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コツコツコツコツ
本局の廊下を緊張しながら歩いて行く。
コツコツコツコツ
隣を歩く母さんも緊張しているらしく、僕等の間には会話らしい会話はない。
コツン
ようやくとある扉の前で立ち止まった。
他となんら変わらないはずなのに、妙に威圧感のある扉と感じてしまうのは、僕が必要以上に緊張しているせいなのだろう。
コンコン
母さんが扉をノックをしてから口を開く。
「時空管理局巡航八番艦アースラ艦長リンディ・ハラオウン提督であります」
続けて僕もいつもより上ずった声ながら、告げた。
「同じくアースラ所属、クロノ・ハラオウン執務官であります」
どうぞ、という声がしてドアが開いた。
まるで空気が抜けるような間の抜けた音がして見えた部屋の中には、老齢の女性と銀髪の少年。
この方があの……
少年の方は見覚えがないが、女性はあらゆる意味でこのミッドチルダでは有名人だ。
ミゼット・クローベル本局統幕議長。
管理局の黎明期を支えた伝説の三提督の一人。
尤も、今の彼女には偉い人が出す特有の威圧感はなく、柔和な笑顔を浮かべている。
前もって知っていなければ、どこにでもいるお婆さんにしか見えない。
……はて、ところで彼女の隣にいる少年はいったい何者なんだろうか?
「わざわざ出向いてもらってごめんなさい。
本局統幕議長ミゼット・クローベルです。
今日は個人的な場だから、そんなに固くならないでちょうだい」
柔らかな笑みを浮かべ、彼女は僕達に席を勧めた。
それに習ってソファに腰掛ける。
少年の方はと言えばお茶を準備していたらしく、僕等の前の机にティーカップを並べていた。
「ジンゴ」
恐らくそれが彼の名なのだろう。
クローベル統幕議長が彼を呼び、彼はお茶の準備を一通り終えると顔を上げる。
「こちらに来て自己紹介を」
彼女の言葉に彼は無言で頷くと、小走り気味に僕達の前に立ち、びしっとお手本のような敬礼をした。
「自己紹介が遅れ申し訳ありません。
ミゼット・クローベル統幕議長直属、ジンゴ・M・クローベル執務官であります」
「執務官!?」
答礼をした所で驚いて思わず声に出してしまった。
隣の母さんも似たような状態だ。
きっと誰がこの場にいても同じような反応になるに違いない。
どう見ても彼は一〇歳位の子供で、どう見積もっても僕より年下にしか見えない。
そんな歳から……と考えてからふと引っかかりを覚え、記憶をさらって気付く。
ジンゴ・M・クローベル、聞いた事のある名前だ。
確か、最近執務官試験合格の最年少記録が更新されて……
「ジンゴ、個人的なお願いをするのだからもっと素を出しておきなさい。
どうもあなたは執務官然とすると態度が固くていけないわ」
「ええー、これからお世話になるかもしれないから第一印象良くしようと思ってやったのに」
そのクローベル統幕議長の言葉で、今まで彼が纏っていた凛とした空気が霧散した。
「了承してもらえれば何ヶ月も一緒に行動するんだから、今からそんなでは疲れてしまうわよ」
「りょうかーい」
な、なんてフランクな。
伝説の三提督にこんな口をきける子がいたとは……ん? クローベル?
「クローベル執務官は、クローベル統幕議長のお孫さんで?」
「ああ、ジンゴで構いませんよ。
クローベルって長いし言いにくいですから」
「そうね。
それにプライベートな場だし私の事もミゼットで構わないわ、リンディさん。
プライベートで肩書きに拘られると肩凝っちゃうのよ」
そう言って議長は僕等に向かってウィンクして見せた。
何と言うかだいぶイメージと違うな。
随分とお茶目な方だ。
「そうそう、私とジンゴの関係だったわね。一応ジンゴは私の息子に当たるわ」
「息子さん……ですか?」
「養子なのよ。
まあ私の年が年だから、続柄的には息子でも実質孫のようなものね」
なんて、母親同士の話を始めてしまった二人をよそに、僕は彼を密かに観察する。
若い。
いやはや、僕も執務官としてはかなり若いが、彼は更に若いのだ。
最年少合格者と言う事だったが、いったい今はいくつなのだろうか。
僕の不躾な視線に気付いたのか、彼は少しだけ頬を掻きごほんと咳払いをした。
「ばあちゃん、話が進まねえって」
「ああ、そうだった。
それでお願いなんだけどね、今度アースラの巡航先が変わったでしょう」
「ええ、そうですが」
「そこで、ね。この子をアースラに乗せてもらえないかしら?」
「ジンゴ君をアースラに?」
先程の会話を通して母さんがあっという間に砕けた雰囲気になっているのは、果たして議長の話術が凄いのか、母さんが大物なのか。
僕としては是非とも前者である事を願いたい。
……だが、彼をアースラに乗せる事にいったいどんな意味があるのだろう?
再び彼を見ると、彼はようやく席に着きながら口を開いた。
「ええ、出来ればお願いしたいのですが。
仕事の方は一応半年ほど休暇を取っています。
休暇中ではありますが、アースラの戦力として扱っていただいて勿論構いません」
ますます謎が深まる。
僕は深く考えず、そのまま疑問を口にした。
「休暇を取ってまでアースラに乗るのかい?」
「あっと、それは……」
そこで彼は一旦言葉を切ると議長の方を見る。
「ジンゴの好きになさい」
アイコンタクトを受けた彼女は深く頷くと、信頼を篭めた目で言った。
それに頷き返すと、彼は真っ直ぐ僕達の方を見て話し始める。
「元々俺はミッドチルダなどの管理世界ではなく、管理外世界の出身なんです」
「あら、その年齢で管理外世界出身と言う事は次元漂流者かしら?」
「あ、いえ、表向きにはそうなってますが、実際には違います。
なんて言えばいいのかな……そう、召[よ]ばれた、かな」
「召ばれた?」
「ええ、その言い方が一番しっくりきますね。
俺は管理外世界から召ばれてこっちに来たんです。
尤も、ほぼ強制だったから拉致されたと言っても過言ではないんですが」
そんなヘビーな話題を苦笑交じりに話さなくても……
複雑な思いをしながら見ていたら、彼はそんな僕の様子に気付いたらしく慌てて手を振った。
「あ、いや、そんな顔しないで下さいよ。
俺がこの事を笑って話せるのは、召ばれた事自体は強制でも、今は納得して受け入れているからですし。
何より、あの世界でただ平凡に暮らしていくよりも多くの事を体験できてますから、結果的にプラスだったとさえ思ってるんです」
と、そこで突然彼は目線を床に落とした。
「ただ……気になってるのはあちらに残してきた母と弟の事なんですよ。
さっき言った通りほぼ強制召喚されたので、あっちから見れば突然消えた事になりますから」
「独自行動が可能で管理外世界に行く事が多い執務官なら、里帰りさせやすいと思って資格を取らせたのよ。
ただ、中々機会が無くて今まで帰せなかったのだけど」
そこまで言ってから議長は彼をジト目で睨む。
「尤も、仕事の虫が全然休暇を取らなかったせいと言うのも大きいわね。
この前労働組合に突かれて事務局員が泣いてたわよ」
「いやだって、引き受けたからにはきちんと最後までやらねえと……」
「休暇を取ればもっと早く里帰りさせられたのにねえ」
「うぐ……」
言葉に詰まった彼を見て、大きく議長は溜息をついた。
「なんでこの子はこんな年からワーカーホリックなのかしら」
「まあ、うちのクロノも似たようなものですし」
ぐっ、こっちまで飛び火したか。
僕としてはそんなに働いているつもりはないのだが。
「あら、クロノ君もそうなの? お互い苦労するわねえ」
「ばあちゃん!」
母親達の愚痴大会が始まりそうになった所でジンゴが大声で議長を諌めた。
僕としては彼に拍手喝采を送りたい。
あのまま行けば僕の耳にも痛い話になったに違いないから。
ジンゴの声で彼女は話が脱線した事に気付いたらしい。
少しだけ照れた顔で咳を一つして、続きを口にした。
「まあそんなわけで里帰りさせる機会を窺っていたのだけど。
今回アースラがあの辺りの航路担当になったと聞いてチャンスだと思ってね」
「途中関係ない話もありましたが、概ねばあちゃんが言った通りです。
もう長らく帰ってないので向こうじゃ行方不明か死亡扱いだと思うんですけど、せめて生存だけでも伝えたいと思いまして。
任務中近くまで行った時にでも転送させていただければ、と」
「そう、大変だったのね。目標地点はどこの管理外世界かしら」
「第九七管理外世界、通称“地球”です」
「地球、か」
こちらはすぐに該当するものを思い出せた。
なにせ地球という世界は管理局において非常に有名で、士官学校のテキストにも載っている特殊な世界だ。
管理外世界の例外として、必ず一度は講義で名の挙がる世界。
別段文化レベルが高いと言うわけではない。
ただ、魔法技術があるにも拘らず管理外世界に認定されているのだ。
管理外認定の理由はその魔法技術の独特さにある。
僕等の魔法技術は科学と融合し発達してきた、所謂超科学とでも分類されるもの。
つまり、魔力と言うエネルギーを科学法則に則って使用しているのだ。
しかし彼等のそれは違う。
術者の呪文詠唱により一から組み上げられる術式に魔力が通る事で発動する、科学の入り込まない奇跡。
このような魔法技術の発達の仕方は次元世界でも他に類を見ず、ひとえにその技術保護の為に管理外に認定し、干渉を最小限に抑えたのだと聞いている。
もちろん完全に放置しているわけではない。
地球の魔法使い及び政治家の首脳陣なんかには管理局の事が知らされており、協力体制が敷かれているのだ。
そう言う意味では楽にバックアップが受けられるので、管理外世界にも拘らず僕等が行動しやすい世界となっている。
あとは……なぜかロストロギアがよく見つかる世界としても有名だ。
「そう言えば、召ばれたと言っていたが、いったい誰に?」
そうして僕は一番聞きたかった事を聞いた。
もし次元犯罪に巻き込まれたのであれば辛い質問かもしれないが、彼は今は納得していると笑いながら話していたので大丈夫だろう。
「あー、誰と言うか、何と言うか……」
だが、僕の質問に彼は言葉を濁した。
そんなに答えにくい質問だったのだろうか、今のは。
「こりゃ見てもらった方が早いか…………おいで、ベオウルフ」
独り言の後、彼が右手人差し指につけている指輪に触れて呼びかける。
すると彼のすぐ左の床に見た事のない魔法陣が開かれた。
六芒星の外側をミッドチルダ式の丸い魔方陣が囲っているような形、か?
「見た事のない術式ね」
「ええ。こいつの先代の主が弄くり回したみたいでして。
元々こいつの術式はベルカ式だったはずなんですが、先代はベルカ式の適正がなかったらしいんですよ。
苦肉の策として、ミッド式でベルカ式をエミュレートした複合式を開発したそうです」
なるほど。
内側の六芒星はベルカ式魔方陣の三角形が重なった形なのか。
彼の説明を聞いていたら、その蒼色の魔方陣の中心から二〇歳位の青年が現れ、僕等の姿を認めると深々と礼をした。
身長は……かなり高い。
ジンゴと同じように短く刈り込んだ群青の髪に、澄んだ蒼眼が印象的な青年だ。
「彼の名はベオウルフ。
俺の持つロストロギア“王の剣環”の管制人格です」
言って彼、ジンゴは自らのパートナーを紹介すると、口元を不敵に歪め、笑った。
これが、この後長い付き合いとなる彼、ジンゴ・M・クローベルとそのパートナー、ベオウルフ。
その二人と僕、クロノ・ハラオウンの出会いだった。