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「いらっしゃいませ、アラン様。
本日はどういったご用向きでしょう?」
「忍嬢は在宅か? 注文の品を届けに来た」
馬鹿でかい屋敷から出てきたのは純正のメイド。
ここは月村邸、恭也の彼女である忍嬢となのはの友人であるすずかの実家である。
「しかし相変わらず阿呆みたいにでけえ屋敷だな」
「あはは、そうかな。高町家だって道場とかあるし結構広い方だと思うんだけど」
「まあな。けど俺が見た中で屋敷と表現しないといけないような家はここが初めてだったんだ」
「んー、バニングスさんとこもかなり大きいよ」
「俺は基本的にあそこにゃ行かないからな」
一緒に廊下を歩いているのは月村の長女、忍嬢。
その楽しそうな顔を横目にだだっ広い廊下をぐるりと見渡す。
廊下や壁の端々に置かれる美術品は、ごてごてとしたいかにもな代物ではなく、主張しすぎずにしかし確かな存在感を持ってその場に鎮座している。
この一帯だけでかなりの値段になるのだろう。
それらを厭味のない程度に配置してある所に、センスの高さが伺える。
「しかしまさか忍嬢自ら出迎えに来るとはな。
てっきりノエル嬢辺りに案内されるもんだと思ってたんだが」
「私もまさか社長自らが届けに来るとは思ってなかったよ。
それなら私が迎えに行くのは礼儀でしょう?」
「む、気を使わせたか?
どうせ後からなのは達も来るから、ちびっ子共と交流でもしようかと思ってな」
「君もあの子達と大して変わらないでしょうが」
「君がそれを言うか」
「アラン君が私の名前に嬢を付けるのがいけないのよ」
クスクスと笑う忍嬢をジト目で睨む。
彼女は家族以外で俺の実年齢を知る数少ない一人であり友人だ。
そんな彼女にそう言う言い回しをされるのは存外に堪える。
スタンスを崩さない彼女にお手上げとばかりに両手を挙げた。
「わかった、わかった。忍、でいいか?」
「んー、すずかに追求されそうだけど、まあそれでいいや」
詮無い事を話している内に忍が立ち止まる。
なんの変哲もない、しかし大きな扉。
どうやらここが忍の部屋らしい。
「さ、どうぞ」
「失礼する」
初めて入った忍の部屋は思っていたよりもずっとシンプルだった。
彼女の事だからもっと工具なんかが置いてある部屋を想像していたのだが。
部屋内部を失礼にならない程度に観察していると隣から声がかかる。
「工房は他にあるのよ」
「む、顔に出てたか」
くるりと顔を撫でてから表情を戻すと、彼女の方に向き直る。
どうぞと勧められるがまま椅子に腰掛け、鞄から今日の本題である小箱を取り出した。
机の上を滑らすように忍の方に差し出してやる。
「これが依頼の品だ」
「ありがとう、確認しても?」
「勿論」
鷹の意匠が印刷されたシンプルな小箱を彼女が開ける。
緊張気味に箱を開いた彼女は、目的の物を見て一瞬息を吸った。
箱の内部に敷き詰められたクッションの上にはシンプルな羽を模った銀細工。
忍は嬉しそうにそれを手に取り、様々な角度から作品を確認し満足げに溜息を漏らした。
「相変わらずいい仕事するわね、ファルコンは」
「最近は部下の質も上がってきてな、楽させてもらってるよ。
普段の注文なんかは部下が捌けるようになってきたし。
尤も忍は身内扱いだからな。俺が作った」
「ありがとう。あ、これも何か式みたいのが刻まれてるわね。効果は?」
「一応月の加護を。どこまで効果があるのかは知らんけどな」
「ふーん。こういうとき身内扱いはお得ね」
「まあ、恭也繋がりとはいえ友人が増えるのは俺も嬉しいしな。
君用の物の注文が来てたのは結構前から知っていたが、まさか自分で注文を出してるとは思ってもみなかった。
正直こういったプレゼントは恭也がするべきだと思うが」
「無理無理。恭也こういうの全然わかんないんだから」
甲斐性が足りんなと呟くと忍が苦笑する。
苦労しているのだろう。
苦笑した彼女の気持ちはわからないでもない。
なぜなら恭也自身は認めてないが、周りの評価は全会一致で朴念仁なのだ、あの男は。
「で、お値段は」
「ふむ、この辺でどうだろう?」
ぽちぽちと電卓を叩いて渡す。
出てきた数字に彼女は酷く驚いた顔をした。
「本当にこれでいいの?」
「なに、身内価格とでも思っておけ。
恭也となのはがいつも世話になってる礼だ」
「んー、じゃあありがたく」
そうそう、下手に遠慮されるとこっちが困るからな。
さて、なのは達が来るまでどうしたもんか。
「振込みはファルコンの口座に頼む」
「わかったわ。これからアランはどうするの?」
「なのは達は……まだ来てないようだな」
「じゃあなのはちゃん達が来るまでテラスで待ってる?
それならノエルにお茶を持って行かせるけど」
「ん、そうさせてもらおうか。ああ──」
「アールグレイ、でしょ。もう覚えたよ」
「むう、それで頼む。では失礼させてもらおうか。
そうそう、道は分かるから案内は必要ないぞ」
「はーい、恭也が来たらそっちに顔を出すと思うからまた後で」
「ああ」
そうして席を立ち今度は一人で廊下に出る。
暫くすればなのは達も来るだろうし、テラスで猫でも眺めてるかね。
【しかしキングはなんと言うか忍さんに対して固いですね】
【俺の勘が言ってるんだ、彼女に隙を見せてはいかんと】
【なんでまた】
【絶対に突っ込まれて、その後からかわれるに決まってる。そういうタイプだ、あれは】
ノエル嬢が持ってきてくれた紅茶を楽しみながらドラッケンと念話をしていると、俄かに騒がしくなってきた。
どうやらなのは達が到着したらしい。
がやがやと近づいてくる一団に顔を向ける。
「げ、アランさん」
「だからそれは挨拶になってないと言ってるだろう、アリサ嬢。皆おはようさん」
「おはようございます、アランさん。
さっき来たお客さんってアランさんだったんですね」
「あ、兄ちゃんや、おはよう。
おるんやったら教えてくれてもええのに、なのはちゃん」
「にゃはは、私もお兄ちゃんがここに居る事は知らなかったの」
「今日は仕事だったからな。忍に商品を届けてきたとこだ。
その後紅茶をごちそうになりがてら、なのは達と交流を図ろうかと」
「よかった……男が僕1人じゃなにかと肩身が狭そうだったんですよ」
女3人寄れば姦しいとはまさにこのような状態を言うのだろう。
飛び交う声は途切れる事なく、付き添いできた恭也は処置なしとばかりに放置している様子だ。
それにしてもユーノ、へたれてるな。
この前はあんなに漢らしかったのに。
……このメンバーじゃしょうがないか。
いつの時代も女の子は強いよなあ。
「アラン、来てたのか。仕事はもう終わったのか?」
「ああ、恭也達が来る前に終わらせた。ほれ、忍が来たぞ」
「というわけで恭也はこっち。なのはちゃん達は楽しんで行ってね」
相変わらずお熱い事で。
忍は顔を出して早々恭也をかっぱらい、意気揚々と去って行った。
そんな幸せバカップルを尻目にアリサ嬢が口を開く。
「相変わらずなのはのとこのお兄ちゃんと、すずかのお姉ちゃんはラブラブよねえ」
「うん、お姉ちゃん、恭也さんと知り合ってからずっと幸せそうだよ」
「恭也お兄ちゃんは……どうかなあ、お兄ちゃん?」
ここで俺に振るかよ。
軽く溜息をついてから、思う所をそのまま口に出す。
「まあラブラブというのは古いが概ねアリサ嬢に同意だな。
忍に出会ってから恭也も大分張り詰めた感じがなくなった。
そうだな、渇いた感じが抜けた、とでも言えばいいか」
「私は難しい事は分からんけど、最近の恭也兄ちゃんは笑顔も増えたしええ事やと思うわ」
皆の言葉を受け、唯一、今の恭也にしか会った事のないユーノがコメントできずに目を逸らす。
その様子を見ながら、俺は不満を漏らした。
「あとは恭也にもうちょい甲斐性があればなあ」
「なんでよ。恭也さん優しいじゃない」
「今日届けた品は個人注文されてた彼女用のブローチだったんだがな。
てっきり恭也から忍に贈るんだと思ってたら忍から直接の依頼だった。
まったく、恋人ならプレゼントの1つもしたらどうなんだ、あいつは」
「あー」
アリサ嬢もコメントしづらそうに目を逸らした。
やはり女の子としては思う所があるのだろう。
「そ、そういえば今日は誘ってくれてありがとね?」
と、なのはが強引に話題転換する。
俺のコメントには誰も反論しないらしい。
尤も、そう言う方面に気が回る恭也は正直気持ち悪いし、偽者っぽいと俺は思うが。
「あ、うん。はやてちゃんもいきなり誘ってごめんね」
「私は別に大丈夫やで。どうせ暇やし誘ってくれて嬉しいわ」
ナチュラルに自虐ネタを飛ばすはやて。
もはや皆慣れてしまったのか誰も突っ込まない。
「ちょっ、スルー!?」
突っ込まないったら突っ込まない。
「最近なのはもなんか忙しそうだったしね。元気そうで安心したわ」
うんうん、いいねえ若人は。
微妙な感想を漏らしていると俺の隣にいたユーノが少し沈んだ様子を見せる。
大方、自分の持ち込んだ案件で俺達の時間を削っているのが心苦しいとかその辺りだろう。
テーブルの下から小突いてやめさせる。
【アランさん?】
【俺もなのはも自分からお前に協力する事を決めた。
そこにゃお前の責任はないだろう? そんな顔するなよ】
どうにもこいつは内罰的でいかん。
子供は子供らしく遊んで笑ってりゃいいのに。
そんな俺達をよそに、4人娘は会話に花を咲かせている。
俺はその心温まる様子を見ていたが、ふと覚えのある気配に気付き眉を顰めた。
【なのは】
【どうかしたの、お兄ちゃん?】
【お楽しみのところ悪いんだがジュエルシードの反応だ。
俺は先に行って簡易結界張ってるから適当に抜けて来い。
ユーノとはやてはこの場の誤魔化しを頼む】
【任しとき、兄ちゃん】
おもむろに席を立つとすずかが俺に気付く。
どう誤魔化すかを考えながら椅子を元の位置に戻した。
「どうしたんですか、アランさん?」
「なに、さっきまでここにいた子猫がいなくなっててな。
ちょいと気になるから探してくる」
足元でじゃれ付いている猫達を指す。
すずかは確かに子猫が1匹いなくなっているのを確認すると、
「一緒に行きましょうか?」
「いや、大丈夫だ。いい加減俺もこの屋敷には慣れてるしな。
すぐ戻ってくるから若いもんは若いもん同士楽しんでおけ」
「なんかじじ臭いわね」
「放っとけ」
アリサ嬢の突っ込みに答えながらはやてに秘匿回線を開く。
さっきからユーノが会話に参加していない事に気付いたので、ちょっとした悪戯を仕掛けていこうと思ったのだ。
【はやて、なのはが抜けたらユーノに話を振ってやれ】
【んー、どんな話振ればええかなあ?】
【ふむ、なのはの事をどう思ってるか、とでも聞けばいいんじゃないか。
見たところ好意は持ってそうだし、アリサ嬢達の食いつきもいいだろ】
【そうするわ】
むふふとでも聞こえそうなはやての念話を最後に、森の方へ歩き出す。
ったく、この屋敷は本当に馬鹿でかくて困るな。
非常識な広さに、人知れず悪態をつきながら。
大体の範囲を絞り込んで必要最小限の広さに封時結界を張り、なのはを待つ。
しっかし、このジュエルシードってのは……
「阿呆だな」
≪阿呆ですね≫
目の前には巨大化した子猫。
意図せず抜け出す為の言い訳と現状が重なってしまった。
「お兄ちゃん!」
なのはが俺の所へ駆け寄ってきて、固まる。
と思いきや素早く再起動を果たし口を開いた。
むむ、やるな、妹よ。
「あ、あれ…………は?」
「非常に阿呆な状況だが、一応あれが対象だ。
大方あの子猫の大きくなりたいという願いを額面通りに叶えたんだろ」
「そ……そっか」
これだからロストロギアは扱い辛いんだと毒づく。
真実、強い効果を持つロストロギアの中にはどうにも行き過ぎたものが多い。
なのはと一緒にセットアップし、バリアジャケットを纏って準備完了。
「さて、たいした獲物じゃないが共闘と行くか」
「うん!」
なのはがバスターフォームでベオウルフを構える。
どうやら遠距離攻撃でしとめるようだ。
そうだよなあ。まあ、近づきたくないよな、あれは。
さあ、攻撃だ、といった所で閃光が視界を貫いた。
魔力を感知。
「っ、なのはっ!」
まさか、別の魔導師!?
何者だと思い、魔力弾が飛んできた方を向き、
「……アー、シャ……?」
思考が停止した。
その金砂の髪、整った顔立ちに紅の瞳、かつての彼女を成長させたような少女がそこに立っていた。
彼女はそのまま子猫に向かい、金色[こんじき]の魔力弾を発射する。
「なんで、こんな所に魔導師がいるのっ!?」
なのはが混乱しながらフライヤーフィンを展開、猫の上に乗って金色を防ぐ。
対して彼女は少々驚いたようだが、それ以外の感情を見せようとはせず攻撃を再開。
倒れる猫に巻き込まれるなのは。
すぐに地面に降り立ち、彼女の方に向き直った。
2人が────対峙する。
「同系の魔導師……ロストロギアの探索者か……」
静かな声で『バルディッシュ』とアンノウンは自身の相棒の名を呟く。
ふっとその瞳に見覚えのある翳がよぎり、一瞬でその色は消えて彼女はその手のデバイスを構えた。
「ロストロギア、ジュエルシード……申し訳ないけど戴いていきます」
そのまま彼女となのはが戦闘に入ってしまう。
なのに俺は未だ混乱の真っ只中にいた。
どうして……彼女が、こんな所に……
「なんで……なんで、こんな」
「答えても……多分意味がない」
そんな会話を目で追いながら、なぜ、どうしてと、疑問符だけが頭の中をぐるぐる回る。
≪キング!≫
相棒の叫びで我に返った時には、戦場から逸れ、流れてきた金色が目の前に迫っていた。
「っ、ドラッケン!」
≪protection≫
咄嗟に防ぐ。
ええい、俺はいったい何をやってるんだ!
戦いの最中に呆然とするなんて、戦士としてあるまじき失態!!
「……ごめんね」
≪photon lancer≫
心底すまないと言う感情の籠められた言葉と共になのはへ魔力弾が放たれる。
なのはは猫に気を取られて防げそうにない。
ようやく我に返って体勢を整えようとしていた俺は、咄嗟に術式を組み上げる。
っ、間に合えぇっ!!
足に魔力を集め、単純に爆発。
生前読んだ漫画の真似事だが、いけるかっ。
≪round shield≫
「あ……お兄ちゃん、ありがとうなの」
「っ、悪い。もう動けそうにない」
無理やり魔力を爆発させたもんだから足から伝わる痛みが酷い事になっている。
正直足元を見るのが怖い。
俺を心配そうに見たせいで動きが止まったなのはと動けない俺。
俺達に構わず彼女は淡々とデバイスを構える。
「ロストロギア、ジュエルシードシリアルⅩⅣ 封印」
≪yes sir. sealing≫
困惑する俺達をよそにその子はジュエルシードを封印した。
「そうだ、彼女はあの時死んだ……死んだんだ」
「お兄ちゃん?」
そう、確かに死んだはずだ。
どんなに彼女に似ていたとしても、彼女であるはずがない。
自分に言い聞かせるようにただ1つの事を繰り返し口にする。
なのはに聞こえてしまったようだが、それに構わず俺は彼女を見つめ続けた。
彼女はそんな俺達を一瞥するとそのまま背を向けて去って行く。
後姿をみてようやく気付いた。
あの子は彼女とは利き腕が違う。
やっぱ……別人、か。
そうして俺達は、ただただ去って行く彼女の背中を見続ける事しかできなかった。
なのはに治癒魔法をかけてもらい、どうにか動ける程度に回復した足で、子猫を抱えてすずか達の元へ戻る。
治りきらなかった部分に魔力を流し、回復させながら痛みを顔に出さないよう注意して、なんでもないように切り出した。
「そろそろ俺はお暇させてもらおう。まだ仕事も残ってるしな」
「あ、じゃあ私達も」
「なのは達は恭也と一緒に帰ってこい。ゆっくり話すのは久しぶりだろ?」
ついて来ようとする3人を置いて月村邸を辞す。
帰り道俺は深々と溜息をついた。
「やれやれ、厄介事はあちらからやって来る、か」
≪トラブルマスターの名は伊達じゃありませんね。
って、それよりなんですか、あの危険極まりない移動方は!?≫
「瞬動と言ってな。以前読んだ漫画を参考にした」
≪キングーーーーーーーッ!!≫
きちんとした負荷の少ない術式を構成するまで、ドラッケンに使用禁止にされてしまった。
割と応用性高そうなんだけどな、あれ。
まあ今回は俺も無茶したとは思っているので、ドラッケンの説教を甘んじて受けておく。
とりあえずなのはが帰ってきたら、戦闘中よそ事に気を取られた事を理由に鍛錬を課そう、そうしよう。
え、八つ当たり? 俺も気を取られてたって?
そんな事は知らんなあ。
「にゃああああああああっ!?」
猫の鳴き声が聞こえたが気のせいだろう。
周りに猫なんぞおらんし。
「なんにせよ、やらにゃならん事が増えちまったみたいだな」
そう呟きながら俺はあの子の酷く冷静な、それでいて悲しげな顔を思い出していた。
────────interlude
今日私は初めて他の魔導師と対峙した。
訓練でお兄ちゃんと試合をする事はあるけど、実践は全然違った。
金の髪と綺麗な赤い目をした女の子。
あの子はあの子で気になるけど、今1番気になっているのはお兄ちゃんの事。
初めてあの子を見た瞬間、ありえないものを見たような目をしてた。
それに、
「死んだって、どういう事だろ……」
お兄ちゃんはあの子の事を知ってるんだろうか。
戦闘中、混乱して大きな隙を見せてしまった私は、あの子の攻撃を避けられずに思わず目を瞑ってしまった。
お兄ちゃんがなんとか助けてくれたけど、今日の私は良いとこなしなの、うにゃあ。
お兄ちゃんはいつもそうだ。
私が困ると助けてくれる。
いつも、そう、笑いながら。
だけど今日は、
「苦しそう、だったの……」
≪master……≫
「ありがとう、ベオウルフ。私は大丈夫」
そう、私は。
それよりお兄ちゃんが心配だ。
今日だって私を助ける為にお兄ちゃんは足に大怪我をした。
このくらい平気だって笑ってたけど、やっぱり苦しそうで。
でもきっと苦しそうなのは怪我のせいじゃなくて。
1人で頑張って、頑張って、そんなんじゃ壊れちゃうって教えてくれたのはお兄ちゃんなのに。
いつも傍に居てくれてるお兄ちゃんが、酷く遠く感じる。
「ねえ、ベオウルフ。私、強くなりたい」
≪……≫
初めて、心の底からそう思った。
そうか、私は……
「護られてるだけじゃ、嫌なの。
お兄ちゃんの隣に立ちたいの。
お兄ちゃんの心を私は護りたいの」
≪master≫
とてもとても強くて、とてもとても弱い人だから。
強がって強がって、壊れてしまう、その前に。
胸に下がるベオウルフを見つめる。
お兄ちゃんに渡された力。
この力で私は、お兄ちゃんを護りたい。
「できるかな?」
≪of course. you can do everything, if we are together≫
「そう……そうだよね。うん、ありがとうなの、ベオウルフ」
────天に祈り、地に誓い、そして貴き想いはこの胸に。
私はこれから自分の意思で剣を執る。────
────────interlude out