推薦の紅茶を一口含む。
つかリン姉が茶に大量の砂糖を入れないの初めて見たぞ。
それだけこの人に気を遣ってるって事か?
「君は優秀だ。私の時のような失態はしないと信じているよ」
「夫の葬儀の時申し上げましたが……あれは提督の失態ではありません」
彼女は手の中のカップをソーサーに納める。
本当にここにいてもいいのだろうかと疑問に思いながらも、俺は情報を逃すまいと二人の話に耳を傾けた。
「あんな事態を予測できる指揮官なんて、いませんから」
「……」
それから一〇分ほど、話をして俺達は部屋を辞した。
廊下を歩きながら俺は考え込む。
さっきの会話で分かった事がいくつかある。
一一年前に起きたと聞いている闇の書事件、その総指揮を執っていたのがギル・グレアム提督。
封印したはずの闇の書を運搬していた所再度暴走が起こり、護送艦エスティアごと闇の書をアルカンシェルで沈めたらしい。
その護送艦に最後まで残り暴走を食い止め、艦ごと殉職した知る人の少ない英雄が、クライド・ハラオウン提督。
つまり、リン姉の夫でありクロの父親であった男性だ。
その妻と息子が今度は闇の書を追いかけている、と言う事になる。
クロが時折見せる複雑な表情の原因はこれか。
なんとなく喉に引っかかっていた小骨は取れたが、彼の知らない所で探ってしまったような後ろめたさがあった。
それよりも問題は、何故彼女がこの話をグレアム提督とする時に俺を同行させたかと言う事だ。
聞きたい気持ちもあるが、それ以上に無言で隣を歩き続ける彼女に話しかけにくい方が勝っている。
「不思議そうね」
「……え?」
不意に彼女の方から声を掛けてきたので反応できず、俺は隣に顔を向ける。
彼女は常と変わらぬ、しかし真剣な表情で俺を見ていた。
「顔に書いてあるわよ。『なんで俺を同行させたんだろう』って」
「そう、かな?」
「表情が読みやすいのは執務官としてはマイナスね。
尤も私と二人だけだから気が緩んだんでしょうけど」
まあ、確かに。
仕事中でも軽く肩の力を抜けるくらいにはアースラスタッフを信用している。
クロとリン姉、エイミィは付き合いが濃い分その傾向が顕著だ。
「ちょっとね、知っておいてもらいたかったのよ」
「なんでまた?」
「最近クロノがね、妙に焦っているというか、落ち着きがないというか……
よく考えればあの子もまだ一四歳、仕方ない事なのよね」
「……つまり、俺にストッパーになれ、と?」
「簡単に言っちゃえばそうなるわね。
あの子にきちんと意見できるのってエイミィかジンゴ君になるでしょ?
きっと男の子同士のほうがいいと思うのよ」
「ぬ……」
一〇歩と少し無言で歩いてから、結論を出して首を横に振った。
「多分、必要ないよ」
「え?」
「リン姉が思っている以上にさ、クロは自分で自分をコントロールできてる。
そりゃあいつは隠れ熱血漢だから、時たま頭に血が上りすぎたり、リン姉から見て危なっかしく見えるのかもしれないけど……」
って、人が真面目に話してんのに何笑ってんですか、あんたは。
思わずジト目で睨むとリン姉は顔の前で両手を合わせてごめんねとポーズを取り、それでも笑い続ける。
完全に腹を抱えて爆笑モードだ。
「え……ええ、ごめんなさい。ふふっ、そのっ、ジンゴ君の『隠れ熱血漢』って表現がツボに入ってね」
「原因俺かよ……」
壁に手をついて反省のポーズを取る。
本当は四つん這いで凹みたい気分だったが、場所が場所なのでこのレベルに抑えた。
いや、このレベルでも不振極まりない行動に変わりはないんだが。
「ま、まあ……ああ見えて頭ん中じゃ感情と理性を切り離そうとしてるみたいだからさ。そんな大ポカはしないよ」
前回不意打ちを受けたのはクロのポカと完全には言い切れないと思う。
俺もクロが攻撃されるまで、まったく感じ取れなかったのだ。
焦りによる先行はあったけど、仮面の男と言うイレギュラーがなければ湖の騎士を捕縛できていただろう。
確かに守護騎士達は逃げ足が速く、あの位の無茶をしなければ追い詰める事も難しい。
そう言う意味ではあの判断を間違っているとは断定できない。
「ジンゴ君ってよく見てるわね」
「そうか? 普通だろ」
わかってますと言わんばかりのリン姉の視線に照れ臭くなって頬をかく。
が、ますます生暖かい視線に変わったので、手を下ろした。
何度か迷って、考えていた言葉を口の中で転がす。
踏ん切りをつけると、思ったよりも抵抗感なく、言葉はすらりと俺の口から零れ落ちた。
「数少ない男友達だしさ。ありえないとは思うけどもしもあいつが暴走したなら……」
足を止め、彼女に完全に向き直る。
真っ直ぐに彼女の目を見つめ宣言した。
「他でもない俺が止めるよ。あいつの……クロノ・ハラオウンの友人として」
「そう。幸せ者ね、あの子は」
そう柔らかく笑ったリン姉から目を逸らす。
照れ隠しはきっと見抜かれているだろうけど、少し早足で彼女の前に出て赤くなった頬を隠した。