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────────interlude
アランのデバイス、ドラッケンのSOSを受けて現場に駆けつけた私達が見たのは、荒れ狂う魔力の中心で叫ぶなのはと、その側で倒れ伏しているアラン、そして誰とも知らぬ仮面の男だった。
「あああああああああああああああっ」
あまりの状況に唖然とする我等。
それでも事態は推移して行く。
構えられたデバイス、その先にいるのは見知らぬ仮面男。
なのはの元に集まって行く魔力を見て、その危険性で我に返った。
まずいな。
あの圧縮率では、たとえ非殺傷設定であっても相手を死に至らしめる事が可能だ。
「シャマルは封時結界の構築とアランの怪我を、ザフィーラは砲撃を上空に逸らせ。
私とヴィータはなのはを止めつつあの仮面男に対処するぞ」
私が言い切った所でアランのデバイスが輝く。
待機状態のドラッケンは、
≪シグナムさん、あの仮面は捕縛でお願いします≫
「捕縛……?」
≪キングからの指示ですので≫
「わかった。やる事は変わらん。行くぞ!」
「「「了解」」」
長年の付き合いだ。
私の掛け声と共に全員が迅速に行動して行く。
私達が散るとすぐに世界の色が変わった。
色を失った空は、封時結界が展開された証だ。
流石はシャマル、仕事が早い。
次いで、なのはから仮面の魔導師へと発射される桜色の砲撃。
それをザフィーラがなんとか受け流した。
流石に正面から受け止めるではなく、上空に逸らす形だったが。
次弾が集束する前に私とヴィータはなのはの前に回りこみ、
「シグナム」
「ああ、まずいな」
その目は何も映していなかった。
ゾッとすると同時に気付く。
高町なのはの根幹部には、常にアラン・F・高町がいた事に。
「全力で向かわねば、やられる」
「みてえだな。正直どこまでやれるかわからねえけど」
だがきっと、ヴィータも私と同じ気持ちだ。
主の恩人兼友人であるこの心優しい少女に、人殺しなどさせない、背負わせない。
だから、
「なのはを止めて、あたし達も生きて帰る!」
「当然だ」
ヴィータの言葉に力強く同意する。
だから死ぬなよ、アラン。
そうエールを送り、私達はかの少女を助ける為吶喊した。
────────interlude out
「まったく、相変わらずと言うか。呆れた無茶をする男だな、君は」
目の前には消えたはずの俺の半身。
ならそうか、ここは……
「ご明察。君の精神世界の深層さ」
「お前、俺と融合して消えちまったはずじゃ……」
「ああ、消えたよ。
ここにいる僕は、君に融合出来なかった魂の澱[おり]。
つまり、魂における不純物が寄り集まったものさ」
「魂の澱……」
相も変わらず分かり難い。
この手のオカルト、昔は苦手だったんだけどな。
「言わばゴミだよ。僕はここで生まれ、朽ちて行く」
「――なっ!?」
そんな事を軽い調子で言うもんだから、一瞬理解できずに固まってしまった。
「だけど嬉しいんだ。ようやく僕にも出来る事が見つかった」
それはとても嬉しそうで。
「君の言葉、届いていたよ。……嬉しかった。
だからずっと君に何かお返しをしたいと思ってたんだ」
酷く、嫌な予感がした。
その先を言わせてはならない。
そんな衝動に突き動かされ口を開いた瞬間、
「破壊衝動の大半は僕が貰う。僕があちらに持って逝く事にするよ」
あいつはそんな事を、本当に嬉しそうに、宝物を見つけたかのように、のたまった。
「な、んで……」
「生まれた事に理由は要らないけど、そこに意味は必要だろう?」
ゆっくりと諭すかのようにあいつは語る。
「澱として生まれた僕はもうあまり長くない。
無意味のまま短い時をただ在るより、意味を持って消えて生きたい」
「でも――」
「大事なのは、“どれだけ生きたか”ではなく、“どんな風に生きたか”だよ。
それは、君もよく知ってるだろう?」
その言葉に反射的に右手を差し出した。
あいつを救い上げるように。
俺を、取りこぼさないように。
嗚呼、あの時とは正反対だな。
「俺が……俺が連れてってやる。俺と一緒に生きてけばいいだろう?」
提案の筈なのに、俺の言葉は懇願のように響いて。
あいつは困ったように笑い、ゆるりと首を振った。
なんだよ、そりゃ……
これじゃまるで俺が子供染みた駄々を捏ねてるみたいじゃないか。
「僕の、僕等の力は強すぎた。
当然だね、2人弱の魂に龍の力。反動もまた、2人分。
そんな物に耐え切れる人間がいるはずがないんだ」
知っていた。
それでも俺は俺でありお前だから。
2人分位背負ってやるってそう決めてやってきたのに。
やってきた、つもりだったのに。
「なあ僕、もっと周りを見なよ。君の周りには沢山の人がいるだろう?」
ああ、沢山いる。
俺は皆を、皆が笑顔で暮らしていける時間を護りたいんだ。
「君はそれらを際限なく背負おうとしている。
でもね、人間、手の中に持てる量は決まってるんだ。
それが過ぎればぽろぽろと取り零してしまう」
「……何が言いたい」
「皆で持てば1つも落とさないですむのに、1人で持とうとするから落としてしまう。
その姿は滑稽を通り越してもはや哀れだ」
そこであいつは深々と溜息をついた。
本当はあいつが言ってる事なんて最初から分かっている。
否、分かっているつもりになっていただけかもしれない。
俺は酷いエゴイストで、いつも周りを傷付けてばかりだなんて、最初から知っていたはずなのに。
「だから、僕の分は僕が責任を持って背負う。君には譲らない。だってこれは、僕の荷物だから」
晴れやかな顔で、あいつは笑った。
迷いもなく、揺るぎもしない、それでも固い訳ではなく、温かみを持った笑み。
その表情に、説得は不可能なのだなと、どこかで納得させられてしまった。
彼は、俺であって俺でない者。
俺ならば、決めた道は誰が邪魔しようが突き進んでしまうだろうから。
「君はその分余裕の出来た手で、誰かの分を背負うんじゃなくて、誰かが自分の荷物を背負うのを助けてあげなよ。
きっとそれが、僕等が他人にして上げられる精一杯なんだから」
そう締め括ると、すっと右手を挙げ俺の後ろを指差した。
釣られる様に振り返ると、遠くにぼんやりと光が差しているのが見える。
微かな光のはずなのに、それが酷く眩しく見えた。
「行ってあげて。君の大切な子が泣いているから」
「泣いてる……」
「そう。ようやく開き始めた小さな蕾。
放っておくとまた閉じちゃうから、早く!」
右足を踏み出す前、最後に振り返らずに問いかける。
俺はあいつに何もしてやれなかったから、せめて。
「なあ…………お前が生きたと言う証は、背負って行ってもいいか?」
「もちろん。持って行ってくれると嬉しい」
────育ててくれてありがとう、父さん────
その言葉に押されるように、俺は光へ向かって走り出した。
「――ん、アラン君!」
「………………シャ、マル?」
「よかった、目が覚めたんですね」
最初に見えたのは今にも泣き出しそうなシャマル。
ずっと治癒魔法を掛けてくれていたようで、表面上の傷は全部消えてるみたいだ。
代わりに脳が熱に犯されたように熱い。
──熱い──あつい──アツイ──
「ぐっ……ぅ……」
「アラン君!?」
来るな、と手で彼女を制す。
ぐるぐると脳みそをかき混ぜられるような気持ち悪さと共に、かつてと同じで違うフラッシュバック。
断裂していた記憶が全て繋がっていく。
ようやく、あの時のばあちゃんの呟きを理解した。
鍵が足りない……つまり、あいつがいたから容量が足りなかったって事か。
ふざけろ、と思う。
何より大切な半身を失い、得たのは震えが来るような俺[あいつ]の記憶。
だけど、それがあった故に俺なのだと、腑に落ちてしまった自分がいる。
違う、俺は……これは、俺の荷物だ。
だったら背負わないと……あいつに、顔向けできないじゃねえか。
怖い。
自分が、恐ろしい。
だけど、それさえも俺だから、きっと立ち上がらなければいけないのだ。
「ふっ……はあ……」
精神的負荷から乱れていた呼吸が、ようやく整ってきた。
ほうっと安堵の息を吐くシャマルを見ながら気付く。
身体は動かせないが、耳にはまだ戦いの音が飛び込んできていた。
「まだ……捕まえられてないのか?」
「え?」
「だから――」
≪キングの指示通り魔導師……いえ、使い魔ですか。その2名は確保しました≫
「今シグナムとヴィータちゃん、ザフィーラが戦ってるのは、その……」
シャマルが言い淀む。
それをドラッケンが冷静に継いだ。
≪今私達が戦ってるのはなのはさんです≫
「……え?」
なのは、が?
「私達が到着した時にはすでに正気じゃなくて」
≪シグナムさん達3人がかりでようやく抑えている所です≫
首をなんとか動かして音源を見る。
そこにいたのは、ぼろぼろになった3人と無傷のなのは。
だけど、
「泣いてる……」
「アラン君?」
顔は見えないけど分かる。
なのはが、泣いてる。
ああ、あいつはきっと、この事を言っていたのだ。
なら、せっかくの蕾が閉じてしまわぬよう、俺が頑張らないと。
「シャマル、悪い……手伝ってくれ」
「え、ちょっと、アラン君。まだ安静に――」
「行かなきゃ」
腕に力を篭めて身体を起こそうとし、失敗。
≪キング、まだ無理をしてはっ≫
「でも行かなきゃならないんだ、ドラッケン。
頼むよシャマル、手を貸してくれ」
この上なく真剣に、湖の騎士に懇願した。
しばらく俺の目を見ていたシャマルはやれやれとばかりに溜息をつくと、ゆっくりと俺を立たせてくれた。
触れられる事に、触れる事に忌避感を覚える。
が、自然を装って僅かに笑んで見せた。
「ありがとう」
「いえ、でもこういうのはもう止めてくださいね。
いっつも心配するのは周りの人間なんですから」
「分かってる。だけど、きっと譲ったらいけない事なんだ、これは」
頷き、大地を踏みしめる。
かなり重いし、痛いし、鈍いし、軋むけど、やってやれない事はない。
否、やらなければならない。
ぐらつく身体をシャマルが支えてくれて、でももうその手に礼を言う事なく俺は歩を進めて行く。
ゆっくりと、でも確実に。
ようやく戦場の間近に来て、2つの事を確信した。
「やっぱ、泣いてる」
涙はない。
だけど泣いていた。
だから、そのまま戦場に足を踏み入れる。
「馬鹿っ、兄貴は危ねえから下がってろ!」
ヴィータの怒声が響くが首を振り、右足を前へ。
「3人共ありがとう。下がってくれ」
顔は向けず、でも真剣に願う。
「だが今のお前ではっ」
「頼むよ」
また一歩。
「俺が泣かしたんだから、俺が行かなきゃ──」
一歩。
「ああああああああああああああああっ」
「兄貴っ」「「「アラン(君)っ」」」
「──そうだろ? なのは」
なのはが刀を振りかぶる。
それでも俺は、ただ一歩前に出た。
構える事はない。
そんな力ももうないし────
ドスッ!
そうして、ようやく刀が止まった。
────この子は“高町なのは”なのだから。
俺の横数cmの地面を、ざっくりと切り裂いて。
最後に、右足を踏み出してようやく手が届く。
震える手、人に触れる恐怖、それら全てを黙殺して今はただ、この子の為に。
そのまま引き寄せ、強く強く抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから」
「あああああああっ!!」
耳元で囁きながら暴れるようにもがくなのはをただ抱きしめる。
そのまま体温を分け合って、心臓がようやく落ち着いてきた頃、なのはの目に正気の色が戻った。
「……お兄、ちゃん」
「ごめん」
「お兄ちゃん」
「ごめん……ごめんな、なのは」
「お兄ちゃ……う、うあぁぁ、うあああああああぁぁぁぁぁっ」
大粒の涙を流してなのはが泣く。
俺もなのはを胸に抱いて静かに泣いた。
悲しみと、怒りと、悔しさと、その他にも色々、全部ごちゃ混ぜにして俺達は、泣いた。
「さてアラン。弁明を聞こうか」
目の前には怒り顔のヴォルケンリッターが将、シグナム。
腕の中には泣き疲れて眠ってしまったなのは。
先ほどから引き剥がそうとしているのだが、俺の服をぐっと掴んで離してくれない。
体が痛いし、ちょっと精神的に追い詰められてるから早めに解放して欲しいなあとか思ってるんだけど、どうよ?
まあ、許しちゃくれないだろうけど。
……許されちゃ、いけないんだけど。
「前にも言ったな。お前に何かあれば主はやてが悲しむと!
それを理解した上で無理をしたのかと聞いているっ」
「そう怒鳴るなシグナム。なのはが起きちまう」
「……ん……う……」
どうも体勢が気に入らないらしくもぞもぞと動いていたなのはは、ようやく収まる所を見つけたのか再び安らかな顔を見せた。
その様子を微笑ましく思いながらも、胸が、痛む。
俺はもしかしたら、本当に疫病神なのかもしれない。
「アランッ」
「……俺も、さ。はやてを泣かせたりしたくはねえよ。
でも今回はきっと俺じゃないと止められなかったろうし」
「しかし、それでも我等を盾にすればもっと楽に──」
「それに、あの攻撃は当たらないって知ってたからな」
「……知っていた?」
「ああ」
唖然とするシグナムに頷く。
顔は穏やかに笑んでいたはずだが、少々自嘲が混ざってしまったかもしれない。
「付き合いが短いからお前等が知らんのも無理はないけどな。
本来なのはは相手を傷付けるのを極端に嫌う子なんだ」
「その割には結構容赦なく砲撃かましてたような……」
「そう言う風に仕込んだからな」
ヴィータの言い分に自嘲を深める。
あれはある意味で仕方のない措置だったのだ。
「なのははその莫大な魔力量故に魔法を学ばざるを得なかった。
だけど力があるって事はそれだけで戦闘に巻き込まれる危険性を孕む。
もし戦場で相手を傷付けたくないとか、そんな甘っちょろい事を言ってたら真っ先に死んじまうだろ」
「つまりお前が……」
「ああ、俺や恭也達が戦場の心得や何やらを叩き込んだんだ。
二重人格とまではいかんがな、なのはは戦闘と日常で意識を切り替える事でこの問題をクリアしたよ」
それはただ何があってもなのはを生還させる為に。
初めの頃は組み手でさえ攻撃出来ないような優しすぎる子だったから。
「本当はこんな力…………無い方が幸せだったのにな」
恐る恐るなのはの髪を梳きながら自らを哂う。
自分の手に何かを幻視して、びくりと腕を引っ込めた。
何もない、そう言い聞かせながら手の動きを再開する。
誰が何と言おうとなのはをこの世界に引き摺り込んだのは俺で。
関わった全員が、そして本人が許したとしても、俺の罪は消える事がない。
あいつは背負いすぎるなと言ったが、俺はきっとこれを背負って行くのだろう。
背負いたい、と思うのだ。
それが、俺と言う人間丸ごとなのだから。
「しかしそれだけでは我等を下げる根拠には薄いと思うのだが」
無言のヴォルケンリッターの中で口を開いたのは珍しい事にザフィーラ。
恐らく守護獣としての役目を蔑ろにされたのが気に入らなかったのだろう。
確かにきっちり説明しないと納得してくれそうにないので、もう1つの根拠を話す事にする。
「リミッターを外してたろう?」
「リミッター?」
「なのはな、俺の認証が必要なはずのラストリミットを無理矢理外してたんだ。
そうすると魔力量だけでS+。
普段より多いから少し魔力に振り回される事はあるだろうが、それでも各個撃破か広域殲滅をすれば誰かは倒せてるはずなんだ」
それが近接仕様にしろ遠距離仕様にしろ。
1人で様々な場面を切り抜けられるよう、俺達が鍛えたのだから。
「お前等の傷から見て戦闘開始からそれなりに経ってるはずなのに、誰も墜ちてなかった。
更に言うなら、なのはは1度も急所を狙ってなかったよ。
あの状態でも大事なものを護ろうとする意識が働いたんだろうな」
「大事なもの、か」
「ああ。そんな奴が普通じゃなかったとは言え、俺に攻撃できるはずがないだろ?」
意識して口角を上げ、にっと笑う。
笑って、見せる。
それはまるで絶対的信頼のよう。
だけど俺は今日の事で気付いてしまった。
否、ようやく表に出て来たと言ってもいいかもしれない。
俺が、俺達がいかに歪かという事が。
「……いってえ」
抱えたまま立ち上がると、ようやくなのはの手が緩んだ。
慌ててシャマルが俺を支えてくれて、ザフィーラがなのはを受け取って狼形態に。
例の使い魔2名は素体の猫の状態で封印処置を施してあり、シグナムが持ってくれている。
「リインの事ではやての所に行こうと思ってたんだが、今日は中止だな。
先にそいつらどうにかしないと」
「兄貴、捕縛でいいっつってたけど、本当にこれでよかったのか?」
「まあ犯人の見当はついてるし、交渉材料に出来るからな。
ああそうだ、はやてにはこの事黙っててくれないか?」
「……つまり、こいつ等は闇の書の関係者か」
嘆息と共に漏れ出たシグナムの言葉にやっちまったと頭を抱えたくなる。
出血多量で頭が回ってなかったにしてもお粗末なうっかりだ。
このうっかり癖をどうにか直さないとなあとぼやきながら考えるも、恐らくここからの挽回は不可能。
やれやれと腹を決めた。
「……ああ。その事で俺が襲われたって知ったら多分はやては自分を責める。
必要ないのにそうしちまう。だから──」
「それが、はやてちゃんの為になるのなら」
柔らかく笑んだシャマルが猫を受け取り、今度はシグナムが肩を貸してくれる。
不思議と彼女に触れられるのは、怖いと思わなかった。
「ありがとな」
「なに、お互い様というやつだ」
笑うヴォルケンリッターを見て、家路に着きながら俺も少しだけ笑う。
空を見上げて、その高さに泣きそうになりながらも、あいつに向かってさよならを告げた。
「じゃあな、馬鹿息子。俺は────それなりに元気にやるさ」