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リリカルなのは二次小説中心。 魂の唄無印話完結。現在A'sの事後処理中。 異邦人A'sまで完結しました。
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 1番古い記憶はいったいなんだっただろうか。
 今はもう遥か遠くにあって、思い出せる事は本当に少ない。
 だけどこれだけは言えるはずだ。
 俺は父さん達に育ててもらった事を誇りに思っているし、本当に幸せだった。
 幸せ、だったんだ。
 こんな日々がずっと続いていくって信じて疑っていなかった俺は、今思うと本格的に腑抜けていたのかもしれない。
 じゃあなと笑って大学の友達と別れた日。
 卒業後も会おうと固く約束して手を振ったあの日。
 俺は幸せと言うものがいかに脆くて、容易く崩れ去ってしまうものだったのかをようやく思い出したんだ。




 いつもの帰り道。
 駅前の商店街を抜けて、もう染み付いてしまっている動きに任せ歩を進める。

 昨日までは友人との卒業飲み会が入っていたが、今日は家族で俺の卒業祝いをすると前々から決まっていた。
 仕事が忙しいはずの父さんも、今日は早めに帰ってくると約束してくれていて。
 残業なんかは大丈夫なのかと心配する俺に、父さんはそんなもんよりお前の方が大事だと豪快に笑い飛ばしていた。
 警察官である父さんは突然事件が入って家を留守にする事も多く、休日でも慌しく家を出て行くイメージがある。
 お袋は走っていく父さんの背中を見送って、いつも「放っておけない人なのよ」と寂しそうに微笑んで。
 そんな父さんが何が何でも時間までに戻ってくると宣言していったものだから、俺も今日の夕食が凄く楽しみで。

 迷いなくマンションのエントランスを突っ切り、エレベーターに乗る。
 俺の家は7階、10階建てのマンションの中では少し高めの位置で。
 毎度の事ながらエレベーターでかかるGは気分が悪いとか思いながら、俺は開いたドアから廊下へ出た。
 そのまま角の706号室に辿り着き呼び鈴を鳴らす。

「ん? ……おかしいな」

 いつもならすぐに返事があって、お袋がドアを開けてくれるのだが。
 違和感を感じながらも少しばかり待ってみたが、お袋が出てくる気配はない。
 顔を上げ、ドアの上、電気メーターが回っていない事に気付き、買い物にでも出かけているのかとポケットから鍵を取り出した。

「あれ? 開いてら」

 鍵を通そうとして気付く。
 鍵穴はすでに回った状態になっており、鍵はかかっていないようだ。
 それを訝しく思いながらも、俺はドアノブを捻って。
 あっけなく開いたドア、目に入る室内はやはり暗く、靴を脱ごうとした時それが視界に入った。

「なんだ、父さん帰ってるじゃんか」

 玄関に揃えて置かれているのは父さんの黒い革靴。
 きれいに揃えられていると言う事は、多分お袋がやったのだろう。
 父さんはいつも靴やスーツを脱ぎ散らかしてお袋に叱られているから。

 まさかとは思うけど、帰ってきてから2人で出かけたのかな?

 そう思い靴箱を開くが両親のスニーカーはきちんとその中に存在していた。
 普段ならこんなものを確認する事なんてない。
 声をかけながらさっさと部屋に入って終わりだ。
 だと言うのにこの日、いつもと異なる行動を取ったのは、多分俺なりに嫌な予感を覚えていたせいだろう。

 変だぞ、これ。

 ここに来てようやく俺は自分の予感が確信に変わりつつある事を理解した。
 うちの両親は約束事には煩い。
 前々から予定していた俺の卒業祝いを忘れて2人で出かけるなんて考えづらいし、何よりも父さん達の靴は全部揃っている。
 靴があると言う事は、買い忘れた物を思い出してスーパーへ行ってる等の線も消えると言う事だ。

 なんだよ……おかしすぎるだろ。

 じわり、手に汗をかいたのが分かった。
 背中に伝う悪寒を感じながらも、靴を脱いだ俺は音を立てぬよう忍び足でリビングへと向う。
 電気をつける、なんて頭は働かなかった。
 嫌な予感ばかり膨れ上がるのとは裏腹に、これはサプライズで、ドアを開けたらクラッカーが鳴って、父さん達に臆病者だと笑われるのかもしれないとか、平和な思考もどこかで回っていた。
 リビングに続くドアのノブに手をかける。




 そうして俺は、ゆっくりと、パンドラの箱を……開けた。




 キイ、とドアの軋む音が妙に耳に障ったのは、どこかでこの事を予測していたからかもしれない。
 開けた瞬間期待していたクラッカーは鳴らず、ただ暗がりのリビングだけが広がっていて。
 もはや冷や汗を隠す事なく俺は部屋の中を見回す。
 そうして見つけた。
 見つけてしまった。
 ソファの側、不自然に重なった何かがある事に。

「────っ!? 父さん、お袋!」

 駆け寄る。
 重なり合った人影は間違いなく俺の家族のもので。
 2人の無事を確かめる為手を差し出した瞬間、ぬるりとした感触に時が止まる。

「……ひっ!?」

 生臭いそれは生物が生きる上で必要不可欠な物。
 血液、だ。
 それは仄暗いリビングの中でも月の光を受け、毒々しく輝いていて。
 思わず胃が反転するような感覚と共に何かがせり上がって来る。

「ぐっ……げえええええぇぇぇっ」

 吐いた。
 逆流した物が全てリビングの床を汚して、昼飯に食ったもの全てを吐き出し、もう何も出す物がないはずなのに更に吐いた。
 生理的に目じりに涙が浮かぶが原因はそれだけではない。
 何より、優しかった両親を見て吐いてしまった事が悲しかった。
 カタンと背後に物音を捉えたのは俺の耳。
 再び急激に膨れ上がる嫌な予感に振り向こうとした瞬間、

「ぐがっ!?」

 何か、衝撃を受けて地面に転がった。
 くらくらする視界の中、確認できるのは俺が先程までいた位置に立つ、黒い人影。

「ちっ、まだ家人がいやがったのか」

 心底忌々しげに発された声は、底冷えするような感情を籠めて放たれた。

 くそっ、視界が……

 どうも今ので脳震盪を起こしてしまったらしいと、冷静などこかが判断する。
 だけどそれもそこまでだった。
 奴は、お袋を庇う様に重なっている上へ重なっている父さんからずるりと何かを抜き取って。
 月明かりを反射して光るそれは、刃渡り15cm程のチンピラが持ち歩いていそうなナイフだ。
 血液を落とすように振るわれたナイフから液体が飛ぶ。
 その一部がぴしゃりと俺の頬に張り付き、奴が荷物をどかすかのように父さんを蹴り飛ばした。
 瞬間、脳が灼熱に犯された気がして。

「仕方ねえ。とりあえず――」
「うっおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「なっ!?」

 跳ね起きる。
 ふらつく足はそのままに、ただ一心に人影へとぶつかっていった。
 瞬間、感じたのは腹部への熱。
 それに構う事なく奴を引き倒した。

「ぐっ」
「ああああああああっ」

 立ち上がり無我夢中で目の前の影を蹴り飛ばす。
 よろけ、立ち上がってきた相手に向って全力で踏み込んだ。

『知ってるか? 格闘技ってのはよく考えられててな、地面を踏んだ力をそのまま腕に伝えられれば凄い威力を発揮するんだ。それこそお前くらいの体格の奴が2mを超えた男を容易く打倒できる位にはな』

 沸騰した脳にふとよぎるのは、俺に格闘技を仕込んでくれた先輩の言葉。
 以前から趣味としてただただ何度も繰り返してきた動きに忠実に、寸分の狂いもなく捻られる腰。
 足の裏に感じるのは力強い大地の感触。
 拳は握らず、ただ掌底を形作って。
 流れに逆らう事なく打ち出される腕に、乗せられるのは地面から伝えられた膨大なエネルギー。
 薄暗い部屋の中、男の歪んだ顔が何故だかよく見えて。
 俺の腕がゆっくりと、本当にゆっくりと奴の腹に吸い込まれていく。
 右手に伝わるぐにょりとした感触、次いで聞こえるごきりと言う生々しい音。
 突き抜けた衝撃が果たして何を破壊したのか、脳が処理する事を拒否して。
 でも相手の頭が下がったのを見て、反射的に身体は動いていた。

「せいやあっ!」

 単純な右回し蹴りは下りてきた奴の頭を刈り取って。
 同時に、自分の中で何かが零れ落ちてしまったのを確信する。
 ぜいぜいと荒い息が耳につく。
 倒れ伏した男は再び立ち上がることはなく、俺は今の一瞬で自分が何をしてしまったのかをようやく理解した。
 頬を伝う温かい物を堪えようとしても止まらず、結局シャツの袖で押さえ隠した。
 俺には、泣く権利なんてないと思ったから。

「っ、そうだ……父さんとお袋は……痛っ」

 慌ててソファの方を見ようと身体を捻るが、痛みに顔を顰める。
 見れば右脇腹から銀色のナイフが生えていた。
 最初に体当たりした時感じた熱はこれだったらしい。

 確か……抜いたりすると出血が酷くなるんだったか。

 うろ覚えの知識を引っ張り出し、結局ナイフが刺さったままソファへ移動。
 2人の側に座り込み、ゆする。
 だけど、父さん達は起きてくる気配もなくて。
 まだ手に残る温かみ。
 絶対に認めたくなかったのに、手の平に伝わるはずの鼓動はまったく感じられなくて。

「はは……マジかよ……」

 目の前にいる人達は正しく抜け殻だった。
 幸せだった日々は、本当に唐突に終わりを告げたのだ。

「……そうだ、あいつ……誰だったんだ?」

 現実逃避をするかのように、呟き、ふらり立ち上がる。
 未だそこに在り続ける両親から目を逸らし、動かない人影を視界に納めた。

 物取りの仕業なら父さん達の衣服は荒らされてたはずだ。
 でも、服は乱れた様子がなかったし、電話横の家計用財布にも手をつけられた気配がない。
 だったら……どうしてこいつはうちにやってきたんだ?

 男の側に座り込んで服を触る。
 支えをなくした首が俺が触った反動でかくりと傾げられるのが、妙に人形染みていて気持ち悪かった。
 そう思えてしまった時点で、俺はもう多分壊れていたのだろう。
 死体に嫌悪感を持ちながらも無遠慮に服を漁って。
 結論から言ってしまえば、この男は何も持っていなかった。
 財布も、身分証も、小銭でさえも。
 いくら足がつかないようにするからと言っても、ここまでするものなのだろうか。
 そう疑問を持った時、それが目に入った。

 ……スリッパ?

 家で使うようなきちんとした物ではない。
 公共施設などで来客用に置かれているような、安物のビニールスリッパだ。
 あまりにも不自然なその格好に首を傾げた瞬間、




ピリリリリリリリリリリッ




「っ!?」

 突然の音にビクリと肩が揺れる。
 機械的な高音は非常に聞きなれた音、そう携帯電話の着信音だ。

 お袋の物……じゃねえよな?
 多分、機械関係のセンスが壊滅的な父さんのだ。

 音源は予想通り父さんの近くから。
 俺はソファ側に駆け寄ると、父さんの右ポケットから黒いシンプルな携帯電話を取り出した。

 腹……痛え……

 先程から震えっぱなしの手。
 その左手で携帯を掴み、右手で恐る恐るディスプレイを開く。

『XX署マル暴』

 表示されていたのは携帯の持ち主の職場。
 俺は中々思い通りに動いてくれない指で、ゆっくり通話ボタンを押すとそれを耳へ宛がった。

『よかった、繋がった! 良さん、今すぐ家を離れろ!! 今日は孝太郎君の卒業パーティーで家にいるんだろう?』

 耳に飛び込んでくるのは未だ若さの残る男性の焦り混じりの声。
 この声を、俺はよく知っていた。
 先月彼女に振られたばかりの山村刑事だ。
 父さんの同僚にしては年若く、俺がどこかで兄のように思っていた人。

『良さん? 良一さん! おい、返事をしてくれっ。昨夜捕らえた伊藤組の幹部が脱走しやがったんだ! 良さんの家に近い公園でナイフを強奪されたって少年がさっきうちの署に来て――』
「………………死んだよ、その男」

 パズルのピースが埋まると同時、発されたのは自分でも驚くくらい低い声で。
 受話器から伝わってくる彼の息を呑む音さえも、俺の感情を揺り動かす要因にはなりえなかった。

『……孝太郎君、かい? 良さんは……お父さんは……?』
「父さんもお袋も……俺が帰ってきた時には……」

 それ以上はどうしても口に出来なかった。
 言葉にした瞬間、本当の事になってしまいそうで。
 分かっている。
 父さんもお袋ももう助からないなんて事は。
 それどころか、俺が帰ってきた時にはもう事切れてたのも知っていて。
 だけど、どうしても、言葉になんてできなかった。

「……山村さん、伊藤組って言ったよね? 動機は逆恨み……かな?」
『孝太郎君? おい! 何を考えている!?』
「────────さよなら」

 終話ボタンを押して、そのまま長押し。
 電源が落ちたディスプレイを閉じると、携帯を父さんのポケットに戻す。
 2人の身体を綺麗になんてしてやる事は無理だけど、それでもせめてとソファに横たえ目蓋を閉ざした。

 ああ、腹のこれ、なんとかしないと。

 のろのろと救急箱を取り出し、ナイフを抜くとすぐに消毒液をぶっ掛けて。
 包帯が見当たらなかったので、カーテンを引き裂いて帯を作る。
 ガーゼを当ててから即席の包帯で腹をきつく縛り上げた。

 後は……金。

 家計用の財布から札を取り出しポケットに捩じ込む。
 これだけでは足りなくなるのが確実なので、通帳とカードを片っ端からコートに突っ込んだ。

 遠からず、口座は封鎖されちまうはずだ。
 時間との勝負だな。

 最後に、振り返って気付いた。
 テーブルの上に小さな白い箱が置かれていた事に。
 乱暴に箱を開くと、中から出てきたのは小さなロケットペンダント。
 まさかと思い開いてみると、中には幼い頃、俺がようやく父さん達に慣れてきた頃に撮られた家族写真と、

「最愛の息子へ、か……父さん、センス古すぎるって……」

 短く刻まれたメッセージ。
 俺は手早くチェーンを首に通すと、ソファに横たわっている2人に深々と頭を下げた。

「……ごめん、父さん、お袋。俺は世界一の親不孝者です」

 ぽたり、カーペットに落ちたのは俺の最後の良心。
 数秒ほどそのまま固まっていて、全てを振り切ってから顔を上げた。
 もう、振り返る事はない。
 玄関に行って靴を履く。
 靴紐をギュッといつもよりもきつめに縛ってから立ち上がった。
 外の世界へと通ずる扉へ手をかける。

「俺さ……幸せだったよ、この家に来て。だから──」

 ゆっくりと扉は開いて、




「────────ばいばい」




 そうして俺は、自ら望んで闇に堕ちた。
 

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内海 トーヤ
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自己紹介:
ヘタレ物書き兼元ニート。
仕事の合間にぼちぼち書いてます。

其は紡がれし魂の唄
(なのはオリ主介入再構成)
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魂の唄ショートショート
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遥か遠くあの星に乗せて
(なのは使い魔モノ)
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異邦人は黄昏に舞う
(なのは×はぴねす!+BLEACH多重クロス再構成)
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