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≪主、外部から通信です≫
「っ、は……繋いで、くれ……」
肩で息をしながら指示を出すと目の前に通信ウィンドウが出現する。
映し出されたのは酷く不機嫌そうに眉間に皺を寄せたクロ。
『ジンゴ! 君はいつまで訓練室を占領する気なんだ!』
「……あ? もう、そんなに……時間、経ってんのか?」
『約束したのは昨日までのはずだぞ!』
ああ、もうそんなに経ってたのか。
この熱中すると時間忘れる癖はどうにかしねえとな。
外部と遮断された訓練室に時を示す物は一切存在しない。
そのせいで約束の期日が過ぎている事にさっぱり気付けなかった。
呼吸を整えながら反省していると、クロの表情が心配そうな物に変化する。
『随分とボロボロだが……大丈夫なのか?』
「ああ、目的は達したよ。今は、まあ……調整をしていた所だ。
そっちはあれから何か進展はあったか?」
『いや、闇の書の方は何も。
最近は守護騎士達もかなり遠出しているようでね、上手く足取りが掴めてないんだ』
「? そうか……」
クロにしては微妙なその言い回しに疑問を持つが、当たり障りのない返事をした。
とりあえずもう訓練室を出ないといけないだろう。
ちらり白銀にアイコンタクトを送ると、仕方ないとばかりに彼が頷く。
≪まあ俺としちゃまだまだ不満はあるが……一応合格点を出しておいてやる≫
「ん、サンキュ。クロ、これから出るから」
『わかった。なのはもフェイトも君を心配してた。早く顔を出してやれ』
そっけなく言うと、あちら側から通信が切れた。
クロの表情等から考えると、あいつも大分心配してくれていたのだろう。
彼の不器用な優しさにほんの少しだけ頬を緩ませると、白銀を元に戻した。
「ベオ、結界ありがとな」
≪解。いえ、この程度でしたら、いつでも≫
ベオウルフは結界を解くと俺の中へと戻っていく。
なんとなく、左胸を押さえて苦笑。
まったく、俺の相棒達は心強すぎるってなもんだ。
あんまり頼りになり過ぎると俺自身が怠けちまうんだけどなあとぼやきながら訓練室のロックを外す。
新鮮な空気が流れ込み、予想以上に自分が臭う事に気付いた。
何はともあれ、まずは身体の汚れを落とさないと人に会う事も出来なさそうだ。
俺は誰にも会わぬよう細心の注意を払いながら足早にシャワールームを目指した。
「お疲れさん、エイミィ」
「あ、ジンゴ君。無事だったんだ、よかったあ」
「あのな……ただ単に訓練してただけで無事も何もないだろ」
「だってジンゴ君、訓練室に篭りっきりでうんでもなきゃすんでもないんだもん。
食事とかどうしてたの?」
「一応一週間分の食料は持ち込んでたさ。
とは言え保存が利く缶詰が中心だったけどな」
担いでいた鞄をひょいとエイミィに見せてアピールする。
ガチャリと音を立てた袋の中に入っているのは、大量の空になった缶詰とペットボトルだ。
行きは相当な重さがあったのだが、今はかなり軽い。
「うっわー、一週間ずっと缶詰生活だったの? よく平気だったね」
「缶詰でも色々とバリエーションはあるし、潜入系の捜査で一ヶ月レーションの事もあったから慣れてんだ。
とは言え流石に温けえ食事が恋しいけどな」
「食堂で食べてく? もう動いてるけど」
「いや、高町家に戻って桃ちゃんの手料理でも食うさ。
って言うかアースラの整備、終わったんだな」
「何を今更。ジンゴ君が篭って三日目にはもう動き始めてたよ。
今は地球の衛星軌道上で待機中」
エイミィは俺の言葉に呆れながらも軽快にコンソールを叩き続ける。
目の前の巨大モニターが切り替わると、宇宙空間に浮かぶ青い星が映し出された。
綺麗だな、と漠然と思う。
今も人類に汚され続けている地球は、ここから見るとそんな事は関係なしに美しい。
地球の環境問題が叫ばれているのが嘘のようだ。
「護りたい、な」
「ん? 何か言った?」
「うんにゃ、なんでもない。俺が篭ってる間、何かあった?」
呟きを耳ざとく聞きつけたエイミィを軽く誤魔化す。
別に知られても構わないのだが、少し恥ずかしい気がしたのだ。
再度モニター内の青い星を見る。
もし、本当に地球に主がいるのならば、場合によってはあの星はこの艦によって沈められる事になるのだろう。
そうはさせないと今一度決意を新たにする。
「んー、特に変わった事は……ああ!」
クロに聞いた時点では進展なしだったはずなのだが、彼女には何か心当たりがあるらしい。
大した事じゃないんだけどね、と彼女は前置いて続けた。
「クロノ君がちょっと変なんだよね」
「クロが?」
「うん。なんか最近考え込んでる事が多くて。
この前は一人で調べ物してたし。
クロノ君は個人的な事だって言ってたけど……」
ふと先程通信した時の違和感を思い出す。
クロらしからぬ、歯に何かが詰まったような物言い。
エイミィがこんな風に言うと言う事は、やはり何かあったのだろう。
生真面目な彼が大きな事件を抱えた状態で、他の、しかも個人的な調べ物をすると言うのは考えにくい。
と言う事は、
「何か掴んだ……か。
まだ確定情報じゃないか、それとも言えない事情があるってとこかな。ま、問題ないだろ」
「んー、よくわかんないなー。
って、ジンゴ君、クロノ君を問い詰めなくていいの?」
「今の所そのつもりはないな。
クロが言わないって事は、俺が知っても仕方ないか、もしくは関わって欲しくない事なんだろ。
本当に必要ならあいつの方から言ってくるよ」
肩をすくめてみせると彼女は感心したような様子を見せて。
次いでにんまりと笑うと茶化すように続ける。
「信用されてるねえ、クロノ君」
その言葉に俺は片目を瞑り、指を振って訂正した。
「信頼だよ、エイミィ」
ゆさゆさと意識が揺さぶられる。
心地よいまどろみの中をたゆたう俺は、それを不快に思い、拒否するように寝返りを打つ。
「どうしよう……起きてくれないよ……」
「なのは、私が。ジンゴ……ねえ、ジンゴ、起きてよ」
「んー……」
先程までよりも強く揺さぶられる。
遠くで困ったような女の子達の声が聞こえて。
だけどこの気持ちよさが手放せなくて、仕方なく俺は遠くの方で口を開いた。
「ジンゴ君、ねえ、もう起きてよ」
「あと三日……」
「「寝すぎだよ!?」」
「ぐふっ!?」
突如、腹の部分が圧迫され、寝てるどころじゃなくなった俺は目を開く。
ぼやけた視線の先、揺れるのは栗色の髪。
脇から覗き込むような金色。
徐々に視界が回復してくる。
「あ、やっと起きた。ジンゴ君、おはよう」
「ジンゴ、おはよう」
「……なのは、重い」
その台詞に俺の上に跨っていた子猫はぷくっと頬を膨らませた。
不機嫌そうに彼女が身体を揺する度、内臓に大ダメージが与えられるので正直早くどいて欲しい。
「た……のむから、早く……どいてくれ。……苦しい」
「なのは……」
「もー、女の子に向かって重いなんて、ジンゴ君失礼だよ」
ぶつくさ言いながらもようやく彼女が下りてくれて。
解放された身体は貪欲に空気を求める。
が、その勢いがよすぎたせいでむせ返った。
「ご……ぐほっ……はっ、ごほっ……あー……」
上半身を起こすと目の前にはなのはとフェイト。
なのははいかにも私怒ってますと言った雰囲気でむくれており、フェイトはそんな彼女を宥めながらも苦笑している。
………………ああ、そっか。
ここ、俺の部屋か。
目に入ったのが無機質なアースラの訓練室出なかった事に一瞬混乱し、その衝撃で急激に脳が覚醒してくる。
アースラから高町家へ帰って来たのは午前四時頃だった。
だけど現在窓から入ってくる光は茜色。
どうやらもう夕方らしい。
帰って来てばたんきゅーと倒れこんでから、ノンストップで爆睡してしまっていたようだ。
頭をガリガリとかいてから、まだ二人に挨拶していなかった事に気付く。
「おはよ、なのは、フェイト。凄いな、半日眠ってたのか、俺は」
「あ……」
「違うよ、ジンゴ君。今日はもう二一日。ジンゴ君は一日半眠ってたんだよ」
「………………………………は?」
一日、半……だって?
ぽかんと口を開けてしまった俺を見て二人が失笑した。
慌てて携帯を開くと、なのはの言う通りの日付。
どんだけ疲れてたんだよ、俺。
「昨日も今朝も、ジンゴ君を起こしたんだけどちっとも起きてくれなくって。
仕方ないから学校は欠席になったの」
「アリサもすずかも心配してたよ。
予定よりも長く休んでるからどうしたんだろうって」
「もちろん私達もね。ジンゴ君、全然起きないんだもん。
一週間訓練室に篭るって聞いてたけど、いったいどんな訓練してたの?」
「あー、悪い。訓練中あんま寝らんなかったからさ。
気が抜けて一気に寝入っちまったみたいだ。
どうりで腹が減ってるわけだよ」
何せ白銀の興が乗ってくると睡眠どころの話ではなくなるのだ。
あまりに長引くとベオが止めてくれるのだが、それも長引けばの話。
心も身体も限界ギリギリまで追い込んでいた自覚はある。
大丈夫? と心配げにこちらを見てくる二人に少しだけ笑いかけてベッドから立ち上がった。
腹の虫は今にも鳴きそうだが、身体は軽い。
疲労はほぼ完全に取れているようだ。
ぐっと足に力を籠めてバク宙。
着地して身体のどこにも不具合が出ていない事を確認する。
どうやら体調は万全らしい。
「っし、オッケ。完全回復!」
「ふええ……ってびっくりするからいきなりあんな事しないでよ!」
「うん、元気そうだね。これなら明日からは学校行けそうだよ」
「学校……」
心底めんどくせえなと思っていると、顔に出ていたのかなのはから突込みが入った。
「ちゃんと行くんだよ。あと三日で冬休みなんだから」
「そんくらいならもう休んでもいいと思わねえ?」
「駄目だよ。アリサもすずかもジンゴが学校に来るの待ってるんだから」
「かったりい……」
「それ、お母さんの前でも言える?」
「行かせていただきます!」
なのはの言葉を聞いた瞬間、笑ってるのに笑ってない桃ちゃんの顔がよぎり思わず姿勢を正す。
つい敬礼までしてしまった俺を見ながら、二人はしてやったりと微笑んだ。
彼女達の様子を見ながらやれやれと肩をすくめ首を振る。
ま、元々実際にサボろうとは思ってなかったからいいけどな。
聞こえるのだ、音が。
終局へ向けて加速していく、運命とやらの歯車が鳴らす耳障りな音が。
もうすぐ、何かが起こる。
そんな確信を持って、俺は窓の外を見上げた。
日は落ちて、きらめき始める一番星。
目を瞑り、アースラから見たこの美しい星の姿を思い出す。
護るさ、俺の全身全霊で。
一度だけくっと口角を吊り上げ、俺は九日ぶりに話す二人と日常に埋もれていった。