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司令部は本当にただのマンションだった。
尤も奥の部屋には管理局の機材が運び込まれていたので、一般家庭とは言い難い。
と言うよりも最初からここに住んでいるのは皆異世界人なので一般家庭という言葉が当てはまるはずもない。
一人くらい地球人がいたら面白かっただろうか。
そんな詮ない思考をよそにオートロックを外されたドアを遠慮なしに開け、ずかずかとリビングへ歩を進めた。
「よ、クロ、エイミィ」
「やほー、ジンゴ君」
「すまないな、休日に呼び出して」
「構わないさ。店もそう忙しくなかったしな」
クロとエイミィは中空に出現させた巨大モニターでこの前の戦闘記録をさらっていたらしい。
尤も、映像として残っていたのは結界が破られた後、局側でモニタリングできた数分程度でしかないが。
それを見ながらクロが手持ちの情報の整理を始める。
まずはクロの持っている情報から。
「ロストロギア“闇の書”の最大の特徴はそのエネルギー源にある。
闇の書は魔導師の魔力と魔法資質を奪うために、リンカーコアを喰うんだ」
「なのはちゃんのリンカーコアもその被害に?」
エイミィが合いの手を入れると、クロが苦い顔のまま首を縦に振った。
「ああ。途中でジンゴが止めたようだが間違いない。
闇の書はリンカーコアを喰うと蒐集した魔力や資質に応じてページが増えていく。
そして最終ページまでを埋める事で、闇の書は完成する」
「完成すると、どうなるの?」
「少なくとも、碌な事にはならない」
「……」
黙りこくってしまったエイミィをちらりと見てから、クロが俺を真正面から捉える。
俺は彼に一つ頷くと腕を振って召喚陣を展開、ベオウルフを顕現させた。
ベオは俺に一礼すると、エイミィへと振り返る。
「うわあ」
≪そちらは初顔合わせか。王の剣環が管制人格、ベオウルフと申す≫
「あ、はい、こちらこそ。エイミィ・リミエッタです」
そう言えばこの二人、直接の面識はなかったか。
「エイミィ、そう固くならなくても大丈夫だって。
初顔合わせっつっても、ベオは常に俺の中から外部情報を取得してるから」
≪無論、リミエッタ殿の事も知っている≫
「あ、そうなんだ。緊張して損しちゃったよ」
拍子抜けしたように肩の力を抜くエイミィに苦笑を一つ。
気を取り直して己が半身に目を合わせる。
顔を引き締めた彼を見て、どうやら用件は分かっているらしいと内心ごちて。
「悪いが俺達には情報が足らなすぎる。
お前の知ってる事を洗いざらい話してもらうぞ」
≪御意。とは言え私もアレについて多くを知っているわけではありません。
尤も、私の知ってる物とアレが同じ物であると仮定した上での話しですが≫
「……どう言う事だ?」
ベオウルフの言い方は妙に回りくどい。
そう言えば襲撃事件が起きた時もこんな態度だったような気がする。
確証が得られてないのか、もしくはそう思いたくないのか。
どちらかは分からないが、どちらにしても聞かないと言う選択肢はない。
俺達は現在、完全に手探り状態なのだから。
≪ではまずは守護騎士達についてお話しましょう。
以前主にはお話した事がありますが、私のような古代ベルカの人格プログラムにはモデルとなった人物が存在します≫
「ああ、それは確かに聞いた覚えがあるな。
ベオのモデルは……旧暦以前、聖王に仕えていた騎士、だったか。
人格データを王の剣環にコピーしてプログラム化、その後管制人格として整えられ今のお前が生まれたって話だよな?」
≪ええ。私の原典、彼の名はアストラと言いましたが、その弟子である女性が私自身を構築しました。
彼女が後の王の剣環初代主になります。
作成者こそ異なりますが古代ベルカの物である以上、あの騎士達も似たような過程を経て作られているはずです≫
「って事は、彼らは元々は実在の人物だったのか」
≪ああ、クロノ殿の考えで概ね間違いはない。
尤も、私はアストラの記憶を受け継いでいるので自分が複製である事を明確に知っているが、彼等もそうであるとは限らない。
長い歴史の中でプログラムが磨耗していってる可能性もある上に、そもそもプログラムの崩壊を防ぐ為元々その辺りの情報を削られてる可能性も高いだろう≫
呟くように情報を再確認するクロと、忙しくキーを叩いて入力していくエイミィ。
ベオは少しだけ遠くを見るような目で、覚えている事をぽつりぽつりと語っていく。
≪アストラの存命中にはあの書は未だ完成に至ってはいなかった。
故に、私があの書に対し知っている事は驚くほど少ないのだが……
もしも問題の魔導書がアレと同じものなのであれば、少なくともコンセプトが変化しているのは確実だな≫
「コンセプトが……変化している、だって?」
≪私の死後方向性が変わったと言う可能性も捨て切れんので断言はしないがな。
少なくともリンカーコアの強奪等と言う機能はついてなかったし、名前も“闇の書”等と言う物ではなかったはずだ≫
「ああ、“闇の書”と言うのは管理局側が便宜上つけた名前だ。
あの書の本来の名前は調べてもわからなかったものでね」
≪なるほど、そう言う事か≫
「しかし、名前の方はそれで説明できるが、機能まで変化しているのはおかしいな。
ベオウルフ、君が知る魔導書はどんなものだったんだ?」
≪各地の優秀な魔導師の魔法を記録し、研究するために開発された情報蓄積型ストレージデバイス、開発時の仮名称は“星空の書”。
魔法の蒐集については、対象となる魔導師が魔力を注ぐ事で行われる予定だった。
研究者である主と共に、各地を旅する魔導書と言うのがコンセプトだったはずだ≫
確かに闇の書と重なる所はあるが、クロとベオウルフのやりとりを聞くと別物ではないかと疑ってしまう。
だがベオはその星空の書が変化した姿が一〇中八九アレなのだと確信しているように見える。
生きた年代を同じくする騎士達が付属されているからだろうか。
確かに同じ時間同じコンセプトで魔導書を作るとは、それが余程優秀な物でない限り考えにくい。
ましてやベオの言う魔導書は研究用の物だ。
戦争状態にあった当時、研究用デバイスをそう多く作るくらいなら、実践用デバイスの数を増やす方向に行くのが普通だろう。
ふと、あの騎士達は何者なのだろうと思い、そのまま口に出す。
「あの騎士達については?」
≪そちらは恐らくアストラの死後追加されたのでしょう。
少なくとも彼の記憶では、守護騎士などと言うシステムはありませんでした。
書の管制人格とは別に、大魔法を行使する主を守護する為の騎士達ではないかと。
彼女達についてはアストラが同僚でしたので面識があります≫
「各人の名前と能力を教えてくれるか?」
エイミィにデータを出してもらうように頼みながら言うと、ベオは静かに頷いた。
優秀な管制官が最速でコンソールを叩き、四人の騎士を順に表示する。
最初にモニターに映ったのは、緑の騎士服に身を包んだ金髪セミショートの女性。
柔和な顔立ちは魔導師と言うよりも近所のお姉さん風だが、映像は引き締まった表情をしており騎士の名にふさわしい。
≪彼女は湖の騎士シャマル。デバイスは補助魔法を専門とするクラールヴィントです。
恐らく後方支援と参謀役は彼女でしょう。かつてもそうでしたから。
なのは殿のリンカーコアを奪った魔法、旅の鏡は彼女の得意魔法の一つで、自らの認識内であればデバイスの補助を得て任意に空間を開く事の出来る空間魔法です≫
「随分と厄介かつ凶悪な魔法だな。……彼は?」
次いで映されるのは先日俺やベオが相手した犬耳の男性。
筋骨隆々の身体を少し羨ましいと思ってしまったのは内緒だ。
この身体、妙に筋肉が付きづらいのだ。
≪彼は盾の守護獣ザフィーラ。素体は狼です。
デバイスはありませんが、防衛に特化しています。
ああ、守護獣と言うのはミッドチルダ式における使い魔と同意で、主に主の守護を生きがいとします≫
「この少女は……ヴィータ、だったか」
画面には赤いゴスロリ服の少女。
直情型だが、いい騎士だった。
≪ええ、鉄槌の騎士ヴィータですね。
パートナーはハンマー型アームドデバイス、鉄の伯爵グラーフアイゼン。
見た目通り一撃の重みは四人中最大でしょう」
「あとベルカ式にしては珍しく誘導弾を使ってたな」
「へえ。見た目に寄らず器用なんだね」
エイミィの気の抜けた声に肩を落とす。
彼女は後方支援だから仕方ないのかもしれないが、現場において初見の敵に先入観を持つと言うのは自殺行為だ。
完全に排しきれるものではないが、俺達前線魔導師は常に相手を侮らないようにと叩き込まれている。
呆れたまま彼女の方を向くと、彼女の指が尋常ではない速度でコンソールを叩いていた。
どうやらオートではなくマニュアルで機器を使用しているらしい。
まあ、優秀なんだよな。管制官としては、すっごく。
ようやく、最後の一人が映し出される。
四人の中で最も貫禄があった、桃色の剣士。
≪彼女がこの四人の中でのリーダー、ヴォルケンリッターの将≫
「その、ヴォルケンリッターってのは何だ?」
≪生前も四人で行動していた彼らの通称がそうだったのです。
この四人が揃えば、護れないものなどないとまで言われていました≫
「ヴォルケンリッター、ね」
クロの表情は複雑だ。
そんなものを相手取らなければならないなんて、と言った所だろうか。
≪彼女は烈火の将、剣の騎士シグナム。その名の通り炎熱変換資質を持つ剣士です。
デバイスは炎の魔剣レヴァンティン。
この形状の他に蛇腹状になったり、弓に変化したりしたはずです≫
「むう……ベオとガチンコしたらどちらが強い?」
≪戦うからには必勝の念で挑むのが我々ベルカの騎士ですが……
正直に言えばわかりません。
少なくともどちらか一方が圧倒する展開にはならないと思います。
けれども得物の関係で正面からぶつかり合えば残念ながら私が不利、ですね。
基本的に私は無手ですから≫
「む……そりゃかなり厳しいな」
腕を組み、モニター上の彼女を睨みつける。
強敵だとは知っていたが、まさかそこまでとは思ってみなかった。
よくフェイトは無事だったな……
ってそうか、まだコアを奪ってないから加減されてるんだな、フェイトの奴は。
うん? それって少し変だよな……
気が付いた点を顔に出さないように頭の片隅でまとめ始める。
俺達二人だけが納得してしまったのに焦れたのかクロが憮然とした表情で聞いてきた。
「ちなみに、ベオウルフはどのくらいの腕なんだ?」
≪純粋格闘能力であれば主の方が上だ≫
「魔法込みだと普通に負けるけどな。
勝率はトントンか俺がちょい上くらいだけど、勝てたと思った事は一度もない」
「ええっと……どう判断すればいいんだ。
一応ベオウルフよりジンゴの方が強いって事でいいのか?」
≪ああ≫
クロが感心したような顔を見せた所で突っ込む。
「いやいやいやいや、何嘘教えてんだよベオウルフ。
少なくとも長期戦になりゃどう考えてもベオの方が上だろ」
「そうなのか?」
「ベオと俺だと魔力運用効率が段違いだからな」
≪しかしその分瞬間魔力放出量は主の方が上です。
圧倒すると言う点では主に軍配が上がると思われますが≫
むう、平行線っぽいな、この話題は。
どうやらベオは何としても俺を上に置きたいらしい。
俺達のやりとりに苦笑いしているクロが目に入ったので、腕を組んだまま肩をすくめて見せた。
どうにもこの話題は不毛すぎる。
「ある意味一番相性がいいのはなのはかもしれないな。
視認できるギリギリから長距離砲でドッカン、だ」
「君な……確かになのはの砲撃は脅威だが、近寄られてしまえば逆転するだろう。
ともあれ、向こう側の戦力はこれで大体分かった。
この四人にプラスして闇の書の主がいるとなると……今の戦力ではギリギリ、か」
「そうでもないんじゃない?」
「俺もエイミィに同意。質的戦力にゃ問題ないし、量的には武装隊借りられたんだろ?
そんな事より問題なのは、俺達が後手に回らざるを得ない事だな」
「ジンゴの言う事は尤もだが、そちらは囮を使った作戦を今考案中だ。
僕も守護騎士だけなら今の戦力で問題ないと思う。
それ位なのはやフェイトの力は強い。けど、問題は主が出てきた時だ」
そう言や主については全然議論してなかったな。
今の所魔導書の主は一度も俺達の前に姿を現していない。
出てきたのは守護騎士四人のみ。
闇の書の主がどんな人物なのか、女か、男か、それさえも不透明なままだ。
「ベオウルフ、闇の書はランダムに自らを扱える主を選び転生する。
その時にある特性を狙って主を選出する事は可能か?」
≪可能だ。現に私はソウル式の素養がある者を主として選出している≫
「なるほどな………………ずっと、考えていた事があるんだ」
ずっと、と言う言葉が気になるが今は流す。
クロの話を聞く事が先決だ。
「もし蒐集した魔法が、主になった者の身体的特徴、例えば運動機能があまり高くないなどによって全く役に立たなかったならどうなんだろう、と」
「まあ、ただでさえ書を扱うには大魔力が必要みたいだからな。
多くの研究畑の魔導師と同じように、運動能力が低い奴が主になる可能性もそこそこ高いとは思うけどさ、蒐集された魔法が近接系ばかりと言うのも考えにくいと思うぞ……いや、まてよ。
魔導書が作られたのは古代ベルカ時代。ベルカ式は近接系魔法がメインか」
「そう、そしてそれらの問題を補えてしまう特性が一つだけある」
身体が動かなくても魔法を扱える特性……?
身近な例ではなのはなんかがそうだったが、特性となると……っ!?
「まさか!?」
「恐らく闇の書の主、もしくは管制人格。少なくともどちらかは広域型だ」
広域型とは広域殲滅魔法──所謂絨毯爆撃を思い浮かべてもらえばいい──を得意とする魔導師の特性だ。
広域型の魔導師は、通常砲撃などで使われる術式を広域型、つまり足を止めて撃てる広範囲攻撃に組み替え、使用する事ができる。
「なるほど。そうりゃ確かに主の身体能力が低くても魔導師としての大成は可能、か」
しかしそうなるとすると……
守護騎士四人に護られた主が俺達に広域攻撃を仕掛けてくる所まで想像し、自然ぶるりと身体が震えた。
少なくとも今の状態で敵対したくはない相手だ。
悲しいかな、組織人である俺達はやりたくない等とは言えないのだが。
尤も、なのはが襲われた今、引くつもりはまったくなかったりする。
落とし前はつけねえとな。
「その陣形……鬼だろ」
「ああ。元々主を確保する必要はあったが、もし主が戦場に出てきたら真っ先に潰さないといけないな」
顔を見合わせ嘆息する。
すぐ横ではエイミィが心配そうに俺達を見ており、ベオは無言で控え続けて。
窓の外を見れば、それはもう俺達の心中とは正反対に晴れ渡った空。
護りたい、な。
あいつ等も、この世界も。
首を振って頭を切り替える。
これはきっと戦争なのだ。
何を争っているのかは判然としないが、俺達と、彼等の。
「俺達は……負けない」
口から漏れ出た想いに、場の全員が頷き返してくれた。
そうだ、負けてなんか、やるもんか。