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今日は退院日、そして決着の日だ。
「先生」
「クロノか」
先にやってきたのはクロノだった。
いつも通り執務官服に身を包み、若干顔が強張っている。
その手には見覚えのある猫が2匹入ったケージがあった。
あの日封印を施した2匹は封印処理を重ねられたケージの中で大人しくしている。
どう足掻いても無駄と、そう知ったのだろう。
「これが資料になります」
「多いな」
「ユーノが頑張ってくれましたから。彼、本当に有能ですよ。
あっと言う間にデータベースから欲しい情報を引き出してきてくれましたし」
「元々有能な奴ではあったが、今はミネルヴァがいるから更に、だな。
リン姉、欲しがってただろ?」
「ええ、もう大はしゃぎでしたよ。これは是非管理局に来てもらわなきゃって。
情報検索の手間が減ってエイミィなんかも休みが多く取れるようになりましたし、本当に助かってます」
クロノに手渡された資料に目を通しながら、顔を顰めた。
やはり……黒だったか。
「まだなのはは来てないんですね」
「ああ。もうすぐ来るはずだ。さっきエイミィが転送したって連絡してきた」
「……そう、ですか」
今でもなのはに見せるのは反対なのだろう。
ただでさえ恩人の罪を暴くと言うのに、そこに幼い子供を同席させるのだから無理もない。
俺がクロノの立場だったらそれを決定した人間を遠慮なく罵倒したかもしれない。
それをしないのは今まで培ってきたもののおかげか、それともクロノ自身に迷いがあるからか。
なんにせよ未だ子供の域にある彼が背負い込む事ではない。
これは、俺の我儘なのだから。
渋面を作ったクロノの背中を軽く叩く。
「あまり気に病むな。
ミスターの方はしょうがないが、なのはの事は俺がやってる事だ。
お前の責任じゃない」
「はい……」
しばらく迷う素振りを見せていたクロノは、何度か目を閉じて頷くと顔を引き締めた。
執務官として覚悟を決めたらしい。
「アポは?」
「取れてます。
使い魔が返ってこない事で事態を察したのでしょう。最優先で取れました」
「そうか」
「……おはよう、お兄ちゃん」
タイミングよく丁度なのはがやってきた。
俺達の雰囲気を感じ取ったのか、その表情は固い。
「おはよう」
「おはよう、なのは」
「クロノ君もおはよう。お兄ちゃん、もう体は大丈夫?」
「ああ。むしろ3日目からは体が鈍りそうで恐かった位だ」
無意識に緊張をほぐそうとしているのか、なんでもない話題から入る。
俺は忘れ物がない事を確認すると、2人に向き直った。
「行くぞ」
無言で頷く2人を引き連れて、目的の部屋へと歩いていく。
途中、なのはに前情報を全く渡してない事を思い出して、口を開いた。
「まず今日の注意点としては、なのは」
「はい」
返すなのはの声からは隠し切れない緊張が伺える。
「今日は同席だけだ。途中口を挟む事を禁ずる」
「………………はい」
少し納得いかなそうではあったが、なんとか頷いてくれた。
何を言っても無駄と悟ったのだろう。
実際、なのはが反論した所で俺は許可するつもりはない。
「先にこの事件の経緯を話しておこう。
始まりは俺達がはやてに出会ったその夜」
淡々と話す俺の声が無言で歩く廊下に妙に響く。
「はやてちゃんに?」
「ああ。俺はあの夜聞いたはやての後見人の名に覚えがあった」
「えっと確か……『グレアムおじさん』?」
「そうだ。11年前、俺の親父が殉職した時、その遺言を伝えに来てくれた管理局のお偉いさんと同じファミリーネームだ」
「お兄ちゃんのお父さんって闇の書の事件で亡くなったって……」
「ああ」
廊下に3人分の足音が響き、自身が柄にもなく緊張している事に気付いた。
2人に悟られぬよう深呼吸をする。
「次がはやての家にお前を迎えに行った時。
なんの因果か俺は闇の書を見つけた」
本局は無駄に広い。
彼の執務室が妙に遠く感じられた。
「ファミリーネームと闇の書、それらを結び付けて嫌な予感がした俺は、以後周囲をサーチし続けた。
初めは全くわからなかったがな、ずっと続けている内に2種類のよく似た魔力反応が近場にある事を確認できるようになった」
「え……?」
言葉が足らなかったか。
疑問顔のなのはを見てすぐに補足する。
「つまりあの家は……八神家はずっと監視されていたと言う事だ。
……いつからかは知らんが、な」
「監視!?」
「不審に思ったが俺には調べる術がない。
そこでアースラと接触した後、俺は彼を調査するようクロノに依頼した」
「彼って?」
「ギル・グレアム提督。
歴戦の勇士、最も出世していた時で艦隊指揮官。
のちの執務官長を務めたこともある管理局の英傑の1人だ」
辿り着いた重厚な扉の前に向き合って立ち止まった。
「ここが……」
「前情報はこの位でいいだろう。さてなのは、ここから先は分かっているな?」
「っ……はい」
「お前がこれから先管理局に関わるのなら、社会の様々な面を見る事になる。
今この場はその第1歩。
それぞれにどんな想いがあって、何が正しく、何が間違っているのか……それを見極めなさい」
「はい……」
「ただし、これから先俺はお前の見たものに解説を加えるつもりはない」
「え……?」
今までの座学とは異なる方針に疑問を顔へ浮かべるなのは。
何故と問われるのはわかっていたので、そのまま言葉を続ける。
「お前が見て感じたものに、俺が口を出せばその時点で情報は歪んでしまう。
俺はお前を、俺のコピーに仕立て上げるつもりはないんだ」
「お兄ちゃん……」
「だから、これから先、口は出さない。
色んな人の想いがあって、色んな人の考えがある、それが社会と言う所だ。
その中で、なのはが何を感じるのかは、なのは自身に委ねられている」
そう、俺のコピーにしたくてこんな事を始めたんじゃない。
俺は、決して俺のコピーになってしまわないように、この子に自分の足で立つ事を覚えさせる為にこんな場所に引っ張り出したのだから。
「それでいいか、なのは?」
「はい、師範!」
「……じゃあ、クロノ」
無言で頷いたクロノに場所を譲る。
さあ、行こうか。
銃弾のない戦場へ。
尤も今回は大勢が決してしまっているから、戦場と言うのもおこがましいが。
「失礼します。クロノ・ハラオウン執務官です」
「どうぞ」
返ってきた言葉に部屋へ足を踏み入れる。
無駄に広い部屋、提督らしく整えられた執務机。
1度ぐるりと見渡してからそれに目を留める。
11年前とは比べ物にならない程に老け込んだ彼が、ソファに座っていた。
「グレアム提督……」
「3人共ソファに座りたまえ」
勧められるがまま席に着く。
同時に、軽く会釈。
「……お久しぶりですね、ミスタ・グレアム」
「やはりアラン君か。大きくなったね……とはこの場合は言えないな」
小さいままの俺を見て彼が苦笑した。
まさか俺もこんなナリで再会するとは思っても見なかったので仕方ない。
「彼女は?」
「高町なのは、俺の妹です。
一応今回の被害者の1人に当たりますので同席させても?」
「しかし彼女はまだ……」
「知る覚悟はさせています。お願いします」
「お、お願いします!」
俺の言葉に慌てたように頭を下げるなのはに、彼は深く溜息をつくと頷いた。
ぼそりと呟かれた、また引き継がれてしまうのかと言う言葉を俺は意図的に無視する。
「では、納得していただいた所で使い魔をお返しします。
ああ、この話し合いが終わるまで出さないでくださいね」
「うむ、約束しよう。……ロッテ、アリア……」
手渡されたケージ内の猫がにゃあと返事をする。
彼はケージを自分の脇に置くと俺達に向き直った。
それを見届けてからクロノが話し始める。
闇の書改修計画の裏で進んでいた、彼の計画を。
「11年前の闇の書事件以降、提督は独自に闇の書の転生先を探していましたね。
そして……発見した。闇の書のありかと現在の主、八神はやてを」
はやてについては、彼が限りなく黒だと分かった時点でクロノ達に話してある。
無論、情報を漏らさない事を条件に、だが。
相手は長年局に勤め魑魅魍魎を相手取ってきた百戦錬磨の提督。
恐らくそんな事はしないと思うが、悪足掻きされた時対抗出来なければまずい。
ある程度の情報が必要と判断した俺は、クロノとリン姉の2人に情報提供せざるを得なかったのだ。
勿論の事だがはやてに了承は取ってある。
尤も、ヴォルケンリッターの面々には渋い顔をされたが。
「しかし従来は完成前に闇の書の主を押さえてもあまり意味がない。
主を捕らえようと、闇の書を破壊しようと、すぐに転生してしまうから」
「……」
「だから監視をしながら闇の書の覚醒を待った。
ここから先はボクの推測も混じりますが……闇の書を1度完成させるつもりでしたね?」
「……その、通りだ」
「見つけたんですね、闇の書の永久封印の方法を」
後悔を吐き出すように、彼は1つ咳をして口を開く。
「両親に死なれ、体を悪くしていたあの子を見て心が痛んだが……運命だと思ったんだ。
孤独な子であれば、それだけ悲しむ人は少なくなる」
何か言いたそうななのはを制す。
見ているだけと言う約束もある。
それに、まだ話は終わってない。
「あの子の父の友人を騙って生活の援助をしていたのも……提督ですね」
「永遠の眠りにつく前位、せめて幸せにしてやりたかった…………偽善だな」
クロノが差し出したのは今年の家族旅行の時の集合写真。
恐らくはやてからミスターへと送られたものだろう。
この人の計画のずれは、俺達とはやてが知り合った事から始まったのだ。
「封印の方法は闇の書を主ごと凍結させて次元の狭間か氷結世界に閉じ込める。
そんな所ですね」
「よく……調べたな」
「ボク1人の力では調べ切れませんでした。
頼もしい助っ人のおかげで、あなたが氷結系のデバイス作成依頼を出していた事を突き止めましたので」
「書の主が覚醒し、暴走するまでの短い時間に主ごと封印。
それならば闇の書の転生機能は働かない」
彼の言葉を受け、クロノは酷くつらそうな顔をした。
ミスターはクロノの指導教官だったと聞く。
恩人を追い詰めていくクロノの心境は俺には分からない。
だが、ここから先はクロノには酷だろうと俺は口を出す事にした。
「凍結が可能になるのは、闇の書が完成してから暴走を始めるまでの短い時間、そうだな?」
いつの間にか俺の口調からは敬語が抜け落ちていた。
別に彼が犯罪者だからと言うわけではない。
単に彼とは唯人としての立場で話したいと思っただけだ。
ギル・グレアムと言う男と、アラン・F・高町と言う男として。
罪を背負い、それでも生き続けている者として。
「だがその時点では闇の書の主は永久凍結をされる程の犯罪者じゃない」
「法以外にも提督のプランには問題があります。
まず、凍結の解除はそう難しくないはずです。
どこに隠そうと、どんなに守ろうと、いつかは誰かが手にして使おうとする。
怒りや悲しみ、欲望や切望、その願いが導いてしまう……封じられた力へと」
それでも執務官であろうとするクロノの頭に手を置く。
「先生?」
「充分だ。よく頑張った。ここから先は俺が引き継ごう」
手を組み、前のめりに座り直す。
ふうと吐き出された息が、静かな執務室に酷く響いた。
「しかし、結局その計画は実行に移される事なくたち消えた。
ミスターの計画が崩れたその原因は…………俺、だろう?」
「ああ。まさかあの闇の書をロジック方面から解決しようとする者が現れるとは思ってもみなかった」
「運が良かった。
たまたま俺があの事件の遺族だった事。
あの事件の原因となったロストロギアを調べた事があった事。
限りなく正確なバグの位置を把握していた事。
俺があの世界に落ち覚醒前のはやてに出会った事。
ジュエルシードというエネルギーの塊があった事。
俺のデバイスの処理能力が異常に高かった事。
数限りない程の偶然が積み重なって、あれの改修計画を実行可能な段階まで引き上げる事が出来た」
「運命……か」
「ミスターは先程も言ったな。『運命だと思ったんだ』と。俺はその言葉が嫌いだ」
ああ、嫌いだとも。
運命だと言うのならば、俺はあの記憶に起きた事さえ運命だと決め付けてしまう事になる。
そんな事納得できるはずがない。
それは、現実に起こった事に対する諦めの言葉だ。
全員の視線を受けながら、俺は臆する事なく話を続ける。
「運命と言う言葉は全てを容易く嘘にする。そこにある想いも、努力も」
ソファに深く腰掛けた。
こうして語るのは柄じゃない。
だけど、続けないと。
「それでも、もし運命と言うものがあるのなら……
俺にとってあの出会いこそが必然であり、運命だった。
なのはとの出会いも、はやてとの出会いも」
そしてなのはとフェイトの出会いも、と心の中で付け足す。
「実際ミスターが行動を起こし罪を犯したのは俺という民間魔導師の襲撃だけ。
しかも、その襲撃はそちらの使い魔2匹の単独暴走だ。違うか?」
「それでも、使い魔の罪は主の罪だ」
「Noだよ、ギル・グレアム。
あんたにあるのは監督不行き届きという罪だけだ」
そう、いつかはやても気付くだろう。
そして苦悩するに違いない。
何人たりとも他人の罪を背負う事など出来ないのだから。
「人が10人いれば10通りの正義の形がある。
あんたが行おうとした計画は、最大公約数の正義を貫く為の必要悪だったんだろうな」
「私は……私はあの時そんな事を考えていただろうか。
ただ良き友であったクライド・ハラオウンや、その部下、ヴェイン・ファルコナーの仇をとろうとしていただけなのかもしれない」
出てきた2人の名前に、なのはが息を呑む音が聞こえた。
「それでも、あんたの根底には世界に蔓延る悲しみをなくしたいと言う想いがあったはずだ。
……だから公人なら俺は、ミスターの計画を全否定する事は出来ないんだろうな」
「お兄ちゃん!?」
立ち上がったなのはを視線で縫いとめる。
なのはの反応は無理もない。
たった今俺は、はやてを犠牲にするはずだった計画を、ある意味では肯定したのだ。
だけど俺に彼を非難する事などできるはずがない。
できようはずもない。
俺は全て、思いだしたのだから。
俺に比べればミスターのしでかした事のなんとかわいらしい事か。
それでも、これだけは言っておかないと。
「だが、俺は局員でもなんでもない、ただの人間だ。
あの子の兄貴分としてミスターの計画を真っ向から否定させてもらう。
何人たりとも俺の身内には手を出させん。
例えそれが管理局というでかい組織であったとしても、だ」
「それは……行き過ぎて犯罪者の烙印を押されてもかね?」
「歪んでいる事は重々承知の上。無論、そうならんように足掻きはするさ。
が、それも叶わずこいつ等を犠牲にするというなら真っ向から対立してぶっ潰す!
俺一人の力はちっぽけだがな、牙を剥くくらいの事はできるんだ」
「先生……」
クロノが複雑な顔で俺を呼ぶ。
長く局に勤め、よかれと思った事を成してきたクロノには、俺の発言は複雑極まりないのだろう。
少々興奮しすぎた事に気付き、大きく深呼吸して気を落ち着かせた。
「……話が逸れたな。襲撃の件だが」
「この後自首するつもりだよ。
リーゼアリアもリーゼロッテも戻ってきた事だし、3人一緒にね」
首を横に振る。
驚く彼を見据え、続けた。
「訴える気は、ない。取引をしないか?」
「取引、だと……?」
「ミスター程の人物を表舞台から降ろしてしまうのは勿体ないと俺は思っている」
「しかしそれでは法の番人としての理念に反しますっ!」
「わかっているさ」
クロノの言いたい事もわかる。
俺の発言は犯罪者を見逃せと言っているのと同意だ。
だけど、彼にはもっと働いてもらいたいのだ、俺は。
それだけの力が、信念が彼には、ある。
「贖罪をしないか、ギル・グレアム」
そうして俺は、悪魔の囁きを彼に投げかけた。