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赤が、迫る。
僕にではなく、なのはに。
僅か数分の交錯で、あの子はこの場で倒すべきは彼女の方だと気付いたらしい。
確かに僕には彼女程対人戦闘に優れているわけではない。
故にあの子の判断は腹が立つ程に当然の事で。
だけど、
「舐めてくれるね……」
≪ユーノ、パーフェクトに後悔させてあげましょう。あのヴィータさんもどきを≫
僕にだって意地がある。
こんな僕にも、誇れる物がある。
それは、
「ユーノ君!」
「言われるまでもないよっ!」
≪protection ex≫
≪short buster≫
1人でも強い彼女が、僕に背中を預けてくれる事。
彼女が、なのはが僕に防御を全て任せてくれた事。
ナックルフォームではなく、バスターフォーム。
砲・射撃を中心としたこの形態は、機動力が落ちるのだと以前教えてくれた事がある。
つまりなのはは僕と2人で戦う事を選択してくれたって事。
それが凄く嬉しい。
彼女からの信頼が、泣きそうになる程嬉しいんだ。
今のなのはは強いて言うなら移動砲台。
なら僕は、その防御機構だ。
それになりきる事がこの場でのコンビネーション。
故に僕の魔力は盾としてなのはの眼前に展開され、赤い魔弾を受け止める。
≪burst≫
同時に、外方向へ向けてプロテクションを破壊。
なのはとあの子の間を隔てる物は消え去って、あの子の驚愕した表情がはっきりと見える。
そう、今2人を隔てる物は“何もない”。
「シュート」
すかさずなのはの声が響く。
すでにスタンバイされていた魔法は連射性の高い直射魔法。
真っ直ぐ突き抜けた桜色は、いとも簡単に避けられる。
当然、僕もなのはもあの子がその程度で終わるだなんて思っていない。
あの子は僕らの知るヴィータじゃないけど、姿形、スキルまで一緒。
それなら戦闘経験も然り、だ。
だから追従するように、何本もの桜色が空を裂いて。
「へっ、この程度であたしを──」
「僕等相手に随分余裕だね?」
≪protection≫
あの子が何を言おうとしたのか、僕は知らない。
だけど行く手を阻むよう当然に出現した翠のプロテクションに、あの子は急ブレーキをかけて。
僕の役目はフィールドの制限!
≪burst≫
爆発の余波は、確実にあの子の視界を奪う。
縦横無尽に動き回られたら、いくらなのはが凄くても戦闘経験が少ない僕達の方が不利だ。
僕の知る限りヴィータは接近戦が一番得意だけど、中間距離もこなせる。
対してこちらの攻撃手であるなのはの今の持ち味は、高火力の砲撃。
相手を打倒するレベルの砲撃には、いくらなのはが一流の術者でも若干のためがいる。
だから、なのはがきちんと仕事をこなせるように、彼女の持ち味が最大限に生かせるようにするのが今の僕の仕事。
爆煙から飛び出してきたあの子に、桜色が迫る。
同時に僕はバインドを行使。
勿論それも避けられる。
だけど確実にあの子の動きを制限する。
「くそっ、ちまちま攻撃してきやがって!」
「悪かったね! 僕はその方が得意なんだよっ」
≪pin point protection≫
もちろん、こんなのは千日手。
あの子の能力がヴィータと同じなら、今までの僕等の動きはなんら決定打になりえない。
だから僕はなのはの側を飛び出した。
彼女の防御役を放棄したわけじゃない。
当然のように、僕の術範囲内には納め続ける。
それがわかっているからか、それとも信頼してくれているのか。
どちらでもいいと思った。
なのはは何も言わず、当然と言う顔をしていたから。
右手を最短距離に…………こう!
「くっ!?」
「まだっ!」
繰り出されるのは右正拳突き。
僕がジュエルシード事件の後、密かにアランさんに教えてもらった唯一の技。
アランさんは生兵法は怪我の元だと言ってたった1つしか教えてくれなかった。
だけど、正しい型で放たれた拳にはそれなりの力がある。
格闘技を何も知らなかった僕にはこれだけでも力になる。
「シュート」
頬を掠める程にギリギリを通り過ぎて行くなのはの魔法。
萎縮する事はない。
だって知ってる。
彼女の狙いは馬鹿みたいに正確だって。
だからあの子が一瞬動きを止めた時、咄嗟に手を伸ばす事ができた。
「こう言うのはどうかなっ」
「えっ!?」
≪hoop bind≫
あくまでもただのバインド。
でもミネルヴァの力を借りた今、構築速度は以前と比較にもならない。
「くそっ、外れねえ!」
もちろん、その強度も。
瞬間、僕はバックステップであの子から離れる。
僕の知る限りヴィータはバインドブレイクがあまり得意ではなかった筈だ。
だから僕の仕事はここまでで、あとは彼女の仕事。
その証拠に、背後で高まっていく魔力がある。
≪release 4th limiter≫
しかも恐ろしい事にまだ出力を上げるつもりらしい。
ちらりとなのはを盗み見ると、彼女は無表情のまま涙を流して。
それでも不動でベオウルフを構え立っていた。
「どうして……?」
「くっそおおおおおっ」
「どうして悲しんで、苦しんで……それでも戦おうとするの?」
「うるせえっ! てめえには関係ねえだろうがっ!!」
「………………そうだね」
それは高町なのはと言う人物を知る僕から見れば意外なほどあっさりと、なのははあの子の事情に自分が関係ない事を認めた。
表面上は相変わらずの無表情。
だけどいつの間にか、本当にいつの間にか、涙は止まっていて。
「もしかしたら私は、本当に貴女の事情なんてどうでもいいと思ってるのかもしれない」
「んだとおっ!?」
「きっと関係ないのも、事実。だけどね──」
すう、となのはが大きく息を吸って。
そろそろあの子を縛るバインドが解ける。
なのに、僕には何故か動こうと言う気がまったく起きなかった。
「仕方ないよ! 貴女の事が気になるんだから!!」
それはきっと、僕がこの空間に入っていけないと感じたから。
ヴィータの姿をした子を拘束していたバインドが弾け飛ぶ。
同時にあの子は叫んだ。
「うるっせえええええっ!!」
それでもなのはは動かない。
ただ悲しげに、あの子を見るだけ。
あの子は手の中の槌を大きく振ると、なのはへと真っ直ぐに向けた。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ!
そんなに聞きてえなら、力ずくで聞き出せばいいだろうが!!!」
「……そう」
ぞくり、僕の背筋に悪寒が奔った。
なのはから発されたとは思えない程にその声は低く冷徹に響いて。
なのに確かに悲しみを含んでいて。
【……ごめん、ユーノ君】
【いいよ。…………きっとなのははそうするって、知ってた気がする】
念話には彼女の申し訳なさげな感情がたっぷり詰まっていた。
だから僕は構えを解くと、2人から距離を取る。
もうこの戦いは僕達とあの子の戦いではなく、2人の戦いになってしまったんだろう。
「悲しいね……結局、私達は…………ううん、私は、こう言う方法でしか人と分かり合えない」
≪charge and up≫
両手でベオウルフを構えて、なのはが魔法式を展開する。
対するあの子はカートリッジを複数読み込むと、そのままなのはへと吶喊した。
「ぶち抜け、アイゼン!!」
≪raketenhammer≫
なのはは、避けない。
ただ刃先に現れた光球へ、魔力を注ぎ続ける。
「おおおおおおおっ」
振るわれた大槌は、確かになのはの脳天を目指して。
ぶつかり合う2人。
爆音。
その最中に、僕はただ一言を聞いた。
そう、ベオウルフ、と彼女の相棒を呼ぶ声を。
煙が、晴れる。
あの子の目が信じられない物を見るように見開かれた。
振るわれたグラーフアイゼンは、間違いなく打ち抜いた。
なのはの、左肩を。
あの子のデバイスである大槌には桜色の輪っかが3つ。
そうか。
顔を逸らして……バインドで勢いを殺したんだ。
驚く僕等など知らぬとばかりに、ベオウルフがあの子の腹に押し当てられる。
「ディバインバスター……」
≪divine buster≫
「────シュート」
「あああああああっ」
瞬間、あの子の姿が桜色の閃光に塗り潰された。
なんの事はない。
なのはは左肩を犠牲にして、ディバインバスターをゼロ距離から撃ち込んだだけだ。
やった事はたったのそれだけ。
あの子は錐揉みになりながら吹っ飛ばされて。
なのはから数十m離れた所で宙に、落ちた。
なのははまるで血を払うかのようにベオウルフを振ると構えを解く。
「……関係ないとしても、理解できないとしても、私は……諦めたくない。
貴女の事を…………知ろうとするのを!」
それが、高町なのはの出した結論だった。
そやって戦いながらも、傷付けながらも、真っ直ぐに誰かとぶつかろうとする姿。
その姿にきっと僕は惹かれたんだと思う。
「う……ああ……」
空中であの子はもがいて、立ち上がろうとして。
次の瞬間、なのはの目が見開かれる。
否、見開いたのは僕もあの子も同じだ。
「ああ……消える……あたしが……消えていく……」
「なんで!? 私ちゃんと非殺傷設定にして──」
「くそっ、消えたくねえ……あと少し、あと少しだったんだ……」
何故ならあの子の姿が少しずつ薄れていってたから。
光の粒子に包まれるようにして、少しずつ。
「あと少しで、皆で平和に暮らせるようになんのに……こんな、こんな所でっ」
「ヴィータちゃん!!」
「ちっくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
なのはがあの子の名前を呼ぶ。
だけどヴィータは、ヴィータとよく似た容姿のあの子は、彼女の声に応える事なく。
ただ茜色に染まり始めた空に消えていった。
後に残るのは静寂。
最初から存在していなかったが如く、僕等の目の前には何も残らない。
これは……
周囲を見渡す。
あの子が消えた事で変化が1つ。
「結果が……消えてく。だとすると術者はあの子で…………いや、違う」
≪ユーノ、答えがわかっているのにはぐらかすのは美しくありませんよ。
気持ちはわからないでもありませんが≫
「うん。誰が考えたかわからないけど……随分悪趣味な仕掛けだね、これ」
僕とミネルヴァが仮説を組み上げている間に、なのはがこちらへゆっくり飛んでくる。
彼女の表情は困惑したままで、僕は何も言わずにとりあえずでなのはの左肩に回復魔法をかけ始めた。
「ねえ、ユーノ君、どう言う事なのかな?
あの子、消えちゃって……私はわけわかんなくて」
「……僕の推測でよければ話せるけど」
「お願い」
消え行く結界を見詰めながら、僕は今しがた出した結論を彼女に話す。
すなわちあのヴィータは、この結界の核として形作られていたのではないのかと。
恐らく他の結界も同じ。
今回核としてヴィータが出てきたのならば、他の結界の核にも僕達の知り合いが使われている可能性が高い。
「なんで……なんでこんな……」
「わからないよ。それに関してはクロノの調査結果を待つしかないね」
「…………そっかあ」
沈んだ表情のなのはは、それでも顔を上げて薄れ行く結界の向こう、まだ顕在な結界群を見遣る。
その肩が震えている事に気付いて、声をかけてあげたくて、でもかけられなくて。
もどかしいまでの気持ちが僕の胸の中で渦巻く。
「つらいね……」
ぽつり、呟かれた言葉は妙に僕の耳に残った。
それでもやっぱり、声をかけられない。
いつの間にか、さっきまで憂いを帯びていたなのはの瞳が決意を宿していたから。
そんな目をされちゃったら……何も言えないじゃないか。
「行こう、ユーノ君。他の結界も消さないと」
「……大丈夫?」
だから僕に聞けたのはこの一言だけ。
それになのはは首を振って、よくわからないの、と答えた。
「つらいなら──」
「でも、感じるの。お兄ちゃんが……戦ってる」
「なのは……」
「悲しいって思いながら……涙も見せずに泣きながら……戦ってるの」
「……」
「私は……あの背中を支えられるようになるって誓ったから……だから、退けない」
いったい2人の間にある絆がどれ程のものなのか、僕には計り知れない。
きっと戦っているんだろうなとは思うけど、なのはみたいに断言はできないから。
アランさんが泣いている所なんて、僕には想像もできないから。
無言で行こうと促す彼女に、やっぱり僕は何も言えなくて。
「私が…………もっと大人ならよかったのに……」
彼女の切実な感情を含んだ独り言だけが、僕達の間に響いて消えた。
────────interlude out
術の中心となっている核を潰せ、か……闇の書の呪いはまだ終わってなかったんだな。
2つ目の結界を潰してから、俺はただ次の結界を目指し空を駆ける。
2つ目の結界にいたのはザフィーラの影。
こちらは相手が徒手空拳と言う事もあり、シグナムの影相手よりは早く決着がついた。
相性の問題もあったのだろう。
次の結界へ飛行しながらも脳裏にクロノの説明がよみがえる。
『闇の残滓……?』
『はい。5月の頭に先生達が撃破した闇の書の闇。
もちろんそれのコア自体は完全に消滅していますが、飛び散った残滓は海鳴の街中に落ちながらもそれでも生きていた。
本来ならば、何の力もない細かい粒のようなものです。
そのまま時が経つにつれて自然に消え行く小さなものだった筈……』
『なのに今回、粒同士が寄り集まって形を成した、か……』
『原因は……その、言いにくいんですが……』
『リインフォースの復活、だろう?』
『!? 知っていたんですか!?』
『いや、状況と今の情報から推測した。
やれやれ、リインの奴を管制人格として復活させなくて正解だったな、こりゃ』
『先生……』
『そう心配そうな顔すんなよ、クロノ。やる事は変わんねえさ。あ、それと──』
『わかっています。あの子達には伝えません。
なのは達には話す必要がありますが、僕もよく話に出るあの子達が必要以上に苦しめられるのをよしとは思えませんから』
『…………サンキュ』
さっき会ったザフィーラは、やっぱり俺の事を知らなかった。
当然だ。
あの時点で破壊された闇に、今の俺達の関係などわかろう筈もない。
俺の名など有象無象に埋もれてしまっているに違いない。
にしては反応が微妙なんだよな……単純にあの時のシグナム達って感じじゃなかったし。
話に聞くかつてのあいつ等は、本当に戦う為だけのプログラムで、人らしい感情など見せた事がなかったらしい。
にも関わらず、シグナムにもザフィーラにもきちんとした感情が垣間見えた。
対峙した時に感じた俺の直感が正しければ、だが。
平行世界からの記憶の流入……?
いやいや、それは流石にありえん……って俺が言えた立場じゃねえか。
少なくとも俺の存在が平行世界、否、狭義の異世界がある事を証明してしまっている。
今とは異なる歴史を辿った平行世界があったとしてもおかしくはない。
そこからの記憶流入となればかなり苦しいが、それでも完全に否定できるものではない。
なにせ相手は小さな欠片とは言えロストロギアなのだ。
便利だな、ロストロギアって言葉……理屈がわからなくても大抵この言葉で事態をまとめちまえるし。
いや待て、俺。
それを結論にしたら科学者失格だろうが。
首を振る。
別にデバイスマイスターと言う科学者である自分に誇りを持っているわけではないが、それでも思考停止はよろしくない。
常に自らの持つ常識を疑い、新しい可能性を模索し続ける事。
それが魔法使いであろうとする俺にとって必要だと思うし、何よりそんな凝り固まった思考の自分は俺が嫌だ。
っと、次の結界だな。
「行くぞ、2人とも」
≪yes, my king≫
≪いつでも≫
短い返事を頼もしく思いながら、結界に踏み込む。
同時に長くて深い溜息が漏れた。
「今度はお前か…………シャマル」
「? 貴方は私を知っているんですか? 生憎私には覚えがありませんが……」
「いや、こちらの話だ。知っている筈がない事は、誰よりも俺が知っている」
「よくわからない方ですが……構いません。
リンカーコアの蒐集には関係ありませんし」
「やっぱりそう来るんだな。…………あの2人と同じか」
結界の中心にいたのは、風の癒し手、湖の騎士シャマル。
だが俺の知る彼女よりも幾分か表情が固い。
否、こう言うシャマルを俺は知っている。
初めて俺達に会った時、シグナムが俺を認めてくれるまでは彼女もこんな表情をしていたはずだ。
「あの2人……?」
「シグナムとザフィーラ、だな」
「……そうですか。貴方がここにいると言う事は結果は聞くまでもないようですね」
「それでどうする、湖の騎士シャマル。
ヴォルケンリッターの中で最も戦闘力に劣るお前は、それでも俺と敵対するか?」
「愚問です」
悪寒を覚え、咄嗟に飛びのく。
つい1秒前まで自分がいた所を見てぞっとした。
空中に、腕が、生えている。
そうか……シャマルの得意技は……
旅の鏡。
空間と空間を繋げる特殊な魔法だ。
更に彼女はその魔法を利用して、リンカーコアを引き抜く事も可能と言う。
捕まれば、1発で終わり。
予感ではなく確信が俺の脳裏を巡る。
シャマルの影は残念そうに息をつくと、手元の鏡から自らの腕を引き抜いた。
いかん……案外強いんじゃないのか、シャマルの奴?
「確かに私は後方支援型の魔導師ですが……それでも百戦錬磨のヴォルケンリッター。
戦う術がないとは言いません」
「失礼。どうやら見誤っていたのは俺の方か」
「いいえ……本当は今ので決められたら嬉しかったんですが」
「そいつはすまなかった……退く気はないか?」
俺の質問に彼女は一瞬だけ目を閉じて。
次に目蓋を上げた時には微塵も迷いが感じられなかった。
「『主の命に背く事になろうとも、私達は今一度剣を取ろう』」
「……シグナムの言葉か?」
「リーダーが、決めました。そして何より──」
「タケミカヅチ!」
「私も今の生活が結構気に入ってるんですよ!!」
≪yes, my king. device form stand by ready≫
≪flash move≫
空中から出てくる腕をかわして、ただひたすらにシャマルへの距離を詰める。
長期戦は不利と、そう悟った為だ。
シャマルは今の位置から魔法を展開するだけで俺を狙える。
対する俺は少なくともきちんとシャマルに魔法が当たる所まで移動しなければいけない。
体力か魔力が減って移動スピードが落ちたら、あの腕に捕らわれて負ける。
「悪いが今は俺が押し通る! 俺にも譲れない物があるんでな!!」
「それはお互い様です!!」
身に纏っていた軽甲冑が弾け飛ぶ。
別に攻撃を喰らったわけではなく、単にタケミカヅチが形状変換を始めただけの事。
駆け抜ける俺の軌道はあちらにばればれだろう。
その証拠に俺の行く手をさえぎるかのようにシャマルの腕が生えてきている。
左右へのステップ。
近接型にとっては基本の動きで、かわしながらただ前へ。
シャマルの姿が急激に大きくなっていく最中、俺は徒手空拳のまま両腕を上空へと振りかぶった。
「何を──?」
「セットアップ!」
≪set up≫
響くのはタケミカヅチの無機質な音声。
現れる重みに、一瞬だけ宙に向かって突き上げる。
無駄な動作ではない。
このままでは相棒の鞘が邪魔なのだ。
≪wind blade≫
「うおおおおおおおおおっ」
「くっ」
≪protection≫
瞬時、展開されたのは薄緑の盾。
後方支援型であるシャマルの盾が硬いなんて事は最初から折込済みだ。
拮抗して火花を散らす俺の刃とシャマルの盾。
だけど──
なんの為に唐竹に打ち込んだと思っている!
重力さえも利用して放たれた刃は、徐々に盾を侵食して。
瞬間、ドクリと身体中を衝撃が駆け巡る。
「捕まえました!! これで──」
「ぐっ…………おおおおっ、龍牙──」
「────終わりです!!」
「────一閃!!」
振り切る。
背後に抜き出されたおれ自身のリンカーコアも、身体中を奔る痛みも何もかも、全てを捨て置いて。
苦しいとか、痛いとか、言ってる場合じゃねえんだよっ!
「高町家の兄貴────舐めんなあっ!!」
渾身の一撃は頑強な盾を貫いて。
振りぬかれる刃は彼女を脳天から切り裂いた。
無論、非殺傷設定で、だが。
崩れ落ちる俺とシャマル。
胸が、痛い。
それでも俺は、上空から降ってくる相棒の鞘をしっかりと震える左手で掴んだ。
「な、んで……確かにリンカーコアは──」
抜いたのに、と。
信じられないものを見るように、彼女が俺を見詰めてくる。
それに俺は痛みに耐えている事を悟られないよう、くっと口元を吊り上げ笑って見せた。
「やはり残心が甘いぞ、シャマル。前衛じゃない事が災いしたな」
「普通は…………リンカーコアを抜かれたら衝撃で動けませんよ」
「止まる筈が、ないだろう?」
「え……?」
「お前が苦しんでいるのに…………俺が止まれる筈がないだろうが」
家族も同然の彼女だから。
止めてやる前に、俺が止まるわけにはいかない。
尤もそんな事を知らない筈のシャマルは、俺の言葉を心底不思議な表情で聞いていて。
その姿が、薄れ行く。
どうやら彼女も還るらしい。
「ええっ!? なんで私消えかけて!?」
「悪い夢が終わるんだ」
「悪い、夢……?」
「そうだ。目が覚めたら、温かすぎて平和ボケする程大切な日々がお前には待ってるから……」
「……私は……私達は、そこで笑っていますか?」
「ああ。毎日馬鹿みたいに笑ってるよ。だから……今はさよなら、だ」
立ち上がり、鞘に収めた相棒を甲冑に戻す。
そんな俺の姿を眺めながら、それならいっかと彼女は眉尻を落として、笑った。
それが見ていられなくて、俺は最近見慣れた表情をしているシャマルから目を逸らす。
「なら……私がここで倒されるのは必然だったのかもしれないですね」
「戦いに必然なんてない。
ただ、シャマルの突っ走る想いより俺の止めたい想いが勝っていただけの事だ」
「あはは、手厳しいなあ、お兄さんは。じゃあ……また、ね。アラン君」
「お前っ!? 俺の事知って────────ぁ」
振り向いた先には、もうシャマルの姿はなかった。
風が、吹き抜ける。
優しい風が。
湖の騎士の影は、そこにいた証拠も残さず、風に吹かれて消え去って。
「……ドラッケン、どう思う?」
≪対峙しているのが、常に同じ記憶を元にしたヴォルケンリッターとは限りません。
単にあのシャマルさんは私達を知っているシャマルさんだった……それだけの事でしょう≫
俺が居ても最悪を辿った可能性がある……そう言う事か。
そう考えると、やり切れねえよなあ……
≪それでも……彼女は止めてもらいたがっていたように見えましたがね≫
「ドラッケン?」
≪そうでなければキングを知っているにも関わらず正面から挑む事はしないでしょう。
彼女は……守護騎士の参謀役なのですから≫
そうだ、シャマルは後方支援型の魔導師でありながら、ヴォルケンズの参謀役。
真正面から戦うなんてらしくないとは思っていたが、そう想定すれば理由はつく。
吹き抜ける風に、溜息を1つ。
それでも俺は止まれないのだと言い聞かせながら。
だけど、1つだけ思う事があるとするのならば、
嗚呼、本当に救いがねえよ、シャマル。
そんな悲しすぎる決断なんて、さ。