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一般に、居場所を悟られないようにするには都会に紛れるのがいいと言われている。
別段彼等は現在何かから逃亡しているわけではないが、特にやる事が見つからなかったのだろう。
海鳴市にはバブルが弾けた際廃ビル群になった一角が存在する。
その一角にあるとあるビルの一室、闇に溶け込むようにしてその黒狼は存在した。
街中を堂々と歩けば人目につき、下手をすれば保健所に連れて行かれる。
故に、彼等が選択したのはこうした人の寄り付かない場所であった。
≪そもそも兄弟が人化を覚えてくれれば話は早かったんですけどね≫
【お前の話は分かりにくい。実際に見れればもう少しイメージしやすいんだがな】
≪管理外世界に使い魔がいるはずないでしょうに≫
彼等とて数日間何もしなかったわけではない。
最初の二日間で何度も保健所職員に追い回された彼は、うろつくには人の姿の方がいいと仕方なく妥協した。
その後オルトロスに教わりながら人化を会得しようとしてきたのだが。
ここで問題になったのがオルトロスと仔狼の関係である。
二人の相性は、これでもかと言う位悪かった。
オルトロスの使用に齟齬が生じると言うわけではない。
単純に、黒狼が感覚を頼りに魔法式を組むタイプだったと言うだけの話だ。
この辺り微妙にマスターであるなのはの影響が出ているのだが、それを彼等が知る由もなく。
理論的な説明しかできないオルトロスによる魔法教育は難航を極めている。
先日使用した魔力刃もようやくの事で彼が覚えたもので、未だ彼が使用できる魔法は殆ど増えていない。
最初から使えたのは念話であるが、その他に簡易な身体強化と魔力刃、その他には魔力刃を飛ばす斬撃魔法のみが、今の彼等の手札になる。
≪マスターが遠距離型だからでしょうかね、兄弟が近接特化型になったのは。
基本的に使い魔は主を守るべくして生まれますから≫
【ニンゲンの話はするな】
≪はいはい、分かりま――っ!?≫
不自然に途切れた彼女の声に、彼は何事かと片目を開ける。
闇の中に浮かび上がる赤は少々不気味であったが、今は見咎める者もいない。
不意に感じられたそれに、気にする程の事ではないと彼は再び目を閉じた。
【どうせあのニンゲンだろう】
≪どうでしょうね。
今のはかなり大きな反応でしたし……なのはさんのものとは少し違う気がします≫
【ロストロギアでも封印したんじゃないのか】
≪いえ、これは……転移魔法?
ジャミングされていてわかりづらいですが、対象は二名。
いえ、片方は使い魔のようですし、一名と一匹、ですか≫
「行くぞ」
最後の言葉に反応したのか、彼は素早く身を起こしビル内部から躍り出る。
オルトロスの正確なナビを受けながら、次から次へとビルを乗り移る姿は、さながら風のようであっただろう。
数分ほど走って、彼はとあるビルの屋上で止まった。
視線の先、数十m向こうには、マンションの屋上に立つ一人の少女の姿。
黄色のコア、黒いボディのそれはデバイスだろう。
上部が妙にごつい杖状のデバイスを手にした少女の姿は、黒いバリアジャケットに黒いマントと言ういでたちのせいで、夜の闇に溶け込んでしまいそうだった。
強く吹く風にたなびくマントと金色の髪。
黒いリボンで長い髪をツインテールにまとめた少女は、まごう事なき美少女である。
尤も黒狼に人間に関する選美顔などはないし、今の彼の興味は少女にない。
彼女より一段下がった位置、少女を見守るよう控えるオレンジ色の大狼にある。
【額に宝石……確かミッドチルダ・アルトセイム地方の山に生息する狼の一種ですね】
【ふん……管理世界産か。丁度いい、オルト、奴等の後をつけるぞ】
【どうするつもりですか?】
【管理世界出身なら普通に魔法を使うだろう。見て覚える】
【貴方って人は……いえ、狼でしたか。
まあ悪くはありませんね。それで行きましょう】
彼等の行動指針が決まった所で、無言のまま眼下の街を見詰めていた少女が口を開く。
なのはと同じ年頃の少女にしては、酷く落ち着いた声だった。
「ロストロギアは……この付近にあるんだね? 形状は青い宝石、一般呼称はジュエルシード」
ジュエルシード、と呼ばれた物に彼等は心当たりがあった。
先日なのはが封印していた菱形の小さな宝石、あれがそうなのだろう、と。
「…………そうだね。すぐに手に入れるよ」
【オルト、あのニンゲンは電波系と言う奴か?】
【どこから仕入れたんですか、その言葉。色々と失礼すぎますよ】
【お前が叩き込んだライブラリの中にあった言葉だが】
【…………大方狼の方が念話でもしたんでしょうね】
夜の街に大狼の遠吠えが響き渡る。
上手く誤魔化せたと思いながらオルトロスは機械の頭で考え始めた。
尤も、実際にはオルトロスの発言に突っ込むまでの意味を見出せなかった狼が、誤魔化されてやっただけなのだが。
そう言う意味ではこの二人、中々いいコンビなのかもしれない。
それはともかく、先日の様子を見る限りなのは達はジュエルシードを集めているのだろうとオルトロスにはすぐに推測できた。
そして、黒衣の魔導師もまたジュエルシードを目的としてこの街にやってきたようだ。
しばらくすれば二組が衝突するのは必至。
その時彼女の相棒である黒狼はどう動くのか。
マスターであるなのはにつくのか、はたまた術式を見続ける為黒衣の少女に付くのか。
あるいは、
【何もしなさそうですね】
【何か言ったか?】
【いえ、別に】
漏れでた予想への突っ込みをさらりとかわし、オルトロスは移動を始めた大狼達を追う兄弟の背中で思考を回していく。
彼は人間が嫌いだ。
否、嫌いと言う言い方は生易しい。
彼は人間を憎んでいる。
心の奥底でどう思っているのかは彼女には分からないが、少なくとも表面上はそう見えるよう行動してきたように思える。
だが、行動と言う点から見れば救いもあった。
彼女を生み出したデバイスマイスターの事だ。
あの時、フォルツァを葬る時、狼の心に負の感情はなかったように見えた。
借り云々の話から考えれば義理堅い性格なのかもしれないが、オルトロスはどうにもそれは懐疑的だと思っている。
この事は一旦保留ですねと、彼女は息を吐き出す事は出来ないので明滅した。
どの道、今までの事を考えれば仔狼は積極的に介入はしようとしないだろう。
する時は恐らく彼にとって必要性がある時だけだ。
尤も、その必要性と言うのも仔狼の気分次第なわけだが。
そこまでの考えをまとめ、最後に、なのはさんには出来れば無事でいて欲しいんですけどねと言う思考を、彼女はメモリーの奥にしまい込み蓋をした。