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「それじゃ、お世話になりました」
翌早朝、出発の準備を整えたなのはと共に高町家の玄関に立つ。
「待ち合わせはお昼なんでしょ?
もうちょっとゆっくりしていけばいいのに……」
「ま、そうなんだけどね。
なのはを送る役目もあるし、ゆっくり歩いていこうかと思って。
瑞穂坂も久しぶりだからさ」
「そう。刃護君がそう言うなら止めないけど……」
「大丈夫。しばらくはこっちにいるし、いつでも会えるよ」
総出で見送りに来た皆に笑いかけると、安心したように彼等も笑った。
「刃護」
「なに? 恭さん」
「なのはを……頼む」
「ん」
真剣な顔をした恭さんに頷き返すと、なのはを促してやる。
「それじゃ、皆行ってきます!」
「「「「行ってらっしゃい」」」」
見届け、歩き出そうとしたらシロさんに首根っこを掴まれてしまった。
「シロさん?」
「刃護、挨拶は?」
「あー」
お世話になりましたってさっき言ったけどと目で言うと、シロさんは首を振る。
どうやらあれは挨拶のうちに入らないらしい。
やれやれ、改めて言うとなると少し恥ずかしいな。
「……行ってきます」
「ああ」
「行ってらっしゃい」
「また戻ってきてね」
「刃護、またな」
皆の言葉を受け、踵を返して歩き出す。
背中に感じ続ける彼らの消えない視線が、少しだけ、いやかなりくすぐったかった。
海鳴臨海公園についてから、ロブトールを起動すると、なのはが興味深そうに手元を覗き込んできた。
「この子はベオウルフさんとはまた別の子だよね?」
「ああ。こいつはロブトール。
本契約を交わすまではベオウルフもこいつに宿ってたんだけどな。
あいつが今宿ってるのはここだから」
ここ、と自分の胸を指し示す。
「えっと……ジンゴ君の、中?」
「そ。ベオ曰く、本契約ってのはベオと俺のリンカーコアを融合させる事らしい。
あいつは文字通り俺の半身って事だ」
「へえ、そうなんだ」
「ロブトールはベオが宿ってるって意味ではロストロギアだけど、今のロブトールは厳密に言えばロストロギアじゃない。
ベオが宿ってない今、こいつはただのアームドデバイスだからな。
言うなれば、今は俺自身がロストロギアってとこか」
「にゃ……分かりづらいね。アームドデバイスって言うのは?」
「アームドってのは……って、こうして話してると時間がかかりそうだな。
本局の技術部にマリーって気のいい技官がいるから、彼女に聞くといい。
暇な時頼めば通信を繋いでもらえるだろうし、俺からの紹介って言えば歓迎されるはずだ。
っと、そろそろ転移しても大丈夫か?」
「あ、ごめんね」
「いや、別に謝らなくてもいいって」
苦笑しながらアースラへの通信を開いた。
「こちら本局執務官、ジンゴ・M・クローベル」
『はーい。ジンゴ君お疲れ様。なに、もう戻って大丈夫なの?』
「リン姉達から話は聞いてるだろ。民間協力者の送り届けさ」
『あー、はいはい。じゃ、転送陣開くね』
俺達の足元に大きな魔方陣が展開される。
「オッケ。やってくれ、エイミィ」
『はい、じゃあ転送っと』
エイミィの軽い声と共に光が溢れ、視界が回復した先はすでにアースラの内部だった。
「ふえぇ、何度やっても凄いよね、これ」
「ま、俺も昔は新しい技術に触れる度、そんな感じだったな」
「にゃはは」
照れ笑いをするなのはをつれて歩き始める。
この時間ならリン姉は艦橋かな。
「さっき通信してた人は?」
「クロの副官でな。エイミィ・リミエッタ。アースラの管制官だ」
「なんて言うか明るい人だったね」
「あれで仕事の方は目茶目茶優秀だから安心しろ。
アースラのスタッフはそう言う奴が多いから、馴染むのも多分早いはずだ」
途中何度かなのはの質問を受けながらブリッジに続く扉の前に立つ。
軽い音と共に開いた先には、クロとユーノ以外のブリッジスタッフが揃っていた。
「やほ、リン姉」
「ジンゴ君、早かったわね。なのはさんもいらっしゃい」
「よ、よろしくお願いします!」
……そんなに勢いよく頭下げなくてもいいのに。
「ジンゴ君はこれから?」
「ああ。転送は同じ所でいいよ。街を見ながらゆっくり歩いていくつもりだから」
「分かったわ」
ユーノがいないせいか、少し不安そうななのはの頭に手を置く。
「ふぇ!?」
「ま、頑張れ」
「う、うん! ありがとう、ジンゴ君!」
俺は踵を返すとひらりと右手を振り、ブリッジを後にした。
さてと、俺は俺で頑張りますか。
はぁ……説明すんのかったりぃなあ。
待ち合わせ場所は瑞穂坂学園校門前。
途中学園までの道を聞きながら歩いていった俺は、待ち合わせの丁度五分前に校門に到着した。
「あ、あれかな」
校門前に立っていたのは長いストレートの黒髪を風になびかせ、遠くを見る女性。
軽く視力強化をして、彼女が待ち合わせをしている人物だと確信した。
ってか、相変わらず見た目若すぎだろ。
五年前と全然変わってないじゃん。
地球の女性は化け物か!? と考えた瞬間、背筋に冷たいものが走る。
周りを見渡すが、特に何があるわけではない。
……この手の事は考えない方が無難そうだな。
冷や汗をかきながら走りよると、彼女に声をかけた。
「お袋!」
「刃護君!? ……って、本当に銀髪になってるのね」
「? ……ああ、桃ちゃんから聞いたのか」
お袋の前に立つ。
まだ成長期前の俺の身長が彼女のそれを越える事はない。
それでも、記憶にあるよりもずっと彼女の顔が近かった。
再会したら何を言おうかと色々考えてはいたけど、言葉が上手く出てこない。
そうこうしているうちに、お袋に抱きしめられてしまった。
「……お帰りなさい」
「っ、ただいま……」
やば、溢れそうだ。
崩れそうな顔を見せないよう、お袋の胸に顔を埋める。
以前よりお袋を小さく感じる事が、少しだけ悲しかった。
「大きくなってしまったわね……」
「……ごめん」
「いいのよ。理由があったんでしょう?」
「うん」
抱擁を解いたお袋の目元に、きらりと雫が光る。
それに気付かないふりをして、俺はもう一度笑って、告げた。
「ただいま……帰って、きたよ」
お袋は現在、ここ、瑞穂坂学園魔法科の講師をしているらしい。
お袋の研究室で俺側の事情を話した後は、互いに近況報告をするような形になった。
ふと、いつまでもある人物の名前が出てこない事に疑問を抱き、言葉にする。
「あのさ、お袋。雄真は?」
言った瞬間、お袋の顔が強張った。
俄かに真剣な表情に、変わる。
「あのね、刃護君。落ち着いて聞いて欲しいのだけど」
「……うん」
「……那津音さんが、亡くなったわ」
「っ!?」
視界が、歪む。
姉さんが、死んだ、だって……?
それも気になるけど、なんで雄真の話で姉さんの事が出てくるのか理解できない。
恐る恐る、お袋と目を合わせる。
「そう……そうね。刃護君には話しておくべきね」
お袋が姿勢を正したので、俺も動揺しながらなんとか姿勢を正した。
「“式守の秘宝”を知ってるかしら?」
「……ああ、護国さんに何度か聞いた事がある。
あの頃はまだ姉さんに次ぐ次期当主の資格を剥奪されてなかったから。
あとは、管理局のデータベースにも載ってたよ。
確か……かつてこの辺り一帯の魂を鎮魂した宝具。
“使鬼”を司る式守家が持つ……管理局でも第一級に分類されるロストロギア」
瑞穂坂の魔的バランスに深く関わっており、その重要性から未だ式守家に管理が任されていると聞く。
「二年前、その“式守の秘宝”が暴走し、次元震が発生した事があったの」
「そんなっ!? そんな事件、聞いた事がない!」
「でもあったのよ。
突発的に起きた次元震。それを止める為の管理局から、この世界は遠すぎた。
那津音さんは、多くの次元世界を巻き込まない為にこれを止める事を決意。
そして、封印した………………その身を犠牲にしてね」
「でも……それなら局のデータバンクに記録が残るはずじゃ……」
「特S級の機密事項だもの。
管理局でも極一部の人間、それこそトップクラスしか知らないわ」
二年前、やけにばあちゃんが忙しく動いてたのはこの事か……
ばあちゃんを恨むつもりはない。
姉さんの死を知れなかったのはショックだが、彼女は仕事をまっとうしただけだし、何より式守家と俺の繋がりをまだ話してない。
そんな中で、一介の局員でしかない俺に特S級の機密事項なんて話せるはずがないのだ。
「……原因は?」
「ある人物が秘宝を持ち出し、使用しようとした事よ」
「馬鹿な! あれは俺達が制御できるようなものじゃない!!」
だから護国さんは永久封印を施そうとしていたのに。
「亡くなった奥さんに一目でいいから会いたかったと言うのが動機だったわ。
秘宝は魂を操ると言う噂を、どこからか聞いたんでしょうね」
「……誰かの魂を特定して呼び寄せるなんて不可能だ」
「ええ。でもそれを知るのは本当に極一部の人間だけ。
だからこそ、あの悲劇が起こってしまった」
そうお袋は溜息をついて、コーヒーを啜った。
恐らく下手人については俺に気を遣ってわざと言わなかったのだろうが、なんとなく見当はつく。
秘宝の事を知っていると言う事はある程度近く、秘宝の詳細を知らないと言う事は宗家からそれなりに距離のある人物。
つまり、分家の誰かだ。
また……あいつ等か。
ぎり、と歯を食いしばる。
口の中に鉄の味が広がった。
式守分家に俺はいいイメージを全く持っていない。
個々で付き合えばそうでもないのかもしれないが、多くは傲慢で欲深く、他人を蹴落とす事に長けている。
そして、俺には個々を知る機会が与えられなかった。
深く椅子に座りなおし、思考を一度クリアにする。
血液交じりのコーヒーは、やけに苦い味がした。
「そのすぐ後よ、ゆずはが先見を受けたのは」
「ゆずはって、もしかして雪の母親の?」
「ええ。“先見の高峰”は覚えてるかしら」
「確か……限りなく予知に近い予言をする一族。
ってああ! 雪の苗字、高峰だっけ!?」
「あら、きちんと覚えてたのね」
「まあ、流石に」
一瞬出てこなくて焦ったけど。
「話を戻すわ。
その先見の魔女、高峰ゆずはがあの事件の直後に先見を受けたのよ」
その意味を悟り、顔を引き締める。
つまり姉さんの死をトリガーに何か事件が起こるって事か。
「一〇年後……つまり今から八年後ね。
護りは破られ、瑞穂坂で大災害が起こる、と」
「!?」
「この街は風水に似せて魔的に護られているわ。
もしここで大災害が起こるなら、それこそ突然流れ着いたロストロギアか──」
「──式守の、秘宝」
「そう言う事よ。
私は大災害に対策を立てるべく、魔法研究者に戻った。雄真君を置いて、ね」
衝撃が走った。
もしかしたらと少しは思ったが、考えたくなかったので除外していた予想。
それが事実だと突きつけられる。
「雄真の潜在能力なら鍛えればお袋の力になるんじゃ……」
「あら、士郎さん達が話したと聞いてるんだけど。
雄真君、今は一般人なのよ」
そう言やシロさんが言ってたな。
正直勿体無いと思う。
少なくとも地球式の才は、俺より遥かにあったのだから。
「刃護君がいなくなってから、雄真君は泣かなくなったわ。
そしてかつてのあなたをなぞるかのように、正義感の強い子になって行った」
「……俺は別に正義感が強かったわけじゃない。
ただ目の前で困ってる人がいると、俺の気分が悪いから手を出してただけだ」
「そう言うのを正義感が強いと言うのだけど……まあいいわ。
今は、雄真君の事ね」
お袋の目は遠い。
その視線の先にはかつての雄真の姿があるのだろう。
「ある日ね、雄真君が私に聞いてきたの。
『お母さんは魔法の力は人を幸せにする為にあるって言ってたけど、僕はその力で人を傷つけそうになった。どうしたらいいんだろう』って。
理想と現実のギャップに幼い心が耐えられなかったのね。
雄真君はそれっきり魔法を使わなくなったわ」
「……そう」
力を持つものが必ず一度はぶつかる壁。
それに触れて雄真は力を捨てる選択をしたのか。
あれは……優しい子だったからな。
力にしがみついてる俺とは正反対だ。
顔に出さず、内心のみで自嘲する。
「研究者に戻れば、私はまだ幼い雄真君に構ってあげられなくなる。
だから私は音羽に雄真君を預けたわ。あっちに大義さんもいたし、ね」
「親父、音ちゃんと再婚したのか……」
少し複雑な気分だった。
なんせ、彼女見た目が一〇代後半、頑張っても二〇代前半にしか見えないのだ。
……親父、ロリコンなのか?
嫌な想像をして首を振る。
今のは考えなかった事にせねば、自分の身が危ないと俺の勘が言っていた。
「ごめんなさい!」
「うえっ!?」
いきなり頭を下げられたのでびびる。
顔を上げてくれと言っても、上げてくれる気配はない。
「私ね、雄真君と分かれる時、私達に関する記憶を封印してしまったの。
あの子、酷く“別れ”に敏感になってたから」
「って事は」
「刃護君の事も、覚えてないの。本当にごめんなさい!」
お袋は頭を下げたままピクリともしない。
それに俺が大きく溜息をつくと、彼女の肩が揺れた。
まったく、仕方なかった事なのに、なんでこの人は自分を責めるんだか。
俺も人の事言えないけど、お袋も大概お人よしだな。
「顔、上げてくれよ、お袋」
「でも……」
「いいから」
強引に上半身を起こさせ、驚いた顔のお袋を抱きしめる。
「っ」
「ごめん」
「…………なんで、刃護君が謝るの?」
「辛い事、させてごめん。
雄真の記憶、封印しなきゃならなかったのって、俺のせい、なんだろ?」
「ちがっ──」
「雄真にとっての真実がそれなら、それは俺の罪だ。
例え俺の意思で消えたわけじゃなくても、傷付けたのは俺なんだよ。
背負わせてくれよ、お袋。俺は、あいつの……兄貴なんだぜ」
強張っていたお袋の身体から力が抜けて、細かく震え始めた身体を俺は抱きしめ続ける。
「だから、お袋が謝る事なんて、何もないんだ。
雄真に再会した時にさ、謝ろう。一緒に、さ」
微かに頷く気配があって、背中に回されたお袋の手に力が篭る。
天井を見上げて、俺は彼女の嗚咽も、涙も、全て見なかった事にした。