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────────interlude
夢を。
夢を見ている。
目まぐるしく変化する場面。
断片的なそれの中には私の覚えていないものもあった。
夢と言うのは脳が記憶を整理する為に働いている時見るものだと聞いた事がある。
だからこれはきっと、私が覚えていないだけで実際にあった事なのだろう。
一面に広がるのは深蒼の輝き。
力強くてどこか悲しくて、でも温かく優しい。
そんな光の記憶。
夢の中、本当に小さな私は無邪気に笑っていた。
初めて見るものが楽しくて、温かい手に安心して。
『士郎さんが──』
白い顔をして受話器を取り落としたお母さん。
驚き、沈んだ顔をする恭也お兄ちゃん。
きっと、お父さんが大怪我をした時の記憶。
『なぁなのは、お話しようか』
これは、お兄ちゃんが私の中でとても大切な人になった時の記憶。
寂しさを埋めてくれた、大事な記憶。
小さい頃の記憶なのによく覚えている。
『────奴等はどこからか知ったらしい』
≪──“刻の砂時計”は7年前、────初仕事の──したロストロギアです≫
これは、全然覚えてない。
皆の姿も見えないから聞こえただけなのかな。
話の内容は理解できないけど、ドラッケンとお兄ちゃんはロストロギアによくよく縁があるみたい。
『なのは、俺はな……魔法使いなんだ』
お兄ちゃんが自分の秘密を私に話してくれた時だ。
悪戯っぽく笑うお兄ちゃん。
私はただただお兄ちゃんの言葉に感心して、お兄ちゃんって凄いねと笑っていた。
『うう……なんでそうなるの?』
『初っ端の文法から引っかかるとは……なのはは語学が苦手なのか』
お兄ちゃんの呆れた顔。
これは、座学の時間だね。
この後軒並み文系科目が苦手って事がわかって、お兄ちゃんは苦笑してたっけ。
その代わりに理系科目はすぐに頭に入ってきたけど。
『お前は本当に魔導師向きだな』
って、お兄ちゃんはどこか悲しそうに笑ったの。
『ねえねえ、私なのは。高町なのは、5歳。あなたは?』
『八神はやて言います。八つの神さんに平仮名ではやて。6歳──』
はやてちゃんと初めて会った時だ。
お兄ちゃんがはやてちゃんをナンパしたって言ったら全力でお兄ちゃんは否定してたけど、今思い返してみてもやっぱりあれはナンパに見えると思う。
それでも大切な、大切なお友達との記憶だ。
『──ハッピーバースデイ、なのは』
ベオウルフが私の手元に渡ってきた日の事。
お兄ちゃんのお母さんの形見だったベオウルフ。
苦楽を共にして私達は徐々にパートナーになっていった。
『痛い? でも大事な物を取られちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ』
アリサちゃん、すずかちゃんとの出会い。
この後大喧嘩しちゃって、お兄ちゃんが呼び出されちゃったんだっけ。
目まぐるしく変化していく場面。
そして、記憶は最近まで遡り、私にとっての始まりを脳裏に映し出す。
『──ユーノ、ユーノ・スクライアです』
出会いは、突然。
きっかけはジュエルシードを発掘し、ばら撒かれてしまったロストロギアを追ってやってきたユーノ君。
────さあ、自らの責任を果たしに行こう。
初めての失敗。
私は、力を持つ事によって生じる責任をようやく認識した。
『ユー坊、第1級捜索指定ロストロギア“闇の書”を、ベルカの至宝である“夜天の魔導書”に戻せるとすれば、スクライアはどう動く?』
はやてちゃんの下半身麻痺の原因の発覚。
お兄ちゃんははやてちゃんを治す為に奔走した。
『……アー、シャ……?』
『ロストロギア、ジュエルシード……申し訳ないけど戴いていきます』
フェイトちゃんとの出会い。
優しくて悲しい目をした女の子との出会い。
────天に祈り、地に誓い、そして貴き想いはこの胸に。
私はこれから自分の意思で剣を執る────
そして、決意。
『っ、はっ、跡形もなく消えやがれっ』
いつだって、自分の身を省みないお兄ちゃんと、
『なまえをよんで』
私なりの、精一杯。
くるくると、記憶が回る。
時間が前後している所もあるせいで分かりにくいけど、そのどれもが思い出深い記憶。
例えば、はやてちゃんと図書館探検をした事。
例えば、ユーノ君とジュエルシードを回収した日々。
例えば、アリサちゃん達と学校帰りに遊んだ事。
例えば、フェイトちゃんと色々な物を賭けて戦ったよく晴れたあの日。
どれも皆、覚えている。
その端々にお兄ちゃんがいた。
勿論場面によってはいない事もあったけど、私はずっとお兄ちゃんに護られてきた。
時に直接的に、時に間接的に。
とても強くて、だけど弱い人。
弱いけど、それでも立ち上がれる人。
一番身近にいるのに、もしかしたら一番遠い人なのかもしれない。
だって、お兄ちゃんの背中はいつも大きいから。
私はずっとその背中を見て育ってきた。
追いつきたくても、追いつけなくて。
やっとの事で追いつけたと思ったら、遥か先に進んでしまっていて。
膝が折れようとも、這ってでも先に進む、そんな人。
いつからなんだろう。
その背中を追うのではなく、隣に並びたいと思ったのは。
記憶が断片的過ぎて、ううん、違うね。
当たり前すぎて、気付かないでいた。
だから、あの時約束したんだ。
『今はまだ遠くて届かないけど、いつか私もそこまで行くから。
そうしたらその荷物を私にも半分分けてくれますか?』
『…………そうだな。届いたら分けてやるよ』
約束、したんだ。
お兄ちゃんは強いけど、きっととても弱いから。
支えてあげたいと、思ったんだ。
ずっと傍にいた、大切な人だから。
突然、記憶が赤に塗りつぶされる。
忘れない。
忘れられない。
忘れられようはずもない。
赤く染まった、大切な人の姿を。
それでも私を、抱きしめてくれた人の姿を。
いつもは温かく力強いその手が、何故か小刻みに震えていたのを私は知っている。
────初めて、誰かを憎いと思った。
怖い。
私が、怖い。
自分がそんな風に人を思うなんて、考えた事もなかった。
お兄ちゃんがいなくなると思っただけで、狂いそうになるなんて知らなかった。
傍にある笑顔が、どれだけ大切な物かを私はどこかで考えないようにしていた。
夢の中のはずなのに、感情はただ一つに塗りつぶされていた。
悔しい、と。
私は子供で、お兄ちゃんを護るなんてきっとまだできない。
いつか恭也お兄ちゃんも言っていた。
御神の剣は脅威から人々を護る為にあるって。
だけど、身体は護れても、心は別。
どんなに剣の腕がよくなっても、心を護るのは酷く難しい、と。
私は、お兄ちゃんの心を護りたい。
護りたいのに、その方法が分からない。
それが、悔しい。
どうして私は子供なんだろう。
どうして私はもっと早く生まれなかったんだろう。
私が大人なら、お兄ちゃんの心を護る方法が分かったかもしれないのに。
そう思った所で、意識が急激に引っ張り上げられる。
それに、目が覚めるのだと、漠然と理解した。
────────interlude out
痛い。
文句なしにこれは痛い。
肩を借りながら家に戻った俺は、大慌ての美由希と恭也にベッドへ放り込まれた。
やっとベッド上の生活からおさらばできたと思ったのに、また逆戻りかよ。
色々と問題も出てきたし、どうしたもんか……
大きく溜息をついて頭をがりがり掻いていると、母さん達が部屋に飛び込んできた。
どうやら店を閉めてきたらしい。
「「アランッ」」
滅多な事では息を切らさないあの父さんが肩で息をしている。
それだけで自分が本当に大切にされている事がわかり笑みが零れた。
家族、か……
何故俺がこうまでも人との関係にこだわりを持っていたのかようやく理解した気がする。
とりあえずは目の前の家族に心配をかけぬよう、そのままへらりと右手を上げた。
「ごめん、またやっちった」
「まったくこの子は心配ばかりかけて……」
泣きそうな母さんの手を安心させるよう、恐る恐る握りながら頬を掻く。
「この前ほど酷くないから大丈夫だって。
シグナム達が助けてくれたし、シャマルの治療も受けたから」
「……そう。皆さん本当にありがとうございます」
「いや、我々もアランには世話になってるからな」
ようやく深く息をついた父さんを見て申し訳なく思う。
そのシャマルの治療を受けてこの程度しか治ってないのだから、実は父さん達が思っているよりも重症ではあったのだ。
自然治癒では時間がかかり過ぎるしなのはの事もあるので、本当はあまり頼りたくないのだが力を借りるしかないだろう。
本当に厄介事はあちらからやってくるよなあと内心ごちた。
半分以上は、原因が俺なのだが。
「なのはは?」
「隣でまだ寝てるはず──」
「さっき起きたの」
部屋に入ってきたのは話に出たばかりのなのは。
これで八神家と高町家ははやてを除いて勢揃いだ。
目を擦りながら部屋へ入ってきたなのはが扉を閉める。
「おはようなのは。調子はどうだ?」
「ん……ちょっとだけだるいけど大丈夫なの」
「そうか、よかった」
自己申告通り少しばかり体調は悪そうだが、痛い所などはなさそうで安心した。
強制解除をやらかしていたので、どこかに不具合が出てないか心配だったのだが。
歩み寄ってきたなのはは俺の寝ているベッドに座り込んだ。
どうしたのかと見ていたら、なのはがそっと俺の手を握る。
びくりと動いた俺の手を、彼女はゆっくり感触を確かめるように握りなおし、心底ほっとしたと言わんばかりに息を吐いた。
「……あったかい」
その様子に胸が締め付けられる思いがした。
本当に……俺はこの子にどれだけの……
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「む……完治まではちょいと時間がかかりそうだな」
内心を悟られぬよう、何食わぬ顔で返事をする。
それに目の前の妹はこてんと首を傾げた。
「そうなの?」
「シャマルの腕は確かなんだが、ここじゃ出来る事は限られてるからな。
あんまりやりたくなかった事ではあるんだが……」
休暇中じゃなきゃいいんだけどと呟きながら通信ウィンドウを開く。
しばらく間があって、特徴的な茶髪のショートカットが映し出された。
『はいはーい、何か用かな、アランさん』
「繋がってよかった。クロノやリン姉はやっぱり忙しそうか?」
『あと30分もすれば戻ってくると思うよ。伝言しておこうか?』
「いや、エイミィでも構わないんだ。
アースラか本局の医療施設使わせてもらえんかなあと」
『また怪我したの!?』
と驚く彼女に苦笑い。
別に怪我をしたくてしているわけじゃないしなあ。
『うーん、どうかな。
任務外だとアランさんはただの民間魔導師扱いって事になってるし』
「あー、一応任務内? なんだ。
とりあえず判断は2人が帰ってきてからでいい。
と言うわけでやっぱり伝言を頼むよ」
『じゃあ録音するね。……はい、どうぞ』
録音が始まったので、真面目な顔をする。
一応事件資料になる可能性もあるからだ。
「例の件、裏は取れただろうか? こちらは先程暴走した猫2匹を確保。
捕獲時に俺となのはが負傷したので、医療施設を使わせてもらいたい。以上だ」
『……はい、OK。じゃあこれクロノ君と艦長に送っとくね』
「よろしく」
くいっと引っ張られる感覚があって、そちらを向くとなのはが疑問顔で俺を見ていた。
「私怪我してないよ?」
「身体はな。リミッター無理矢理外しただろ。
あれでリンカーコアが傷付いてる可能性があるから、その診察依頼だ」
「そっか」
『なのはちゃんが納得した所でOK?』
「ああ、それだけだ。じゃあまた後でよろしく」
『はーい、じゃあまたねー』
それっきり通信ウィンドウは閉じた。
「……なんていうか、凄く明るい子だな」
「いい子だよ、エイミィは。それに優秀だ」
「兄貴は管理局に行っても大丈夫なのか?」
「ああ。少なくともアースラスタッフは信用できる。
今の所協力者の立場だし、トップは俺の昔からの知り合いだ」
「まあ兄貴がそう言うならあたしは何も言わねえけどよ」
「心配してくれてありがとな、ヴィータ」
ふいっと背けたヴィータの顔は少し赤い。
その様子は酷く微笑ましく、皆にやにやしながらヴィータを見ていた。
「と言うわけで連絡が来たら向こうで治療受けてくるよ。
今日は皆、本当にありがとう」
ベッドの上からで申し訳ないが深々と頭を下げる。
それでようやく解散の雰囲気になり、全員が退室しようとした所を呼び止めた。
「あ、父さんとシグナムはちょいと話があるから残ってくれないか?」
「? わかった」
「ああ」
2人が頷くのを不安げになのはが見ていた事に気付く。
目が合ったので大丈夫だと笑いかけ、
「なのはも後で話そうか」
「……ん」
小さく頷いたなのはもそのまま出て行った。
身体を起こし、ベッドに腰掛ける。
痛みが走るが、耐えられないほどではない。
「アラン、我等を残した意図が見えないのだが」
シグナムの言葉に父さんが同意する。
まあ確かに、ちょっと関連がなさそうではある。
「一応各家の代表者として残ってもらったんだ。
これからの事について話しておこうと思って」
「これからの事?」
「ああ」
楽な体勢を探すが中々見つからない。
とりあえず胡坐で身体を安定させた。
深呼吸を1つ。
俺の緊張度合いから重要な話だと見当をつけたのか、シグナムと父さんも姿勢を正す。
少しだけ、嘘をつきます。
……ごめんなさい。
心の中で頭を下げ、俺は話を切り出した。
「俺からの話はこれで終わりだ。2人共呼び止めてすまない、ありがとう」
「いや、主はやてをこれからも頼む」
そう短く言うと、シグナムは出て行った。
「……父さん?」
俺の言葉に父さんも立ち上がる。
そうして俺を支え、ベッドに横たえさせてくれてから口を開いた。
「俺は……」
何かを言いかけて首を振る。
父さんのこんな態度は珍しい。
「いや、俺はお前がうちの子供でよかったと思っている。
それだけは、忘れてくれるなよ?」
「……ああ」
見透かされているのかもしれない。
だけど確かめる術なんて俺は持たないから、ただ頷くに留めた。
「今の話、なのは以外には通しておく。だからしっかりな」
「ありがとう、父さん」
心の中で深々と頭を下げると、父さんは布団の上から俺の身体をぽんぽんと叩き部屋を出て行った。
皆が退室して静かになった室内。
ふうと吐き出された息の音が、妙に響いた。
いつかのように天井を見詰め、いつの間にかこの天井が当たり前になっていたのだと気付く。
俺が高町である事が当然になったのは、いったいいつの事だったのかとぼんやり脳の片隅で考えて、
「……お兄ちゃん?」
控えめなノックの音に顔を上げると、ドアからなのはが顔を出していた。
よく考えればなのはの部屋はすぐ隣。
今までの会話が聞こえていたらと一瞬危惧するが、なのはの表情を見る限りそれはなさそうだ。
「お話終わったの?」
「ああ、終わったぞ」
いつもより静かななのは。
その様子に、先程までのショックをまだ引き摺っている事にようやく気付いた。
目元も少し赤い。
また泣いていたのだろうか。
意気地のない自分を叱咤し、己を奮い立たせる。
身体を起こし、手を広げた。
「……おいで」
「……っ」
黙ったまま寄ってきて、縋りつくように抱きついてくるなのはを受け止める。
怖々となのはの肩に回した手で、ぐっと抱きしめた。
大きくなったとは言えなのははまだ8歳。
身近な人間を亡くしそうになったショックは計り知れない。
なのに、俺にしてやれるのはこの程度でしかなくて。
それさえも恐る恐るでしかできなくて。
情けない、その一言が何度も脳裏を巡る。
「……話してくれるの?」
ぽつり、聞こえるか聞こえないか位の声だった。
それに頷き、
「ああ……今回の──」
『先生っ、無事ですかっ!?』
突如現れたウィンドウで盛大に邪魔された。
『──あ』
気まずげに顔を逸らすクロノを見ながら額に手を当てる。
ちなみになのはは思い切り甘えているシーンを見られたせいで顔が真っ赤だ。
シリアスシーンをぶった切られた事で俺もいつもの調子がひょっこり顔を出した。
とりあえず、あれだな。
「空気読めよ、クロノ」
それ以外に何が言えたと?