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そうして、事件は終結した。
孝太郎君は結局、僕に礼を言って謝ってから、最期に何やら分けのわからない事を言って息を引き取り、その直後ビル階下では遅れてやってきた警官隊が突入。
彼等が僕達の所へやって来た時には、全て終わってしまっていた。
死者62名、犯人は死亡。
ニュースでは大々的にこの事が取り上げられ、半月程はこの話題で持ちきりだった。
彼の傷はどう考えても致命傷のものが多く見られ、最期に僕達が会話したと言う事実でさえも懐疑的だと囁かれる事となる。
だけど、あの時確かに彼は生きていて、僕と言葉を交わしたのだ。
最近では信じてくれる人も少ないけれど、課長だけは、
『お前がそう言うならそうなんだろうよ』
と言い、元上司の息子である孝太郎君の冥福を一緒に祈ってくれた。
世間の話題が流れるのは早い。
あの事件から3ヶ月、連日のように取り上げられていた当時が嘘のように、もはやニュースで孝太郎君の名前が挙がる事はなくなっていた。
「……お久しぶりです、良さん、亜季さん。報告、遅れてすみませんでした」
そして今日は6年前、あの事件があった当日で。
僕は1年振りに墓参りに来ていた。
持ってきた花を供え、線香に火をつけると手を合わせる。
しばらくしてから僕はそっと手を戻した。
去年まで綺麗に整えられた墓石は、よく見ると少し汚れていて。
墓石の周囲の雑草も増えている事が見て取れる。
ここに来て初めて、孝太郎君がマメに来ては掃除していたのだと思い当たった。
墓地に張り込みの刑事を置かなかったのは失敗だったのかもしれない。
……いや、彼の事だからきっと刑事の位置も見つけちゃうんだろうな。
漠然と、そう思った。
事実、彼はあの5年間、張り込み中の刑事には目撃されていない。
都内の各店舗に設置された監視カメラには大量にそれらしき人物が映っていたのだけれども。
どこも人の多い街の事だったので、彼が潜伏している場所を特定する事は叶わなかった。
多分、知っていたのだ、彼は。
都会に潜むのが最も見つかり難い、と。
「良さん……すみません。僕には、止められませんでした」
今日ここに来たのは、彼等に謝罪する為。
6年前の誓いを守る事の出来なかった自分を、戒める為。
「亜季さん、ごめんなさい。あなたは彼に世の中捨てたもんじゃないって教えたかったはずなのに、僕は孝太郎君を救い上げるどころかその命さえ守れませんでした」
一呼吸置いて、彼の心残りを伝える。
「孝太郎君は……あなた方の息子で幸せだったと、そう言って息を引き取りましたよ」
これはきっと意味のない懺悔だ。
なのに何故だろう。
今までずっと引っかかっていたけど胸の内にしまい続けていた言葉が、ぽろりと漏れ出してしまったのは。
「けれど……何故でしょうね。僕には孝太郎君が死んだなんて思えないんですよ。
確かにこの腕の中で、彼を看取ったはずなのに……」
手を見て、墓石を見て、それから空を仰ぐ。
6年前のあの夜とは違って、どこまでも青い、澄み渡るような空だった。
「ただ、どこか遠い所に行ってしまっただけな気がするんです。馬鹿みたいですよね?」
そう言って苦笑した。
だけどあの時、彼は僕には見えない何かを見て、会話をしていたのだ。
あの時は気が狂ってしまったのかと思っていたけど、僕に礼を言った時、彼の瞳にはきちんと理性の光があって。
「『契約成立』か…………まさかね」
よくよく思い出してみると、彼は最期にそんな事を言っていたのだけど、気のせいのはずだ。
第一、何と契約すると言うのだろう。
悪魔にでも連れて行かれたと言うのか。
仮にそんなものが存在していたとしても、孝太郎君がそんなものに乗るはずがないと、僕は自分の考えを一笑に伏した。
「……良さん、亜季さん、また来ますね」
そう残して僕は踵を返す。
瞬間、突風が吹き抜けて僕は良さん達の墓を振り返った。
三上家と書かれた墓石だけがそこにあって、だけども一瞬、誰かと繋がったような気がした。
「……元気でやれよ。君は、僕の弟分なんだから」
言って、はっと口を閉じる。
でもその時には自分が何を口走ったのかも忘れてしまっていて。
首を傾げながら考えてみるが、思い出せない。
そろそろ僕も年なのかな。
まだ若いつもりでいたんだけど。
苦笑し、墓地を後にする。
空は高くて、桜が芽吹き始める3月。
暖かな日差しによれよれのコートを脱ぎ去り、僕は再び仕事場へと舞い戻る。
さあ、このクソッタレな世界で泣く人が僅かでも少なくなるように、今日も頑張っていこうか。