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三日間、ベッドの上にいるのは苦痛だったが、そう暇にもならなかった。。
館内は未だ慌ただしく、出来る事の少ないなのはやユーノがちょくちょく顔を出しに来ていたし、ばあちゃんへの報告書の作成や提出などがあったからだ。
おつとめを終えた後は右肩を固定し吊るした状態ではあるが、俺も事後処理に駆け回る羽目になった。
出歩けるようになった俺が最初に向かったのはフェイトの所だ。
彼女に、あの庭園での事を謝る為である。
尤も彼女はなぜ俺がわざわざ会いに行ったのか、いまいち理解していない風ではあったが。
思うのだ。
もしあの時、俺がアリシアを顕現させていなかったら、プレシアとフェイトは親子の絆を結び直せたのではないかと。
「――いいんだ。でも、ありがとう」
逆に礼を言われた俺は訳が分からないと首を捻り、それにフェイトはほんの少しだけ、事件後初めて微笑んだ。
「アリシアと話させてくれたし、庭園に行く前にも言ってくれた。『待ってる』って。
私の生まれは普通じゃないけど、私は『私自身の魂』を大切に、アリシアとは別の人間として生きていくよ」
それは彼女にあの時投げかけた問いの答え。
アリシア・テスタロッサの想いが彼女の中に息づいている。
それがちょっと、いやかなり嬉しかった。
尤もそのすぐ後に、あの子の所まで放り投げられたのはびっくりしたけどと付け加えられ平謝りしたけど。
その後は笑顔がほんの少しだけ綺麗になった彼女を助ける為、クロと二人で奔走する日々。
次元震の影響が大分薄れようやく海鳴へのゲートが使えるようになった頃、食堂で一つの会話があった。
「あの人が目指していたアルハザードって場所、ユーノ君は知ってるわよね?」
リン姉が出したのはそんな御伽噺の話題。
利き腕の使えない俺は、不器用な左手で飯を食いながら話を聞く。
「はい、聞いたことがあります。
旧暦以前、前世紀に存在していた空間で、今はもう失われた秘術がいくつも眠る土地だって」
「だけど、とっくの昔に次元断層に落ちて滅んだって言われてる」
「クロ、エイミィ」
「どうもー」
事後処理が一段落したらしい二人が席に着く。
尤もエイミィは先ほどまで眠っていたのだろう。
いつもよりも癖っ毛の癖が強い。
「あらゆる魔法がその究極の姿に辿り着き、その力を持ってすれば叶わぬ望みはないとされたアルハザードの秘術。
時間と空間を書き換える事が出来る魔法、失われた命をもう一度蘇らせる魔法、彼女はそれを求めたのね」
「はい」
「でも、魔法を学ぶ者なら誰もが知っている。
過去を遡る事も、死者を蘇らせる事も、決して出来はしないって」
補足したクロはそこで大きく溜息をついた。
彼なりに思う所があるのだろう。
「だから、その両方を望んだ彼女は御伽噺に等しいような伝承にしか頼れなかった。頼らざるを得なかったんだ」
「でも、あれだけの魔導師が自分の命さえかけて探したのだから……彼女はもしかして、本当に見つけたのかもしれないわ、アルハザードへの道を。
今となっては、もうわからないけどね」
だけど、俺は思うんだ。
「……もし、さ」
呟いた俺に全員の視線が集まる。
俺はそれを気にせずに、心に溜まっていた言葉をそのまま外に出す。
「綺麗事かもしんないけど、もしそんなものがあったとしても縋っちゃいけないと思うんだ」
脳裏に浮かぶのはお袋から聞いた、分家の誰かが起こした事件。
「俺はまだ、自分にとっての一番大切な人を亡くしてないから思うのかもしれない。
けど、もしそれで過去を取り戻しても、きっと俺は笑えない。…………だって」
持っていたスプーンを置く。
かちゃんと立てた音が妙に響いた。
「だって嘘になっちゃうだろ、悲しみがあって、それでも生きてきた事が。
喜びも悲しみも、それを乗り越えようとした自分自身の想いも。
自分の悲しみに他の誰かを巻き込んで悲しい想いをさせるなんて……悲しみの連鎖が続くなんて……俺には耐えられない」
そうだろ、姉さん。
「亡くした人が、優しい人であればある程……そんなの、悲し過ぎるよ」
「……そうね」
静かになった食堂に、リン姉の同意の言葉が響いて消えた。
肝心な時にいつも力になれない俺の言えたことじゃないかもしれないけど、それでもそんなのは嫌だって思うんだ。
「あ、悪い。なんか俺一人だけ喋っちゃって」
「いえ、私も悪かったわ。食事中話す事じゃなかったわね」
気を取り直すかのようにリン姉がスプーンを持ち直した。
「冷めない内にいただきましょう」
「……なのはには多分、アースラでの最後の食事になるだろうし」
「うん」
「お別れが寂しいなら素直にそう言えばいいのになー」
リン姉に倣って言葉を発したクロに、エイミィがそれを茶化すように言う。
それでようやくいつもの空気が戻ってきた。
「クロノ君てば、照れ屋さん」
「な、何を!?」
「なのはちゃん、ここにはいつでも遊びに来ていいんだからね!」
「はい、ありがとうございます」
「エイミィ! アースラは遊び場じゃないんだぞ!」
からかわれている事に気付かないクロが慌てて突っ込む。
が、周りはにやにやとクロを見ているだけだ。
「まあまあ、いいじゃない」
「ええっ!?」
「どうせ巡航任務中は暇を持て余してるんだし」
「リン姉、クロは自分で無理矢理仕事作ってるからそうでもないよ。仕事の虫だし」
「ジンゴ!? 僕は君にだけはそれを言われたくないぞっ」
「俺はばあちゃんからの任務以外は基本的に動かねえもん」
「嘘つけぇっ!」
怒るクロにそれを飄々とかわす俺。
食堂に皆の笑顔が溢れる。
こうできてる内は、こんな筈じゃなかった事ばかりの世界もそう捨てたもんじゃないさ。
そしてなのは達が帰る朝。
ミッドへのゲートが安定するまでの間ユーノは高町家に世話になる事になったので、今はフェレットモードでなのはの肩に乗っている。
「キュ」
……そこまでフェレットになりすまさなくても。
わざわざ鳴き声で返事をするユーノに苦笑。
「それじゃ、今回は本当にありがとう」
「協力に感謝する」
握手するクロとなのはの側で、俺はユーノに突っ込みたい衝動を抑えた。
一応空気は読んでいるつもりだ、これでも。
「ジンゴ君は?」
「俺はもうちょい残ってやれる事をやってくさ」
「そっか」
「フェイトの処遇は決まり次第連絡する。大丈夫、決して悪いようにはしない」
「俺の方からも手を回すから、そんなに酷い結果は出てこないと思うぞ」
「うん、ありがとう」
すっとリン姉が肩上のユーノに顔を近づける。
「ユーノ君も帰りたくなったら連絡してね。ゲートを使わせてあげる」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、そろそろいいかな?」
別れの挨拶が一段落した所でコンソールを弄っていたエイミィが声を上げた。
「「はーい」」
「それじゃ」
「うん、またね。ジンゴ君、クロノ君、エイミィさん、リンディさん」
俺たちが手を振ると、なのは達は光の中に消えていった。
それを見送ってからぐっと伸びをする。
「さ、もう一頑張りするか、クロ」
「ああ、最善を引き寄せよう」
「おう!」
こつんと拳をかち合わせ、俺達は意気揚々と次の戦場へ向かう。
俺達が彼女達にしてやれる事は、まだまだたくさん残っている。