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「アランさん、黙っててください」
「でも今日には包帯が取れる予定だし──」
「ああ、もう!
これ尋常じゃない集中力がいるんですから、本当に黙っててくださいよ!
それにこれ以上参加させたら後でなのはに怒られるのは僕なんですから!!」
≪ユーノ、ビークールです。パーフェクトなKOOLボーイにおなりなさい≫
「ミネルヴァ、なんか発音違うよ……」
珍しく怒鳴ったユーノに肩を縮める。
どうやら本気で余裕がないらしい。
ホントにもう大丈夫なんだがなあ……
未だ白い包帯に包まれたままの指をわきわきと動かす。
痛みは、ない。
当然だ。
診断当初言われた日数は、もう昨日で過ぎ去ってしまったのだから。
少しばかり動きが鈍い気もするが、それも動かしている内にいつもと変わらぬ動きを取り戻すだろう。
むしろ動かさなければいつまで経っても戻らない。
俺を叱り飛ばした当の本人はと言えば、額に汗を浮かべながらいくつもの魔方陣を同時展開している。
1つ1つの魔方陣は酷く複雑な文様を描いて。
頬を伝う汗は決して先程の影響ではなく、初期の段階から流れ落ちていた事が見て取れる。
「まあまあ、ユーノ君落ちつき。
兄ちゃんも、わがまま言わんと今日はのんびりアドバイザーしとってな」
「……お前は妙に落ち着いてるな」
「あとは頑張るしかないって知っとるからね。
私は1人やないし……この前は兄ちゃんが頑張ってくれたらしいから今日は私が頑張る番や」
のんびりと声を上げるのは、展開された魔方陣の真ん中に座りにこやかな表情を見せる少女。
そう、はやてだ。
よくよく見るとほんの僅かにだがその笑顔が引き攣っているのがわかる。
なんだかんだ言って緊張はしているのだろう。
それでも泰然とした姿を見せるはやてに、自分の情けなさを感じる。
ホント……お前年齢偽ってるんじゃねえだろうな?
どっしり構えている姿はとてもじゃないが9歳になったばかりの子供に見えない。
なのはと言い、はやてと言い、フェイトと言い、俺の周りには聡過ぎる子供達が集まりすぎだろ。
あ、あとはユーノもか。
まあ実際のところ、はやてが余裕の表情を見せているのには少しだけわけがある。
と言うのも、
「ま、今現在大変なんはユーノ君やしな。私座っとるだけやもん」
つまりはそう言う事。
はらはらとはやてを心配気に見詰める守護騎士の4人はすでに夜天から切り離されている。
現在ははやてを中心に置いて夜天の書の完全フォーマット中だ。
元々俺がやるはずだったこの作業をユーノが行っているのは、
「アラン君、余計な事考えてないわよね?」
「ないない。流石に諦めたさ。
今日はもう本当に俺が必要な部分以外アドバイザーに徹するって」
ほぼ俺の主治医のような位置に納まったシャマルからドクターストップがかかったせいだったりする。
あとはまあ、なのはとはやての大反対だろうか。
流石に何もしていないのに泣かれるのは勘弁だ。
しかし俺ができないとなると、誰が作業するんだって話になる。
そこで白羽の矢が立ったのが、ドラッケンに次ぐ処理能力を持つミネルヴァの主、ユーノ・スクライアだったと言う寸法。
で、ユーノが現在進行形でぴりぴりしているのは、何も複数魔方陣の制御を行っているせいではない。
「ぐっ……この……暴れないでよっ!」
原因はユーノの手元にある青い宝石、ジュエルシードだ。
元々俺でさえ絶対的魔力量が足らなかった作業を、俺より魔力量の少ないユーノがそのまま行えるわけもなく。
かなりのコントロール力を必要とするジュエルシードの魔力制御を無理やりにでも行わざるを得なかった。
そこから魔力を引っ張ってこない事には、この先の術式が成り立たないのだ。
先程からユーノは一生懸命魔力を纏め上げようとしているが、そこは腐ってもロストロギア。
俺がはやての許可を得て組んだ円環陣のど真ん中で魔力の渦を巻いている。
こいつの抑え込みと同時に魔方陣を展開しなければならないからこそ、ユーノとミネルヴァ、2人の能力でも苦労していると言う状況だ。
「ミネルヴァ…………まだ?」
≪くっ…………堪え性のない男は…………嫌われますよ、ユーノ≫
「たいした……もんだよ。この状況でも、減らず口が…………叩けるんだからっ」
≪あと……30%程度、です…………とっくに、パーフェクトにっ……折り返してますよっ≫
「……………………長い」
ユーノの呟きは切実だった。
どんなに処理能力が高くとも相手はロストロギア。
気を抜いた瞬間何が起こるかなんて誰にも予測できやしない。
ましてや細かい指示書に沿って寸分の狂いもないよう同時並行でフォーマットを行っているのだからなおさら集中力が必要とされる。
とは言え、大変なのはユーノとミネルヴァ、あと心配で胃が痛くなりそうな表情になっているヴォルケンズくらいなもので、俺とはやては気楽なもんだが。
「なあ、兄ちゃん」
「ん?」
「ユーノ君、なんや目茶目茶大変そうなんやけど、大丈夫?」
「……まあ見とけって。ユーノはやるときゃやる男だぞ」
子ではなく男。
そう表現するくらいには俺はユーノを買っている。
もしも将来なのはがユーノを彼氏として連れてきた時には、手放しで賛成する程には。
それだけの力量が、意思が、人徳がこいつにはある。
少なくとも俺はそう信じている。
「ぐうっ……」
≪82%...83%...84%..≫
ミネルヴァのカウントは徐々に上がっていっている。
それはユーノにとって確かな手応えになるはずだ。
尤も、脂汗をかいているユーノには、カウントが遅々として進まないように思えるかもしれないが。
ふと気付くとシグナムが俺のすぐ傍に立っていた。
「アラン……」
「どうした? 不安なのか?」
「いや、それはない。スクライアは優秀な術者だ」
台詞はそれなりだけど、表情が思いっきり裏切ってるぞ。
心配ですってマジックで書いてあるみたいに。
「ただ……」
「ただ?」
「妙な、感覚があってな」
「妙…………だと?」
一瞬彼女はらしくもなく口ごもると、俺を見てきっぱりと感じている事を口にした。
「何かが……洗い流されていく。そんな気がする……」
「……そうか。まあ、おかしくはないだろ」
カウントは90%を超えた。
頑張っているユーノとミネルヴァを横目に、俺は続ける。
「接続を遮断したとは言え、お前も元はあの書の一部だ。
これだけ近くにいれば似た感覚を受ける可能性もあるだろ。共鳴ってやつさ」
「共鳴……」
「科学的には分析できないけどな。
とは言え完全に独立させるのには成功しているはずだ。
もしもフォーマット後改めて書に繋ぎなおしたとしても、それ以前のようなリカバリー機能は期待できないと思っておけよ?」
「つまり……」
「ああ。お前等は…………はやての死と共に死を迎える」
本来なら言いづらいはずの事をシグナムにきっぱりと告げる。
が、彼女はむしろ嬉しそうな表情で頷いた。
「そうか、ようやく死ねるのだな」
「……ちょっとは動揺しろよ」
「心優しい主と、平和な世界。これ以上は望むべくもない。
次もこんな厚遇が受けられると思うほど、私達は平和ボケしていないつもりだ」
シグナムはちらりと自らの仲間達を見、息を1つ落とす。
「特にヴィータは、幼いアレにとって身を削らすだけの日々は堪えたはずだ。
人として生き、人として死ねる。そんな日が私達に来るとは思ってもみなかった」
「シグナム……」
「その機会を与えてくれたのは、主はやてとお前達だ。感謝、している」
「…………感謝はまだ早い。そう言うのは笑って死んでからにしてくれ」
死んだら感謝できんだろうが、と呟くシグナムから目を逸らす。
死ねる事が幸せ。
一度経験した俺には到底わかりそうにもないが、永過ぎる時を過ごしてきたこいつらにとっては、もはや、死は救いなのかもしれなかった。
≪98%...99%...complete!≫
「や、やっと終わった……」
よしよし、ここまでは順調だな。
思考を引き戻す。
これで殆どの危機は去った事になるが、油断は禁物。
俺達が相手にしているのはロストロギアだと言う事を忘れてはならないのだから。
気合を入れて、俺は今まで座っていた椅子から立ち上がった。
「よし! それではこれよりリンカーコアのコピーを始める!!」
「………………休ませてください」
「兄ちゃん……」
悪かったな、空気読めてなくて!!
一時のコーヒーブレイクを経て作業再開。
とは言えここから先、俺やユーノが口を出せる事は少ない。
術者ははやてに移るし、はやてが勉強不足だった場合術式が不発に終わる程度の話だからだ。
今度ユーノが行うのはジュエルシードの制御のみ。
その分全然とは言わないが、負担は随分と軽くなる。
術式干渉はリンカーコアの調整位なので俺も安心して見ていられる。
「シャマル」
「はい、はやてちゃん」
リンカーコアをコピーすると一口に言っても通常なら最新式の機材が必要となる。
故に局の機材を使えるよう交渉しようかと俺が提案したのだが、これにはヴォルケンズ全員が大反対。
ならどうするんだと聞いた俺に、はやて達が出した答えがこれだった。
「はやてちゃん、リラックスして力を抜いてくださいね」
「あんま痛くせんといてな? その……初めて、やし」
「大丈夫です。優しくしますから」
台詞だけ聞くと微妙にいかがわしいな、おい。
本人達は真面目そのものだが。
何をやろうとしているかと言えば、シャマルの旅の鏡ではやてのリンカーコアを引っこ抜こうとしているのだ。
本人と術者の同意があれば、意識をなくさないどころか痛みもなくリンカーコアを引き抜く事ができるらしい。
引き抜かれたコアをはやて自らがコピーすると言う、少々どころではなく荒っぽいやり方になってしまった。
まあ、施術する当人達が管理局に頼りたくないと言うのだからこれは仕方のない事なのかも知れない。
シャマルなんかは絶対にはやてちゃんに痛みなんか感じさせません、と意気込んでいたし。
シャマルが鏡を展開し、その中に腕を差し入れるとはやての胸の中心から手が生えてくる。
その光景は一言で表現すれば、
キモ……
見ているだけの俺でさえこれなのだ。
当人であるはやての気分はいか程か。
「……なんや変な気分やなあ。痛くはないけど…………気持ち悪っ」
「いや、それだけなのか…………はやて、式の展開は可能か?」
「えっと……うん。これならなんとか。ユーノ君、サポート頼むで」
「う、うん。頑張るよ」
ユーノは右手をジュエルシードに、左手をはやての肩にそっと乗せる。
魔力のパイプと安全弁役を自分でするつもりなのだろう。
と、ここで俺はある重大な事実に気付いた。
はやての奴、まんざらでもねえって表情だな……ユーノ、お前実は天然ジゴロか?
そう、俯きがちになっているはやての頬がほんのりと赤く染まっているのだ。
おかげでザフィーラとヴィータの表情が酷、げふんごふん、凄い事になっているが。
2対どころではすまない視線に気付いたのか、はやてははっと我に返ったように顔を上げた。
「ほ、ほなやろか。えっと、式を展開して……」
「シグナム達は僕が呼んだら順番にはやてへ魔力を流して。
魔力に同調させてリンカーコアを調整してもらうから」
「わかった」「はい」「うむ」「…………おう」
若干ヴィータの返事が遅かったが、きちんと了承が返ってきた事にユーノは安堵の息をついて。
俺に対しては、変な所があったらすぐに言ってくださいと告げた。
一応頷く事は頷いたのだが、正直不安だ。
何せ俺の知識はこの3日間書物を読み漁った程度のもの。
その前からずっと勉強を続けていたはやて達には知識面で追いつかないだろうし、ユーノに関しては言わずもがな。
む……? 俺、今はここにいる意味殆どなくないか?
疑問にはすぐに蓋をした。
経験面からの助言を求められていると思っておこう、そうしよう。
気がついたらすでに式を展開し終わったはやてが、ユーノに向かって首肯する。
それを受けてユーノははっきりと表情を切り替えた。
ともすればここが戦場だと錯覚してしまいそうな程鋭い表情に。
否、間違いなく、今この場は戦場なのだろう。
「行くよ…………いいね、ミネルヴァ?」
≪貴方、誰に向かって聞いていますか? 私はいつでもパーフェクトですよ≫
もはや、誰も突っ込む事はない。
ユーノはただ頷くと、はやてへ必要とされる魔力を流し込み始めた。
今更ながらに大事な事に気付く。
パイプ役とは言え送られていく魔力の中にはユーノの分も混ざるはずだよな。
って事はユーノもユニゾン可能になるんじゃねえのか?
おかしい。
はやての為の作業なのに何故ユーノが着々と強化されていっている気分になるのだろうか。
疑問の根っこを探ろうと、俺の意識は思考に深く沈んでいく。
よし、と言うユーノの声に顔を上げるとすでにリンカーコアのコピーは終了していた。
シャマルの腕を引き抜かれたはやての前には、光り輝く小さなコアが1つ。
揺らめいて、今にも消えてしまいそうだけど、それでも精一杯光を放っていて。
それは何故か、命の儚さを思わせた。
そうか……そうだよな。
こいつは今から1つの命としてこの世界に誕生するんだから。
納得して時計を見ると、すでにコピー作業を始めてから1時間は経過していた。
どうやら結構な時間思索に嵌っていたらしい。
「アランさん……」
「ああ、成功、だな。調整はいけるか?」
「僕は大丈夫ですが……」
「私も平気やで」
額に汗を浮かべたはやては、それでも気丈に微笑む。
その瞳は、こんな所でぐずぐずしていられないと言っていた。
「……続けよう」
「はい! シグナム、シャマルさん、ザフィーラ、ヴィータの順で行くよ!!」
「ええよ、どんとこいや!!」
はやての両手に包まれたコアへ、ミネルヴァを通じてアクセスするユーノ。
ふと、ジュエルシードを見ると、もはや微かにしか魔力が感じられないのに未だ形を保っていた。
完全フォーマットとリンカーコアのコピー。
特にフォーマットで大半の部分を使い切ったのだろう。
きっと、これがなければ俺の思い描くハッピーエンドは絵さえ描けなかったに違いない。
まあこの位なら暴走する可能性も低いと思うが…………一応、だな。
手をかざし、ドラッケンに指示を出すと残りかすを完全に吸収する。
全てを出し切った青き宝石は、ロストロギア本来の力を発揮する事なく平和利用され、音もなくさらさらと砂のように崩れ去った。
ありがとう……な。
一瞬だけ目を閉じて、このはた迷惑だった古代遺物に礼を告げる。
きっと端から見れば綱渡りの連続だったに違いない。
それでも、今、俺達はハッピーエンドに手をかけている。
「最後! ……ヴィータ!!」
「おう」
ユーノに呼ばれたせいか、すこし不貞腐れた表情でヴィータが赤い魔力を送る。
そんあヴィータの鼻を、はやてが左手でつまんだ。
「こら!」
「うわっ、なにすんだよ、はやて」
「そんな怖い顔しとったらあかんよ、ヴィータ。
これから生まれて来るんは、ヴィータの妹なんやから」
「あたしの……妹……」
「そやろ、兄ちゃん?」
まさかここで俺に話を振るとは思っていなかったので、一瞬唖然として。
柄じゃないと照れ隠しに咳払いを1つ。
「まあ……そう言えなくもないな。さしずめ八神家の末っ子誕生ってとこか」
「あはは……ええなあ、それ。
な、ヴィータ、お姉ちゃんになるんやで? もっと嬉しそうにせんと」
「……うん」
返事をするヴィータもどこか照れた様子で。
そのままはやてに手を伸ばし、残りの魔力を送る。
全員分の魔力を注ぎ込まれたコアは、一瞬脈動するように輝いて。
「兄ちゃんはどないするん?」
「俺……? いや、俺はいい。多分、ユニゾンとは相性が悪いからな」
「うーん、兄ちゃんのユニゾン姿も見てみたかったなあ」
すまんな、はやて。
お前の兄ちゃんは大嘘つきだ。
尤も、俺の言葉は事実だ。
恐らく異能である龍眼を扱う俺とユニゾンデバイスは愛称が悪いのは確かだろう。
しかしそれは事実であって真実ではない。
俺が断った本当の理由は、まったく別の所にある。
ただ、生まれて来る真っ白な子供が、俺の深層に触れて染まってしまうのが怖かった。
そんな俺の内心を知る由もなく、はやての高く澄んだ声が室内に響く。
ベルカ語の詠唱。
どうも生まれて来る子供を祝福するような、そんな優しい唄のような詠唱だった。
「アランさん……」
「わかってるさ、ユーノ。ドラッケン、出してくれ」
≪了解です≫
ドラッケンから出てきたのは、無限書庫の資料を参考に作ったユニゾンデバイスの雛形。
実を言うとこれだけでドラッケンの制作費を軽く超えてしまっているのは内緒だ。
俺の貯金をミッド通貨に換金した分と、ミスターからクロノが受け取ったデュランダルと言う氷結用デバイスをクロノ用に調整した際にもらった金額だけでは足が出る。
リン姉やミスターと言ったスポンサーから出た資金を足してもまだ足りない。
現在俺が借金している事は、誰にも伝えていない。
俺が財布の計算をしている間にも儀式は続く。
詠唱を終えるとはやてはそっと光り輝くコアを雛形へと押し込んだ。
「夜天の主の名において……汝に新たな命と名を贈る」
それは子供が、一番最初に親から受け取るプレゼント。
ごくりと俺の喉が鳴ったのは、果たして緊張によるものだったのだろうか。
幸せだな、こいつは……きちんと親から名前をもらえる。
首を振って後ろ向きな思考を追い払う。
かつての俺も、きちんと受け取っていたはずだ。
何物にも代え難い宝物を、あの人達から。
「意思を継ぐ者……風の紡ぎ手……祝福を与えられし喜唄────」
息を、呑む。
そして悟る。
はやてはリインフォースの後継者を、皆の想いを受け取る生命を生み出そうとしているのだと。
「────シルフェルフォルト」
そうして名が、告げられた。
瞬間、視界が光で塗りつぶされて。
そしてあっという間に消え去った。
あまりの光量に俺はしばし目蓋を瞬かせて。
ようやく見えるようになった頃には小さな生命が誕生していた。
はやての手の中で、すやすやと安らかに眠っている小さな小さな子供が。
って、
「小っさ!?」
「兄ちゃん、感動が台無しや……」
「む、すまん。リインが例外な事を忘れてたんだ。
そう言や融合機って通常はこのサイズだよなあ」
いわゆる妖精サイズ、それが新しい命の大きさだ。
どうりで文献とリインのデータを参考に雛形を作っている時に違和感があったはずだ。
今の今まで気付かなかった俺も大概大ボケだが。
「しかし……シルフェルフォルト、か。どんな意味なんだ?」
名前については話し合った事がなかったはずだ。
故にこの子の名前ははやて1人で考えた事になる。
「えっと……どっかにリインの名前との共通点入れたくてな。
そんで風の妖精から取って、シルフィフォースにしよかと思ってたんやけど、なんや語呂悪いからちょっとだけ変えたんよ」
「へえ……風、か」
「うん、リインフォースが祝福の風やから……って言うんもあるけど、兄ちゃんのイメージも強いんやで?」
「俺?」
「兄ちゃんがおらんかったら、この子は生まれんかったかもしれん。
あ、ユーノ君にもきちんと感謝しとるよ?」
「あはは、別にいいよ。取ってつけたように言わなくても」
性も根も尽き果てたと言った風のユーノがその場にへたり込みながらも乾いた笑みを零す。
本当に疲れているのだろう。
それから幾重にも言葉を重ねるはやてにわかっているからと首だけで応える。
「はやてー、シルフィが起きる」
そんなちょっとしたどたばたを止めたのはヴィータの言葉だった。
シルフィと言うのはシルフェルフォルトの愛称だろう。
すぐさま愛称で呼び始める辺りにヴィータの気合の入りようが伺える。
全員ではやての手の中を覗き込むと、横になって転がっていたシルフェルフォルトの目蓋がぴくぴく動いていた。
……ちと騒がしすぎたか? いや、起きないと駄目なんだったな。
あとはリインフォースを再誕させるだけなのだが、この子が協力してくれない事には話が進まない。
白い服に身を包み、リインフォース譲りの長い銀髪を持った本当に小さな少女は、ゆっくりとその目蓋を上げた。
「ふぇ……誰、です?」
その瞳に息を呑む。
生まれたばかりの子供の瞳は、高く澄んだ青空のような空色で。
シルフェルフォルトはきょろきょろと周囲を見渡すと、少しばかり怯えた様子を見せる。
って、当たり前だよな。
こんな大勢に覗き込まれてたら誰でも萎縮する。
ましてこの子は生まれたばかりなのだ。
その恐怖はいかほどだろうか。
そう思って俺が顔を引くと同時、シルフェルフォルトに目線を合わせたはやてはにっこりと微笑んだ。
「おはよう、シルフェルフォルト」
「シルフェル……フォルト?」
「そや。それがあなたの名前。そんで私が八神はやてや」
「やがみ、はやて……?」
「うーん、はやてでええよ?」
「はやて、ちゃん?」
「そや」
基礎的な知識は入っているはずだが、知識と経験は別物だ。
今のこの子は本当に生まれたばかりの子供と大差ないのだろう。
ぱちくりと目を瞬かせるシルフェルフォルトへヴォルケンリッターの面々がこぞって自己紹介をしていく。
いきなり与えられた大量の情報にシルフィは目を白黒させていたが、皆の最後の言葉で顔を綻ばせた。
「「「「「ようこそ、八神家へ」」」」」
「ぁ…………はいです!」
元気な返事にほっと安堵の息をついていると、ユーノがゆっくり俺の傍に歩いてきていた。
彼はじゃれ合う八神家のメンバーを眺めながら、頬を緩ませる。
「よかったですね、成功して」
「ああ。本当に、な」
眩しすぎる家族の姿に、自然俺の頬も綻ぶ。
一通り騒ぎが収まると、俺は青いデバイスコアを持って立ち上がった。
ようやく俺の出番がやってきたと言う事だ。
「さて、はやて行けるか?」
「ふえぇ……」
「ああ、シルフィ、こわないで?
兄ちゃんはな、アラン・F・高町言うて、私のお兄ちゃんみたいな人やから」
「お兄ちゃん、ですか……?」
「そや。シルフィが生まれたんも、兄ちゃんのおかげなんやで」
「そこまで大した事はしたつもりがないけどな」
兄ちゃんは黙っとき、と言う言葉に俺は肩をすくめて。
シルフィに対しずっと笑顔だったはやてが、にわかに真剣な表情へと切り替わった。
「あんな、シルフィ。実はもう1人家族がおるんやけど、今は眠ってるんよ」
「眠ってる、ですか?」
「そや。せやからシルフィに起すんを手伝ってもらいたいんやけど……ええかな?」
「えっと……頑張るです」
何故自分にと言いたげではあったが、両手で拳を握ってやる気を示すシルフィ。
そんな微笑ましい姿を見て、はやてが俺へと目線を移す。
俺はただ首肯すると、はやてに渡された夜天の魔導書へデバイスコアを押し付けた。
流石にこっちの作業はサルベージしたリインのデータをきちんと把握している俺でないとできない作業なのだ。
その事を知ったなのはとはやては、本当に渋々ではあるが今回の作業への俺の参加を認めてくれた、と言うわけ。
まあそのせいで他の作業への参加は禁止されてしまったのだが。
「人格データのダウンロード、並びに術式への投入。いけるな、ドラッケン?」
≪キングの立てた式に破綻がなければ≫
「3回確認したから大丈夫だ……って、ほっとけ。どうせ俺は術式組み上げるのが下手糞だよ」
≪自覚があるのなら幸いですね≫
「うっせ。やるぞ?」
≪ja, my king≫
いつでもこいと言わんばかりの相棒に頷いて。
一気にバリアジャケットを展開する。
別に展開した所で何が変わるわけではないが、術式展開の時は基本バリアジャケットをまとっているのでこっちの方が通常は集中しやすいだけだ。
「ほな、私等もやろか。シルフィ、ユニゾンはできるか?」
「……できるですよ!」
互いに手を伸ばし重ね合った主従を見て、気付く。
シルフィはリインに似ていると思ったが、はやてにもよく似ている。
多分、はやてのリンカーコアをコピーして生まれた影響だろう。
「「ユニゾン・イン」」
≪access...start!≫
待ったなしでアクセスを開始する相棒に苦笑を漏らす。
いきなり渡された膨大な情報量にシルフィが慌てている声が聞こえた。
「シルフィは私のサポートしとってな。…………管理者権限、発動」
≪anfang≫
ユニゾンの証である薄い色素の容姿と水色の目になったはやては右手に魔導書を掲げて。
ばらばらとページが開かれていく中、彼女はそっと微笑んだ。
「おいで、最後にして最初の騎士」
【守護騎士プログラムの起動を確認。想定外の5人目になりますが、いいですか?】
「えよ。私が夜天の王として魔導書に望む、最初で最後の願い事やから」
つまりそれははやては王として振舞う気がないと言う事。
当然だ。
この子は最初から、王になりたいのではなく家族が欲しかったのだから。
【わかりましたですよ。プログラム、ランします!】
生まれたばかりとは思えない程正確なシルフィのサポートを受け、はやての前へ光球が出現する。
はやての魔力光とよく似た、白銀色の光球。
が、中々そこから先に変化しない事に焦れたのか、はやては言葉を続けた。
「あんまり寝坊助やとシルフィにも笑われるで?
戻ってきい────リインフォース」
光球が、弾ける。
弾けたその先に、膝をついて恭しく頭を下げた少女の姿があった。
以前見た姿よりも随分と幼い。
しかしながら伏せられていた目蓋が開いたその先に見えるのは、意思を灯した真紅の瞳。
頬を伝うのは透明な雫。
その1粒がぽたりと床に落ちると同時、はやては泣き笑いの表情で口を開いた。
「お帰り…………リイン」
「はいっ……ただ今っ、還りました」
貴方の下へ、そんな声が聞こえた気がした。
ユニゾンアウトしたシルフェルフォルトが自分とそっくりなリインフォースの周囲を飛び回る。
元が同じ存在のようなものなのだ。
感じ入るものがあるのだろう。
「アランさん、これ」
「え……?」
「気付いてなかったんですか? …………泣いてますよ」
ユーノに指摘されるまでさっぱり気付かなかったが、俺の頬にも熱い物が伝っていて。
すまん、と断ってから差し出されたハンカチを受け取り目元を拭う。
ああ、そうか……そうだよな。
嬉しいのだと、俺は嬉し涙を流しているのだと理解に至る。
はやてを含む八神家と言う大家族が、誰1人欠ける事なくこの場に集えた事が嬉しいのだと。
ここに至るまでに俺が失った物は多く、得た物にも悲しみを伴っていた。
それでもきっと、俺が彼女達の力になれたであろう事だけは、間違った選択肢ではなかったのだと信じられる。
この光景が信じさせてくれる。
どこか優しげな目で俺を見るシグナムの視線が、酷く印象に残った。
が、
「どうかしたですか、ファータ?」
次のシルフィの台詞がシリアス風味だった空気を完全に吹き飛ばした。
ファータ。
ファーザー。
お父さん。
思考がぐるりと回転し、言葉の意味を理解する。
「はあっ!?」
「ア、アランさん、まさか……」
はやてに手を出したんですか、とでも言いたげなユーノの視線と、さっきまでの温かさはなんだったのか疑問に思うほどの冷たい複数の視線。
それを解除したのは最初に俺をその視線に晒すきっかけを作った子供の台詞だった。
「ふえ……? どうして皆お兄さんを見ているですか?」
「っと……なあ、シルフィ。そのファータってのは誰の事なんだ?」
「ファータはファータですー」
ヴィータの問いに答えになっていない答えを返しながら、シルフィはくるくるとユーノの周りを飛び回る。
つまり、あの子が父親と認識しているのはユーノと言う事になるのだが。
あ……シルフェルフォルトが生まれる時ユーノを仲介にしたからか。
なるほど確かに誕生の儀式ははやてとユーノが共同で行っていたから、シルフィは2人の子供と言えなくもない。
そんな事を考えている間にも、事態は着々と推移していって。
「さて……」
「ユーノ・スクライア」
「はやてちゃんを汚した罪、万死に値します」
「アイゼンの落ちねえシミになる覚悟はできてんだろうな?」
「ええっ!? 皆、ちょっと待って──」
「問答無用! やっちまえ!!!」
「「「応!」」」
「あははー、皆ほどほどになあ」
逃げ回るユーノと追いかける守護騎士の4人。
シルフェルフォルトは事態が飲み込めておらず、リインフォースは始めからわかっていたのか傍観の構えだ。
結局5人のどたばた鬼ごっこは俺が説明するまで延々と続いたのであった。
って、はやても止めろよ。絶対わかってて笑い流しただろ、お前……