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「艦長、小規模次元震を観測しました」
「座標、出ます。発信源、第九七管理外世界“地球”」
うっわ、どんぴしゃ。
これどんなご都合展開だよ。
淡々とオペレーターが紡ぐ言葉に彼女は驚いたように腰を浮かせ、気を取り直して艦長席へと座りなおした。
そんな様子を見てから、俺は苦笑しながら彼女に話しかける。
「いやあ、なんつうかいきなり宝くじに大当たりした気分だな、リン姉」
「そうね……こんなに早くあなたの故郷に向かう事になるとは思っても見なかったわ」
そう苦笑する彼女を見て無理もないと内心独りごちる。
俺もアースラに乗った当初は、近場を通った時にでも転送ポートを借りて自力で地球に降りようと思っていたのだから。
まさか乗って三ヶ月も経たない内に地球絡みの任務が舞い込んでくるとはなあ。
進路はすでに地球に向かって取られている。
そんな中クロの補佐をしている管制官のエイミィが仕事を終えたらしく、暇をしていた俺の隣に立った。
「ねえ、ジンゴ君。今更な事聞いてもいい?」
「ん、別にいいよ、エイミィ」
「そう、それ!」
「うわっ」
勢い余って俺の方へ身を乗り出したエイミィに驚き、思わず一歩後ずさる。
「えっと、何?」
「だからさ、何で私はエイミィなの?」
「?」
「クロノ君はクロで、艦長はリン姉、アレックスでさえアレクって呼んでるのに、何で私だけエイミィなの?」
ああ、そう言う事か。
俺が近しい人間を愛称で呼ぶのは癖みたいなもんだ。
呼び捨てにするのは基本的には年下だけ。
そう、年下だけではあるのだが。
「エイミィは愛称が思いつかなかった」
「そ……それだけ」
あ、なんか一気にへこんだ。
いつもぴょこんと立っているエイミィの癖毛が萎れているのを見ていたら、ふつふつと悪戯心が湧き上がって来る。
「大丈夫だ。親しい人間にも呼び捨てにする奴はいるよ」
「本当!?」
「ああ」
勿体つけるように間を空けると、早く話せと言わんばかりにエイミィが食いついてきた。
「で、どんな人達?」
「年下」
「私、年下扱い……」
ジンゴ君より六つも年上なのにと肩を落とした彼女に内心大爆笑する。
いや、からかうのはこの辺にしておこう。
フォロー入れないと仕事にならなそうだし。
「ま、年下を呼び捨てるのは本当だけど、別にエイミィを年下扱いしてるわけじゃない。
本当に思い浮かばなかったんだ。
候補としてエッさんってのがあったけど、なんかおっさん臭いし。
大体エイミィって名前がすでに愛称っぽいじゃんか」
「あー、そう言えばそうだね。
なんかジンゴ君大人っぽいから本当に年下扱いされてるのかと思った」
鋭い、と内心冷や汗をかいた。
それを言えば一般的な人間は全員年下になってしまうのだ、俺は。
ところで仕事が終わってるとは言え、こんな所で油を売ってていいんだろうか、彼女は。
そろそろ説教されるんじゃねえのか。
「エイミィ、仕事は終わったのか」
「あ、クロノ君。
うん、今しなきゃいけないのは全部終わったから、私の出番は目的地にもうちょっと近付いてからかな」
ああ、ほら、やっぱりクロが来た。
「クロ、お疲れ。凄い量の書類だったけど大丈夫だったか?」
「まあ、疲れたけど一応な」
「だから手伝ってやるって言ったのに」
「ジンゴが乗る前のものも多かったし。それにあれは僕の仕事だ」
大変真面目な事で。
「それよりエイミィ、休憩はいいけどここだと他のスタッフの邪魔になるだろう。
ジンゴも気付いてたんなら注意してくれ」
「あー、うん、そうだな。次から注意するよ」
「はーい。じゃあお仕事に戻りますか」
いかにも渋々と言った様子のエイミィに説教をしながら去ってゆく二人を見送る。
アースラの良さはこのアットホームな雰囲気だよなあ。
緩んだ頬を自覚しながら、鈍る前に鍛錬するかと俺もブリッジを後にした。
次元震を観測してから半日、アースラは大分地球の近くまで来たらしい。
ブリッジにやって来たリン姉が余裕を持った顔でスタッフに尋ねた。
「皆どう? 今回の旅は順調?」
「はい、現在第三船速にて航行中です。
目標次元には今からおよそ一六〇ベクサ後に到着する予定です」
キーボードを叩き、画面を見ながら情報官が答える。
その隣に座っていたクルーが続けた。
「前回の小規模次元震以来、特に目立った動きは無いようですが。
二組の捜索者が再度衝突する危険性が非常に高いですね」
探索者が二組か。
そうなると今回は俺も出番があるかもなあ。
ブリッジの端でのんびり寛ぎながら思考する。
クロもリン姉も大概律儀と言うか人が好いっつうか。
アースラの戦力として扱っていいと前もって言ってあるにもかかわらず、この三ヶ月弱、俺は一度も出動していない。
なんでも休暇中の人間を働かせると労働組合がうるさいんだとか。
そんなのてきとうに誤魔化しちゃえばいいのに。
そう思いながらも、彼らがそれでやりにくいなら休暇を終える事も検討しておこうと決意する。
俺の目的は地球に着けば即日達成出来てしまうはずなのだから。
その後なら休暇取り下げても問題ないよな。
……また事務局員には泣かれそうだけど。
そんな事をつらつら考えていると、エイミィがリン姉にお茶を差し出した。
「失礼します。リンディ艦長」
「ありがとね、エイミィ」
俺、リン姉の事尊敬に値する人だと思ってるけど、アレだけは止めて欲しいなあ。
受け取った緑茶にミルクと砂糖を大量に入れて飲み始めたリン姉から目を逸らす。
彼女が糖尿病にならないのが管理局七不思議に数えられているレベルなのだ。
そう言えば俺はこの船に乗るまで、あれだけ大量に甘味を摂取するのは日常のストレスからだと思っていたのだが、どうやら純然たる趣味だったらしい。
「そうね……小規模とはいえ次元震の発生は……ずずっ、ちょっと厄介だものねえ。
危なくなったら急いで現場に向かってもらわないと……ね! クロノ」
おどけた調子で俺の近くにいた真っ黒小僧、クロに顔を向けるリン姉。
「大丈夫、わかってますよ、艦長」
それにクロは自信に満ちた表情で応えた。
「僕はその為にいるんですから」
なんか、今回も口出さなきゃ一度も役に立てずに終わりそうな気がするな。
「リン姉ー」
「あら、何かしらジンゴ君」
「探索者は二組なんでしょ。もし止めに入るんなら俺も行くよ。
久しぶりに故郷の空気も吸いたいしさ」
了承しやすいように自分勝手な理由もプラスしてやる。
俺の言葉にリン姉は少しだけ考え込んでから、OKを出した。
「そうね、もしそうならお願いしようかしら」
「オッケ。
さて、久々で腕が鈍ってると困るから、時間まで模擬戦してようぜ、クロ」
「君な……」
呆れた様子のクロを引きずってブリッジを出るドアへと歩いていく。
「じゃ、到着前には戻って来るから」
「はーい。ある程度揉んでくれていいわよ」
「ま、役に立てる程度の体力をクロに残すように気をつけるよ」
「まさか、今日も近接訓練なのか!?」
喚くクロを抱えてブリッジを後にした。
俺より背が低いから引きずるの楽でいいなあ。
「ただいまー」
「あらお帰り、ジンゴ君、クロノ」
「クロノ君お疲れー。今日は一発当てられた?」
「……」
あーあ、エイミィが止め刺しちゃった。
せっかく俺が追い討ちかけないようにしてたのに。
仕方ない、話題を変えてやるか。
「リン姉、今どの辺?」
「いいタイミングよ。もうすぐ着くわ」
そろそろか。
なら映像も拾えるようになるかなあ。
「エイミィ、そろそろ映像拾えるんじゃないか?」
「んー、もうちょっと近付けばいけるかなあ」
そう言ってエイミィは仕事用の顔になると、コンソールに向き合い始めた。
暫くしてオペレーターが声を上げる。
「現地ではすでに二者による戦闘が開始されている模様です」
「中心となっているロストロギアのクラスはA+。
動作不安定ですが無差別攻撃の特性を見せています」
それを聞き、リン姉が顔を引き締めると艦長席から立ち上がった。
「次元干渉型の禁忌物品、回収を急がないといけないわね。
クロノ・ハラオウン執務官、ジンゴ・M・クローベル執務官、出られる?」
「転移座標の特定は出来てます。命令があればいつでも」
クロが答えるのを聞きながら、俺は相棒をセットアップする。
尤も今回は停止行動が基本なので、攻撃的装備である刀や、俺の切り札であるベオウルフは使わない。
セットアップするのはベオウルフが管理していた王の剣環──調べてみたら武器の形をしたデバイス、所謂アームドデバイスである事が分かったので、“打ち砕くもの”と言う意味を篭めて、“ロブトール”と名づけた──。
ロブトールをセットアップすると軽い重みが両手にかかり、防護服であるバリアジャケットが展開される。
黒の胴衣に黒の袴。
白い帯で留められたそれは、俺が何よりも慣れ親しんだ戦闘服。
両手に纏われた銀を確認し、俺は彼女に執務官として言葉を返す。
「同じく準備完了。いつでも出動可能です」
俺達の回答に満足したように彼女は頷き、命令を下した。
「それじゃクロノ、ジンゴ君。
これより現地での戦闘行動の停止と、ロストロギアの回収、両名からの事情聴取を」
「了解です、艦長」
「了解」
二人で転送ポートに入る。
それをきりりとした顔で見送っていた彼女は、おもむろに白いハンカチを取り出した。
「?」
「気をつけてね~」
ハンカチを振りながら微笑むリン姉。
それにクロは引き攣りながらも何とか言葉を返した。
「……はい、行ってきます」
「いい加減リン姉の行動に慣れればいいのに」
「いや、無理」
「……親子って難しいな」
もっとクロが彼女に甘えればああいう行動は減ると思うけど。
どうもクロは一四歳という年齢によるものか、元からの性分なのか、リン姉にあまり甘えようとはしない。
こいつの性格から考えれば後者だと思われるが。
甘えてくれないからますます甘やかそうとする、という見事な悪循環(?)に気付いているのだろうか、こいつは。
……いや、気付いてても甘える事なんか出来ないか、クロの性格だと。
「それより、分かってるよな?」
「ま、二組の衝突中間に出るんだろ。なら俺が白い子で」
「僕が黒い子を押さえる」
「オッケ、気張っていくぞ」
「もちろんだ」
二人してにっと笑い合うと転送を待つ。
ぺろりと舌なめずりをした。
戦場を前にして昂ぶるというわけじゃないが、どうにも俺はバリアジャケットを纏うと好戦的になるらしい。
この格好がかつての戦場を思い起こさせるからだろうと推測はしているが。
手甲になったロブトールがついた両手を突き合わせ、目を閉じる。
足元から光が溢れ、転送が開始された。
さあ、ただの停止行動とは言え久々の任務だ。
心は熱く、頭は冷たく、手は綺麗に。
いっちょ、やりますか!