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儀式の礎となるのはベルカ式、三角形の魔方陣。
その頂点には守護騎士の面々とベオウルフ、左右の辺に繋ぐよう描かれたミッド式の魔方陣にはそれぞれなのはとフェイトが入った。
俺は現在ほぼ魔法行使ができないような状態なので、儀式魔方陣から外れた所で皆の様子を窺っている。
魔方陣の中心でリインフォースが胸の前に魔導書を浮かべ、なのはとフェイトが各々のデバイスを構えた所で、俺はほんの少しだけ口元を緩ませた。
やれやれ、どうやら間に合ったか。
≪ready to set≫
≪stand by≫
「ああ、短い間だったが、お前達にも世話になった」
≪don't worry≫
≪take a good jorney≫
「ああ」
リインフォースがバルディッシュ、レイジングハートと会話している間にも音は聞こえてくる。
キコキコと、必死に車輪が回る音が。
「リインフォース!」
「っ!?」
「皆あっ!」
かけられた声は皆にとって予想外の、しかし俺にとっては待ち侘びていた声。
まさかと言う目で俺を見てくるリインフォースに肩をすくめて見せる。
「ちょっくら時間稼ぎさせてもらったぜ。
ま、この様子じゃ必要なかったかもしれんが」
「何故……」
「言ったろ、はやての為だって。お前の為でもあるがな」
「私……の?」
「悲しい旅はここでもう終わりだ。
お前が新しく歩き始める所、きちんと見てもらえって」
悪いな、俺はわがままなんだ。
リインフォースに背を向けながらひらりと手を振る。
視線の先には、悪路にも負けずスピードを出そうと必死になって車椅子を漕ぐはやての姿。
「動くな!」
鋭い注意に何事かと振り向くと、ヴィータがはやてに走り寄ろうとしてリインフォースに止められた所だった。
「……動かないで、くれ。儀式が止まる」
「あかん、やめてえっ。リインフォース、やめてえっ! 破壊なんかせんでええ!
私が、ちゃんと抑える。大丈夫や、こんなんせんでええ!」
今にも泣き出しそうな表情のまま魔法陣の側で止まったはやては、リインフォースに訴えかける。
俺はこのやり取りが、必ず二人の為になると信じている。
だからどちらにも肩入れはしない。
己が主の優しさに、リインフォースはどこ悲しげにそっと微笑んだ。
「……主はやて、いいのですよ」
「いい事ない! いい事なんか、なんもあらへん!」
「随分と永い時を生きてきましたが、最後の最後で私はあなたに、綺麗な名前と心をいただきました。
騎士達もあなたの側にいます。何も心配はありません」
「心配とかそんなん──」
「ですから、私は笑って逝けます」
揺れてしまうのが怖いと言った彼女は、揺れる事なく何も悔いはないと言わんばかりに微笑みさえ湛えて言葉を紡ぐ。
彼女の表情にはやては一瞬息を詰まらせ、
「~~っ、話聞かん子は嫌いや。マスターは私や、話聞いてえっ!
私がきっとなんとかする。暴走なんかさせへんって、約束したやんかあっ!!」
「その約束は、もう立派に守っていただきました」
「リインフォース!!」
「主の危険を払い、主を護るのが魔導の器の務め。
あなたを護る為の最も優れたやり方を、私に選ばせてください」
こうして聞くと、彼女は俺と似た者同士だったのだろう。
似たようなやり取りを、あいつとした覚えがある。
だけど思う。
俺もリインフォースも、主の身体を護る事はできても、心を護る事のできる位置にいる事ができなかったのだと。
人の世はいつだって最小限の選択肢しか選ばせてくれない。
最も掴み取りたい選択肢は、いつだって手を伸ばした所の少し先にあるのだ。
「そやけど……ずっと悲しい想いしてきて、やっと……やっと……救われたんやないかあっ」
「私の意志は、あなたの魔導と騎士達の魂に残ります。私はいつも、あなたの傍にいます」
「そんなんちゃう……」
はやてが涙を堪えながら、駄々っ子のように首を振る。
「そんなんちゃうやろ、リインフォース!」
そんな彼女の様子に、リインフォースは困ったように微笑んで。
「駄々っ子はご友人に嫌われます。聞き分けを、我が主」
こんなのは嫌だと言わんばかりにはやてが車椅子を彼女に向かって走らせ、
まずっ!?
「あっ!?」
誰かが声を上げるが誰がなんて判別している暇もなかった。
走り、滑り込み、車椅子から落ちてくるはやてをなんとか支える。
ありがとうと告げる目線に、別に構わんとぶっきらぼうに返して。
とりあえずその場にはやてを座らせてからこけた車椅子を戻し、彼女を抱え座りなおさせた。
リインフォースとはやて、二人が頭を下げるのに下げ返し、とんとはやての背中を小突いてやる。
戸惑い雑じりに見上げてきて彼女に向かって片目を瞑ると、力強い頷きが返されて。
彼女はそのまま最初にして最後の騎士に向き直った。
「なんで、リインフォース? これから、やっと始まるんに……」
「主……」
「これからもっと、幸せにしてあげなあかんのに!」
その言葉に、リインフォースはゆっくりと魔法陣の端まで歩いてくる。
はやてに手が届く所まで。
「大丈夫です。私はもう──」
言いながら彼女の右手がはやての頬に添えられた。
キャストは逆だが、それはあたかもあの時の再現のようだった。
「──世界で一番幸福な魔導書ですから」
本当に幸せそうに微笑む彼女に、はやては言葉を詰まらせて。
深々と雪が降る静寂の中、リインフォースの声だけが響く。
「主はやて……一つ、お願いが」
「……」
「私は消えて、小さく無力な欠片へと変わります。
もしよければ、私の名はその欠片ではなく、あなたがいずれ手にするであろう新たな魔導の器に贈ってあげていただけますか?
祝福の風、リインフォース。私の魂は、きっとその子に宿ります」
「リイン、フォース……」
「はい、主はやて」
ついにはやての涙腺が決壊し、涙が零れ落ち始める。
彼女はそんなはやてに応えると、立ち上がり魔法陣の中央へ。
そこで目を瞑って、空を仰いだ。
「主はやて……守護騎士達……アストラとその主……そして、小さな勇者達。
ありがとう、そして…………さようなら」
リインフォースから光の粒子が立ち昇る。
彼女は薄く微笑みながら、世界一幸せな魔導書として、光となって消えていった。
呆然とリインフォースがいた所を見ていたはやてが何かに気付いたように上空へ顔を向ける。
キラリと光るそれを見つけた俺は、車椅子をその下へ移動してやり、はやてはそのまま両手でそれを受け止めた。
落ちてきたのははやてが決戦時手にしていた剣十字の杖の元、金の十字架を模ったペンダント。
彼女はそれを抱きしめると、静かに涙を流す。
そっと、はやての肩に手を置いて、俺は虚空を見上げた。
「……悲しみは、終わらせられたか?」
もう答えの返ってこない問いを投げかける。
はやてを慰めるように、儀式から解放された皆が彼女を囲って。
祝福の風は多くの人に惜しまれながらも、その身を空へ還した。
願わくば、彼女の新たな旅路が、穏やかなものでありますように……
帰り道、それまで無言で歩いていたなのはがポツリと呟いた。
「事件、終了……かな」
「うん」「ああ」
「でも、ちょっと寂しいかな……」
本当にさびしそうに呟いた彼女の手をフェイトが取り、二人が立ち止まる。
合わせて俺も立ち止まった。
「クロノが言ってた。ロストロギア関連の事件はいつもこんな感じだって。
大きな力に引かれて、悲しい事が連鎖していく」
「うん……」
「そうだな。いつだって、そうだった……」
局に入ってまだ日の浅い俺はそれほど多くの事件を扱ったわけではない。
だけども、俺が担当したロストロギア関連の事件でも、常に悲しみは付き纏う。
ロストロギア、きっとあれは太陽のようなものなのだ。
その光に惹かれて近寄ろうとすれば、身体が燃えてしまう。
そっと右手の人差し指、つけられたままの相棒を優しく撫でた。
「私、局の仕事続けようと思うんだ。執務官になりたいから。
母さんみたいな人とか、今回みたいな事を少しでも早く止められるように」
「つらいぞ?」
「うん、クロノもそう言ってた。執務官になってから、人の汚い所沢山見てきたって。
だけどね、ジンゴ。私を救い上げてくれたのは、なのはとその執務官だったんだよ?」
ほんの少しだけ遠回りに言われた礼。
なんともむず痒くなったので、ぶっきらぼうにそうか、と返すと、何がつぼに入ったのか彼女はくすくすと笑う。
そして彼女は、なのはは? と続けた。
「ん?」
「なのはは何か考えてる? これからの事」
「……私は執務官とかは無理だと思うけど、方向は多分フェイトちゃんと一緒。
ちゃんと使いたいんだ、自分の魔法」
「『魔法』……か」
言葉の響きに考え込む俺をよそにフェイトがあっと声を上げる。
俺達の背後を見て反応した彼女に釣られ振り向くと、金髪の少年、ユーノと子犬形態のアルフが走ってきていた。
話は途中で切れてしまったが、なんとなく二人の気持ちもわかったので歩幅を合わせてゆっくりと歩く。
マンションの下で、フェイトとアルフに手を振って別れた。
「ユーノ君、折角戻ってきてくれたのに殆ど一緒にいられなかったね」
「ははは、ずっと調べ物だったからね」
「でも凄かったらしいじゃないか。
無限書庫の司書達から強烈にラブコールが来てるって聞いたぞ」
「ふえっ!? そうなの?」
「耳が早いなあ、ジンゴは。
まあ、本局に寮も用意してもらえるみたいだし、発掘も続けていいって話だから決めちゃおうかなって」
「本局だとミッドチルダよりは近いから私は嬉しいかな」
「本当?」
「うん」
おーおー、嬉しそうな顔しちゃって。
これでなのはの方には他意がないんだから、本当罪作りだよなあ。
いきなりくるりとユーノが振り返る。
気付けばもう高町家の門が目の前にあった。
「じゃあ、僕はここで」
「え?」
「仕事が決まるまで、アースラにいていいって話だから」
どうやらユーノはただ俺達を送る為だけに来たらしい。
律儀と言うかマメと言うか。
その気持ちが早くなのはに伝わってくれるといいんだが。
「そうか。まあ、それだと俺とはちょくちょく会うかもな。
俺は基本本局勤務だし、本局までの中継にアースラを使う事も最近は多いから。
困った事があったらいつでも言ってくれ」
「うん、ありがとうジンゴ」
「ユーノ君、年末とかお正月とか、時間があるようならこっちにも顔を出してね。
話したい事、たっくさんあるから!」
なのはの言葉にユーノは本当に嬉しそうに頷くと、アースラへ帰っていった。
玄関を開けて家に入り、桃ちゃん達に帰還報告をしてさっさと二階に避難する。
流石に疲れた状態でシロさん達と長話をするのはきついので、事情については翌日説明する事にした。
と、部屋に戻る途中、なのはが携帯を開いてメールを打ち始める。
誰にだろうと思いながら様子を見ていると、送信し終わったのか彼女が顔を上げる。
「すずかちゃんからクリスマス会のお誘い。
午前中はやてちゃんのお見舞いに行って、それからすずかちゃんちで、だって。
ジンゴ君、行けるよね?」
「ああ、事後処理のおっきい所はアースラでやってきたし、あとはメールのやり取りでもOKだから大丈夫。
それに……ちゃんと話さなきゃ、な」
「うん、そうだね……」
緊張気味のなのはの背中に軽く喝を入れる。
驚いたように俺を見る彼女に笑いかけた。
「大丈夫。あいつ等なら、きちんと受け止めてくれるさ」
そう、大丈夫。
だから明日は、笑って、会いに行こう。