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考えてた以上にごっそりと持っていかれたな。
膝をつき、息を荒げながら遠くの方で考える。
試みは成功。
目の前には少々あやふやだが、確かに輪郭を得たアリシア・テスタロッサがいる。
「……アリ、シア?」
この声はフェイト・テスタロッサか。
なら、ここから先は彼女に任せる事にしよう。
そう思った瞬間、胸の内からこみ上げてきた。
「アリシア、なの?」
「……ぐぅっ」
誰もが呆然とする中、俺は耐え切れずに吐き出してしまう。
眼前が、赤に染まった。
この……程度でっ……
ちらり様子を窺うと、フェイトがこちらに駆け寄ろうとしていた。
時間がないので今は右手を突き出す事で彼女を制止する。
「っ、はっ……大丈夫、だ。
この程度、は……想定の範囲内、だからな……」
くそっ、喋りにくすぎるぞ、これ。
口の中が血液だらけで気持ち悪ぃ。
「それ、よりも……彼女と……話を。それが、彼女の願い、だ」
抜かれ続ける霊力。
想像以上に厳しい反動。
だけど、ここで耐えなきゃ男じゃねえ!
意思を乗せて彼女を見ると、フェイトは僅かに頷き、自らの原典に向き合った。
体内でベオウルフがうごめいているのを感じる。
どうやら俺の負担を減らそうと色々やってくれているようだ。
ふと浮くような感覚と共に、ほんの少しだけ体が楽になった。
≪主≫
「すまん……ありがとう。大分、楽になった」
≪しばし、動かずにいてください。脱出に必要な体力は残しておきませんと≫
「そう、だな……」
口内に溜まった血液を唾と共に吐き出す。
視線の先ではアリシアがフェイトを抱きしめていた。
彼女の耳元でアリシアが一言二言囁くと、フェイトがそれに何度も頷いて。
最後に、もう一度きつく抱擁するとアリシアは腕を解き、自らの母へと歩を進めた。
「お母さん……」
「アリシア……なの?」
「そうだよお母さん。……ねえ、もうやめよう?
私はもういないけど、フェイトもお母さんの娘には違いないんだよ?」
「違うわ。その人形はアリシアの偽者。アリシアの代わりにはならない」
「お母さん!」
フェイトは苦しそうに表情を歪め、それでも右足を前に出す。
少しだけ逡巡するそぶりを見せてアリシアの方をちらりと窺うと、決意した目でプレシア・テスタロッサを見据えた。
「私はアリシアの偽者なのかもしれない。
……あなたの言う通り、人形なのかもしれない」
「フェイト!?」
アリシアの叫びにフェイトはただ首を横に振る。
「でも、私は……フェイト・テスタロッサは……
あなたに生み出してもらって、あなたに育ててもらった、あなたの娘です!!」
それが……君にとっての真実か、フェイト・テスタロッサ。
くつくつと音が聞こえる。
音は次第に大きくなり、耳障りな嘲笑に変わった。
「だから何? 今更あなたを娘と思えと言うの?」
飛んできたのは言葉の刃。
歯を食いしばり、拳を握る。
耐えろ……まだ、終わってない!
心配そうなアリシアの、フェイトを呼ぶ声が彼女の背中を押す。
フェイトは更にプレシアに向かって歩を進めた。
「……あなたが、それを望むなら。
それを望むなら、世界中の誰からも、どんな出来事からもあなたを護る」
差し出された右手は、娘にとっての願いであり、母にとっての蜘蛛の糸。
縋りつくようにも、引き上げるようにも、俺の目には映った。
「私があなたの娘だからじゃない……あなたが、私の母さんだから!」
ああ、大丈夫。
そう言い切れる君なら、きっとそれを無駄にはしないから。
輝きを保ったまま、生きていけるから。
立ち上がる。
気持ち悪さは続いているが、さっき程ではないし、何より、
物語はクライマックス。
役者が倒れてちゃ格好悪いじゃねえか!
「フェイト……」
妹のような、娘のような、それでも愛しい子の魂からの叫び。
それを、アリシアはどんな顔で見ていたのだろうか。
背を向けられていた俺には分からない。
「――くだらないわ」
「お母さん!」
冷たいその一言が矢となってフェイトを襲う。
彼女の表情が初めて崩れた。
悲しみと諦めの混ざったその表情は、決して九歳の子供がしていいものではない。
「アリシアはここにいる。なら、あなたはいらないの」
カチンと来た。
自らの本分を忘れそうになる程に。
気付けば俺の唇は噛み切られ血を流していて。
ずっと鉄さびを味わっていたから今の今まで気付かなかったのだけれども。
ペロリと垂れているものを舐め取ると、少しだけ落ち着けた気がした。
「私はもう死んでるんだよ、お母さん!」
「いいえ、まだよ。まだ復活の可能性はある!
あなたを連れてアルハザードに行けば――」
「残念ながらそれはさせられないな」
もう、限界だ。
いいよな、俺、充分に我慢したよな?
……俺の目の前で、そんな事させてたまるかよ!
「二六年も形を保ち続けてきた彼女の魂は限界だ。
むしろ、今までもったこと自体、奇跡に近い」
一歩、前へ。
相変わらず舌が鉄の味にまみれていて、今にも吐き出しそうだ。
「早めに導かねば堕ちてしまう。
……違うな、今回の反動で放っておけば確実に堕ちるんだ。
貴様は貴様が愛した娘を、永遠に苦しめ続けるつもりか?」
自浄作用の強いこの世界で、俺は悪霊化した霊を見た事がない。
皆その前にあるべき所へ還って行ったから。
自ら還る事の出来ない魂は、強制的に還してくれる者がいないここでは永遠にその場に留まり続ける事になる。
それは、死よりもなお恐ろしい、終わりのない地獄と同意だ。
「私と行けばアリシアは蘇る。私は向かう……アルハザードへ!!」
「ちっ、理解できるはずもなかったかっ」
プレシアが手に持っていた杖で地面を強く突く。
瞬間、巨大な魔方陣が足元に展開され地面が割れた。
断続的に続いていた揺れは酷くなり、天井から瓦礫が次々と落下してくる。
まずっ、ポッドが落ちる!?
「白銀ぇっ!」
≪ちっ、いつもの事だが詰めが甘えぞジンッ!!≫
刀化した白銀を振るい、ポッドの結界を切り裂く。
すでに肉体との因果の鎖が切れてしまっているアリシアを、無理矢理引っ張り上げた。
これで早く彼女を送らねば堕ちる事が確定してしまったが、あのまま連れて行かれるよりはましなはずだ。
あのままだと彼女は、更に狂気に堕ちていく母を強制的に見させられ続けるか、母の死を直視しなければならなかっただろう。
先の反動によるものか、引き上げた彼女の魂はすでに存在が希薄だった。
「大丈夫か?」
【……ちょっと、苦しい……かな。大丈夫、まだ、頑張れるよ】
「よく言った。足場を確保したら、早めに空に還してやるから」
【うん。あり、がとう……お兄、ちゃん】
気丈に耐える彼女に笑いかけた瞬間、エイミィの焦った声が響く。
『艦長! だめです、庭園が崩れます!! 戻ってきてください。
この規模の崩壊なら、次元断層は起こりませんから!
クロノ君達も脱出して。崩壊まで、もう時間がないの!!』
「了解した。フェイト・テスタロッサ……フェイト!!」
クロの呼びかけに、フェイトは動かない。
ただ落ちて行く母と、アリシアの抜け殻を目で追っている。
ちっ、フェイトの位置がプレシアに近すぎた。
あそこは虚数空間内かっ!?
フェイトのへたり込んでいるプレートに飛び移り、彼女を掴み上げようとした所で呟くような声が聞こえる。
「一緒に行きましょう、アリシア……」
「……幻想と共に堕ちたか、プレシア・テスタロッサ」
びくりとフェイトの肩が揺れる。
どうやら独り言が聞こえてしまったらしい。
まあいい、今は彼女を連れて脱出しないと。
「立て、フェイト・テスタロッサ。脱出するぞ」
「……なん、で?」
「あ゛?」
いかん、素が出た。
「なんで、君は、私を……助けようと、するの……?」
「誰かを助けようとするのに理由が必要なのか?」
「だって、私は犯罪者で……」
「知るかよ、そんな事」
それで足りないなら言ってやる。
ぶちまけてやろうじゃねえか!
「お前を助ける、そう決めたから自分の魂に従って実行してるだけだ。
それが、お前を助けようとしている俺とアリシア・テスタロッサの願いだからだ!!
お前の意見なんか聞いてられるか!!!」
ああ、今も見えている。
見えているとも!
その今にも消えそうな身体で、侵食の痛みに耐えながらも、必死にフェイトを引っ張り上げようとしている彼女の姿が!!
「生きろ、フェイト・テスタロッサ!
お前は未だ、死ぬには世界を知らなすぎる!!
託されたお前には、助けようとしてるアリシアの分まで生きる義務がある!!!」
叫んだ瞬間、腹の底に響く音と共に天井に桃色の閃光が奔る。
俺はそのまま唖然としているフェイトを抱き上げ、上空を見上げた。
「フェイトちゃん!」
なのはだ。
だが遠い。
俺の体調は人一人抱えて飛べる程回復していない。
「うっおおおおおおおおおおおおおっ」
だから、
「受け取れ、なのはぁっ!!」
「にゃ!? って、えええええっ!?」
投げた。
霊力で強化された右腕で思いっきり、なのはの所まで届くように。
はは……右肩から変な音がしたや。
こりゃ、逝ったな。
なんとか彼女をキャッチする事に成功したなのはは、一瞬怒りの顔を俺に向けるがすぐに心配げに表情を変えた。
それに俺は心配無用とばかりに、不敵に口元を歪めてみせる。
「ジンゴ君!」
「俺は大丈夫だ。むしろお前等が残ってる方が脱出が遅れる。先、行ってろや」
「でもっ!?」
ゆるり、首を振る。
なのは達は数秒逡巡すると、頷いて踵を返した。
【お兄ちゃん……】
「平気だって。ここは魔法は使えないが、少量の霊子がある。
俺だけなら脱出は割りと楽なんだ」
【でも、早くしないと庭園ごと……】
「分かってるさ。君を送ったらすぐに行く」
白銀の刃を返して、柄元で彼女の額に判を押す。
いつもと同じ方法でいいのかは分からないが、きっと大丈夫。
「……これで、よかったのか?」
漏れ出たのは表に出すまいとしていた俺の迷い、そして弱音。
それに彼女は呆れた顔を返す。
その表情は永きを漂っていた彼女らしく、妙に大人びていた。
【もちろん。ねえ、お兄ちゃん、ありがとう。
私ね、あんな事になっちゃったけど、二人と話せて嬉しかったよ】
「そうか。……アリシア・テスタロッサ」
【うん、お別れみたい】
「君の旅路が、心安らかならん事を」
【――――――ばいばい】
満面の笑みで手を振ると、彼女は光と共に消えていった。
さあ、後は俺達が脱出するだけだ。
「ベオ、残り時間は?」
≪三分弱、脱出にはギリギリだと思われます≫
「上出来だ」
こんな穴倉、さっさと出て行ってやろうぜ。
「……庭園崩壊終了。全て虚数空間に吸収されました……」
「次元震停止します。断層発生はありません……」
「……了解」
「第三船速で離脱。巡航航路に戻ります……」
帰ってきた艦橋は、なぜだか通夜のような雰囲気だった。
オペレーターの何かを押し殺したような、淡々とした声だけが響く。
「軽症も含めて怪我人多数、殉職者一名、か……」
マジで!? 武装隊、誰かやられたのか!?
やりきれないと言った風なリン姉の背に、慌てて声をかけようとして、
「ジンゴ君……」
って、俺かよ!?
一気に脱力してしまった。
あ、やべ。下向いたら吐き気が……
もうちょっとだけだと堪えて、搾り出すように声をかける。
「ハラオウン提督」
「今は一人にしてちょうだい」
「いえ、帰還報告に来たのですが」
「そう、帰還報告に……って、ジンゴ君!?」
「いてっ、イタイイタイ、痛いからそこっ……って、振るな!
今マジでヤバ……ぉぶっ」
慌てたリン姉が右肩を掴むわ、身体を揺するわで大惨事。
ああ、我慢しようと思ってたのに……リン姉の制服汚しちまったなあ。
「い、医療班ーーーーっ!!」
手にかかった赤いものに焦った彼女が医療班を呼ぶ。
どうでもいいから、振るのやめてくれ……最後まで、しっまんねえなあ……
それがとどめとなって、俺の意識はブラックアウトした。