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薄ぼんやりと見えてきた天井は、この一年で何度も見てきた物。
もはや、どこだと疑問も浮かんでこない事に苦笑しながら上半身を起こす。
やれやれ、事件の時はいつもこうだな。
……いや、以前はそうでもなかったから、単に海鳴が鬼門なのか?
詮無い事を考えながらも立ち上がると、ピピッと端末に着信。
メールだ。
「そう言やどんくらい倒れてたんかねえ」
呟き、医務室を出る。
アースラの廊下は相変わらず味気ない。
端末を開いて今来たメールを確認するとクロからだった。
どうやら倒れてからそんなに時間は経っていないらしい。
『闇の書管制プログラムからの進言について 作成者:クロノ・ハラオウン
闇の書防御プログラムの破壊により、無限再生と魔導書の主への侵食は一時停止。
しかしながら、歪められた基礎構造には変化がなく、本来の形も失われてしまっている為修復は不可能となった。
時をおけば再び夜天の魔導書が防御プログラムを作成し、主への侵食が再開されてしまう為、管制プログラム自身から防御プログラムが再生する前の夜天の魔導書完全破壊を進言された。
主については精密検査で問題なし。
侵食は完全停止、リンカーコアは正常に作動、下半身の麻痺については時をおけば回復するとの事。
守護騎士システムについてはすでに本体からの切り離しが終了しており、魔導書破壊時に消滅するのは、夜天の魔導書本体とその管制プログラムのみになる。
協議の結果、時空管理局はこの提案を受け入れ、管制プログラムの希望により消滅儀式の立会魔導師を派遣する。
時空管理局本局統幕議長直属執務官 ジンゴ・M・クローベル
時空管理局嘱託魔導師 フェイト・テスタロッサ
時空管理局民間協力者 高町なのは
以上三名』
そんな事になっているのかと文章に目を通していく。
ふとメールが大きくスクロールできる事に気付き、なんだろうとスクロールしていく。
目に入った最後の文に思わずくすりと笑みが零れた。
『p.s.僕はなのは達に説明する為食堂にいる。目が覚めたらさっさと来い、給料泥棒』
「ったく、おれが給料泥棒なら局員の半分近くは給料泥棒だっての」
ま、確かに今の長期任務についちゃ給料泥棒と言われてもしょうがないけど、合間にばあちゃんからの任務も受けてるし、仕事量自体はそう減ってねえしなあ。
ぶつくさと文句を垂れながらも艦橋へ向かおうとしていた足を返す。
食堂と言や腹減ったなあと下らない呟きを廊下に残し、俺はふらふらと歩いていった。
「私達は残る」
「シグナム……」
「防御プログラムと共に、我々守護騎士プログラムも本体から解放したそうだ」
どうやら事情説明も佳境らしい。
食堂でははやてとリインフォースを除く現場組み全員が集まって話していた。
シグナム、ザフィーラと順に発言をすると、最後にシャマルが口を開く。
「それで、リインフォースからなのはちゃん達にお願いがあるって言うんだけど……ジンゴ君、いないわね」
「あ、ジンゴ君は……まだ……」
「呼んだか?」
ばっと音がしそうな勢いで皆が振り向いた。
合計九対の視線に注視されれるのは流石の俺でも腰が引ける。
と、すぐに行動を起こした奴が一名。
「ジンゴ君! 無事でよかった!!」
「うおっと」
飛びついてくるなのはを受け止めきれず数歩下がった。
あ、あかん。
くらっときた。
「って!? まだふらふらだよ、ジンゴ君! 身体大丈夫?」
「あのな、心配するくらいなら最初から飛びつくなよ、なのは。
それと身体なら別に大丈夫だ。ふらついてんのは魔力不足のせいだからな」
ほんと? と何度も確認してくる彼女に仕方なく何度も返してやる。
ちなみにこの半年一緒にいて気付いたのだが、なのはのこうした行動に他意はない。
どうもなのは自身、こうした情緒的なものの読み取りがあまり上手くないようなのだ。
人の悲しみとかには敏感なくせになあ……
内心で嘆息すると唖然としているユーノに目を遣る。
とりあえず彼がなのはを気にしているのはわかるのだが、この分だとその気持ちが届くのは当分先になりそうだ。
シロさんの男が近場にいればそうした面も育つだろうと言う計画も、半分程度しか功をなしていない。
半分と言うのは、
「あ、えと……ごめんね、ジンゴ君」
「何が?」
「ふえ、その……いきなり抱きついちゃって……」
「……はあ。もう慣れたから構わねえよ」
一応後から自分の行動を思い出して恥ずかしいと思うようになった所だ。
できれば行動前に考えて踏み止まって欲しいのだが、そうなってくれるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「こほん……そ、その、話を進めていいかしら?」
「ああ、すまんなシャマル」
「シャマル、さん……それで、リインフォースからのお願いって?」
「ええ、その事なんだけれども……」
とりあえず問題のなかったはやては未だ寝たままではあるが、アースラスタッフの手によって海鳴の八神家に戻された。
そして今、俺となのは、フェイトは雪の降る中、ざくざくと新雪を踏みしめて丘へ向かっている。
海鳴の街を一望できる丘の上、彼女は立っていた。
そのまま近づいていくと足音で気付いたのか、彼女が振り返る。
「ああ、来てくれたか」
「リインフォース……さん」
「そう呼んで、くれるのだな」
「……うん」
なのはの戸惑うような呼びかけに、リインフォースは薄く笑みを見せた。
黙ってしまったなのはの代わりと言うわけではないが、今度はフェイトが口を開く。
「あなたを空に還すの……私達で、いいの?」
「お前達だから、頼みたい。
お前達のおかげで、私は主はやての言葉を聞く事ができた。
主はやてを喰い殺さずにすみ、騎士たちも生かす事ができた。
……感謝、している。だから最後は……お前達に私を閉じて欲しい」
「……はやては、未だ起きていないようだったが」
「はやてちゃんとお別れしなくていいんですか?」
「主はやてを、悲しませたくないんだ」
「……リインフォース」
悲しげに彼女を見るフェイトとは異なり、どうしてもなのはは納得がいかない様子だ。
「でもそんなの、なんだか悲しいよ」
「……お前達にもいずれ分かる。
海より深く愛し、その幸福を護りたいと思える者と出会えればな。
お前なら分かるだろう、アストラの主よ」
「……そうだな」
すまなそうにするリインフォースに自嘲の混ざった返事をする。
なのはとフェイト、二人の視線が突き刺さるが気にしない事にした。
リインフォースがすまなさそうなのは、恐らくベオを通じて俺の夢を垣間見てしまったからだろう。
俺の特異性の原因は、半分以上があの夢で分かってしまうのだが、どうやら彼女は秘密を抱えたまま消えるつもりらしい。
「すまない」
「別に構わねえよ。でも……そんな俺だからこそ、言える事はある」
今のお前のように、あいつを残して逝った俺だからこそ、言える事もある。
その事を、今はただ誇ろう。
先人として、悲しみの痕が大きくなりすぎないように。
それが今、俺に出来るただ一つの事だから。
俺と彼女の会話に、なのはとフェイトは顔に疑問符を浮かべる。
当然だ。
なんの事か分からないようにわざと中核を抜いて話していたのだから、俺達は。
「傷はどんなに大きくても、生きてる限りいつかは癒える。
だけどな、深ければ深いほど、痕になって残るんだ。
それを少しでも浅くする為に……一目でいい、会ってやれないか?」
正直、あいつに深すぎる痕を残したであろう俺の言えた台詞ではない。
あいつの為に命を捧げる事が、逆に傷を深くしてしまうなんてあの頃は思ってもみなかった。
だからせめて、同じ事を行う事にしても、長い目で見て傷が浅くなるようにしてやって欲しかったのだ。
しかし、リインフォースは俺の言葉に静かに首を振った。
「お前の心遣いはありがたい。だが、主はやてに会ったら揺らいでしまいそうなのだ。
主はやてにはお前達のような友がいる。守護騎士達もいる。
皆が……主はやてを支えてくれると信じている」
「……そう、か」
さくさくと背後から足音が聞こえ、守護騎士の面々がやってくる。
俺は無言で右腕を振るい、地面に召喚陣を展開した。
「何を?」
「俺は今魔力がギリギリだからお前を送ってやれそうにない。
だからせめて、昔の同志を参加させてやろうと思ってな」
陣の中央から俺の半身が姿を現す。
ベオはすっくと立ち上がると、リインフォースの前で立ち尽くした。
どう声をかければいいのか迷う素振りを見せたベオに、彼女は先んじて声をかける。
「久しいな、アストラ」
「ああ。……リインフォース、でいいのか?」
「そう呼んでくれ。今の私はリインフォースだ」
「そうか、リインフォース。……本当に、久しぶりだ」
「そうだな。まさか一〇〇〇年の時を越えて、再びお前に会えるとは思ってもみなかった」
嬉しそうに彼女が言うと同時、守護騎士達が丘に到着する。
口々に挨拶を交わす彼等に背を向け、街並みから空へ視線を移して、リインフォースが終わりの始まりを告げた。
「そろそろ始めようか。夜天の魔導書の────終焉だ」