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「ハラオウン執務官、下層へ向かう道は?」
「玉座の間から最下層に向かえるはずだ。時間との勝負だ、急ぐよ!」
「了解!」
玉座の間の奥、アリシア・テスタロッサが安置されていた所の更に奥に、下層へ下りる為の階段が存在した。
急いで下りていくも、やはりと言うべきか、かなりの数の傀儡兵がひしめき合っている。
「刀がなくて大丈夫なのか?」
心配そうに声をかけてくるクロに不敵に笑い返す。
「嘗めてもらっては困るな。
確かに白銀がいない分、純粋な攻撃力は落ちてしまうが──」
近寄ってきた傀儡兵三体を一気に殴り飛ばす。
「――元々、俺は無手の方が得意だ」
「はっ、そうだったなっ」
クロは厳しい顔ながらも笑い、邪魔者を魔法でぶっ飛ばす。
蹂躙する深蒼と水色。
その場の敵が沈黙するのに一五秒もかからなかった。
「プレシア・テスタロッサの場所までは?」
「結構あるよ。ここから大体五、六層位だ」
「ならば──」
集中、集束。
蒼は猛り狂い、早く解放しろと俺にせっつく。
まあ待てって。
今自由にしてやるからさ。
「――最短距離を行こうか」
≪gravity knuckle≫
「相変わらず無茶苦茶だな、君のそれは」
轟音と共に床に大穴が穿たれる。
ぽっかりと口を開いた黒き穴は、俺達を呼び込むかのようにただそこに在る。
下方にまともな床面が見えるのを確認してから、呆れたように俺を見るクロに見せ付けるよう拳を打ちつけた。
「この拳は、“打ち砕くもの”だ」
「お偉方が君を畏怖し、遠ざけようとする気持ちが分かる気がするよ」
「お飾りが力を持つのが、自分の立場が脅かされるのが恐ろしいんだろう。
ケツで椅子を拭くしか能のない奴等はな」
「辛口だなっ」
軽口を叩きあいながら、俺達はただただ最下層を目指して走り続ける。
クロに背中を預ける感覚が、なぜだか無性に嬉しかった。
どおん、と腹の底に響くような音がして一際大きく庭園が揺れる。
俺は細い繋がりから白銀に問いかけ、返ってきた答えにほくそ笑む。
「な、なんだ?」
動揺しながらもクロが道を切り開く。
同じように機械兵を殴り飛ばしながら現状を報告した。
「フェイト・テスタロッサが庭園に来た!」
数瞬クロは驚いた顔をして、すぐに気を取り直すと状況確認を始める。
「エイミィ!」
『なのはちゃんとユーノ君、駆動炉に突入。
フェイトちゃんとアルフは最下層に向かってる! 大丈夫、いけるよ、きっと』
「ああ」
「当然!」
酷くなり続ける揺れ、その中で俺達は目標に向かい続ける。
このフロアか!?
最下層に着いた瞬間、揺れ幅がほんの少しだけ小さくなった。
これは……リン姉か!
気付くと同時、庭園内に彼女の声が響く。
『プレシア・テスタロッサ、終わりですよ。
次元震は私が抑えています。駆動炉もじき封印。
あなたの元には執務官が向かっています』
くそっ、このフロア広すぎるぞ!
傀儡兵を蹴り飛ばしながら悪態をつく。
ここが目的フロアである以上、ショートカットはもう不可能だ。
『忘れられし都、アルハザード。
そしてそこに眠る秘術は存在するかどうかすら曖昧な、ただの伝説です』
──────ィン──────
【……て】
「痛っ」
米神が痛み、足を止めずに顔を顰める。
なんだ、今のは……
「ジンゴ?」
「いや……今、誰か艦長達以外の声が聞こえたような……」
『違うわ……アルハザードへの道は次元の狭間にある。
時間と空間が砕かれた時、その狭間に滑落していく輝き!
道は、確かにそこにある!』
米神の痛みと合わせて気分が悪い。
子供のような夢物語。
大の大人が唱えると、下らない戯言になり下がってしまうようで苛々する。
──────ィン──────
【……けて】
「やっぱり。ハラオウン執務官、今のが聞こえたか!?」
「いや、何を言ってるんだ、ジンゴ?」
クロには聞こえてない?
と言う事は……まさか、念話じゃないのか?
『随分と分の悪い賭けだわ。
あなたはそこに行って、いったい何をするの?
失った時間を、犯した過ちを取り戻すの?』
──────ィン──────
【……た……て】
「……そう言う、事か」
「ジンゴ?」
ああ、クロに聞こえないのも道理だろう。
気付いてしまえばなんと言う事はない。
酷く、懐かしい感覚だ。
走るクロの背中を追いながら、感覚のチャンネルを合わせていく。
「ベオ、感覚強化の解除を!!」
≪……御意≫
『そうよ、私は取り戻す。私とアリシアの、過去と未来を。
……取り戻すの……こんなはずじゃなかった、世界の全てを!!』
その叫びを聞きながら、隣を走るクロが目の前の壁をぶち抜いた。
「世界はいつだって、こんなはずじゃない事、ばっかりだよ!
ずっと昔から、いつだって誰だってそうなんだ!!」
そうだよ、クロ。
いつだって、こんなはずじゃなかった事ばっかりだ!!
立ち止まるクロを横目に、俺は走り続ける。
余裕のある顔でこちらを見る馬鹿の向こうに、見慣れた、だけどこの世界で初めて見る者が目に入る。
「こんなはずじゃない現実から、逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ!」
静かに俺を威圧する女を無視して、スピードを落とした。
目真っ直ぐにはポッドだけを見詰め、残り一〇m強を歩み寄っていく。
「だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間まで巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!」
【誰か……お母さんとフェイトを助けて!!】
なんてこった。
こんな状況でもこの子は、自分以外を助けてくれとそう言うのか。
「……俺を呼んだのは君か…………………………アリシア・テスタロッサ」
【私の声が聞こえるの、お兄ちゃん?】
「ああ、聞こえるとも。元来我々はそういう者だ」
「ジンゴ!」
脇から突き刺さるのは馬鹿女の敵意。
実際俺が何をやっているか、奴に理解できるはずもない。
だが、アリシアに近寄る事すら気に入らないらしい。
クロの警戒を促す声でちらりと脇を見ると、鬼のような形相をでやつれきった女が杖を振るおうとしているのが目に入る。
「少し、黙れ。縛道の四・這縄[はいなわ]」
瞬間、魔力で編まれた縄が彼女を縛りつける。
が、今にも千切れてしまいそうだ。
ま、この程度で大人しくしている女じゃない事くらいは理解しているさ。
この短時間でもな。
「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六つに別つ」
だからもっと、丈夫なものを。
詠唱が終わると同時、縄が弾け飛ぶ。
遠くでクロが慌てている姿が目に映った。
心配は、無用!
「縛道の六十一・六杖光牢[りくじょうこうろう]」
対象を指定。
目の前の女、プレシア・テスタロッサ。
三条の光の帯が彼女を貫いた。
「なっ!?」
「母さん!?」
いつの間に到着していたのか。
フェイト・テスタロッサがプレシアが貫かれた事に驚き叫ぶ。
「来たか、フェイト・テスタロッサ」
右足を半歩下げて彼女の姿を全て視界に入れる。
「心配はいらん。動きを封じただけだ。
プレシアと話をしたいならするといい。俺は──」
ポッドに向き直る。
目前には悲しみの表情を湛えた彼女の魂。
「彼女に用がある」
歩を進め、ポッドに触れると電撃が奔った。
なるほど。
他者が触れぬようにする防衛機構と封印が施されているのか。
「この世界はその質によるものか、魂を現世に止め置く力が弱い。
ゆえに漂う魂達はすぐに消え去ってしまっていたが……君をここに縛っているのはこの封印結界だな?」
【そうみたいだね。だけど──】
「君の悪霊化を防いでいるのもこの結界、か。皮肉な物だな。
……尤も、完璧な物とは言い難い。侵食は進んでいるんだろう?」
【うん、完全隔離しちゃうと、私の肉体も死んじゃうみたいだから】
「のようだね。さて、君はどうしたい?」
【え?】
俺の質問に彼女はきょとんとした表情を返した。
助けて欲しいと彼女は言って、呼んだのは君かと俺は応えた。
にも関わらず、それが頭から抜け落ちているらしい。
ああ、イメージから勘違いしているのか。
今の俺は執務官ではないし、元来の姿の時も横暴な事はしてこなかったつもりなんだが。
……これが先入観ってやつかね。
彼女の勘違いを訂正すべく、俺は■■としてではなく、俺自身の言葉を紡ぐ。
「魂を導くのが俺の仕事……と言うよりは役割だ。
けどそれは杓子定規なものではない。
君が伝えたい事があると言うのなら、その時間位は取ってやれるが?」
【……本当?】
「ああ、それぐらいしかしてやれる事はないからな」
そう深く頷く事で返してやる。
それに彼女は少しだけ迷う素振りを見せ、
【……お母さんやフェイトと、少しだけ話をしたい】
己が魂の願いを吐露した。
「そうか。ならばその想い、俺が届けよう」
一歩ポッドから遠ざかる。
右手を水平に掲げると、その場に複雑な召喚陣が描かれる。
いつも通りの陣の上、いつも通りの詠唱を。
「―――――来たれ、我が半身。勇壮の士、ベオウルフ」
輝く魔方陣。
中央から現れるのは跪いたままの俺の半身。
彼はそのまま、酷く複雑そうに言葉を吐いた。
≪主……≫
「聞いていたな。……魔力変換機構の、一時停止を」
≪しかし、あれは主の身に多大な──≫
「ベオウルフ」
静かに、彼の言い分を遮った。
「本契約の際、俺は言ったな。『俺は俺の生き方を変えるつもりはない』と」
≪……≫
「そしてお前はこう応えた。『それでこそ我が主』と」
≪……一五分が、限度です≫
「それでいい」
一礼してベオウルフが消えると同時、ぐっと息苦しくなる。
変わりに懐かしい波動が俺の裡からせり上がってくるのを感じ取った。
すっと深く息を吸う。
細い繋がりの先を探り当て、交戦中ではない事を確認して彼を召ぶ。
「出ませい、白銀」
現れるのはなのは達と共に行ったはずのもう一人の相棒。
銀の大狼が、それはもう楽しそうに、牙をむいて獰猛に笑う。
≪はっ、相変わらず無茶しやがるなあっ、ジンよ≫
「なのは達は?」
≪傷一つついてねえさ。今、こちらに向かってらあ≫
「そうか」
相棒と同じように俺も口角を吊り上げ、自身を奮い立たせる。
これから行うのは、それこそ無理無茶無謀の一言に尽きるから。
彼女をこのまま顕現させれば、あっという間に侵食が進み、悪霊化は免れない。
だから、一時的に彼女の許容量以上の陽の力を流し込む事で、彼女を彼女として顕現させる。
無論、反動は俺にも彼女にもある。
だが、彼女の願いを叶えるこれ以上の方法を俺は知らないし、やるだけの価値はある。
少なくとも俺はそう信じている。
「少し、つらいかもしれないぞ」
【大丈夫。二人と話せるなら、その位屁でもないよ】
「よく言った」
ふっと頬を緩ませながら一歩出て、アリシアへ……触れる。
「我、願うは切り裂きし牙 始解・蹂躙せよ、白銀」
ぐんと身に溢れる力が増して、それをそのまま目の前の彼女へと流し込む。
瞬間、光が溢れ、俺達はその奔流に飲み込まれた。