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封印状態にあるリインの情報を再度解析。
これは侵食が進んでいないかの確認になる。
事前情報にあるバグを全て摘出した所で、実は別の場所に癌のように転移してましたとかなったら目も当てられない。
次にバグ潰しに入るわけだが、真っ先に切り離すべきはリインと夜天を繋いでいる橋の部分。
こいつをはずさないと夜天──否、未だ闇の書か──、あちら側から以前の彼女のバックアップが流れ込み、これ以降の作業が全て意味のないものになる。
彼女を管制人格として再誕させられないのはこれが最も大きな理由だ。
はやて達には話していないが、実はこのバグ、心臓部に当たる場所にある。
ここにバグがある事は事実として知っているが、それ程重要なものとは恐らく認識していないだろう。
そして次に行うべきが身体中に存在するバグの切り離し。
この作業が最も地道で量が多く時間がかかる。
ドラッケンの処理能力が普通のインテリデバイス並みだったらと思うとぞっとしない。
いったいどれだけの時間がかかってしまう事やら。
最後に、人格プログラムの抽出。
実はこの作業自体はバグが存在していても可能だったりする。
ただ、彼女がプログラム体である事を考慮し、のちにどんな影響を残すかが未知数になるのを完全に防ぐ為にバグの切り離しを優先した。
こんなにも回りくどい方法を取ったのは、ひとえに安全策としてだ。
が、
「よし。プログラムの保存は完了だな」
≪キング、現実逃避はそこそこでお願いします≫
「……言うな、ドラッケン」
目の前には一般的なインテリジェントデバイスに使用する単純なデバイスコア。
人格プログラム自体はAIとさして変わらない程度の容量なので、現在リインの素──と言ってしまっていいのかは微妙だが──はこの小さな青い玉の中にいる。
いくら因縁のある闇の書の改修の為とはいえ、無償でコアを提供してくれたリン姉には感謝の言葉もない。
……ではなくて、
≪いい加減現実を認めましょう。キング、アレをどうするおつもりですか?≫
「……どうしようか?」
≪質問を質問で返さないでくださいよ≫
「それもそうだな。よし、ドラッ──」
『ハロー! 今お時間大丈夫ですか、アランさん?』
──ケン、リン姉に連絡を。
そう言おうとした瞬間、ジャストタイミングで通信が入った。
画面の向こうに映るのは茶髪のお気楽執務官補佐、もとい、エイミィ・リミエッタその人で。
今の状況とエイミィ、あまりのギャップの激しさに少しばかり肩の力を抜きながらも苦笑いを返す。
「大丈夫……と言えなくもないかもしれん事は否定できんな」
≪翻訳しますと……だた今ライブで大ピンチです≫
『あちゃー、タイミング悪かったかあ。また後でかけなおしましょうか?』
「いや、タイミングとしてはこの上なくいいような気がする。リン姉、いるか?」
『艦長は今ちょっと会議に出てまして……』
「訂正しよう。この上なく悪い」
がっくり肩を落とした拍子に“それ”が目に入る。
リインをダウンロードした玉とそう変わりない大きさの銀玉。
否、銀色の玉、だった物。
未だ表面に目立った変化はないが、その色は徐々にくすんできているように見える。
現に先程から俺の中のトラブルアラームが鳴りっ放しだ。
本能的にまずい事に気付き、慌ててコンソールにかじりついた。
「くそっ、ドラッケン! 残り時間はっ!?」
≪最悪の場合を想定。現在、残り時間610……605……600切りました≫
あと10分!?
『ふえっ、ちょ、アランさん! 何が起こっているんですか!?』
「時間がねえから単刀直入に聞くぞ! エイミィ、アルカンシェルは撃てるか?」
どんなに割り込みをかけプログラムの進みを遅くしようとしても、相手はロストロギア、その欠片。
例えそれが僅かな物でも、間違いなく古代のオーバーテクノロジーの塊だ。
俺の敷くファイヤーウォールなど軽々と越えてくる。
そう、あの銀玉の中にあるのはリインから切り離したバグ。
言うなれば闇の書の闇の残滓の塊だ。
予想以上に多かったそれは、切り離した小さなバグ同士がくっつき、合体を繰り返す事で元の闇を形作ろうと蠢いている。
故に頼みの綱は先日の本局への停泊でアースラにも設置されたアルカンシェル、なのだが。
『うえっ!? そんな事言われても私には発射を許可する権限なんてありませんよ!
それに言っちゃあなんだけどそこって今のアースラの位置からはかなり遠い場所にありますし……』
使えねえ、などとは言うまい。
そもそもそうするように進言したのは俺だし、こっちが無茶を言っている事なんて百も承知の上だ。
それでも舌打ちが漏れてしまったのはご愛嬌。
あー……やれやれ、だな。
内心でこんな事を考えられる自分にくすりと含み笑い。
まったく、俺って奴はどこまで行っても大馬鹿者らしい。
「やるしかねえよな、ドラッケン?」
≪まさかキング、貴方……≫
「そのまさか、だ。俺はこんな所で死ぬ気なんてさらさらねえんだしさ。
お前をここに1人置いていくなんて選択肢、俺が持ってるわけねえだろ?」
実際、ドラッケンを置いていき、処理を続けてもらうと言う手段も取れない事はない。
これならある程度の時間は稼げるはずだ。
少なくとも、俺が退避する程度の時間は。
だけど長年の相棒に全てを押し付けて1人逃げるなど俺にできようはずもない。
≪……これは帰ったらお説教ですね≫
溜息交じりの愛デバイスの言葉に口角が吊り上る。
俺みたいな大馬鹿野郎に付き合ってくれるお前はホント最高の相棒だよ。
これは最悪から1歩手前の手段。
できるならやりたくなかったのも本音だ。
それでも、狭い選択肢の中で札を出し渋るのは馬鹿を超えた愚か者の所業。
生きて説教が受けられると言うのならば、俺は喜んでそいつを受けるだろう。
≪でもま、私も大馬鹿者ですかね。今回ばかりはキングに賛成です。
一緒に受けてさしあげますよ……1時間コース≫
「1時間ですめば御の字だけどな……やるぞ!!」
≪ja, my king. set up≫≪armor form ... stand by≫
ずっと昔から俺の傍で俺の馬鹿を見続けてきた相棒は、割と最近から見続けてきた相棒は、そんな優しくも馬鹿馬鹿しい許可を俺にくれて。
即座に展開される軽甲冑と手甲の重みに、自然、口元が不敵に歪む。
『アランさん! いったい何を──』
「エイミィ、通信を切っとけ。映像記録もおしゃかにさせてもらうぞ!!」
≪ついでに医務室の用意をお願いします。あと、万が一の為にクロノさんの待機を≫
『ちょ──』
ブツリ、音を立てて通信を強制切断。
青い魔力を幾重にも右手に纏って。
もはや鈍色に染まりかけている玉にそうっと手を伸ばす。
≪一か八か……大博打ですよ、キング≫
「ああ、侵食の時間が早けりゃ右手は使い物にならなくなるんだろうな」
≪それでもやりますか? 貴方の未来を潰す可能性さえあるのに≫
「愚問だドラッケン。男なら……どんと魂を賭けろ!!」
≪貴方、本当に稀代の大馬鹿者ですよ。まあ、私も大概ですが≫
「はっ、違いねえ。だからよ、ドラッケン。言うべき事は1つだろう?」
≪「────good luck!」≫
資質によるものか、俺は転移魔法が苦手だ。
だから闇の欠片を握り締めると、真っ直ぐに研究所の外を目指しただ走った。
────────interlude
ど、どうしよう……
通信が切断されると同時、艦内にアラームが響き渡る。
無理もない。
アランさんが作業していた研究所は完全に管理局の監視下にあった。
それを研究所側から切り離されれば、システムに綻びができるのは必然。
つまり、このアラームが鳴っていると言う事は、あの研究所が完全に局の監視を振り切ったと言う事を意味する。
こうも一瞬でサイバーテロのような事ができてしまうあのコンビには感服するが──そう、これは完全無欠にサイバーテロだ。状況によっては情調酌量の余地はあるかもしれないが、何も処分なしではいられないだろう。ましてや彼は嘱託とは言え、今や管理局員の1員なのだから──、逆に言えばあのアランさんがこんな強引な手を取らざるを得ない程に追い詰められていると言う事になる。
「エイミィ! これはいったい──」
「ナイスタイミングだよ! クロノ君!!
ああ、助かったあ。私だけじゃどうしたらいいのかわからなくて……」
アラームが鳴る事十数秒。
艦橋に飛び込んできた黒尽くめの執務官殿に歓喜の目を向ける。
よかったあ……流石にこんなの対処しきれないって。
肩で息をしている彼にかいつまんで状況を説明していく。
とは言え私も把握している事は少ない。
アランさんがアルカンシェルの使用を進言した事、何か無茶をしようとしている事、あちらからシステムを切り離された事、そして医務室の用意とクロノ君の待機を求められた事位しか、私にはわからない。
私の話を最後まで聞くと、クロノ君はぎちりと音がする程拳を握り、S2Uをセットアップした。
同時、新規の通信ウィンドウが立ち上がる。
『こちらギル・グレアム。
例の星との接続が強制解除されたのだが何か知って……るようだな、クロノ』
「ぁ…………提督」
『呑気に挨拶を交わしている状況ではなさそうだ。クロノ、心当たりは?』
「先生は……」
苦々しくゆがめられたクロノ君の表情。
その目は後悔と怒りに満ちて。
「やっぱり、1人で作業させるべきじゃなかった!
先生は……先生は自分で闇の書の闇を消滅させるつもりです!!」
『なっ……!?』
「ちょ、ちょっと待ってよクロノ君!
闇を形作ってた暴走プログラムはもうアランさん達が消滅させたんじゃ……!?」
「多分、先生にとっても予想外の事だったんだと思う。
切り離したバグが互いに侵食し合って────復活した! そう考えるしかない!」
「でもたった1人で消滅させるなんて………………あ!!」
「そう。ボク達が地球に着く前にあった大規模砲撃……アレをやる気だ、先生は」
そんな……だって、それをやってアランさんの身体はボロボロになったって言ってたのに!?
言うや否やクロノ君はコンソールに取り付く。
しばらく苛立たしげに何かをインプットし続けて、くそっと両手でコンソールを叩き付けた。
『クロノ……?』
「駄目です、提督。アースラの転送機能までが麻痺させられてる……」
「ええっ!? ……ホ、ホントだ……まさか、こんなに距離があったのに、あの一瞬で……」
いくらコマンドを入力しても動かない転送ポート。
プログラムに割り込みがかけられているのが、文官である私にはわかる。
これじゃあいくら急いでも復帰に15分はかかってしまうだろう。
つまりアランさんは自分から孤立する事を望んだと言う事実。
それが私達の胸にずしりと重石をかける。
私達が、アランさんの足手纏いにしかなれないと言う事実が。
それでもクロノ君は諦められない様子で。
何度も何度もコンソールを叩き、その度に表情が絶望に染まっていく。
「エイミィ! ドラッケンはあと10分って言ってたんだな!?」
「うん……多分今の残り時間は5分に満たないよ」
「提督!」
『…………残念だが、不可能だ。
侵食の可能性があると言う彼の進言で、あの一帯の艦隊は撤退してしまっている』
何もかもが裏目に出ている。
よかれと思ってやった事だったはずなのに。
それでも管制官の仕事として、震える手を律しながら細かな情報をグレアム提督へ送信。
受信し、提督がそれに目を通し始めた所で、かの英傑の動きがぱたりと止まった。
『……クロノ』
「な、んでしょう……提督」
答えるクロノ君の瞳はどこか胡乱気だ。
無理もない。
クロノ君にとってアランさんは、幼い日の自分を育てあげてくれた恩人であり、兄であり、目指すべき目標なのだと、私は知っている。
言えばクロノ君は否定するかもしれないが、アランさんを家族同然に見ているのは端から見ていて明確で。
だからこそ、提督の次の台詞はクロノ君の秘め切れなくなった願いを一刀両断にした。
『認めよう。私達にできる事は……今は、何もない』
「……………………そう、ですね」
『……顔を上げろ、クロノ・ハラオウン執務官!!!』
予想だにしなかった怒号。
びくりとクロノ君は肩を揺らし、常の彼からは考えられない程のろのろと顔を上げる。
視線の先のグレアム提督は、先の怒号を発した人と同一人物とは思えないほど、何故か優しげな微笑をその顔に浮かべて。
『“今は”だ、ハラオウン執務官。
いいのかね? そんな顔をしていたら彼に笑われてしまうが』
「提督……?」
『説教を受ける、医務室を用意する、いずれも戻ってくるのが前提の言葉だ。
彼等は……アラン君達はまだ、諦めていない』
「でも……あんな砲撃、もう1回撃ったら先生の身体が……!!」
『だから………………信じよう』
彼から発された言葉は、情に厚くとも合理主義で有名なギル・グレアム提督から出たとは思えない精神論。
クロノ君はその提督の言葉を受けて何度も信じる、と口の中で呟く。
『一度体験しているのなら、自らの限界値はわかっているはずだ。
何より……遺された者の痛みを誰よりも知るあの子が、簡単に死ぬはずがない!』
「先生が…………そう……そう、ですね……
はは……ボクはいったい、何をやっているんだ……」
乾いた笑いを漏らして、クロノ君が目を瞑る。
次に目蓋を上げた時にはもう、いつも通りのクロノ君だった。
私よりずっと年下の癖に、そんな事を微塵も感じさせなくて。
執務官としての責務に真っ直ぐ向き合い、自信を感じさせるクロノ君だった。
たったそれだけの言葉で通じ合い、そしてたったそれだけのきっかけで心から信じられる。
改めて、提督とクロノ君、アランさんとクロノ君、この師弟の絆の強さを知る。
少しだけ、嫉妬してしまったのは内緒だ。
『リミエッタ君、アースラの転送ポートの復帰は?』
「今、やってます! 回復まであと7分!!」
『そうか……では、本局側からもアースラへアクセスしよう。
それで少しは解析速度が上がるはずだ。あと、治療要員としてアリアを送る』
「提督、リーゼ達は……」
アランさんの事を快く思っていないのでは、と言うクロノ君の言葉が、画面内で首を否定の形に振る提督の姿に詰まる。
その表情はどこか寂しげだった。
『確かにそうだろうがね、最終的にわかってくれたよ。
私が彼を恨む所か……感謝さえしている事を。尤も、3日も時間を費やしたが』
「み、3日……」
あはは……そりゃ嫌われたもんだね、アランさんも。
いや、わかってくれたって事は心底嫌われたってわけじゃないのかな?
少しだけ気の抜けた思考は、ピピピッと鳴り出した計測器に遮られた。
「エイミィ、何事だ!?」
「凄い……アランさんのものと思われる魔力値、急激に増大中!!
……AAA……S……S+クラスです!!!」
『さて……いったい何をするつもりなのか……目視する事は叶わんが、見させてもらおう』
どっしりと席に構えた画面内の提督を、初めて怖いと思った。
だけど、どこか酷薄な雰囲気を宿した表情とは裏腹に、提督の目だけは心配そうな光を覗かせて。
ああやっぱりクロノ君のお師匠様だと思わせる姿で。
「魔法の……発動を確認!! えっ、何……これ…………」
「エイミィ、ボク達にもわかるように説明してくれ!!」
じれるように叫ぶクロノ君の声が遠い。
私の目の前には信じられない計測結果が表示されていた。
震える手でコンソールを弄り、別角度からの計測結果を映し出す。
頭はパンク寸前だった。
「砲撃魔法じゃ……ない」
「えっ……?」
『リミエッタ君、詳しく説明を』
未だ信じられない物を見ながら、私の手は正確にコンソールの上を滑る。
こんな魔法、見た事ない。
「え、と…………一度膨れ上がった魔法が、アランさんごと闇の欠片を包んで……
それから……それから、消えました…………いえ、小さく、なった…………?」
そうとしか表現のしようがない。
噛み付くようにモニターを見ていたクロノ君はきっ、と私の方を向き、
「先生!! 先生の無事は……!!!」
「あ……え、映像、回復します!!」
砂嵐から回復した画面に映し出されたのは、以前に私達が確認した世界と殆ど変化がない。
ただ1ヶ所だけ酷く荒れ果てた大地があって。
その中心に、彼は……いた。
ボロボロのバリアジャケットに変わる事のない銀の髪、そしてその両手にスイカ大の魔力塊を抱えて。
ただ、悠然と立っていた。
一瞬上空を仰いだアランさんの瞳には何故だか酷く悲しげな色があって。
端的に言えば、私は見とれ、息を呑む事さえ忘れていたのだと思う。
瓦礫の上に立つ、孤独な王のような彼の姿に。
「っ!? ……無事を、確認!! クロノ君、アランさん無事だよ!!!」
我に返って隣のクロノ君に状況を説明する。
クロノ君も少し呆けていたようで、私の声にはっとして戸惑うような声を出した。
「や、闇の書の闇は……?」
「えっと……恐らく、消め────っ!?」
パン、と何か乾いた物が弾けたような盛大な音。
じっとモニターを見詰めていた私にはわかる。
アランさんの持っていた魔力塊が弾け飛んだのだ。
瞬間、暴風が吹き荒れて画像が再び砂嵐に戻った。
その直前に聞こえた小さな呟きが脳裏にこびりつく。
それを今は無視して、私は慌ててコンソールを操作するが、映像は送られてこない。
「駄目……多分、観測用のサーチャーが壊れた……」
「くっ……転送はっ!」
「え? あっ、転送機能、再起動を確認!! 使えるよ、クロノ君!」
「行ってくる!!」
言うや否やクロノ君はブリッジを飛び出していってしまった。
私はと言えばもうここでできる事はない。
と、ドラッケンからの頼まれ事を思い出した。
「すみません、グレアム提督。私、医務室の用意があるので失礼します!!」
『ああ、こちらもアリアが転送を開始した所だ。……それにしても」
「提督?」
くっと酷く楽しげに口角を吊り上げた提督に私は戸惑う。
そんな私の感情など知らぬとばかりに、彼はどこか遠くを見詰め、
『良くも悪くもヴェインの息子だな、あの子は。
これだけ周囲を巻き込んでとたばたする奴などあいつ以来だよ』
「……でも、凄い人です。頼りにできるかは……微妙、ですけど」
『違いない。きっとこれから忙しくなるよ、リミエッタ君』
失礼に当たる事はわかっていたが、敬礼をして医務室に向かう。
それでも私の耳には、未だ提督の言葉が残っていて。
脳に焼き付けられたアランさんの台詞が蘇る。
「……『今度は、どうか幸せな人生を』って、どう言う意味なの、アランさん……?」
走り出す。
何もかも振り切って、私は、医務室までの短い距離を走り出した。
孤独な王様の寂しさを含んだ願いの意味を、知らないままに。
────────interlude out
「……痛えな」
≪当たり前です。これで無傷だったならもはやヒトじゃありませんよ≫
「お前等は無事か?」
≪ギリギリ、ですね。事前のフレーム強化がなければ崩壊していたでしょうが≫
≪me, too≫
「……なら、いい。お前等を失ったら、俺がどうなっちまうかわからねえからな」
ようやくほっと息をつく。
今も俺が生きているのはこいつ等のおかげだろう。
制御下を離れた魔力が暴発する際、とっさに張られた二重の全方位プロテクション。
あれがなければ今、こんなにのんびりと会話はできなかったに違いない。
尤も、両腕だけは防御が間に合わずにボロボロになってしまっていたが。
≪……言いたい事は色々ありますが、今はやめておきましょう≫
「そうしてくれると助かる」
この状態でドラッケンの説教を受けるのは流石に堪えるし。
そんな俺のお気楽な台詞にドラッケンは溜息をつくかのように明滅した。
まるで、仕方のない人だと肩をすくめたかのように。
≪それにしても……砲撃にした方が被害は少なかったんじゃないですか?≫
「否定はしないさ。けど、使わねえって約束したし……」
≪したし、なんですか?≫
「その場合、いくつかのサーチャーが生き残る。できるだけ記録は残したくない」
≪割と手遅れな気がしますし、貴方それは管理局への背反行為では?≫
「大丈夫だ。アレ以外に手がなかったとか言えばいくらでも誤魔化せる。
なにせ真実を知っているのは俺達だけだからな」
≪貴方って人は……≫
「それと、手遅れとか言うな」
これでも一応気は遣ってんだから。
なんとも呑気な会話をしているが、ドラッケンも本調子ではない。
僅かではあるが彼の双子コアにもヒビが入っているし、タケミカヅチに至っては俺を護るために無茶したせいでフレームごとボロボロだ。
リカバリーできない程ではないのがせめてもの救いか。
≪そろそろクロノさんが転移してくる頃ですね。
……その前に、一言いいですか、キング?≫
「…………なんだ?」
≪どうして貴方はぶっつけ本番で術式を組んだりするんですか!!!≫
「お前……反対しなかったじゃないか。あと説教を一緒に受けてくれるって約束は……」
≪それとこれとは話が別です! 反対しなかったのもあの場で反対なんてしていたら間違いなくタイムリミットを過ぎてお陀仏だからですよ!!≫
「あーあー、今は説教聞きたくねえ」
……つかさ、結局お前も説教はするのな。
仰向けに倒れたまま肩を縮こめる。
無駄に青い空が、人がいなくなり長い時間をかけて回復した何者にも汚されていない空が、今が平和なのだと教えてくれる気がした。
「まあ、あれだ。俺、術式組む才能はないってようやく理解したからさ」
≪……反省の色が見られませんね≫
「してるって。ぶっつけ本番は今度からやめるし」
≪今度はないんです。金輪際やめてください≫
人型だったら溜息でもついていそうな声色。
いつも心配させてばかりだな、と思う。
実際、俺の才能には随分偏りがあるようだ。
昔の親友みたいにはいかないよなあと苦笑し、懐かしい人を思い出す。
そう言えば彼は、今何をやっているのだろうか。
結局あれっきりになってしまったのだけれども。
思考を飛ばしかけた所で感じ取る転移の気配。
腕を使わぬように気をつけながら腹筋のみで上半身を起すと、予想通りの黒尽くめが俺に向かって走ってきていた。
「先生! ご無事ですか!?」
「なんとかな。俺も、ドラッケンも、タケミカヅチも無事だ」
≪今のキングを無事と言っていいかは議論が分かれる所ですが」
余計な事言うなっての。
クロノが心配するだろうが。
≪私も心配していますが≫
「………………すまん」
自分のデバイスに頭を下げるなんて間抜けな姿を晒していると、クロノはS2Uを構え、周囲を警戒したまま俺までの残り数mを埋めた。
「先生……闇の欠片は?」
「空へ還ったよ」
「還った……?」
「ああ、消えたんだ。跡形もなく、な」
「そう……ですか」
よっと反動を使って立ち上がる。
そんな俺の姿を見て、クロノはようやく安堵の息をつき肩の力を抜いた。
「悪いんだけど研究室に行ってリインを連れてきてやってくれるか?
青いデバイスコアの中に入ってるから」
「作業は全部終わっていたんですね。なら、なんで……」
多分、俺がリインを持っていなかった事についてだと思う。
クロノの質問に肩をすくめ、俺は闇の欠片が還っていた空を見上げた。
「あの闇とリインは相性がよすぎるんだよ。長い間一緒にいすぎたからな。
また侵食される事を考えたら……連れてくるって選択肢はなかった」
リインフォースはきっと不満げな顔をするだろうが。
それでも俺は彼女とはやてを笑顔で会わせてやると約束したから。
だから、万が一でも悲しい最期を迎えるような可能性はなくしたかった。
「まあ、リインフォースを持ってくる必要があるのはわかりましたが……先生は?」
「いや、今俺が行っても連れてこれねえしな」
苦笑いしながらバリアジャケットを解除するとこれでもかと言うくらい傷ついた前腕が顕わになる。
血だらけの両腕を見てクロノは思いっきり目を丸くした。
「先生!? これっ」
「いっ!? ク、クロノ! 触るな!! 今はまずい!!!」
クロノが俺の手を取り上げようと触れた所から電撃のような痛みが奔った。
痛みは脊髄を伝いダイレクトに脳へ苦痛を叩き込んでくる。
思わず顔を顰めると、クロノは慌てて手を解放してくれた。
「あっ、すみません……」
「……とまあ、こんな状態だからな。リインフォースを頼むよ」
「わかりました。すぐに戻ってきます」
踵を返し駆けていく黒尽くめの影を見やり溜息を1つ。
まあ、予想よりはダメージが少なかったわけなのだが。
「これもあいつが持っていってくれたおかげかね……」
≪キング?≫
「なんでもない」
首を振り、その場で空を仰ぐ。
考えるのは笑って逝った俺の半身の事。
今回俺は、セカンドギアまで一気に解放した。
にも関わらず、グレアム提督の猫達と対峙したファーストギア解放時よりも反動が少ないのはそう言う事なのだろう。
寂しくもあるが、それ以上にあいつの死を無駄死ににしなくてすんだ事に安堵した俺はきっと酷い奴なのかもしれない。
「馬鹿息子、か……」
俺にそう言う資格はきっと、もはやない。
だって、あの闇の欠片は生きたいと願っていた。
その芽を摘んだのは、他でもない俺で。
贈った言葉はきっと俺の自己満足で。
こんな馬鹿な俺の傍で育ったあいつだからこそ、馬鹿になってしまったのだろうと今更な事を思う。
まあいい。
背負うさ、これも。
それが生きていく事だって、俺は思うから。
…………お前には悪いと思うけどな。
「先生! これでいいんですよね!」
「ああ、合ってる。ありがとうな、クロノ」
青い玉を片手に走ってくる少年に作り笑いを返し、ゆっくりと歩き始める。
しっかりと大地を踏みしめるこの足は、あいつが生きていた証だ。
今は、それだけでいい。
知らず緩んでしまう頬に、俺の中で何かに1つの区切りがついた事を知る。
人は変わらずにはいられない。
ならばその変化を、俺は歓迎しよう。
そして忘れないでいよう。
俺が摘み取った命達を、俺がこれから幸せを掴む為に。
だから、
「帰るか、クロノ」
「ええ。帰りましょう、先生」
クロノが展開する転送陣に大人しく乗り、俺はアースラへと帰還を果たした。
余談ではあるが、俺がどうやって闇の欠片を消滅させたのかについて答えたところ、リン姉どころか治療に来てくれたリーゼアリアまでに呆れ顔をされた。
生前読んだ少年漫画の主人公の技を真似たのだが──一定空間内で風を乱回転させ、闇を削り飛ばしたのだ。俺の制御力が甘いせいで最初は思い切り範囲が広がってしまい、簡易結界や血界陣を使ってなんとか抑え込んだのだが。やはり大きな魔力を制御すると言うのは並大抵ではないコントロール力を必要とする──それがお気に召さなかったらしい。
いや、漫画云々は話していないが。
結果オーライだと内心考える俺にリーゼアリアは非常に嫌味ったらしく小言を言いながら治療してくれた。
酷いのは前腕のみだったようだが、内側から破壊されたような傷だったと言う。
外傷がメインなので回復は早いらしいが。
≪これはなのはさんのお説教…………伸びますね≫
「全治3日だし大丈夫だろ。
…………と言うかお前も受けるんだぞ、説教。約束したろう?」
≪記憶にございません≫
……酷え。
なお、妹の説教は割りとトラウマ物だったと追記しよう。
いったい俺はどれだけなのはの説教にトラウマを抱えればいいのか、思わず溜息が漏れてしまったのはもはやお約束と言うやつなのだろう。