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これは、平凡な小学三年生だった高町なのはが、不思議な力に出会った時の物語。
胸に宿すは不屈の心、手にしたのは魔法の力。
異世界から来た喋るフェレット、ユーノ・スクライアの手助けをしながら、なのはの住む海鳴市に落ちた21の危険物、ジュエルシードを回収していく。
本来ならそれだけのはずだったお話。
物語の始まりはそう、いつだって何かとの出会いから。
出会いは様々な感情を生み、感情が人を成長させていく。
これはただ、それだけのお話。
「なのは?」
二つ目のジュエルシードを封印し終わった神社で、不意に立ち止まってしまった少女をユーノ・スクライアは見上げた。
彼の目に映るのは、栗毛を高い所で短く二つに結わえた小さな女の子。
彼がこの世界に来た当初、助けを求めた子供、高町なのはである。
とは言え声をかけた所で、ユーノはフェレットだ。
いつものように彼女の肩に乗っている時ならともかく、地面の上から声をかけた程度では、現在何かに気を取られているなのはの耳には届かない。
既にジュエルシードに取り込まれていた仔犬とその飼い主は帰路に着いた。
これ以上この場に残る意味はないはずなのだがとユーノは首をかしげ、なのはが見つめ続けている藪、森の中を見遣る。
「っ!?」
ガサリ、遠くの方で藪が揺れた。
グルルルと低く呻るようなそれは耳ではなく直接脳に響いて。
それを聴いた瞬間、突然なのはが駆け出した。
「え、ええっ!? ちょっと待ってよ、なのは!」
フェレット状態だと歩幅も違うのだから置いていかないで欲しいと愚痴を零しながら、ユーノ・スクライアは高町なのはの小さな背中を追い、走っていった。
「ユーノ君!」
ユーノがなのはに追いついたのは鬱蒼とした森の中、神社から50mも離れていない少し開けた広場のような場所だった。
泣きそうな表情のなのはが座り込んでいる側には何やら黒い物体。
「……酷い」
否、近づけばそれがただの物ではない事に気付けるだろう。
鼻につくのは鉄錆の臭い。
倒れ伏している耳の生えた四足の生物は、先程なのはが封印したジュエルシードに取り込まれていた仔犬に酷似していた。
黒い物体はよく見ればそれなりの大きさで、立ち上がれば小型の柴犬程度のサイズはある。
ただし、本来なら艶やかなはずの黒い毛並みは、赤黒いものでべっとりと汚れていたが。
「仔犬、かな?」
「ううん。犬にしては特徴がちょっと……多分、狼の仔供だと思うけど」
「狼なんていったいどこから来たんだろう……
っ、それよりもユーノ君、この仔まだ息があるみたいなの!」
「えっ!?」
なのはの指摘によくよく黒いそれを観察すれば、確かに腹が上下して呼吸を行なっているのが見て取れた。
しかし、
「普通なら致命傷だよ、これ。
くそっ、僕の魔力が戻っていれば治癒魔法もかけられるのに……」
悔しげに臍を噛むユーノの隣で、なのははじっと狼を見つめ続ける。
ぴくりと動いた黒い耳、恐らくは二人が騒がしかった為意識が浮上したのだろう。
うっすらと開かれた目蓋の奥に覗く光に、なのはは息を呑んだ。
「なのは?」
彼女にはユーノの声が酷く遠く響いた。
狼の目に浮かぶ、ともすれば引き込まれてしまいそうなほど強烈な負の感情は、九歳の少女を怯ませるに充分すぎるものだったはずだ。
にも関わらず、なのははそれに怯えこそすれ、逃げようとは思えなかった。
感じられたのはマグマのように煮えたぎる憎悪と燃えるような憤怒、そして、飽くなき生への渇望。
生物として当たり前のただ生きたいと言う思い。
それが彼女を踏み止まらせる。
同時に、決意させた。
「ユーノ君、治癒魔法って私にも使えるかな?」
「え? あ、ああ、多分あんまり適正は高くないと思うけど……」
「教えて! 今すぐに!!」
「なのは、まさか……」
「うん。私、この子を助けたい」
真剣な目で言い放ったなのはにユーノは一瞬黙り込んだ。
本音を言えばユーノだってこの仔狼を助けたい。
だが、先程は動転して口走ってしまったが、本来管理外世界での魔法行使は違法行為に当たる。
魔法のない世界に外の技術を持ち込めば、不要な混乱を招きかねないからだ。
ともすればこれにより世界自体が滅んでしまう事も考えられる。
ユーノ自身、この世界にやってきたのはロストロギアと言う魔法技術のオーパーツを回収し、危険を回避する為の緊急措置だ。
だけど、
「……そんな顔されたら、断れるわけないじゃないか」
ユーノの目の前で必死に呼びかけているのは彼の命の恩人だ。
なのはがいなければ、ユーノ・スクライアはここにいなかったかもしれない。
その少女が今、ユーノの助けを必要としている。
理屈や何やらをすっ飛ばして、彼女の力になりたいとユーノは思ってしまった。
だからだろう。
彼の頭から、先程脳内に直接響いたものがなんだったのかや、何故致命傷を負っているはずの仔狼の息がまだあるのか等の疑問が完全に抜け落ちてしまっていたのは。
「術式は、こう。後はイメージして、この仔の元気な姿を。
それでゆっくりと魔力を浸透させてあげる」
「えっと……こう?」
なのはが彼の浮かべた術式を真似て桜色の魔方陣を浮かび上がらせる。
ユーノは即興で編まれた拙い術式を確認し、対象に悪影響を与えるものがない事を見て取ると頷いた。
なのはの手が狼へ向けられ、桜色の魔力が送られていくのを確認した時、
≪魔力補填。再起動を確認しました。
……って、まずい!? 今すぐ魔力補給を中止して下さい!!≫
「ほえ?」
不意に聞こえたアルトの女声になのはは呆けた。
注ぎ続けられる彼女の魔力を呼び水に、漆黒の魔力が狼から噴出し始め、渦を巻いて魔方陣を浮かび上がらせる。
急激に放出された魔力の奔流に押し流されぬよう、ユーノはなのはの服の裾へとしがみつき、
「嘘!? これってまさか使い魔作成の──」
≪早く魔力注入を止めて下さい! このままではまずい事に──≫
その声は低い呻り声にかき消された。
仔狼はまるで何かを拒むかのようにのた打ち回り、なのははどうしていいのか分からずに助けを求めて足元のユーノを見る。
彼はと言えば、ただ唖然と雄たけびを上げる狼を見つめていた。
ありえない。
そう、ありえないはずの事が目の前で起こっているのだ。
本来、使い魔の術式とは死に掛けた動物又は動物の死体に擬似魂魄を押し込む事で、主に忠実な従者を創り出す物のはずだ。
なのに、この狼は確かにその儀式を拒み、身体に押し込められようとしている魂魄を追い出そうとしている。
「ユーノ君、どうしたらいいの? これ、止まんないよ!!」
「そんな事言われても、僕だってこんなの初めてで……」
≪くっ、結構工程は行ってしまっていますか。
兄弟! 貴方の魔力、勝手に使いますよ!!
って、ええっ!? まさか、自力で……!?≫
急に輝き始めたそれが暗がりの中姿をあらわにする。
狼の首からかけられたビー玉大の黒い球体にユーノは今までのはデバイスが喋っていたのだと理解した。
渦巻く魔力とは別に黒い魔力が一気に噴出する。
瞬間、パキンと言う音を伴い、地面に描かれていた巨大魔方陣が弾けた。
荒れ狂う魔力に一瞬顔を庇うよう腕を掲げたなのはとは異なり、ユーノは一部始終を見る事が出来た。
故に、彼はそれの為した結果に唖然とする。
「儀式魔法を……力ずくで、破った?」
≪正確に言えば兄弟の身に刻まれていた術式を壊しただけのようですが。
……マスター認証は通ってしまっていますね。
パスも極々細いのは通ってしまっていますが、リンカーコア接続にまでは至っていないようです。助かりました≫
「君達は……いったい?」
≪……私の名はオルトロス。彼の教育係として生み出されたデバイスです。
そして彼は……≫
人間くさく言葉を濁すオルトロスになのはとユーノの視線が黒狼に集まる。
狼は今の行為にかなりの力を使ったのか、浅い呼吸を繰り返していて。
しばらくすると落ち着いてきたのか静かになった。
≪検体ナンバーF09、です≫
「えっと……検体?」
普段耳にする事のない言葉になのはが首を捻る。
逆にユーノは思い当たったのか、盛大に顔を顰めた。
フェレットなのに随分と器用な事である。
「…………違法研究」
≪その通りです。私達はこの世界で行なわれていた、最強の使い魔を創り出す研究で生み出されました≫
「そんなっ!? この世界に魔法技術は存在しないはず──」
≪だから、ですよ。だからこそ、目をつけられずに研究に没頭する事ができる。
派手な事件さえ起こさなければ、管理外世界程違法研究に適した場所は存在しません。
……尤も、器財などを持ち込むにはかなりの苦労があったようでしたが≫
思わずユーノは納得してしまい黙り込んだ。
そうした違法研究などを取り締まる機関は慢性的に人手不足で、中心地になっている世界から遠い所には殆ど目が届かないのが現状だ。
ユーノもそれを知っていたからこそ、ジュエルシードのような危険物をそのままにしておけないと考え、単身この世界にやってきたのだからなんとも言えない。
≪危ないところでした。
あのまま術式を破れなければ、そこの彼女は魔力を吸い尽くされていたでしょう≫
「ええっ!?」
「そ、そんなはずが……!?」
≪通常の使い魔作成術式なら、そんな事が起こるはずはありません。
ですが、研究されていたのはスタンドアローンで動ける使い魔。
マスターとなった人物のリンカーコアを接続先から己の身体に取り込む事で、リンカーコアをより強大な物とし、莫大な魔力量を対象に持たせる。
そうした術式が兄弟には刻まれていたのですよ≫
オルトロスの話す内容になのはとユーノは絶句した。
一歩間違えば、否、この狼が抵抗しなければ、なのははよくても植物人間になっていたと言われたのだから当然だ。
ふと、木々の合間から殆ど光が入ってきていない事になのはは気付き、これまたさあっと顔から血の気が引く思いがした。
先程までは茜色だったはずの空は、すでに星が瞬いているのが目を凝らさなくても見て取れる。
すなわち、帰宅予定時間を大幅にオーバーしていた。
「いけない!? もう帰らないと!」
「あ、もうこんな時間なんだ」
「えっと、この仔も──」
≪触っちゃ駄目です!!≫
鋭く飛んだ警告も空しく、仔狼を抱え上げようと伸ばされたなのはの指先が黒色に触れる。
反応は劇的だった。
触れた瞬間、狼の目が開いたかと思えば跳ねるようにして後退。
あっと言う間になのは達から5m程の所へ陣取ると、毛を逆立て牙をむいて威嚇してくる。
「ぁ……」
思わずなのはは後ずさった。
先程狼の意識が朦朧としていた時とは異なり、明確に向けられた敵意は大きすぎて。
むしろこの場合逃げ出さなかった事を褒めるべきだろう。
燃えているのだとなのはは思う。
真っ赤な瞳はただでさえ炎を髣髴とさせるのに、それ以上に目の前から伝わる怒りが燃え盛る業火のようだ、と。
しばしなのは達を睨みつけていた黒狼は、不意に耳を明後日の方へ向ける。
どうしたのかと怯えながらもなのはが狼に声をかけようとした瞬間、彼はなのは達へ背を向けて走り始めた。
≪お二人とも、名前は!≫
「た、高町なのは!」
「ユーノ・スクライア!」
発された問いに二人は反射的に自分の名を告げる。
駆けていく狼の背へ回されたオルトロスは、走る彼の身体の上下に振られながら、
≪なのはさん、ユーノさん。また、お会いしましょう!≫
ただ、再会のみを約束し、黒狼ごと闇へ姿を消した。
なのはは差し出したままだった左手を胸の前で右手に包むと、自嘲するかのように呟く。
「逃げられちゃった……ね」
「仕方ないよ、なのは。検体って事は実験動物だったって事だし。
多分あの仔はなのはを嫌ってるんじゃなくて、人間全体を嫌ってるんだ」
「違うよ、ユーノ君」
え、と声を漏らし、ユーノは顔を上げる。
視線の先で彼女は、未だ彼等が消えていった森の奥を見詰めていた。
「あの仔ね、多分人間を憎んでる。
だけど……それだけじゃなくて、私達に怒ってたの」
「なのは……?」
「ねえ、ユーノ君。使い魔の術式って、受けるとどんな感じなのかな……」
発された問いにユーノははっと森を見遣る。
使い魔の素体に使用されるのは死にかけ又は死んだ動物の身体。
更に、擬似魂魄を入れられた使い魔はかすかに以前の記憶を継承する事はあるが、厳密に言えば死亡前とは中身が違う。
もしも、使い魔の術式を掛けられた上で自己意識を保っていた者がいたならば、どのような感覚を受けるのだろう。
結局ユーノは、彼女の疑問に答える事が出来ず黙り込む。
暗い森がぽっかりと彼等を飲み込み、なのはとユーノを静かに包んでいた。