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今から戦い始める彼女達の事は気になる。
が、その感情を信頼と言う言葉でねじ伏せた。
地面に降り立ち、俺は目を閉じる。
お袋は言った、『ただ欲せ』と。
ばあちゃんは言った、『魂が知っている』と。
なら今の俺に必要なのは自己との対話。
否、“アラン”との対話だ。
深く、自己の裡へ沈んでいく。
深く、ただ深く。
とん、となぜか地に足が着く感触を感じ、俺は目を開いた。
「よう、アラン・ファルコナー。この場合、初めまして、でいいのか?」
「どうだろうね。でも顔を合わせたのは初めてだから、やっぱり初めまして、になるんじゃないかな■■■■■」
目の前には俺と同じ容姿の青年。
違う、あの姿は本来彼のものだ。
俺は……
ふと足元を見るとつま先を中心に足場が揺らいでいた。
どういうわけか俺達は水面[みなも]に立っているらしい。
そして、
「戻ってる?」
そこにかつて俺自身のものだった姿を見た。
水面に映る俺は、ばあちゃんに招かれる直前の擦り切れた姿ではなく、平和だった日々を過ごした平々凡々な大学生の姿だ。
「ああ、ここは精神世界の深層だからね。
僕達がこの姿なのはそれが僕達の魂の在り方だからだ」
「なるほどね。つまりここではお前はアラン・ファルコナーであり」
「君は■■■■■なのさ」
そう言ってアランは肩をすくめた。
そういえば、
「すまなかったな」
「何が?」
「俺がずっとお前の場所を取っちまってただろ」
その言葉にアランはきょとんとしてから、思いっきり噴出した。
っておい、失礼な奴だな。
思わずジト目で睨んでしまう。
「ごめんごめん。頼むからその目で見ないでよ」
「なら笑うのをやめろ」
「いや、だって予想外にも程がある。
君っていっつも無茶苦茶やる割には、妙に繊細と言うか、律儀と言うか」
わけが分からん。
俺の冷たいであろう視線に応える事なく、アランはくつくつと笑い続ける。
しばらくしてようやく落ち着いてきたのか、それでも目尻に涙を浮かべたままアランは話を再開した。
「僕はね、むしろ君に感謝しているんだ」
「感謝?」
「元々魂の情報が欠けていた僕は、本当ならあの時死んでるはずだった。
君という魂が入り込んできてくれたおかげで、僕は今まで生きていられたんだよ」
「それでもっ」
そう、それでも。
納得なんて出来ないはずだ。
本来なら自分がいるはずの場所に、自分以外の人間がいるなんて。
「君はいつもそうだ。
皆が皆優しすぎるなんて言いながら、自分もその類だって事に気付かない。
呆れたお人よしだよ、君は」
それは俺がいつも使うのと同じフレーズで。
未だくすくす笑い続ける青年に俺は閉口する。
「まあ今まで中々に楽しめたよ。……さて、本題に移ろうか」
そう言ってアランは右手を俺に差し出す。
その動作には一片の躊躇もなかった。
確かに互いにやるべき事は分かっているし、分かっているのならば説明は必要ない。
しかし、ここまで迷いがないと逆に戸惑う。
「お前はそれでいいのかよ?」
「何が?」
「同化したらお前は殆ど残らない、違えか?」
アランは苦笑して指を立て、メトロノームのように左右に振った。
……気障だ。
やべえ、その容姿でそんな事をされると、今となっては酷い違和感が。
「残る残らないじゃないよ。
アラン・ファルコナーと■■■■■はようやく1つになるんだ」
「変わらないだろ。お前が消える事には、な」
「その理屈で言えば君も消えるんだけど」
「理屈じゃねえんだよ」
ずっとこんな所に独りでいて。
それでこれからその存在でさえも消されてしまうなんて、俺なら耐えられない。
「やれやれ、中々に難儀な性格だな、君は」
「うるせ。ずっと見てたんなら知ってんだろ」
「確かに。……じゃあ、こうしよう」
そうしてアランは再び右手を俺へ差し出す。
何も変わらないじゃないかと目で訴える俺に、アランはさらりと言った。
「連れてってくれ」
「……は?」
「だから、ここに居続けるのはもう飽きたから、僕も外の世界に連れてってくれ」
声を上げようとして、強い視線に射抜かれる。
まじりっけなしの純粋なその色に、やりきれなくなってがりがりと頭をかいた。
最近俺の右手はこんな事にばかり使われているような気がする。
こいつは、本気だ。
ったく、これじゃ戸惑ってる俺の方が悪者みたいじゃないか。
「後悔しないな?」
「この場合迷ってるのは君だけだからね。そっくりそのままお返ししよう」
「ぬかせ」
今度は戸惑わずに俺も右手を差し出し、アランの手を取りがっちり握り合う。
そんな状況で、これから先俺達がどうなるか分からないのに、
あいつは、曇りのない顔で、笑った。
「……新たな誕生に、祝福を。
この醜くも美しい世界で、それでも僕等は生きていくんだ」
アランの口から、唄うように言葉が紡がれる。
瞬間、意識が浮上した。
上空ではヴィータ嬢がハンマーにカートリッジをロードした所だった。
どうやら大して時間は経ってないらしい。
「……馬鹿野郎が。やっぱ殆ど残ってねえじゃんか」
予想通り魂の統合は■■■■■をベースに行われたようだ。
元々欠損を抱えていた1歳未満の子供と、20を越えた成年の魂が鬩ぎ合っていたのだ。
どちらが負けるかは火を見るよりも明らか。
今までと違う所もあるがちょっとした違和感程度のもので、10分もしない内にその違和感もなくなってしまうだろう。
後悔は、しない。
それがかつての俺とあいつへ向けた、最低限の礼儀だと思うから。
「ああ、生きていこう。俺は……俺は、アラン・F・高町だ!」
世界へ高らかに宣言する。
俺の中に僅かに残るあいつに、届けばいい。
イヤーカフスに触り、外す。
「タケミカヅチ、セットアップ」
≪set up≫
柄から鞘まで全てが白に染まった日本刀が顕現する。
ただの日本刀に見えるが、タケミカヅチは立派なアームドデバイスである。
ただし、今回は全力でぶちかます為に出したのであって、攻撃には使わない。
求められるのは線の鋭さではなく、ある程度の面積がある一撃必殺。
「タケミカヅチ、アーマーフォーム」
≪armor form≫
刀が白銀の甲冑に変わる。
正しくこれが、俺のベルカの騎士としての出で立ちだ。
「ドラッケン、フルドライブ!」
≪load cartridge≫
左右から2つずつ薬莢が排出される。
ドラッケンの形状が鋭角性を増し、俺の全力を受け止められるフルドライブモードに入るが、
「おいドラッケン」
≪ja≫
「てめえ、嘗めてんのか?」
ドラッケンは左右に10発ずつ、計20発のカートリッジ内臓が可能だ。
それが4発、たったの4発しかロードしなかった。
≪しかしキングの体を考えれば──≫
「やれよ。これで暴走プログラムが消滅しなけりゃ俺もお前もお陀仏だろ。
思いっきり本末転倒だ。ってか、あれだ。
もしこれで攻撃が通らんかったらもう1度全装填でフルドライブ、リミットブレイクも仕掛けるからな」
≪……はあ、分かりました。まったく、しばらくは安静にしてもらいますからね≫
「わーってるよ。俺もこんな無茶はしばらくしたくないし」
≪load cartridge!≫
やけくそになったドラッケンの声に続いてカートリッジシステムが一気に稼動する。
飛び出す薬莢に合わせて俺の身体に次々魔力が供給される。
魔力を上乗せし、更にその上にも、その上にも。
どんどん上乗せされていく魔力に体が軋みを上げた。
だけど、こんなんじゃ足りない。
足りなすぎる。
だからっ!
「……っと……もっと! もっとだ!! もっと寄越せ!!!」
────瞬間、世界が俺を通り抜けた。
無意識の内にくっと口角が吊り上がる。
「っは、ははっ、ははははっ、そう言う事かよっ」
ようやく、お袋とばあちゃんの言葉を理解する。
こみ上げてくる“それ”に逆らわず、口を開いた。
「星々が巡る天空[そら] 願いは地に堕ちて
────受け取りし人間[ヒト]の運命[さだめ]を負わん」
詠う。
「悠久の時を越え 約束の地今は遠く」
詠い上げる。
「前進も後進も 全ては意思によりて」
ただ朗々と詠唱する。
「さすらば自ら希望を先に指し示さん」
別に考えて詠っているわけではない。
俺はこの唄を“初めから”知っていた。
そう、ただ忘れていただけだ。
「今ここに奏でん 永遠[とわ]なる光の唄」
アランと1つになる事で、欠けた魂はようやく正しい形に収まった。
「我が魂を以て紡ぎ、命ず」
そうして辿り着く。
否、還り着く。
己が魂の、扉の前に。
さあ、開けようか。
必要な鍵はすでに手の中にあるだろう?
「────真血開眼[circuit open]」
≪gear set stand by≫
視界が切り替わる。
世界が広がり、それでいて酷く狭く感じる。
嗚呼、世界はこんなにも自由で窮屈だ。
「ギアチェンジ・トップ」
≪top gear...drive≫
加減をする気はさらさらない。
ギアを上げたと同時に今までなかったはずの領域へ魔力が流れ込んで行った。
堰き止められていた魔力が自由を求め巡り、廻り、全身を満たして──
これは……魔力が増幅されてるのか?
「解放」
≪release magic≫
満ちた魔力を放出し、大気に混ぜ込んでいく。
『魔力変換資質・風』
検査で判明した俺の資質だが、正確に言えば間違っている。
今なら分かる。
風はそれすなわち大気だ。
遥か昔から一族が持っていた、「自然との調和」という力だ。
大気と同化し、俺は世界の声を聴く。
それはヒトという殻に収めるにはいささか大きすぎる力。
唯人である俺には制御しきれるはずがない。
だからまずは彼等に挨拶を。
「よお……その力、借り受けるぜ。
────ウェンテ!」
そして、俺を包む全ての世界に、感謝を。
集束して行く大気。
蒼はより深い蒼へと。
右半身を引いて腰を落とし、絶砲の構えを取る。
絶砲──俺の生み出した超近距離用の技で、そのルーツは中国拳法の浸透勁にある。
零距離からトップスピードで打ち抜きながらも、振動を加える事で内部破壊を行うという単純な技だ。
今から魔力砲発射のトリガーに使うのは絶砲・嵐[ラン]。
俺の魔力と風で空気抵抗を極限までなくし、周囲の空気を巻き込みながら打ち出す技。
圧縮集束した魔力塊を絶砲・嵐で打ち出すこの魔法は、以前使おうとして自身の絶対的魔力量が足らずお蔵入りしたものだ。
集束に圧縮を加え、更に集束させて────
視界が紅に染まる。
裡から生まれ出る破壊衝動を、意思の力で無理矢理押さえつける。
あそこで戦っているのは俺の家族だ。
俺が俺の手綱を手放せば、この暴力はあいつ等に向かっちまう。
「だからっ……てめえは俺だろうが! 黙って俺に従ってろっ!!!」
捩じ伏せる。
傷つけて……たまるかぁっ!
「カートリッジフルロード!」
≪load cartridge!≫
残りのカートリッジを全部ロードし、普通なら制御不可能なほどの魔力を一気に上乗せ。
薬莢が次々に排出され、溢れ出る深蒼の魔力を纏った。
目の前にはあれだけ圧縮を加えたにも関わらず2m大の蒼い魔力塊。
準備……完了っ!!
「全員退避!」
叫ぶ。
慌しく全員が退いた後、ようやく見えるようになったコアを睨み付けた。
てめえの再生能力がどれだけあるか知らねえけどよ……
流石に空間ごと吹き飛ばされりゃ復活は出来ねえだろっ!!
「我流奥義────絶砲・嵐」
静かに紡ぎ、右腕をただ真っ直ぐに発射する。
「おおおおおおおおっ、トルネードブラスト・エクステンションッッ!!!」
≪trunade blast extension≫
魔力塊と右拳が鬩ぎ合う。
ふと、思考の片隅を親父の顔がよぎった。
そう言や、こういうのも仇討ちになんのかねえっ。
軋む身体。
痛みに顔を顰めながら脳内で指示を出す。
俺の命に応え、相棒は右肘の切り札を躊躇なく切った。
≪load cartridge!≫
「バーストオオォォォーーッ!!!」
右肘で魔力が爆発する。
それを推進力に変えて打ち込み、拳前の拮抗を崩す。
打ち出された魔力の塊はコアを目指して真っ直ぐに進むかに見えた。
そんなもんで終わらせるわけがないだろうがっ!
「ブレイク!」
短く飛んだ俺の指示に、忠実に魔力が形を変える。
圧縮されていた風が急激に元の姿を取り戻し、真空を作り出す。
そこに新たな風を巻き込みながらひたすら空間を侵食していき、
────蒼が、空を、裂いた。
「っ、はっ、跡形もなく消えやがれっ」
着弾、間隙、爆発。
閃光に目前が塗りつぶされる。
誰もが無言のまま爆心地を見つめ続け、守護騎士が何事かを告げた。
瞬間、歓声が聞こえる。
どうやら上手くいったらしい。
っふう、なんとかなったか。
俺の意思に関係なくぐらりと傾いた身体を、
「っと、ご苦労だったな」
「っわりい……シグナムか?」
正直今近くにいられるとやばすぎる。
視界は赤く点滅、裡から湧き出てくる危険な感情。
この破壊衝動が……消えやがれぇっ!
≪キングッ、直ぐに回線を閉じてください!≫
ドラッケンが何かを言っている。
閉じる?
……ああ、龍眼の話か。
「────っ、真血閉眼[circuit close]」
急速に思考が冷え、冴え渡っていくのを感じ取る。
ようやく落ち着いてくれた衝動に、内心で大きく溜息をついた。
なるほど、こりゃ危険だ。
ばあちゃんが俺を心配してたのも道理だな。
「お前、目が……」
「あ、なんだ?」
「いや、赤から青になったからな」
あー、開眼してる間は色違うのか、初めて知ったぞ。
っと、正直そろそろ限界なんだが。
「なあ」
「なんだ?」
「ちゃんとあれは消えたか?」
「ああ、シャマルが消滅を確認した」
「終わった、か?」
「ああ、終わった。お前が終わらせてくれた」
「……そうか」
それだけ聞けりゃ、充分だ。
もう疲れたから寝かせてくれ。
あ、あともう1つだけ。
「リインフォースにさ」
「うん?」
「俺が起きるまで早まるんじゃないって言っといてくれや」
「ああ、っておい!? 大丈夫か!?」
うる……せえな。
寝るっつってんだろうが。
そう悪態をついて、俺は外部との接続を絶った。
────────interlude
不思議な少年だ。
私は腕の中で寝息を立てている少年を見る。
私に抱えられている状態で気を失った彼を軽くチェックしてみた所、気絶の原因は単なる疲労と魔力不足のようだ。
ぱっと見で結構な重症に見えるが、安らかに寝ているだけなので命に別状はなさそうだと判断する。
私の診断にシャマルほどの正確さはないが、このレベルなら特に問題は起きないだろう。
せいぜいがしばらくベッドから起き上がれない程度か。
先程までの事を考えればこの少年はそれでも起きて動きそうな気がするが。
安堵の息をついて、ふと思う。
出会ったのはたったの数時間前、しかも私達は彼をずっと警戒していたというのに。
なぜこいつはこんなにも無防備に私の腕の中で眠れるのか、理解に苦しむ。
「……戦友、か」
なるほど、確かに我等は戦友だろう。
短い時間だが同じ目的の為、共に戦ったのだから。
しかし、
「それとこれとは別ではないのか?」
それは無防備な姿を晒していいという事にはならんだろう。
年相応の寝顔をしているこの少年は、起きている間ずっと戦士だった。
少年と表現するのは生温いとすら思える、そんな戦士だ。
少年と言うよりは、男と表現した方がしっくり来る。
先ほどまでの戦いを思い出す。
あれ程強大な力に立ち向かったというのに、不思議と負ける気はしなかった。
それがこの男が後ろにいたからだと言うのならば、
「……魔法使い」
新たに主となった少女の言葉を思い出し、少しだけおかしくなって笑う。
不可解な人物、不条理を飄々と跳ね除ける人物、不思議な力を使う人物。
元来魔法使いとはそういった者をさしたのだと聞いた事がある。
なるほど、確かにこの男は魔法使いだな。
納得をした所で顔を上げる。
さあ、文字通り飛び寄って来る戦友達へ、彼の言付けを伝えようか。
────────interlude out