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カタカタとコンソールを叩く音だけが響く。
端から見れば俺の瞳にも文字が映り込んでいるのだろう。
他に誰もいない部屋でキーボード音だけが響いて、
≪...70%...80%...90%...complete≫
「ふう……まだ3つ目か。先は長いな」
否、この場にいるのは俺だけではない。
ドラッケンの冷静な声に俺は額の汗を拭い、古びた椅子の背もたれに寄りかかる。
ぎしり、と鈍い音がして、何度目になるかわからない、壊れたりしないよなと言う疑問が脳裏をよぎった。
軽く伸びをしながら煤けた天井を見、室内をぐるりと見渡す。
もう遥か昔に打ち捨てられたようなボロボロの研究室。
そこに俺達はいた。
昨夜から俺とドラッケンはこの管理局の保有する第21無人実験場に泊り込んでいる。
目的はもちろん、リインフォースの人格プログラム抽出と夜天の書の完全フォーマットだ。
≪それでも今の所は順調です。
1番難しい所は越えましたし、ここのコンピューターも思っていたよりまともでしたから≫
「まあ、そうだな。お前を繋いでるおかげで最新式と変わらん程度の処理速度は出てるし」
≪私は動きにくくて大いに不満ですけどね。リインフォースさんの為ですから、我慢はしますが≫
相棒がぽろりと零した文句に苦笑い。
どうにもこいつは1度繋がった影響か、リインに親近感を抱いているらしい。
当のリインはといえばいまだ封印状態、小さな銀玉の状態にある。
尤もこの銀玉の封印式は元々俺が組んだ術式なので、ドラッケンの処理能力を介して術式に干渉、更にその内側に封じ込まれているリインのプログラムを弄ると言うなんとも回りくどい作業形式になっている。
周囲に何もない世界とは言え、流石の俺も封印を解いて作業する勇気はなかった。
「いや本当に感謝してるって。お前がいなかったらリインと会話する事もままならねえしな」
≪そもそもこんな処理能力を必要とする作業を実行しようとするキングがおかしいんですけどね≫
「それは言うな」
仕方ないだろ、必要な事なんだから。
痛いところを突かれて頭をガシガシと掻き毟る。
実際リインフォースと会話をすると言ってもそう複雑な言葉のキャッチボールが封印状態の彼女にできるはずもなく。
ドラッケンを介して質問を俺が打ち込み、リインがYES、NOで返事をする、ただそれだけしかできない。
最初は主であるはやてを護る力がなくなってしまう事を渋っていたリインではあるが、家族として迎えたいと言うはやての言葉を伝えるとなんとか承諾してくれた。
色々と事が大事になってきていただけに、無事承諾をもらえてほっとした俺である。
≪さて、もう少しいけますか、キング?≫
「ああ。今日中に人格プログラムのサルベージまではいきたいからな。
このペースならなんとか──」
『今、大丈夫かしら、アラン君?』
休憩を終わりにしようとした所で声がかかった。
緑の髪に優しげな顔立ち、青い制服。
言わずと知れたリン姉だ。
作業を再開しようとしていた手を止め、現れた通信モニターに向き直る。
「ああ、丁度休憩中だった」
『そう、悪いわね、忙しいのに。嘱託魔導師認定試験の手筈が整ったのだけど……』
「いや、無理言ったのは俺だからな。うん、作業をまとめてもう一度完全封印を施すから──」
≪アースラへの転送時間も加味して1時間と言った所ですか≫
「だとさ。それでも大丈夫かな?」
『ええ、大丈夫よ。アースラから一度本局まで移動するけど大丈夫?』
「……ま、大丈夫だろ。局内で俺の顔をきちんと知ってる人なんて、それこそリン姉達くらいだし」
『ふふっ、有名人はつらいわね』
くすくすと笑う彼女と1時間後に、と約束し通信を切る。
俺はその場で軽く腕を回してから、再度コンソールに向き直った。
「っしゃ、いっちょやるか!」
≪頑張ってください≫
「頼りにしてるぞ、相棒」
にかっと笑って話しかけると、ドラッケンは任せろとばかりに明滅した。
────────interlude
プシュンと空気の抜けたような音がして扉が開く。
部屋の中にはここ最近顔を合わせる事が多かった人物が2人。
片方は私の旧知の友人だ。
「レティ、今回も見学?」
「ええ。この短期間で2人も試験に推薦するなんて異例だもの。彼が……今回の?」
「そうよ。アラン・F・高町。第97管理外世界の出身ね」
モニターに映る少年を見つめる。
年の頃はつい最近試験を受けたフェイト・テスタロッサと言う子よりは少し上と言った所か。
第一印象を一言で言えば銀色。
短く刈られた銀髪と、その腕に鈍く輝く銀の手甲が印象的だ。
眼つきは、この年頃にしては少々鋭いと言うか悪い気もしなくもないが。
手元に渡された資料を見て私は目を丸くするのを止められなかった。
「また筆記はほぼ満点なのね。
まったく、貴女が連れてくる子はいつも優秀。どうやって見つけてるのかしら」
「あははー、アランさんが優秀なのは当然ですよ。なんたってクロノ君のお師──」
「エイミィ」
「っと、すみません」
モニターから目を離さずに話していたエイミィの言葉を、私の親友であるリンディが遮る。
その言葉にはどこか咎めるような響きがあった。
なるほど……つまり今回もわけありってわけね。
人知れず内心で呟き、画面内の少年を再び見る。
彼は空中で静止し、目を瞑ったまま詠唱を行っていた。
現在は儀式魔法の実践中らしい。
いまだ幼いと言える域にある少年とは思えないほど朗々とした詠唱。
そう言えば前回の試験もこの辺りから見たんだったかしら。
リンディが目をつけてきた子供……お手並み拝見って所ね。
『風よ、風よ、我ひとたび汝の力借り受けん。
逆巻け旋風、空の理 今その力解き放て』
「……珍しい詠唱ね」
「彼はミッドでも極少数しか見つかっていない風の魔力変換資質持ちなのよ。
天候操作系には当然風に関するものを持ってくるわ」
「そう」
『うねれ 大気、召ばれるがまま ただ猛れ』
詠唱にぶれはない。
唄われるよう紡がれた言霊はただただ魔力を滾らせて、
『ラストタイクーン』
≪last typhoon≫
瞬間、暴風が世界を支配した。
荒れ狂う嵐の中、ただ悠然と宙に留まる少年の姿は、何者にも動じない王の姿を思わせて。
不覚にも一瞬見とれてしまった。
「……彼、本当に管理外世界出身?」
「レティ? 何か気になる事でも?」
「いえ、ただ管理外の住人が偶然魔法を手にしたにしては、発動までの動きが慣れすぎているし……何より術式にも淀みがなさ過ぎるわ」
私の言葉に親友は苦笑し、少なくともアラン・F・高町は管理外世界出身だと告げた。
強調された彼の名前にどんな意味があるのか。
流石にこの少ない手持ちの情報で私にわかるはずもなく。
儀式魔法4種確認と言葉に出したエイミィの声に我に返った。
「オッケー。アランさん、1時間ほど休憩を挟んで最後の模擬戦になります。
お弁当、持ってきてますか?」
『エイミィ……さっきまで俺がどこにいたか知ってて言ってるだろ?』
「あはは、ばれました? 私がお昼持って行きますね。
食堂の定食になっちゃいますけど大丈夫ですか?」
『この際文句は言わんさ。B定食をよろしく』
「すぐ持っていきまーす」
なんて言うか見た目とそぐわない喋り方をする子ね。
……それが似合っているのがなんとも言えないけど。
アランと呼ばれた少年と短い会話を交わしたエイミィは、私に軽く頭を下げて廊下へと出て行った。
話の内容通り食堂に行ったのだろう。
私はモニター内でくつろぎ始めた少年を見ながらリンディの隣に座る。
「敬語なのね」
「え?」
「エイミィよ。この子、貴女の所のクロノ君より多分年下でしょう?
エイミィとも年が離れているはずだし……それなのに彼女が敬語を使っている事に違和感があって」
「……色々と、複雑なのよ」
溜息混じりに言ったリンディの表情は言葉の通り複雑そうで。
思わず眉を顰めてしまう。
「まったく、わけありの子ばかりを引き受けて……貴女、本当に損な性格よ?」
「違うわ、レティ」
え、と声が漏れた。
即座に否定された事に驚き見た親友の横顔は、真っ直ぐ画面に映る彼の姿を見つめていた。
「逆なのよ。本当に損な性格をしているのはあの子の方」
「逆……?」
「私は……いえ、私達はアラン君に数え切れない程の恩があるの。
なのに彼はそれ以上の力になってくれようとしている。……今は、これだけしか言えないわ」
「恩、ね……」
私も彼女に倣ってモニター内の少年を見つめる。
丁度エイミィがトレイを持って現れ、彼が礼を言いながら定食を受け取った所だった。
そう言えばどうして本局食堂のメニューを把握していたのかしら。
彼の先程の物言いから言って、あの銀色の少年が本局で長くを過ごしていたとは思えない。
第一、本局に民間魔導師が留まっていたなら通達が私の所にも来ていたはずだ。
現に今朝は嘱託魔導師認定試験を受けにくる者がいると通達が来ていたし、フェイトさんが留まっていた時もそうだった。
不審者と間違われるのを防ぐ為の通達だ、漏れがあるはずがない。
「ぁ……」
小さな呟きはリンディの耳には届かなかったらしい。
そう言えば彼の名前をどこかで聞いた事があると思ったら数日前に聞いたばかりだ。
確か本局附属病棟に入院するとかしないとかで。
その数日後に同じ高町の苗字を持つ子も本局にやってきていたはず。
とは言え、
問い詰めても答えそうにないわね、これは……
リンディは酷く思い詰めた顔で少年を見ていた。
少なくとも彼女が言った台詞に嘘はないのだろう。
仕事中ならともかく、現在の半プライベートな状況で彼女が私に嘘をつくとは考え難い。
じっと私が見詰めていた事に気づいたのか、彼女は私の方を向くと眉尻を落とした。
「信用できないかしら?」
「……いえ、貴女が連れてきた子だもの。信じるわ」
と言うより信じたいのが実際だ。
リンディがここまで言う子供を疑いたくなどない。
私の様子に彼女はくすりと笑みを零し、そして続けた。
「本当に、いい子なのよ。それこそ何もかもを背負って、潰れてしまいそうになっても前に進もうとするくらい」
「それは……心配ね」
「ええ。時々……ではないわね。いつも、もっと楽な生き方をすればいいのにって、そう思ってしまう程」
「リンディ……」
零れ出た声には親友に対する気遣いが篭っていた。
それほどまでに今の彼女は普段見せないような悲しみを見せていて。
私の様子に気付いたのか、彼女は僅かながらにも笑みを浮かべ、
「とは言え私の言葉だけじゃなんでしょう? 会ってみる、彼に?」
興味がないと言えば嘘になる。
私は、昼食を終えゆっくりとストレッチを始めた少年を見据え、はっきりと首を縦に振った。
────────interlude out
「……あれはもうある種のいじめだろ。どこの世界にAAの、しかも嘱託試験の模擬戦にAランクを4人も投入する人間がいるんだよ」
≪少なくともミッドチルダにはいる事が証明されましたね。いいじゃないですか、勝ったんだし≫
「こっちは制限だらけで冷や冷やしたっつうの」
ごきりと首を鳴らしながらバリアジャケットを解除する。
しっかりと記録の残る嘱託魔導師認定試験。
俺特有の血界陣を使うわけにもいかず、ましてや龍眼の使用など論外。
純粋なミッド式とベルカ式、あとは風を使ってなんとかしのいだと言う所。
相手があと2人も多ければ危なかったと思う。
≪まあ最近のキングは戦い方がらしくありませんでしたし。いい機会だったんじゃないですか?≫
「ドラッケン、それってどう言う──」
『アランさーん、結果発表もあるんでじゃれ合ってないで早めに戻ってきてくださいねー』
「ん、ああ、わかった。すぐに戻るよ、エイミィ」
遮られてしまった質問を再度相棒に投げかけるが、返ってきたのは、
≪そもそもミッド、ベルカ両式を扱える時点で結構な規格外なんですけどね≫
と言う愚痴のような台詞だけ。
なんとなく消化不良を起した気分になりながらも備え付けの転送ポートで俺は本局に舞い戻った。
「リン姉、結果って……っと、失礼しました」
リン姉とエイミィしかいないと思っていた室内にはもう1人俺の知らない人物がいた。
紫の長い髪を首の後ろで1つにまとめ、眼鏡をかけた優しげな顔立ちの女性。
青い制服から提督かそれに准ずる階級、もしくはそれ以上を想定し態度を正す。
できるキャリアウーマン風の凛とした表情をしていた彼女は、俺の姿を認めるとふっと目元を緩めた。
「そう堅くならなくてもいいわ。今は半分プライベートのようなものだし。
初めまして、時空管理局本局運用部レティ・ロウラン提督です」
「ご丁寧にありがとうございます。
自分は第97管理外世界出身、民間協力者のアラン・F・高町と申します」
差し出された手をがっちりと握る。
後ろで、うわー、敬語使ってるアランさんとか激レアと呟いているエイミィは無視。
大体俺でもTPOくらいはわきまえている。
敬語は使うべき人にしか使わないだけだ。
その間もロウラン提督はまじまじと俺を見ていた。
少々、いやかなり気まずい事この上ないが、手を握られている状態ではいかんともしがたい。
居心地悪げな俺の様子に、提督は苦笑の形にその眉目を歪めた。
「ごめんなさい、不躾だったわね。
リンディが気にかける子がどれほどなのか、気になってしまって」
「えっと、リンね……リンディ提督とロウラン提督はお知り合いで?」
慌てて呼び名を正すと彼女は心底おかしそうに微笑んで、
「ええ、訓練校時代からの親友なの。
だから貴方もいつも通りにしてくれて構わないわよ?」
「はあ……まあそう言う事なら」
実を言えばこの手の女性は少し苦手だ。
母さんと同じで何もかも見透かされているような気分になる。
リン姉にそれがないのは、まあ、付き合いの長さがなせる所業だろう。
どうするか少し考えた結果、彼女の言葉を額面通りに受け取る事にし、失礼にならない程度に肩の力を抜く。
そんな俺の様子に満足そうに頷いたロウラン提督は場所をリン姉に譲った。
リン姉の顔に浮かんでいるのは呆れ、だろうか。
「まったく貴方って子は……Aランク4名を試験に回すのは本当に苦労したのよ?」
「いやまあ、結構ギリギリだったって。
実際タケミカヅチがいなきゃ危なかった場面も沢山あったし。
本当は使わないつもりだったんだけどさ」
「あれでも連携には定評のあるチームだったのよ? そちらを使わずに完封されたら流石に問題があるわ」
「艦長、仕方ありませんよ。アランさんですし」
「……そうよね、アラン君だもの」
頬に手を当ててやれやれと溜息をつくリン姉に、ひくりと口元が引き攣るのがわかる。
と言うよりエイミィ、お前もシャマルと同じなのかとサシで問い詰めたい。
やっぱり実行する勇気はないけれど。
「筆記は問題なし。戦闘技能も……少し攻撃等に比重が傾いているけど非常に有能。
ねえ、高町君、どうしてAAランクだったのかしら?」
「どうして、とは……? 自分の魔力資質ならこんな程度だと思いますが」
「さっきの模擬戦で見る限りAAAでも取得は可能だと私は思うわ。何か理由が?」
問いかけるロウラン提督の表情は純粋に疑問に思っているようだった。
ちらりとリン姉達を見遣るとはっきりと彼女達は頷く。
つまり、ロウラン提督は信用に値すると言う合図。
それだけで全てを信じるわけにはいかないが、当たり障りのない範囲なら問題ないと判断した。
「まあ、一応理由は存在しますが」
「聞いてもいいかしら?」
「AAAなんて取得してしまえば、リン姉が俺を引っ張りにくくなるじゃないですか。
それだと目的とズレてしまうんです」
「目的……?」
「ええ。自分の妹がフェイトを手助けしたいって言ってまして。あ、フェイトって言うのは──」
「アラン君、大丈夫よ。レティとフェイトさんは面識があるから」
そうなのかと目線で問うと、エイミィとリン姉が同時に頷く。
ロウラン提督に目を移すと彼女も頷き、
「フェイト・テスタロッサさんね。彼女も嘱託魔導師認定試験の時に顔を合わせたわ」
と返してくれた。
なるほど……本当に信用しているんだな、リン姉は。
フェイトはトップクラスでわけありの子供だ。
余程信用していなければ、ロウラン提督に試験を見せたりはしないだろう。
「妹は自分の下に民間協力者として組み込まれる事になっています。
フェイトが所属する手筈になっているアースラ以外に配属されると、自分達の目的が果たせなくなってしまうんです」
「ちなみにアラン君の妹のなのはちゃんも民間協力者としてですが、AAAの認定を受けているんですよ、レティ提督」
「……呆れた。リンディ、貴女戦争でも起すつもり?
AA以上が同一艦内に5人もいるなんて前代未聞よ」
「いいのよ。私は基本的に現場に出られないんだもの。
それに正式にはなのはさんは局員じゃないからいくらでも誤魔化せるわ」
そう楽しげに笑ったリン姉は表情を引き締めると俺の方に向き直る。
「アラン君、あとは面接を残すだけだからぱぱっと済ませてきちゃいなさい。
その後発行された嘱託証を持ったら戻っていいから。時間、ないんでしょう?」
「……そもそも合否さえ聞かされてないんだが。
それに時間がないのは確かだけど、ぱぱっとって……面接官に失礼だろう、それは」
「あ……そうね、忘れてたわ。合格よ。
そもそもあんなにぐうの音も出ないほど試験管達を叩き潰しておいて聞かれるとは思ってなかったの」
うぐ……それを言われると俺もつらい。
制限多すぎて手加減ができなかったんだよなあ。
「それに面接の方も大丈夫。面接官はグレアム提督だもの。
貴方が来るの、楽しみにしていたわよ?」
「む、ミスターがか? ……あー、長引きそうな気がひしひしと」
「そんなわけだから行った行った。あ、エイミィ、一応ついていってあげてくれる?」
「はい、わかりました艦長」
手早く資料を纏め上げたエイミィが立ち上がるのを見て、俺は失礼しますとロウラン提督に頭を下げつつ踵を返す。
と、予想外に背中に声をかけられ振り返った。
「1つ、聞かせてもらってもいいかしら?」
「……答えられる事であれば、ですが」
「どうして貴方はそんなに頑張るの?
さっき聞いた理由の中に、貴方に返ってくるものなんて1つもないじゃない」
漠然と、彼女が俺を心配してくれているのがわかった。
リン姉の親友なだけあって、彼女は本当にいい人なのだろう。
いや、お人よしと言い切ってしまってもいいかもしれない。
忘れず、抱えて、そのまま前へ。
その為にも……譲れない、物がある。
心の中でのみ呟き、俺は彼女に向かって口角を吊り上げ不適に笑って見せた。
「そんなの、決まってるじゃないですか」
「……決まって、る?」
「ええ。幸せに、なる為ですよ。あの子の、あの子達の笑顔が俺の幸せなんです」
そう、だからこれは俺の為。
こんな俺の手でも、あいつ等の幸せを手伝う事はできる。
その為に、俺も幸せを感じる為に、この身を使うと決めた。
「では、失礼します。エイミィ、行こう」
「うわっ、ちょっと待ってくださいよ、アランさん!?」
ぽかんとした顔で俺を見てくる提督に再度頭を下げ、俺は部屋を後にした。
────────interlude
「ね、いい子でしょう?」
「……そう、ね。でも、それよりも……」
アラン君の去っていったドアを見ながら、珍しくもレティが語尾を濁らせる。
だから私は彼女の次の台詞が容易に想像できてしまった。
「危うい、わ。具体的には何が……と聞かれたら困るけど、とても」
「ええ。昔はあんな感じじゃなかったんだけど……」
「昔?」
オウム返しに聞き返された言葉に私はしまったと眉を顰める。
レティと2人きりになって、存外に私の気は緩んでいたらしい。
そんな私の様子にもう何年になるかもわからない付き合いの親友は溜息を漏らし、
「本当に……厄介事が好きね、貴女は」
「……聞かなかった事にしてくれないかしら?」
「他ならぬ貴女のお願いだもの。YES、と答えておくわ。
多分、私が踏み入れる領域の話ではなさそうだし、ね」
ほっと息をつきながらも内心でこの聡過ぎる親友に感謝する。
アラン君と私達の繋がりを話すには事情が複雑すぎて。
何よりも彼がそれを望まない。
現にアラン君はレティ相手に最低限の警戒を最後まで解かなかった。
尤もそれ自体はなんらおかしな事でもないだろう。
誰だって初対面の相手には警戒を表す。
私達の行動のみでレティを信じろと言うのはそれこそ傲慢にすぎる。
それでも、彼は管理局を忌避しているが、そこに属する個人までを避けているわけではないのだから、問題はないはずだ。
単に、個人でも信用するには時間がかかる、とそれだけの事なのだから。
「でも……大変になるわよ、これから」
「そうね。あの子を受け入れた時から覚悟しているわ」
何せトラブルマスターだ。
いったいどんな事件を呼び込むのか、想像もつかない。
そんな私の溜息を余所に、レティはそうではないと首を振った。
……顔に出ていたかしら?
「彼はわかっているようで、きっとわかってない。
リンディ、貴女気付かないの? 彼はまだ……子供なのよ?」
一瞬、その言葉にがつんと殴られた気分になった。
私は、私達はアラン君の本当の年齢を知っている。
だからそんな事考えた事もなかった。
だと言うのに彼女は、現在最も客観的にアラン君を見れるはずのレティは、アラン・F・高町を子供だと言い切ったのだ。
「違和感の正体はこれね。ねえ……彼の最後の言葉、思い出して」
なのはさん達の笑顔が自分の幸せ。
それはアラン君がこれまで行動してきた事の基礎にあったもので。
だから彼女達が笑顔でいられるように頑張れば彼が幸せであれると言う事は何も悪い事のように私には思えなかった。
「気付かない? 彼、さりげなく自分の幸せよりも妹さん達の幸せを優先したわ。……順番が、逆なのよ」
「っ!?」
「普通はまず自分の幸せがあって、その上で他の人も幸せにしようとする。
リンディ、貴女の役目、貴女が考えているよりも大きいかもしれないわよ?」
「レティ……」
「真っ直ぐだけど、歪んでいる。そんな矛盾をはらんだ子よ。
このまま行けば彼はきっと後悔する。そんな気がするわ……」
物憂げにアラン君が去った扉を見詰め続けるレティに、私が返せる言葉はただの1つも存在しなかった。
────────interlude out