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「クロ、お疲れさん」
「労わりの言葉をかける位なら最初からあんな作戦を立てないでくれ」
「そっちじゃねえって」
そう、そっちの話ではない。
クロがここにやって来た時、こいつの顔に滲み出た疲労を感じ取れたのはどうやら俺だけだったようだ。
彼は肉体的もしくは魔力的に疲弊していた場合、あんな顔はしない。
つまり、消えていた時間こいつは何か精神的に負担のかかる件を処理していたと言う事だ。
いつも思う。
縁の下の力持ちとは正しくクロのような奴の事を言うのだろう、と。
「……そんなに疲れる事をしてきたわけじゃない」
「だけど──」
「ただ! ……ただ、僕にとって恩人と呼べる人を追い詰めるのはちょっとばかり心が痛かった……かもしれない」
「クロ……」
思っていた以上にクロはその事を気に病んでいたらしい。
どう声をかけていいのか悩んでいると、
『クロノ君、ジンゴ君、こっちのスタンバイOK! 暴走臨界点まであと一〇分!』
「あ……」
エイミィの言葉でクロの表情は一瞬にして引き締まる。
彼は俺の顔を見て、なんて顔をしているんだと苦笑し、ぽんと肩を叩いた。
「行こう、最後の大仕事だ」
「……ああ」
敵わないなあと思う。
クロだって俺から見ればたった一四歳の少年なのに、以前を惰性で生きていた俺はそんな子供にかける言葉さえも見つける事ができない。
人知れず肩をすくめ、俺は皆の輪に加わる。
作戦の最終確認が始まった。
「実に個人の能力頼りでギャンブル性の高いプランだが、まあ、やってみる価値はある」
クロが、
「防衛プログラムのバリアは魔力と物理の複合四層式。まずはそれを破る」
はやてが、
「バリアを抜いたら本体へ向けて私達の一撃でコアを露出」
フェイトが、
「そしたらユーノ君達の強制転移魔法で、アースラの前に転送!」
なのはが、
「最後に準備を終えたアースラのアルカンシェル、そいつをリン姉が発射してコアを蒸発させる」
そして俺が、順に作戦を確認する。
最後に、クロが通信ウィンドウを開いた。
通信相手は俺達の邪魔をしていた仮面の男達、その正体である双子の猫素体使い魔の主、ギル・グレアム提督。
どうやらクロは別方向から彼等の正体に気付き、先程まで提督の所へ行っていたようだ。
どうりであいつ等を捕まえた後姿が見えなかったわけだ。
「提督、見えますか?」
『ああ、よく見えるよ』
「闇の書は、呪われた魔導書でした。
その呪いはいくつもの人生を喰らい、それに関わった多くの人の人生を狂わせて来ました」
慌しく皆が動き出した中、俺だけはクロのその演説に聞き入っていた。
「あれのおかげで、僕も母さんも、他の多くの被害者遺族も、こんなはずじゃない人生を進まなきゃならなくなった。
……それはきっと、あなたも、リーゼ達も。
失くしてしまった過去は、変える事ができない」
そう、変える事など、できやしない。
それらは全て、今の俺を形作る、何かとして残っているのだから。
変えたりしては……いけないんだ。
クロがカード型の待機状態デバイスを取り出す。
それを振ると白と青を基調とした杖に変化した。
あれが先の説明にあった氷結魔法用のデバイスなのだろう。
≪start up≫
「だから、今を戦って……未来を変えます!」
クロが決意を秘めた表情で俺を見て頷いたのから、俺も彼に倣って頷き返す。
正真正銘、これが最後の戦いだ。
「あ、なのはちゃん、フェイトちゃん! ジンゴ君も、こっちに来て!」
「ん? どうかしたか?」
はやてに呼ばれ近づいていくと、彼女はシャマルに目配せしながらその名を呼んだ。
分かっているとばかりにシャマルが頷く。
「はい! 三人の治療ですね。クラールヴィント、本領発揮よ」
≪ja≫
「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」
彼女の詠唱と共に緑の魔力風に包まれる。
ふわり、身体が軽くなったような感覚。
俺はぐっと拳を握ってみてから自らの腹を触り、身体の隅々を点検する。
魔力不足は相変わらずだが、身体の内側にずっとあった痛みが綺麗さっぱり消えていた。
唖然とシャマルを見ると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「湖の騎士シャマルと風のリングクラールヴィント。癒しと補助が本領です」
「凄いな……これなら全力を出しても問題ない」
「凄いです」
「ありがとうございます、シャマルさん」
俺達は口々にシャマルへ礼を言うと、各々のチームに散ってスタンバイする。
俺は最初はサポート班だ。
合流したときにはすでにアルフが場を仕切っていた。
サポート班はアルフとユーノ、そしてザフィーラと俺の四人だ。
「あたし達はサポート班だ。あのうざいバリケードを上手く纏める」
「うん」「ああ」「おう」
「特にジンゴは一番手だからね。期待してるよ!」
「任せろ。シャマルのおかげで体調は万全だぜ」
俺がにいと口角を吊り上げた瞬間、闇色の魔力柱が海中から何本も競り上がって来る。
全て澱みの周り。
暴走が────始まる。
緊張の一瞬、はやての複雑そうな色を含んだ呟きが酷く響いた。
「夜天の魔導書を呪われた魔導書と呼ばせたプログラム。
闇の書の──────闇」
黒い繭が────割れる。
中から現れたのは正しく怪物と呼ぶに相応しい化け物。
頭らしき所についている人形[ひとがた]は、リインフォースの形を取っていた防衛プログラムの名残だろうか。
僅かながら面影がある。
耳障りな咆哮を聞きながら、俺は意識を集中させる。
もう後の事を考えなくていいと言うのはある意味楽でいい。
だから、
「其は最も古き契約、魂の唄。我が意を以て、とこしえを砕く牙也。
卍解・大牙白銀狼────幕間・蒼天狼」
遠慮なく、奥の手を切った。
白銀ではなく、俺の身体をメインに置いた卍解。
溢れ出る力を自らの体内の受け皿へと流し込む。
ぐんと右腕が重力に引かれたので、白銀を蹴り上げて肩に担ぐ。
そう、この形態ならば白銀は俺の外部に存在したままだ。
両肩には毛皮のような肩当て。
尻尾は生えているが俺からではなく、バリアジャケットについた飾りに過ぎない。
更に今回は白銀側に引っ張られてないので耳等は生えていない。
代わりといってはなんだが、頭部にもガードがついている。
尤も、見た目狼の頭部が俺の頭にかじりついているような外見だが。
しかし、この形態の最たる特徴はそこではない。
肩に担がれている鉄塊、白銀の巨大さだ。
優に二mを超える鉄塊を担ぎながら、俺は悪態をついた。
「ったく、相変わらず重てえな、この形態」
≪文句言うくらいなら使うんじゃねえ。俺もこの姿は好きじゃねえんだ≫
「まあそう言うなって。ほら、準備整ったみたいだぜ」
ユーノとアルフはバインドで、ザフィーラは鋼の軛[くびき]と言う魔法で、奴の周囲に生えていた触手を一掃してくれていた。
実際触手が存在しても問題はないのだが、白銀の特性である“重力”は、質量の軽い物には効果が薄い。
綺麗さっぱりしてくれていた方が楽な事に変わりはないだろう。
「行くぜ、ようやく見せ場だ!
ジンゴ・M・クローベルと勇壮の士ベオウルフ、剣の王環ロブトールに斬魄刀白銀。
推して参る!!」
≪イヤッハーー! 行くぜ行くぜ行くぜぇっ! サポートしやがれロブトール!!≫
≪o.k. shirogane≫
「範囲指定、完了。設定一〇倍!」
≪周辺状況クリア、魔力残量クリア。いつでも発動できます≫
≪おおおおおおおおおおおっ、グラビティフィールド!≫
≪gravity field≫
俺がやったのはどれだけの力を使うのかの設定と、影響範囲を指定する事だけ。
今回あれに近付いて攻撃しようとする馬鹿はいないだろうから効果範囲を大きめに指定したが、あとの処理は白銀とロブトールがメインでやってくれる。
相棒の特性を生かした、単純に重力を変化させる範囲指定フィールド魔法だ。
上手くかかったらしく、化け物の動きが目に見えて遅くなる。
これで上空から攻撃すれば、通常攻撃でもいつもの一〇倍重さがかかる事になる。
尤も、そんな単純計算できるものでもないし、魔法の場合計算の仕方が大きく異なるのだが。
この便利魔法、欠点は前段階の準備が長い事と、
「っ、はあっ……」
「あ、あんた、大丈夫かい!?」
「……まあ、なんとか」
思わず近くにいたアルフの肩に掴まってしまう。
そう、魔力消費が激しすぎるのだ、この魔法は。
「あんたの出番はもう少し後になるからね。それまで後方で待機して休んでなよ」
彼女の気遣いに頷き返すと、クロやはやてが待機している辺りまで下がる。
視線の先ではヴィータが巨大化した槌と長く伸びた柄を振り回し、遠心力を加えた一撃をバリアにお見舞いしていた。
あっけなく破れるシールドを見ておいおいと内心突っ込む。
そうやすやすと破れるようなもんじゃなかったはずなんだがなあ……
流石は鉄槌の騎士ってか?
二つ何偽りなしだな。
闇を解析していた時のデータを思い出し冷や汗をかいた。
本格的に敵対しなくて助かったのは、実は俺達の方だったのかもしれない。
何はともあれ、物理バリアが壊れ魔力バリアが表面に出てきた。
「高町なのはとレイジングハート・エクセリオン、行きます!」
≪load cartridge≫
ガシャコンガシャコンと激しくカートリッジの薬莢が彼女の愛杖から吐き出される。
最終決戦だから仕方のない事だとは思うが、なのはは俺の忠告をさっぱり忘れているのではないかとこの光景を見ていると不安になった。
「エクセリオンバスターーッ!!」
≪barrel shot≫
発射された魔力の帯がシールドで作られた繭を捉える。
勿論、こんな物で終わるようななのはではない。
ブレイクと言う声と共にレイジングハートの槍先に巨大な魔力球が装填された。
「シューーーーーーート!!!」
発された桜色の魔力はいとも簡単にバリアを破壊する。
大威力のそれは砲撃魔導師高町なのはの真骨頂だ。
「次! シグナムとテスタロッサちゃん!」
決戦前のふんわりとした雰囲気が抜けたシャマルから鋭い指示が飛ぶ。
呼ばれたシグナムはと言えば、俺のいる場所とは反対方向の遥か上空に待機していた。