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恐らく捉えた犯罪者用の物なのだろう。
実際彼女の服はなのはの砲撃でバリアジャケットのみならず、ぼろぼろにされてしまっていたので仕方ないと黙認した。
が、ゆったりとした服を着た彼女に局員が手枷を付けようとしたので手で制す。
「規則ですので」
「いや、彼女は俺達が“保護”したんだ。被保護者に手枷は必要ない」
「しかし……」
「大丈夫だ。いざとなったら俺がいるし、彼女もそんな事はせんよ。そうだろう?」
ずっと俯いたままのフェイト嬢が微かに頷く。
その姿に心が痛んだ。
今回で少なくとも2度、彼女は頼りにしていた母親に命を狙われている。
その痛みは俺には想像がつかない。
「行こうか」
促してブリッジへ向かう。
なのは達の手前冷静さを保っているが、俺は内心かなり焦っていた。
いくら人数がいるとはいえ、武装局員はたかだかAランク。
Sランクオーバーのシアの相手をそう長くしていられるとは思わない。
ブリッジはいつものメンバーが勢揃いしていた。
どうやら乗り込んだ局員の指揮を行っていたらしい。
「お疲れ様。それからフェイトさん、初めまして」
クロノに指揮を預けたリン姉が寄ってきてフェイト嬢に挨拶をする。
彼女の方はといえば自分の手にあるバルディッシュを見つめ、俯いたままだ。
その様子を伺っていたら念話が飛び込んできた。
【母親が逮捕される瞬間を見せるのは忍びないわ……】
その言葉に思わず顔を顰める。
これは俺のミスだろう。
正面モニターにあちらの様子を映す事なんて予想してしかるべきだった。
【なのはの部屋がいいか】
【うん】
俺の提案になのはは1も2もなく同意し、フェイト嬢に話しかける。
「フェイトちゃん、良かったらわた──」
なのはが全てを言い切る前にフェイト嬢が弾かれた様に顔を上げた。
眼前には時の庭園が映るモニター。
今まさに、玉座のある間に武装局員が突入したところだ。
『プレシア・テスタロッサ、あなたを時空管理局法違反の疑いと、時空管理局艦船への攻撃容疑で逮捕します。武装を解除してこちらへ』
武装隊の隊長がシアに武装解除を促すが、彼女はまったく動かない。
局員が動かないシアを包囲し、残りの一部が玉座の更に奥へ続く扉へ突入。
その瞬間、シアの瞳に危険な色が混ざるのを俺は確かに見た。
「っ!? まずっ!」
漏れ出た俺の言葉に一瞬皆は注目するが、すぐに聞こえた局員の声に再びモニターを向いた。
『こ……これは……』
ブリッジ内が騒然とする。
モニターに映るのはフェイト嬢と瓜二つの少女が浮かんだカプセル。
否、年の頃はフェイト嬢よりも少しばかり下だろう。
彼女はただ眠っているかのようにカプセル内部に浮いていた。
「アーシャ!」
俺の言葉に更に混乱するスタッフ。
混乱するままにクルーが口を開こうとした瞬間、
『私のアリシアに近寄らないで……』
ぞくり、背筋に氷を突っ込まれたような悪寒が走った。
怒りと狂気が含まれたシアの声だけが当たり一面に響き渡る。
その言葉で思った。
シアの時間は16年前、アーシャが死んでから止まったままなのかもしれないと。
俺はモニター内の局員が実力行使しようとするのに気付き慌てて、
「馬鹿っ、下手に刺激するんじゃないっ」
シアはまるで五月蝿い虫を払うように手を掲げ、
『邪魔しないで』
「危ない! 防いで!」
咄嗟にリン姉が叫ぶがもう遅い。
局員はシアの放った雷によって、悲鳴を上げながら悉くなぎ倒された。
その中心でシアはただ冷たく嘲う。
リン姉が急いで局員達を強制送還させた。
「アリ……シア?」
フェイト嬢は自分と瓜二つの少女と俺を見て、唖然と呟いた。
誰もが何も言えない中、シアはアーシャの眠るカプセルに歩み寄ると愛おしげにカプセルへ触れる。
『時間がもうない……たった7個のロストロギアでは、アルハザードに辿り着ける可能性は低いけど……』
「ば……か、やろう……」
俺の呟きが聞こえたのかシアはカプセルに縋り付いていた体をこちらに向け、それがモニターに映っていると確信を持って俺達へ話しかけてくる。
『でももういいわ、終わりにする。
アラン、あなたには分かるでしょう……世界が色褪せたのよ。
もう疲れたの……この子を亡くしてからの暗鬱な時間も……この子の身代わりの人形を娘扱いするのも……聞いていて、あなたの事よ、フェイト』
びくりとフェイト嬢が反応し、なのは達は目をむいた。
俺はただ、強く手を握り締め、歯を食いしばっているしかなかった。
『せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。
役立たずでちっとも使えないお人形』
「違え!
アーシャにアーシャの人生があったように、彼女にも彼女自身の人生がある!
どんなに世界が凍り付いても、俺達は生きて行くしかないんだ!
あんたの愛したアーシャは……アーシャは──」
思わず怒鳴る。
けど、言葉が続かない。
俯く俺、静かな艦橋にエイミィの声が流れた。
「最初の事故の時にね、プレシア・テスタロッサは実の娘、アリシア・テスタロッサを亡くしているの。
そして、彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる……使い魔を超える人造生命の生成。そして、死者蘇生の秘術。
……フェイトの名はその時の研究に付けられた開発コードなの」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
こんな事になるなら、あらかじめなのは達には告げておけばよかったのかもしれない。
こんな形で、知らされるなら。
嗚呼、後悔先に立たずとはよく言ったもんだと思う。
それでも後悔はしない、したくない。
これは俺が招いた結果だから。
だから目は逸らさない。
『よく調べたわね……ああ、そちらにはアランがいるものね。
フェイトとアリシアを繋げればおのずと答えは出るかしら。
そうよ……その通り。だけど駄目ね……ちっとも上手くいかなかった。
所詮作り物は作り物、失ったものの代わりにはならない。
ただの偽者、贋作でしかない』
違う。
確かにオリジナルに似せて作ればそれはオリジナルの偽者にしかならない。
俺が決してアラン・ファルコナーになれなかったように。
それでも──
俺の思考に関係なく、シアの……いや、プレシア・テスタロッサの独白は続く。
『アリシアはもっと優しく笑ってくれた。
アリシアは時々我侭も言ったけど、私の言う事はよく聞いてくれた』
「「止めろ(て)……」」
俺となのはの声が被った。
耳に入るのは崩壊へ続いて行く何かの音。
それでもプレシアは止まらない。
『アリシアはいつでも私に優しかった。
フェイト、やっぱりあなたはアリシアの偽者。贋作でしかない失敗作。
せっかくあげたアリシアの記憶も、あなたじゃ全然駄目だった』
「止めて……止めてよ」
なのはの言葉はプレシアに届かない。
遠い……距離ではなく、心が。
でも、俺はそれでも彼女に届けなければいけない。
この場で彼女とアーシャを知る、唯一の人間として。
『アリシアを甦らせるまで、私が慰みに使うだけのお人形。
だからもういらない。……どこへなりとも消えなさい!!』
「止めろ! アーシャを……アリシアを、フェイト嬢をそれ以上汚すなっ!!」
咆える。
届かないかもしれないが、それでも。
『いい事を教えてあげるわ、フェイト』
彼女の目にはもう俺は映っていない。
今、プレシアが見ているのはアーシャとフェイト嬢、その2人しかいなかった。
『あなたを作り出した時からね、私はずっと
──────あなたのことが大嫌いだったのよっ!!』
俺の隣で、世界が崩れる音がした。
フェイト嬢の手からバルディッシュが零れ落ち……砕ける。
そのまま彼女は崩れ落ちるようにへたり込んだ。
「フェイトちゃん!」
そちらは見ない。
今見たら抑えられそうにないから。
「………………………………プレシア・テスタロッサ……」
漏れ出る。
行き場を失った、激情が。
「プレシア・テスタロッサアアアァァァッッ!!」
「……残念ね、アラン。あなたなら分かってくれると思ったのに……」
分かりたくもない。
ただ、モニターを睨みつけ、唸るようにただ告げた。
「すぐ、そこに行く。首を洗って待っていろ!」
『そう、楽しみにしているわ。あなたが私の旅立ちを見送りに来てくれるのをね』
「庭園内に複数魔力反応!! いずれもAクラス!」
「総数、およそ60……70……80……まだ増えてます!! なんて数だ!」
プレシアの冷笑と共に現れる魔力反応。
オペレーターが状況を読み上げて行く。
もはや話す事は何もないとばかりに俺はモニターから目を切った。
「何をするつもり!?」
『私達の旅を無粋な闖入者に邪魔されたくないのよ。
……私達は旅立つの、忘れられた都『アルハザード』へ!!』
そんな事は、どうでもいい。
モニター側への意識をカットする。
彼女達のやりとりを背に、俺はフェイト嬢の手を取った。
彼女を医務室に連れて行こう。
まずはそれからだ。
俺達はアルフと共にフェイト嬢を連れてブリッジを後にした。
4人で非常灯が照らすアースラの廊下を走って行く。
向かいからクロノがS2Uを片手に走ってきた。
現地に向かうのだろう。
「っ!?」
「クロノ君、どこへ?」
「現地に向かう。元凶を叩かないと」
「私も行く!」
「僕も」
なのはとユーノが進み出、クロノはそれに心強そうに頷いた。
3人、いやアルフも含め4人の視線が俺に集中する。
「先生は、どうされますか?」
「先に行け。すぐ追いつく」
「……わかりました」
「アルフはフェイトについていてあげて」
ユーノの言葉にアルフは戸惑いながらも頷いた。
「行こう!」
「「うん!」」
走り去って行く3人を背に、俺は2人を医務室へ連れて行った。
室内には誰もいなかった。
当然だろう、今はそれ所ではないのだから。
ここのスタッフも全員借り出されているらしい。
ふと手を突っ込んだポケットに固いものを感じて眉を寄せる。
しくったな。
朝渡そうと思ってたのにタイミング外した。
とりあえず今それの事はいい。
また、追いついた時にでも渡せば問題ないだろう。
思い直してフェイト嬢をベッドに寝かす。
順当に行けばそのまま俺は立ち去り庭園に行くべきだ。
が、俺はそうせずにフェイト嬢を見たまま立ち尽くしていた。
アルフの訝しげな視線を受けながら、口を開き、閉じる。
考えが、纏まらない。
どうすればいいか迷って、結局纏まらないまま再度口を開いた。
「昔話をしようか……馬鹿の男の、なんでもない話を」
なんでもいいからフェイト嬢の刺激になればいいと思ったんだろう。
俺を止めるかのように右手を上げたアルフは、結局何もしないままその手を下ろした。
俺はその様子を横目に、ただフェイト嬢の顔を見ながら続ける。
「別に何か特別なものがあったわけじゃない。
ただ19年間安穏と暮らし、平和を享受してきただけの男だ」
これは懺悔に近い。
なのは達も知らない、もう誰も知らない物語。
「ある時そいつは何故自分がそこにいるのか、全てを思い出した。
なんの事はない、そこにいるべき人間の可能性を食い潰して存在してた、ただそれだけの事だ」
そう、それだけの話だ。
ベッド脇の椅子に座り、足を組む。
ゆっくりと目を瞑った。
「そうしてそいつは気付いちまった。
そいつはそこにいるべきはずだった人間にはなれない、と」
びくりとフェイト嬢が動く気配がした。
「かと言ってその時点ではそいつはそいつで居続ける事さえ困難だった。
何故かって? 必要だったんだ、完全になる事で得られる力が。
結果、欠けた2つのピースは組み合わさり、新しいピースが生まれた。
そうして生まれた新しいそいつが、最初に行ったのはなんだと思う?」
答えは……ない。元より求めていない。
「宣言さ。ただの、誰も聞いてない宣言。
『俺はここにいる』と、ただそれだけの」
目を開き、立ち上がる。
フェイト嬢は未だ虚ろな瞳で、宙を見ていた。
「赤ん坊は産声を上げた時、初めてこの世に生まれるんだそうだ。
多分そいつはその時、ようやく生まれたんだろう」
やはり動かないフェイト嬢の頭をくしゃりと撫でた。
柔らかい猫毛のような細い髪は、俺の指をさらりと通り抜けていく。
そう言えばこの子の頭を撫でるのはこれが初めてだ。
「さて、少し長話が過ぎたな。
俺は現地へ向かう。アルフ、後は頼んだぞ」
「あ、ああ。あんた……いや、なんでもない」
踵を返し、ドアを開く直前、振り返る。
暗くガランとした部屋は妙に悲しげに見え、俺はまだ彼女に伝えていない言葉を口の中で転がした。
俺はきっとこの子に残酷な事をしようとしている。
だから、
「────生きろ、フェイト・テスタロッサ。
君はまだ、世界に絶望するには幼すぎる」
万感の想いを籠めて、飲み込もうとしていた言葉を搾り出した。
「俺は今、2人の精神[ヒト]を殺してここに立っている。
あいつが言った『この醜くも美しい世界』で俺は、アラン・F・高町は生きて行く。
今更であるが問おう────君は、何者だ?」
告げて、答えを待たず俺は戦場へ続く扉をくぐった。
「行こうかドラッケン。ここから先加減は無用だ」
≪stand by ready ... set up≫