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リリカルなのは二次小説中心。 魂の唄無印話完結。現在A'sの事後処理中。 異邦人A'sまで完結しました。
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 人混みはいい。
 誰がそこにいても、少しばかり変な奴がいても、誰も気にしやしない。

 そう詮無い事を考えながら、俺は夜の街を歩いていた。
 歩いているとは言えそう長い距離を行くつもりはない。
 さっきまでいた喫茶店から歩いて1分も行かない所が目的地だ。
 煌びやかなネオン、平和を謳歌する人々。
 そう、日本と言う国は平和だ。
 父さん達に引き取られた直後、それまでの生活と平和な生活を比べ愕然とした事を今でも覚えている。
 ふと目に入った警察官。
 俺はポケットに手を突っ込んだまま何気なく彼とすれ違う。
 年々増える一方の指名手配犯、警察は5年も前に手配された人間を逐一覚えている程暇じゃない。
 事件当初こそ気を遣う必要はあったが、今ではこの通りだ。

「長かったなあ……」

 生まれ育った裏町に戻る事も考えたが、あそこは多分父さんの同僚が知っているから無理で。
 かと言ってすぐさま行動を開始するには、当時の俺は力不足だった。
 何より、下見をしておこうと向った伊藤組の事務所には刑事が張り付いていた。
 あのままのこのこ出て行ったら何も成す事なく捕まってしまっていたに違いない。
 父さんから張り込みの苦労話を聞いていたのが思わぬ所で役に立ったと言うわけだ。

 裏の世界は思ったよりも居心地がよかった。
 多分、幼い頃に染み付いた野良気質のせいだろう。
 どぶの臭いが染み付いたそこは、ある意味で俺の原風景なのかもしれない。
 ここでは実力が物を言う。
 自己主張の弱い人間や、力の伴わない人間はあっという間に埋もれてしまうのだ。
 具体的に言えば、地面の下に。

「本当に、長かった……」

 ゆらり、目の前には煌々と明かりのついたビル。
 ご立派な門構えなどはない。
 最近はヤの字も肩身が狭いらしく、よほどの大手でなければこうした雑居ビルが本部になっている。
 尤も、そんな事情は俺にとってはどうでもいい話だ。
 この5年の間、伊藤組が潰れてしまわなかっただけで御の字。
 盛大に感謝してやってもいい位の気持ちはある。
 よくぞ生き残ってくれた、弱小、と。

「さあ────5年越しの願いを成就させに行こうか」

 コートのポケットから取り出したプロテクターを腕にはめる。
 準備はたったのこれだけで終わった。

 銃は足がつくし、そう簡単に練習できない。
 ナイフは手に入れやすいがすぐに切れ味が落ちる。
 刺さってしまったら抜くのも手間だ。
 だからサブに回した。
 人間は意外と頑丈で、そして脆い。
 俺はそれをよく知っている。
 結局、俺が手段に選んだのは格闘技だった。
 もう顔も思い出せない先輩に、心の中だけで謝る。
 声に出す事はしない。
 それは、自分を楽にするだけの言葉だから。

 ビルの外側に門番なんぞは存在しない。
 だから俺はそのまま、伊藤組本部事務所の扉を開いた。

「なんじゃあっ、きさまはっ!!」

 すぐに目に入ったのはチンピラ風の男が3人。
 多分、位の低い門番役だろう。
 男の内1人がどこかへ連絡しようとしているのを認め、俺は内ポケットから出したナイフを投げた。
 悲鳴が上がる。
 汚い声だ、と思った。
 そんな内心を見せる事なく、俺はにいっと口角を吊り上げる。




「──────死神さ」




 5年間は長かった。
 だからたっぷりと利子を取り立てよう。

 そう思いながら、俺は男達に突撃した。

────────interlude

 緊急コールがかかる。
 やれやれ、また休憩なしかとコートを片手に取った僕は、次の報告に目の色を変えた。

「場所は伊藤組本部事務所です!」
「っ!? 突入したのは何人だ!!」
「や、山村先輩!?」

 電話番に掴みかかると新人の彼は目を白黒させながらも1人です、と答えて。
 舌打ちをしながら駆け出そうとした瞬間、またコールがかかった。

 くそっ、なんて日だ!?

「課長、山口組と井上組の抗争が始まりました! 場所は歌舞伎町繁華街側!」
「なんだと!? 下手すると一般人に被害者が出るぞ、そこの位置じゃ!
 ……くっ、伊藤組は至近の警察署にヘルプを出して――」
「課長!」

 半ば叫ぶように声を出す。
 5年前僕に頭を冷やせと言った彼は、焦燥混じりの顔で僕を見て。

「行かせて下さい! じゃなきゃ僕は……天国にいる良さん達に顔向けできない!!」
「まさか……三上孝太郎か? あれから5年以上経ってるんだぞ!?」
「5年経ってるからです!」

 僕の言葉に課長は迷う素振りを見せる。
 その時間が酷く長く感じられた。

「くっ、近隣の署にヘルプは出しておく。山村、お前は伊藤組へ向かえ。俺達は歌舞伎町に急行だ!」
「ありがとうございます!」

 駆け出そうとして再び課長に呼び止められる。
 焦りのまま彼を見ると、彼はどこか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「山村、1人で飛び込むなよ。ヘルプが到着するまでは事務所の前で待機だ」
「でもっ――」
「俺はもう……三上先輩みたいな事は沢山だ。
 この年になって同僚が死ぬのは……こたえる」
「あ……」

 それで、一気に頭が冷えた。
 僕は5年前も彼に、仕事ができるよう頭を冷やせと言われていたのに。

「頭は冷えたようだな」
「……はい」
「よしっ、行って来い、山坊!」
「はいっ!」

 懐かしい呼び名に笑みが浮かぶ。
 そのまま僕は、慣れ親しんだ仕事部屋を飛び出した。

────────interlude out

 もう何人の身体を切り裂いただろうか。
 もう何人の首をへし折っただろうか。
 15人までは数えていたのだが、途中から面倒になってやめた。
 俺はただ上へ上へと雑居ビルを上っていく。
 なけなしの金で購入した防弾チョッキにはいくつも弾痕があって。
 腕や足はもはや麻痺して痛みなど感じない。
 お世辞にも五体満足とは言えなかった。
 今でこそ痛みを感じないが、大量に分泌されている脳内物質が止まった瞬間、痛みでショック死できそうだ。

 ま、そこまで生きていれば、の話だけどな……

 まず間違いなく俺は死ぬだろう。
 だけど、このままでは死んでも死に切れない。

「死ねやっ、コラァッ!」
「お前がなっ!!」

 放たれた弾丸を遮蔽物で防ぐ。
 同時に投擲したナイフは男にヒットしたようだ。
 もはや聞きなれてしまった叫び声が耳に残る。
 何も思わなかった。
 強いて言えば、よく叫ぶな、と感想が漏れた程度だろうか。

 最上階までが遠いな、ちくしょう。

 それでも残りは少ないのだろう。
 明らかに出てくる人数が減ってきた。
 最初の方はそれこそわらわらとゴキブリのように湧いてきて気味が悪かったのだけど。
 組長は間違いなく最上階にいるはずだ。
 昼間中に入って行ったのを確認した後ずっと喫茶店から観察していたが、出てきた所を見ていないのだから確実だ。
 電源は最初の階を制圧した際落としたからエレベーターは使えないし、このビルの階段は今俺が昇っている物だけ。
 下調べは万全だ。
 惜しむらくは、本部以外の事務所を潰せなかった事か。
 だが、伊藤組は元々弱小の事務所。
 頭を潰せばその内瓦解するだろう。

 しっかし、拳銃相手は面倒だっ。

 一瞬、弾幕が止む。
 見れば慌てて銃を弄る敵2人の姿。
 どうやら弾切れかと判断し、そのまま物陰から飛び出した。

「うおおおおおおおおおっ」
「糞ッ、来いやぁっ!!」

 その程度なら恐るるに足らんっ!!

 ドスで武装する男達へ最後のナイフを投げつけながら真っ直ぐ駆け抜け、

「せっ」

 肘で1人目の頭を吹き飛ばす。
 腹に熱い感触。
 もはや慣れてしまったそれを気にする事なく、もう1人目掛けて踵を振り下ろした。
 ぐしゃりと音がして頭蓋骨の割れた手応え。
 何度目かのそれに顔を顰めながらもドスを拾い、微妙に息のあった奴に止めを刺した。

「……靴もそろそろやばいか?」

 調子を確かめるように爪先で地面を叩く。
 とんとんではなくごんごんと鈍い音がした。
 当然ただの靴ではない。
 鉄仕込みのシークレットブーツだ。
 靴の内側の感覚は曖昧で、中身がどうなってるかなんて考えたくもなかった。

「ん? …………ようやく、か」

 階段が、終わった。
 窓を開けて外を見てみると、眼下には集まってきた野次馬達がアリの様にビル周辺へたかっていた。
 これ以上の階が上にない事を確認して顔を引っ込める。
 この階に扉は1つ。
 ようやく目的地に到着だ。
 1つ深呼吸をして躊躇なく最後の扉を開けた。

「ようこそ、死神君。そして…………さようなら、だ」

 鼓膜を震わせたのは妙に癪に障る甲高い男の声。
 多分、中央に悠々と座っている組長の物だろう。
 だが、部屋にいたのは当然そいつだけではなく、総勢10名近くの男達が俺に銃を向けて立っていた。




「──────やれ」




────────interlude

「……銃声が、止まった」

 呆然と僕はビルを見上げる。
 先程から断続的に聞こえていた発砲音は、途中突然に数を増やして。
 僕はやきもきしながら今か今かと事務所の入り口で救援が届くのを待っていた。
 あまりにも遅いそれに、もう突入してしまおうかと、そう考えた所で急に静かになったのだ。

 どうする……?

 未だ救援の来る気配はない。
 もしかすると近場の署でも何か事件が起こったのかもしれない。
 だけど、先程まで1分と経たずに再開されていた銃声は、5分が過ぎても再び聞こえる事がなかった。

 ……行こう。

 いつの間にやら集まっていた野次馬達、その中の1人に警官隊が来たら僕が突入した事を伝えるよう頼むと、僕は片手に拳銃を構えたまま扉に手をかけた。
 開けた瞬間、素早く身体を中に入れて慌ててドアを閉める。
 とても一般人に見せられる様相ではなかった。
 ともすれば、修羅場慣れしている僕でも吐き気をもよおすような光景だ。
 簡素な事務所の入り口は赤に染まって。
 転がってるのは死体、死体、死体。
 全て、一目見て息がないと分かる惨状だった。

「これを……君がやったって言うのか、孝太郎君」

 信じられない。
 いや、信じたくない。
 僕の知ってる彼は、確かに懐くまではアレだったけど、基本的に心優しい少年だった。
 失踪直前はもう青年になっていたけど、それでも両親想いの少しシャイな子で。
 捨てられていた動物を放っておけなくて、何日にも渡って飼い主を探してやるような、そんな子だった。

 死体を避けながら突き進む。
 ブレーカーをチェックしたら完全に断線していた。
 僕に修理するような技術はないので、仕方なく階段を駆け上がる。
 時々死体がない所にも血痕があって、孝太郎君の物かもしれないと思うと気が狂いそうだ。
 結局、最上階に至るまで死体の存在しないフロアはなかった。
 閉じられているドアに耳をつける。
 物音がしない。
 僕は手元にある拳銃を握りなおし、勢いよく扉を開けた。

「動くな! 警察だ!!」

 銃を前に突き出す。
 室内は今までにも増して酷い有様だった。
 赤くない床を探す方が難しいその部屋の中央、何をするわけでもなく真っ黒な人影が立っていた。
 影は、そこでようやく僕が入ってきた事に気付いたらしく、ゆらりと人情味を感じさせない動きで顔を上げる。
 信じたくなかったけど、認めなければいけない。
 ぼさぼさの黒髪に、申し訳程度にそられた無精ひげ。
 どろりと濁った瞳は、あの日の父親を思い起こさせた。
 それでも、確かに面影が残っている。

「孝太郎、君……」
「………………ああ、山村さんかあ。随分と老けたね」

 しゃがれた低音に恐怖を感じ、思わず膝が抜けそうになって。
 だけど、こちらを向いた彼の顔は、どうしてか僕には泣いてるようにしか見えなかった。

────────interlude out

 無我夢中だった。
 多分、3回位は死んだんじゃないかと思う。
 だと言うのに、俺は何故か未だ生きていた。
 咳き込んで、同時に床に落ちるのは赤。
 奴等の血と俺の血が交じり合ってしまうのが不快で、だけどどこかおかしい。

 結局、同じ穴の狢じゃねえかよ。

 段々と立っているのがつらくなってきて、なのに力を抜く方法が思い出せない。
 なんでかなあと思っていた時、それは来た。

「動くな! 警察だ!!」

 なんの感慨も湧かなかった。
 どうせ捕まってもこのまま死ぬ位しか先がない。
 けど今の声に聞き覚えがあったような気がして、動かなかった頭を無理矢理扉の方へ向けた。
 そこにいたのは拳銃を構えた中年の男性。
 走ってきたのか肩で大きく息をしている。
 脳が刺激され、遥かな記憶が掘り起こされて、

「孝太郎、君……」
「………………ああ、山村さんかあ。随分と老けたね」

 そんな間の抜けた感想を漏らした。
 瞬間、全身の力が抜ける。
 俺はそのまま重力に逆らう事なく、真っ赤に濡れた床へ倒れこんだ。

「孝太郎君!」

 駆け寄ってくる山村さんに笑みが浮かぶ。
 未だその名前で呼んでくれるんだな、と。
 同時に申し訳なく思った。
 父さん達に貰った名前を、酷く汚してしまった気がして。

「孝太郎君! しっかりしろ!!」
「ごぼっ」

 返事をしようと口を開いた瞬間、中に溜まっていた物が零れ落ちる。
 これで喋りやすくなったと思う俺とは対照的に、彼は酷く慌てていて。

「いいよ……山村さん、汚れちゃうし」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ、君は!」
「それにもう……助からないから」
「……孝太郎君」

 息を呑んで、だけど山村さんは止血の手を止めなかった。

「そんなずるい事させるもんか! 君はきちんと生きて、帰って……罪を償え!!」
「……ははっ、老けても変わんないね、山村さんは」
「馬鹿言うな。僕はまだ40前半だ!」

 真っ直ぐで眩しくて、俺と同じような境遇なのに曲がらずに生きてきた人。
 山村さんは俺の憧れだった。

「俺さ……許せなかった。
 一瞬にして俺の家族を、幸せを奪ったあの男が……この組が許せなかったんだ」
「ああ! 少し位は分かるよ……僕もきっと君と同じ立場なら許せなかった。
 だけど! 君がやった事は間違いだ」
「だろうね…………だけど、許せなかった」
「くそっ、止まらない! 死ぬな、孝太郎君!
 君が死んだら僕は良さんに顔向けできないじゃないか!!」

 必死に俺の血を止めようとしてくれている山村さんを見て、ああこんなのも悪くないなと思った。
 誰かに看取られて逝くのも悪くない。
 死ぬ前に彼に会えた俺は幸運なのだろう。
 彼には、本当に申し訳ない事をしたけれど。

「ねえ、山村さん……」
「なんだっ、孝太郎君」
「最期にさあ……三上夫妻への伝言、頼んでもいいかな?」
「君は……」

 俺が2人を父さん、お袋と呼ばなかった事に彼は息を呑んで。
 あの人達を俺が両親だと思うのはもう許されないと思ったから。
 それでも、2人はもしかしたら馬鹿だなあと俺を笑うのかもしれないけど。

「俺は……三上孝太郎と言う人間は……貴方達に拾われて、名前を貰って、幸せでしたって」

 だから、これは俺の最期の心残り。

「っ、自分で伝えろよ!」
「多分、無理だからさ……頼むよ、山村さん」

 見れば彼の顔は涙でぐしゃぐしゃで。
 俺は少しだけ頬を動かして、笑った。

 上手く、笑えてりゃいいんだけどな……

 さて、お迎えとやらは来るのだろうか。
 地獄行きが確定の俺にはもしかしたら来ないのかもな、と思った所で室内に光が溢れる。
 それは正しく神秘体験だった。
 光が集束して人形[ヒトガタ]を形作る。

「……天使ってのはばあさんなのかよ。夢が壊れるなあ」
「孝太郎君? 何を……」
【随分な言い草だね、こいつは。
 適合者を見つけたと思ったらこんなクソガキかい。
 まったく、ついてないったらないさね】

 ヒトガタは、1人の老女だった。
 眩しくて上手く判別できないが、白髪交じりの黒髪に細っこい身体の女。
 実際には老女と言うほど年を取っていないのかもしれない。
 華奢な体格なのに、その目は震えがくるほど力強く鋭い光を放っていた。

【でもまあ……あたしも時間がないし、あんたで妥協しといてあげるさね。感謝おし】
「……なんの事だ?」
「おい! 孝太郎君!? まさか……幻覚でも見てるってのか!?」

 どうも山村さんには老女が見えてないらしい。
 いよいよ本格的に死にそうなんだなと、どこか遠くで納得した。

【クソガキ、名前は?】
「クソガキって、言うんじゃねえよ……」
【はっ、それで充分さね。これ以上そう呼ばれたくないんなら早く名前を教えな】

 果たして名乗っていいものか。
 一瞬そう迷うも、それ以外に俺は名前を持っていないので口に出す。

「……三上、孝太郎」
【そうかい、あたしは不破刹那だ。
 時間がないから単刀直入に言うとね、あんた、あたしの家族にならないか?】
「……………………は?」

 家族。
 家族だと?
 クソガキだのなんだの文句を言いまくった挙句、家族だ?
 しかも今の俺に……こいつはいったい何を考えている。

 迎えが来たかと思いきや、老女のわけの分からない物言いに俺は混乱して。
 彼女は頭の悪いクソガキさねと鼻を鳴らして、それに少しずつ怒りが湧いてきた。
 幻覚に馬鹿にされるのは流石に業腹だ。

【だから、生きたくないかいって聞いてるんさ】
「……俺には、その資格がない」
【頭悪いねえ、本当に。あたしは資格云々は聞いてないさね。
 要はあんたが生きたいかどうかを聞いてるんさ】

 生きたいかと聞かれれば、それは生きたいだろう。
 生物として当たり前の感情だ。
 死にたいと思う人間など、突発的なものを除けばそうそういない。
 だけど俺は、人をこの手にかけた殺人鬼だ。

【逃げるな】

 ざくり、その言葉が胸に突き刺さる。
 心配そうに俺を見ている山村さんをちらりと窺ってから、視線を彼女に移した。

【あんたが何やったかなんて、この惨状を見れば大体分かるさね】
「なら、なんで……」
【生まれて半年、あたしの孫が今、死の危機に瀕してる。
 外から見ただけでは分からんだろうが、確実にね】

 孫と言う言葉が俺の胸に虚しく響く。
 俺が失ってしまった家族を彷彿とさせたから。
 2人は、いつか俺が結婚して孫をこの手に抱けるのだと楽しみにしてくれていたから。
 同時に、彼等の死に顔も思い出す。
 それが胸を締め付けた。

【原因は魂の欠損。早く補わねば死んでしまう。
 あたしは娘の……息子になった男の泣き顔なんて見たくないんさ】
「何故……俺だ」
【あたしの家系は色々と特殊だ。
 迎合できる魂の持ち主を探して……ようやく見つけたのがあんただった。それだけの事さね。
 ……まさか、異世界まで探す事になるとは思わなかったがねえ】

 彼女の話はよく分からない。
 が、目の前の女はどうも自分の孫の身体に俺を突っ込むつもりらしい。
 常識でははかれない事ではあるが、それでも彼女の言ってる事が滅茶苦茶だと言う事位は理解できる。

「正気、か……? 生後半年なら自我の目覚めもまだだろう。
 俺を入れれば多分、塗りつぶされるぞ」
「孝太郎君! 頼むからしっかりしてくれ!!」
【……それでも、生きていて欲しいと思うんは、罪かい?】

 真っ直ぐなその問いに返す答えを、俺は持ち合わせていなかった。

【あんたは何も気にしなくていい。
 私は孫を生き残らせたい。あんたは生きたい。お互いの利害が一致しただけさね】

 悪い人ではないのだと、思う。
 だけど、

「俺は……大量殺人犯で、復讐鬼だ」
【そうかい】

 明確な拒絶。
 しかし彼女はそれで諦める様子など微塵も見せず、目で俺を射抜く。
 虚偽など許さぬと言わんばかりの強い視線で。

【この様子だと、復讐は終わったんだろう? 感想はどうさね】
「感想、ね…………なんにもないさ。空っぽ。俺は抜け殻なんだろうよ」
「孝太郎君!!」

 ごめん、山村さん。
 もうちょっと話をさせて欲しい。

 胸に穴があいてしまったような。
 むなしいとはきっとこの事なんだろうと彼女に返す。
 不破刹那は皮肉気にその顔を歪め、だけどどこか嬉しそうで。
 そうして俺に向かって右手を差し出した。

【孝太郎。あんた、自分が思っているよりまだ人間でいれてるさね。
 手を取りな。連れてってやるから、今度は真っ白な所から新しく、あんたが在りたいと思ったように生きるべきさ】

 戸惑う。
 彼女の手を見、どこかに電話している兄のように思っていた人を見る。
 何度か逡巡してから俺は口を開いた。

「……山村さん」
「孝太郎君!? よかった、僕が分かるかい?」
「ええ。…………あなたに、伝えておかないと」
「ッ!?」
「ありがとう………………そして、すみませんでした」

 微かに頭を下げ、振り切る。
 こんな俺でもまだ誰かの幸せを守る手伝いができると言うなら、行ってみたいと思った。
 酷く重くなってしまった右手を上げ、差し出され続けていた彼女の手に重ねる。

【「契約、成立だ(さね)」】

 俺はあんたの言う通り、真っ当な人間として生きる。
 その代わり、あんたの孫でい続けよう。

【あたしの孫として生きる必要はないさ。あんたはあんたであればいい。
 どの道、あんたを孫の身体に突っ込んだら、あたしは死ぬからねえ】

 ……どう言う事だ?

【この術は術者にかなりの負担がかかるんさ。それこそあたしの命を使い切る程にね。
 あたしが生きていられるのは後数日程度だろうさ。
 そうさね……まあそれだけじゃなんだから、何かプレゼントは残しといてやろう】

 待てよ!
 聞いてないぞ!!

【だから最期に、三上孝太郎。あんたに人生の先輩としてアドバイスしてあげるさね。
 生きろ! そして、生きる事から逃げるな! あんたはあんたの荷物を抱えたまま、自分の足で立って生きていけ!!】




 彼女の言葉を最後に、俺は────三上孝太郎でなくなった。
 

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内海 トーヤ
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男性
自己紹介:
ヘタレ物書き兼元ニート。
仕事の合間にぼちぼち書いてます。

其は紡がれし魂の唄
(なのはオリ主介入再構成)
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遥か遠くあの星に乗せて
(なのは使い魔モノ)
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異邦人は黄昏に舞う
(なのは×はぴねす!+BLEACH多重クロス再構成)
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