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目の前に程よく筋肉の付いた腕が突然差し込まれる。
当然ながら止まらなければぶつかるわけで、急制動をかけた身体が軋みを上げた。
腕の向こうを見遣れば、先程まで俺と相対していた白銀も似たような様子だ。
≪そこまで! 一時休憩にしましょう、主≫
「…………ベオ、か」
肩で息をしながら腕の持ち主に焦点を合わせる。
俺も白銀も見た目はボロボロ。
だが、互いに決定打は与えられていない。
≪邪魔すんじゃねえよ、ベオウルフ。今いいとこなんだ≫
≪いや、止めさせてもらう。今の主は生身を持った人間だ。
戦闘開始から早二〇時間。お前はいいかもしれんが、主が限界だ≫
≪ちっ、不便だな。人間ってのはよお≫
に……二〇時間、ね。
どうりで腹減ってるし頭がふらつくわけだよ。
俺の思考とは関係なく、不満そうに白銀が背を向ける。
小刻みに苛立ちを現すよう揺れる尻尾が、今のあいつの機嫌を示していた。
俺はその動きを見ながら呼吸を整える。
運動をやめたせいで噴出してきた汗が不快だ。
ベオが差し出したタオルを受け取り身体を拭くと、重い身体を休ませて彼に向き直る。
「何か外は動きがあったか?」
≪いえ、特には何も。ただ、なのは殿とクロノ殿からメールが届いております≫
「なのはとクロから?」
端末を受け取り起動させる。
なのはの方は特に目新しい情報はない。
今日はフェイトが学校に来たと言う報告と、いつ高町家に戻るのかの確認。
それと以前学校で話題に出ていた、
「八神はやて、か」
すずかの話で足が悪いらしいとは聞いていた。
その彼女が入院したとかで今日皆でお見舞いに行ったとの事。
何もこんなに事細かに報告しなくても、と言うほど詳細に見舞いの内容が書かれている。
グループの白一点である俺が用事で行けなかったのを残念がっていたようだ。
「随分人当たりのいい子みたいだな」
アリサやなのはが物怖じしないと言うのもあるのだろうが。
なのはが八神と話した内容から垣間見える彼女の人柄は中々のものだ。
とても幼い頃両親を亡くし、足が不自由な状態にあるとは思えない。
尤も、今彼女は遠縁の親戚と暮らしているらしいが。
缶詰を開け、干し飯を頬張りながら続いてクロのメールを開く。
ん、こいつは……
頭を仕事用に切り替えると文章をスクロールしていく。
最後まで読んで溜息をついた。
ここに書いてある事が真実なら、あの騎士達はこいつを知らない可能性が高いって事か……
以前の仮説が信憑性を帯びてきたが全然嬉しくない。
≪主?≫
「ん、どうした?」
≪いえ、何か難しい顔をしていらっしゃったので。トラブルですか?≫
「いや……そうだな。丁度いいから白銀も聞いとけ」
≪なんだ? くだらねえ事ならぶっ飛ばすぞ、ジン≫
未だ不機嫌な相棒に一つ苦笑を漏らし、次いで顔を引き締める。
「闇の書に関する調査の中間報告が上がってきた。敵の情報はあった方がいいだろ?」
≪けっ……≫
特に態度を変えようともせずに、白銀はその場に寝そべる。
が、耳をこちらに傾けている事は分かったので気にせず続ける事にした。
「まずは闇の書の正式名称。“夜天の魔導書”と言うそうだ。ベオ、聞き覚えはあるか?」
≪いえ、流石に聞き覚えはありません。
ですが星空と夜天、意味する所はかなり似ています。
やはり、かの魔導書である可能性は高いですね≫
「ああ。本来は各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して研究する為に作られた、主と共に旅する魔導書。
お前の言ってたコンセプトとも重なってる。十中八九、間違いないだろ」
クロから届いたメールはとても端的なものだった。
いくら短時間とは言えこの資料が出てきたのはあの無限書庫で、調べたのは発掘民族スクライアのユーノだ。
情報の信憑性は高く、出てきた資料が少ないと言う事は、書に関する資料の母数が元々少ないのだろう。
『闇の書に関する中間報告書 作成者:クロノ・ハラオウン
正式名称 : 夜天の魔導書
各地に散った偉大な魔導師の技術を蒐集し研究するための魔力蓄積型ストレージデバイス。
開発コンセプトは『主と共に旅する魔導書』
破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主のいずれかがプログラムを改変した為と推測される。
この改変により、旅をする機能、破損データの修復機能が暴走。
闇の書の特徴である転生・無限再生が付与される。
最も凶悪な変化は主に対する性質。
一定期間蒐集がなければ、主自身の魔力及び資質を侵食。
また、全六六六頁が埋まり完成した場合、無差別破壊の為主の魔力を際限なく使用。
停止及び封印方法については引き続き調査中。
推測ではあるが、完成前の停止は困難だと思われる。
これは書の完成後、真の主と認証された者のみが管理者権限を使用できる事に起因。
プログラムの停止及び改変には管理者権限が必要との事。
外部より操作を試みれば、書が主を吸収、再び転生するシステムが存在する。
以上が無限書庫にいるユーノからの報告を纏めた物だ。
一応書いた通り調査は続けてもらってはいるが、簡単に見つかるような物なら闇の書事件はこれまでに解決している事だろう。
あまり期待しないで待っていてくれ。
追伸・訓練するのはいいが体調には気をつけておくように』
≪……見事に用件以外が殆どねえメールだな≫
「そう言ってやるな。きちんと忠告も入ってるし、クロは基本仕事に忠実なんだよ」
耳をぶるりと振ってから白銀が詰まらなそうに吐き捨てる。
その様子に苦笑を漏らして、ベオが沈んだ顔をしている事に気付いた。
元々年代を同じくする魔導書の、変わり果てた姿かもしれない物を知ってしまったのだ。
ましてやベオとあの守護騎士達の原典は同僚だったと言う。
心中複雑なのは仕方ない事なのだろう。
歩み寄り、肩に手を乗せる。
ベオウルフは俺の顔を見ると眉尻を下げた。
≪申し訳ありません、主。見苦しい所を見せました≫
「いや、構わないさ。俺と違ってお前はあいつらに思う所も多いだろうしな」
≪ええ。……主、彼等はこれを知らない可能性があるのですね≫
「ああ。改変された事実が出てきた事で可能性が高まった。
ここまでの調査じゃ守護騎士の守の字も出てきてない。
って事はあいつらは後から付け足されたんだろ?」
以前ベオウルフから聞いた事がある。
剣環の管制人格であるベオは、各代の者が加えた変更を把握していると。
尤も各代と言ってもベオの場合二人しか存在しないが。
一方、守護騎士は管制人格ではない。
ロストロギア本体と同格の管制人格自体を改竄するのは難しいが、そうでない守護騎士達は書と繋がってはいるものの、魔導書の下位に当たる。
ならば、書の方から改変が流れ込んでもおかしくない。
≪そう……ですね。
本体もしくは管制人格にそう設定しておけば、偽の情報を真だと思い込ませる事は容易いと思います≫
「やっぱり……か」
舌打ちする。
仕事なので仕方のない事だし、すでに存在する以上否定できない事ではあるが、この手の話、俺は嫌いだ。
彼等は俺の半身であるベオと同じ存在。
泣きも怒りも笑いもする、俺にとっては人と変わらぬ者達だ。
なのにどうして物を扱うような話し方をしなければならないのか。
俺の舌打ちを耳ざとく聞きつけた白銀が馬鹿にしたように牙をむく。
≪相変わらず甘ちゃんだな、てめえは≫
「……そんな事、前から知ってるさ」
≪いいや、わかっちゃいねえよ、お前は。事実は事実として認めろ。
俺も、ベオウルフも、あいつらも、元を正せばただの物だ≫
「うるせえっ」
わかってる。
わかってるよ、そんな事は。
こんなの俺の感傷だって事くらい。
≪割り切れよ、ジン≫
「黙れっ」
≪っ……≫
なのに、相棒の言葉がこんなにも、重い。
≪それでも……≫
ベオの落ち着いた声で我に返る。
白銀は不満そうな顔で口を噤んでいた。
俺は今、なんて言った?
こいつらに対して命令なんて、したくないと思ってたのに。
しちゃ、いけないって、思ってたのに。
ベオが白銀を宥めるようにゆっくりと彼を撫でる。
その手つきは酷く不器用で、二人を見ながら猛省した。
ホント、何、やってんだよ……
≪それでも、我々は主のそのような所を好ましく思います≫
「……え?」
俯きがちだった顔を上げる。
ベオは凪のように穏やかな笑みを浮かべ、白銀はふいと顔を逸らす。
二人の対応が対照的すぎて、少しおかしい。
≪白銀の言い方はきついですが、心配なのですよ。
いつか貴方が溜め込んでしまったものが、爆発してしまうのではないかと≫
≪ベオウルフ、余計な事言うんじゃねえよ≫
不機嫌そうに言い放った彼はそのまま俺に背を向け、
≪休憩は三〇分延長だ。それまでにそのしけた面どうにかしておけ。
俺と戦う時にそんな面してやがったら、今度こそ噛み千切るからな≫
それだけ言うと白銀は訓練室の隅まで移動し、再び寝そべった。
その様子に彼が本当に俺を心配してくれていたのだと気付く。
もう一度ベオを見ると彼は一瞬白銀を見遣ってから、悪戯っ子のような笑みを見せた。
≪気にされなくても大丈夫です。
白銀のあれは最近流行のツンデレと言うやつですから≫
≪ベオウルフ!≫
≪おお、怖い怖い≫
普段見せないような表情でベオは肩をすくめる。
俺はと言えば、あのベオウルフがこんな事を言うのが意外すぎて固まってしまっていた。
端的に言えば、キャラ違うだろお前、と言う感じで。
≪主?≫
「っ!? あ、ああ……あのさ、ベオ」
≪なんでしょうか?≫
「白銀」
≪あ?≫
「ありがとう、な」
彼等に、こんな俺についてきてくれる相棒達に惜しみない感謝を。
俺達の関係は対等ではないのかもしれないけど、それでも対等でありたいと、あり続けたいと思う。
二人共、否、ロブトールを入れれば三人共俺の大事な相棒だから。
とても嬉しそうに笑うベオウルフと、俺の言葉を鼻で笑いながらもその尾を振り始めた白銀に、俺は今出来る最高の笑顔を贈った。