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舞台裏では in 原作前
その3.流れた涙の分だけ、貴方を想っていました。
その日はずっと、嫌な予感がしていたんだ。
朝起きれば雨が降っていて、起きようとしたらベッドの端に足を引っ掛けて転んだ。
更に言えば目覚まし時計が止まっていて遅刻ギリギリ。
当然朝食など取れるはずもなく、走って学校に行く途中目の前を通り過ぎるのは黒猫。
学校に着いた途端靴紐は切れるし、帰り際には傘を誰かに盗られるしで散々だった。
だから彼が黒い傘を差したまま玄関先で俺を待っているのを見た時、ああそうか、としか思えなかったんだ。
「アラン・ファルコナー君だね」
「はい。あの、貴方は……?」
「ああ、すまない。私は君のお父さんの上司でギル・グレアムと言う」
そう言って細められた彼の目は、表情は柔和なのにちっとも笑ってなかった。
瞼の奥、覗く光は悲しみと、懐かしさ、そして僅かに暗いものに犯されていて。
「あの……ミスタグレアム?」
「いや、君はなんと言うか……本当にヴェインに似ているな」
「……よく、言われます。母の血はいったいどこに行ったのかと、父はいつも笑っていました」
俺の言葉に彼は目を見開き、そうかと呟く。
彼が切り出しやすいよう、わざと過去形で言ったのだ、俺は。
「……気付いた、か」
「いつかはこんな日が来るのではないかと、思っていましたから。
……ミスター、あの人は笑って逝きましたか?」
「ああ。どうしてそうも笑えるのか、私が疑問に思うほど気持ちのいい笑顔だった」
「そうですか……父は、最期まで自分を貫いたんですね」
「尊敬すべき、人物だった。
最後に引き金を引いて彼の命を奪ったのは私だ。アラン君、本当に──」
「謝らないで、下さい」
頭を下げようとしていたミスタグレアムは、はっと俺の顔を見た。
俺はきっと、泣き笑いのような顔をしていて。
「貫けたのなら、いいんです。きっと胸を張って逝ったと思いますから。
だから、謝らないで下さい。父は望んで、そうしたはずだから」
「…………本当に、そっくりだな、君は」
そう言った彼も、俺と似たような表情だった。
ミスタグレアムは部外秘のはずの事件の詳細レポートを俺に託し、去っていった。
「『どうか幸せに』か……親父らしいな」
一言だけミスター伝に渡された遺言は俺を心配するものでも、自分を嘆くものでもなく、ただ俺の幸せを願うもの。
だけどたったの一言が、こんなにも重い。
「受け取ったよ、親父。
俺、きちんとやってくから、アラン・ファルコナーとして生きてくから」
だからどうか見守っていてくださいと、あの朴訥な人を思い出しながら呟く。
親父と接したのは本当に短い間だけだった。
俺は、普通の子供とは言えなかっただろうけど、あの人はきちんと愛情を注いでくれていて。
頬を伝う熱に、自分が泣いているのだと気付く。
だけど、拭うつもりはなかった。
これは俺があの人を大切に思っていた証だから。
ぼやけた視界のまま渡されたレポートに目を通していく。
「……これは」
レポートの最後、付け加えられていたのは2組のアドレス。
1つはミスタグレアムの。
もう1つは、
「俺と同じ遺族の、か。なんでこんなもの付け加えたんだろうな、ミスターは」
『困ったら頼りなさい』
その一文が妙に浮いて見える。
彼の真意は俺には分かりそうもなかった。