[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
実際出頭したとしても降格と一定期間の減棒程度だろう。
それを考えれば俺の提案の方が遥かに面倒だと思うが?」
「ふむ……額面だけ受け取れば確かに、な。
つまり君は私にもっと働けと言いたいのだね」
「当然。
あんたは罰を受け、それを清算したら大方隠居でもするつもりだったんだろ?
誰がそんな簡単に楽にしてやるかよ」
あんまりな俺の言葉に青ざめるクロノをよそに、ミスターは心底面白そうにくつくつと笑った。
「老兵はただ去るのみと思っていたのだがな……
いいだろう。こんな私でも次世代の礎となれると言うなら喜んでその役目引き受ける」
「感謝を」
立ち上がり握手を求める。
ミスターも迷いなく俺に手を伸ばして。
厳つい彼の右手をがっちりと握り、俺達は不敵に笑い合った。
右手に感じるごつごつとした感触。
苦労してきた、自分の信じる道に力を注ぎ続けた人間の手だ。
こう言う手をした人は……信じられる。
例えそれが外道の所業であったとしても、自らの信念に則り突き進める人間の掌だと感じた。
『欲しいのは泥にまみれてなお前へ進む意思を捨てない人材』
数日前に聞いた言葉が脳裏に甦る。
ならばあの人は俺なんかよりむしろミスターを誘うべきだろう。
「面白い成長をしたな、ヴェインの息子は」
「ミスターは老け込んだな」
「11年も経てば人は変わる。
尤も、一気に老け込んだのは計画を実行せずに済んだ後だがね」
ミスターの顔に浮かぶのは失笑。
恐らく自分に向けたものだろう。
だけれども『実行しなくてすんだ』と表現する通り、彼はどこか安心したように見える。
やはり、自らの願いの為に誰かを犠牲にすると言う方法は、ミスターに大きな負担を強いていたのだろう。
彼は、俺なんかよりも余程実直な人間だから。
俺の手を離すとミスターはクロノの方を向いて深々と頭を下げた。
「すまない、クロノ。
私はここでお前に捕まるわけにはいかなくなったようだ」
「……被害者が訴えないと言うなら事件そのものがなかった事になります。
執務官としては捕まえるべきなんでしょうが……ボク個人としては同じ志の人間が減らない事の方が助かります。
まだまだ提督には教わりたい事が沢山ありますから」
そう言ってクロノは苦笑気味の笑みを零す。
この約1ヶ月でクロノも随分と柔軟になったよなあ。
再会したばっかりの時にゃ管理局的な考え方でガチガチに固まってたんだけど。
尤も、それも俺が行方不明にならなかったら防げた事態だったのかもしれない。
俺の知る限りクロノの周りには局員かそれに準ずる人間しかいない。
他の見方をする者がいなければ、似たような考え方になっていくのは必然だろう。
もちろん、かもしれない可能性であると言う点は見逃してはいけないのだが。
流れを1度切る為にこほんとわざとらしく咳払い。
話についていけず、ぽかんと俺達を見ていたなのはに笑いかける。
呆としていたなのははゆっくりと俺に焦点を合わせ、ぁ、と呟きを漏らした。
「さて、ミスター。改めて自己紹介をしよう。
8年前地球に落ちた俺は現地で養子入りしてね。
今はアラン・F・高町と名乗っている」
軽く隣を肘でつつくと、なのはが慌てて立ち上がる。
「さっきも紹介したけどこの子は俺の妹で──」
「たっ、高町なのはです。よろしくお願いしますっ、あたっ」
勢いよく頭を下げたせいでテーブルに頭を打ち付けてしまう。
赤くなった額を押さえ、誤魔化すように笑うなのはにミスターが苦笑した。
────────interlude
よく、わかんないな……
ここはギル・グレアム提督の執務室。
先程まで室内に流れていた緊迫した空気はすでに存在しない。
私の目の前ではグレアム提督とお兄ちゃんがにこやかに提督推薦の紅茶について語らっていた。
どうしてさっきまで敵対していたはずの人とこんな風に振舞えるのかがわからない。
どうしてお兄ちゃんがグレアム提督の計画を完全否定しなかったのかもわからない。
わかっている事と言えば、今回の事を通してお兄ちゃんが私に何か伝えようとしている事と、襲撃事件をネタに提督と取引した事だけ。
お兄ちゃんが出した条件は3つ。
1つ、リンディさんの主導する大掃除に手を貸す事。
抽象的に話されたせいでよくわからなかったけど、多分悪い事じゃないんだと思う。
多分、と言い切れてしまわないのは、今はお兄ちゃんの考えている事がわからないからだろうか。
1つ、今後15歳以下の魔導師が管理局に就労した場合、身体の成長に応じた環境を整える事。
多分、私達の事を考えて提案したんだと思う。
それだけじゃないのかもしれないけど、お兄ちゃんの念頭には私やフェイトちゃんの事があったはずだ。
1つ、今回の事件について、グレアム提督の口からはやてちゃんに真実を話す事。
尤もこれについては今すぐと言う事ではなく、もう少しはやてちゃんが成長して事実を受け止められるようになるのを待つらしい。
たったのそれだけで、お兄ちゃんは死に掛けたあの襲撃事件をなかった事にした。
恐らく、この3つの中にお兄ちゃん自身に返ってくる条件は1つも存在しない。
どうしていつも自分の身を鑑みないのか。
それを思うと涙が出そうになるけど、気合で堪えた。
「なのは、どうかしたか?」
「ううん、なんでもないの」
心配したように私の顔を覗き込んでくるお兄ちゃんに、空元気だと自分でも分かる笑顔を返す。
だけど、きっと見抜かれてしまったんだろう。
お兄ちゃんは少し困ったように眉を落とすと、私の頭をくしゃりと撫でた。
「高町なのは君、だったね。
アラン君の妹と言う事は、君はアラン君が落ちたと言う第97管理外世界の出身かい?」
「あ、はい。日本出身です」
「そうか、地球か……懐かしいな。私も地球出身なのだよ。イギリスの出だ」
「そうなんですか?」
打って変わって好々爺とした雰囲気のグレアム提督が、話にまったく加わっていなかった私を気遣ってか話を振ってくれる。
いい人なのだろう、とはわかる。
クロノ君の教官を務めていた事もあるらしいし、私のような子供にもきちんと上からではなく対応してくれる。
彼と簡単な会話をしながらも、頭の片隅で思考を回した。
私は、お兄ちゃんのあの姿を忘れたわけじゃない。
だけど、お兄ちゃんが気にしていない以上、私がこの事で彼を責める事はできない。
それが私にストップをかける。
目の前にいる人は、決して敵と言うわけではないのだ、と。
だけど、理性が納得した所で感情は別だ。
いい人なのだと理解する傍らで、彼に対する忌避感は確実に存在していた。
どうして、お兄ちゃんは平気なのかな……?
襲撃自体はグレアム提督にも予想外の事だったらしい。
だけど、普通なら自分の命を脅かした人に対してこうも笑いかけられるものだろうか。
ふと頭をよぎった考え。
それにぞくりと背筋に悪寒が奔った。
もしかしたら、お兄ちゃんは自分の命をそんなに重いものだと考えていないのかもしれない、と。
それとも、もっと他の理由もあってお兄ちゃんは今のような態度をとっているんだろうか。
私が大人だったら、それも理解できるんだろうか。
わからない。
わからないよ、お兄ちゃん。
だけど、聞けない。
ここから先は私自身が考えなければならない事だと、お兄ちゃんはわざわざ前もって断っていたのだから。
社会勉強、これから先も続くんだよね……
これが1番最初の勉強なのに、もうすでに挫けてしまいそうだ。
こんな事が続いていったら、耐えられないかもしれない。
改めて、今回の事件を頭の中で纏める。
『色んな人の想いがあって、色んな人の考えがある』
お兄ちゃんが部屋に入る前に言っていた事。
それが、社会と言う所だと。
グレアム提督はよかれと思ってはやてちゃんごと闇の書を封印しようとした。
闇の書は非常に危険なロストロギアだ。
その危険性を、提督は11年前の事件の時目の前で見て、誰よりも知っていた。
なる程、振り返ってみれば私達がリインフォースさんまで辿り着いたのは偶然の積み重ねによる産物だったのかもしれない。
1つ2つなら偶然で済まされるけど、沢山の偶然が積み重なればそれは奇跡だ。
奇跡的にはやてちゃんは死の危険から免れ、そして遠からずリインフォースさんも無害な形で復活する。
だけど、その不確定に賭けらる人間がどれだけいるのかを考えると、私は答えを出せそうになかった。
出したく、なかった。
提督の計画を否定できなくなると思ったから。
大人って、難しい……
今回の事で結論が出せた事と言えばこの程度だろうか。
お兄ちゃん自身、この1回だけで全ての結論を出せとは言わないだろう。
勉強期間は半年あるのだから、その中でゆっくりと自分なりの答えを探していくしかないのだ。
誰も、答えなんか教えてくれないのだから。
結局私は何も掴む事ができないまま、今回の事件を終えてしまう事になる。
でも……焦っても仕方がないよね?
最後に、考えている途中で感じた寒気から私は意識的に目を逸らした。
────────interlude out
「それでは、失礼します」
「ああ、私もまだまだこれから頑張るからね。
何か困った事があったらいつでも力になるから相談してくれ」
「ありがとうございました」
最後に深く礼をして、俺達は部屋を辞した。
「……悪かったな、クロノ」
「いえ。あの時も言いましたが、これでよかったんだと思います。
法の番人としては失格かもしれませんが、ボク個人としては1番良い形に収まったと思いますし」
部屋を出て最初に行ったのはクロノへの謝罪。
彼に関する資料を任務内として調べてもらったにも関わらず、結局訴えない形で収めてしまったのはまずかっただろう。
クロノ側からすればまったくとまでは言わないが、無駄足になってしまったのだから。
「事件をわざと見逃したのはあまり褒められた事ではありませんが、長い目で見ればプラスに働きます。
先生もあまり気にしないで下さい」
「そう言ってもらえると助かる」
それでもまだ先生と慕ってくれるこいつに深く感謝した。
クロノが困ったように笑い、しばし俺達の間に無言の時が流れる。
気になるのはいつもより口数の少ない妹の事。
なのはは、俺の隣で何かを考えるかのように少し俯きがちでいて。
時々首を捻ったり振ったりしている事から、相当思考に没頭している事が分かる。
なんだかそれが面白くて、クロノと2人なのはを観察していたらはっとなのはが正気に戻った。
「ふえっ!? お兄ちゃんもクロノ君もなんでこっち見て笑ってるの!?」
「いや……なあ?」
「ええっと……ボクの口からはちょっと……」
「にゃあああああああっ、お願いだから目を合わせてようっ」
思わずといった様子で目を逸らしたクロノへなのはが頬を膨らます。
流石に言えるわけがない。
なのはの一人百面相が妙に笑えただなんて。
真剣に考え事をしていたようだから、そんな事言ったらこいつは確実に凹むだろう。
「そう言えば、どこに向かってるの?」
「アースラだ」
「えっ!? だってこの前はアースラが使えないからフェイトちゃん本局にいたんじゃなかったの?」
「内部整備は最優先でやってもらってるからね。
先生が入院して2日目にはもう設備を使えるようになってたよ。
出港できるようになるにはもう少し時間がかかるけど、それもあと数日くらいのはずだ」
「ふええ、そうなんだあ……」
あと数日か……
少しだけ考える。
できればクロノ達が本局付近にいる時に嘱託認定試験を受けた方がスムーズなはずだ。
しかし、できる限り早くやらなければならない案件も海鳴にはある。
頭の中で手早く予定を組み替えると、おもむろに口を開いた。
「クロノ、試験なんだがな」
「あ、はい。まだ希望日がどの辺りとは決まってないとの事でしたが」
「存外に俺の記憶力はよかったらしい。少しテキスト読み返すだけで済みそうなんだ。
そんなわけで準備期間自体はあまりいらないんだが……」
「それなら早めに──」
「その前にやらんといかん事もある。魔導書の件だな。
色々と向こうに課題を置いてくる時間が欲しいんだが、クロノ達が出港する前日辺りに組み込めないか?」
「前日ですか……」
「忙しいか?」
「いえ、忙しいのはボクや艦長ではなく、オペレーター達ですから大丈夫と言えば大丈夫です。
問題は試験官がつかまるかどうか、ですね」
腕を組み眉間に皺を寄せたクロノにすまんと謝った。
相当無理を通してもらおうとしている自覚はあるのだ。
「できなさそうならもう少し後、クロノ達が本局付近を通る時で構わないが……」
「いえ、それだと先生が嘱託を取得するまでに時間がかかりすぎてます。
実は艦長が先生に担当してもらう仕事をあれこれピックアップしてまして……」
「あの人はまた……取らぬ狸の皮算用って諺知ってんのかなあ」
「……知らないと思います。ボクもその諺は初めて聞きました。地球の諺ですか?」
「ん、そうか。これって日本的言い回しだからな」
ああだこうだ話をしながら停泊ドックへ移動していく。
終始無言のなのははまた思考に沈んでいるくさいが、どうやら原因は俺達の会話についてこれなかったかららしい。
少し、悪い事をしたかもしれない。
そんな事を思いながらアースラに乗り込むと目の前を金色がよぎった。
「あれ……なのは? それにアランも。どうしたの?」
「フェイトちゃん!」
「フェイト、もう出歩いてもいいのか?」
「うん、リンディ提督とクロノにアースラの中なら自由にしてて構わないって言われてるから」
「もう今日の訓練は終わったのかい?」
「今日はもう終わりにするよ、クロノ。
嘱託認定試験ももうすぐだし、あんまり無理すると疲れが溜まっちゃうから」
クロノの質問にフェイトはこくりと頷き、なのはと再会を喜び合う。
つい数日前もあったばかりだと言うのに何度でも盛り上がれるんだから女の子ってやつは凄いのかもしれない。
「なのは」
「何? お兄ちゃん」
「クロノとこれからの予定を詰めるからしばらく話してていいぞ。
帰る時間になったらまた呼ぶから」
「ほんとっ!?」
目を輝かせて言う妹に軽く頬を緩ませて。
少しだけなのはの耳に口を寄せて小声で呟く。
「悩んでる事があるならフェイトに相談するのもいいだろうしな」
びくりと肩を震わせ、ほぼ反射的になのはは顔を上げた。
その瞳に映っているのは驚愕、だろうか。
「え、と……いいの? と言うかお兄ちゃん、気づいてたんだ」
「何年お前の兄貴やってると思ってるんだ?
それに俺は誰かと相談するのを禁止した覚え、ないなあ」
それでも浮かぶのは苦笑い。
確かにあの言い方でそこまで察せと言うのは酷だろう。
なのはは俺の言葉を吟味するよう何度か反芻してからこっくりと頷き、
「フェイトちゃん、これから時間大丈夫かな?」
「うん、いいけど……」
迷うように俺を見てくるフェイトに行ってこいと手を振ってやる。
「ね。お兄ちゃんもいいって言ってるし。
ちょっと相談と言うか話したい事もあるから」
「……じゃあ、私の部屋に行こう」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるなのはと穏やかな微笑みを浮かべるフェイト。
どうにも微笑ましく、そしていいコンビに俺の目には映る。
嬉しそうに手を繋ぎ去っていく2人の背を見送って。
完全になのは達の姿が消えてから俺は意識を切り替え、今まで余計な事を言わず傍観していたクロノに振り返った。
俺が何を話そうとしているのか、すでに心得ているようにクロノは無言で首を縦に振る。
「さて……宣言通り予定を詰めるとしようか。
どこか邪魔の入らない場所、あるか?」
「……艦長の部屋なら、恐らく。実は許可は朝の内に取ってあります。
あそこなら他に情報が漏れる事もありませんから」
準備いいな、こいつ。
それは付き合いの長さがなせる業か。
それともクロノ自身が培った洞察力の賜物か。
会わなかった期間の方が長い事を考えれば後者の方が有力。
どちらにせよ俺がこうして予定を相談する時間を取ると予想していたのだろう。
元教え子の成長に喜びを感じながらもそれを表に出す事はしない。
もうとっくにこいつは俺の手から離れていってしまっているからだ。
なんにせよ……もう一息だ。
もう一息頑張れば、なのはもはやても、フェイトも普通に笑っていられるようになる。
俺は内心を隠したまま、どこか緊張気味のクロノに頷き返すと、並んでアースラの廊下を歩いていった。