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光が弾けて視界が広がる。
あのまま外に出られるものだと思っていたが、どうやら違うらしい。
真っ暗な闇の中、俺はたった一人、否、二人で立っていた。
≪申し訳ありません、主。
これはどうやら私自身が蒐集されていた影響のようです≫
「いや、構わねえさ。元々お前を蒐集されちまった俺が間抜けなんだ。
で、ここがどこか分かるか?」
≪魔導書の幻術空間から抜け出した事は確かなのですが……恐らく書の主の精神世界ではないかと≫
「はやての、か」
ならばあまり長居するのははやてにとっても俺にとってもいい事ではないだろう。
俺は当てもなく歩き出した。
とりあえずはやてか、もしくは闇の書の管制人格に出会えば状況は動くはずだ。
微かな話声を俺の耳が捉え、俺は引き寄せられるようにそちらに足を向ける。
遠くに見えるのは銀と茶。
多分、管制人格とはやてだろう。
車椅子にぐったりと身を預けたはやては、酷く眠そうに何事かを呟いている。
「私が……欲しかった、幸せ……」
「健康な身体、愛する者達との、ずっと続いていく暮らし。
……眠ってください、そうすれば夢の中であなたはずっと、そんな世界でいられます」
銀の言葉にはやてはゆっくりと、だがはっきり首を横に振る。
近付いた事で判別できるようになったはやての目には、確かな意思の光。
だから、俺にははやての次の台詞が想像できてしまった。
「「だけども(せやけど)、それはただの夢だ(や)」」
言葉を重ねる。
強い言葉が意思を乗せて、世界を確かなものに変えていく。
「ジンゴ君!?」
「なぜ、ここに?」
「さて、俺にもよくわかってねえんだが……」
≪恐らく私がお前の本体に蒐集されていた影響と、私とお前が近しい存在である事が関係しているのであろうな≫
「この声は、アストラ……か?」
「って、ええ!? 今どっから聞こえたん!?」
ついさっきまで眠そうにしていたとは思えないほど、はやてが目を見開いて驚く。
俺はここから、と胸を叩き苦笑した。
「さて、俺が迷い込んじまったのは謝るにしても、どうすんだお前等」
「あ……」
はやてがしまったと顔を顰める。
すぐに気を取り直したように管制人格に向き直ったのは流石だろう。
「私、そんなん望んでない。あなたも同じはずや! 違うか?」
「……私の心は騎士達の感情と深くリンクしています。
無論私自身が魔導書としてあなたに接した時の感情を後押しする程度のものではありますが、私自身も騎士達と同じようにあなたを愛しく思います。
……だからこそ、あなたを殺してしまう自分自身が許せない」
「!?」
はやては驚いているようだが、俺にとっては想定の範囲内。
闇の書事件には必ずある事象が外せないものとしてあるのだから。
そして、それはユーノの調査によって確定情報として俺の中に記憶されている。
「自分ではどうにもならない力の暴走。
あなたを侵食する事も、暴走してあなたを喰らい尽くしてしまう事も、止められない……」
それは初めて彼女自身が漏らした弱音であり、悲しみの発露だった。
対するはやては俯きがちに、ぽつりぽつりと語りだす。
「覚醒の時に、今までの事少しは分かったんよ。
……望むように生きられへん悲しさ、私にも少しは分かる。
シグナム達と同じや、ずっと悲しい思い、寂しい思いしてきた」
「……」
「せやけど……忘れたらあかん」
はやてが車椅子から身を乗り出す。
俺は慌てて彼女が倒れてしまわぬよう、車椅子を支えて。
ふっと一瞬目が合って礼を言われた気がしたので頷き返した。
はやてはそのまま自らの右手を管制人格の頬に添える。
「あなたのマスターは、今は私や。マスターの言う事は、ちゃんと聞かなあかん」
きらりと白き輝きを持つ魔力が放たれ、はやてを中心にベルカ式魔方陣が展開された。
嘘だろ、この状況で完全覚醒するなんて!?
「ベオ、はやてのサポートを!」
≪御意≫
リソースが何割かサポートに割かれるのを感じる。
今俺に出来る最大限は、たったのそれだけでしかなかった。
淡々と、慈しみを籠めて、はやての語りは続く。
「名前をあげる。もう闇の書とか、呪いの魔導書なんて言わせへん。私が呼ばせへん」
気付けば銀髪の女性は涙を流していた。
今まで俺やなのは、フェイトが見てきたものとは違う。
彼女から溢れる感情は喜び、だ。
歪められた魔導書の管制人格は、ようやく本来の姿を取り戻す。
「私は管理者や。私にはそれができる!」
ったく……なのはといい、フェイトといい、こいつといい、本当に九歳児なのかよ。
普通ではない聡さとその意志の強さ。
類は友を呼ぶってのはこう言う事かとよそ事を考える。
それほどまでに今のはやては大人びて見えた。
「無理です。自動防御プログラムが止まりませんっ。
管理局の魔導師が戦っていますが、それでも……」
≪無理ではない。ここには我が主がいるからな≫
「更に言や外で戦ってんのは俺が最も信頼する魔導師だ。あいつは……強いぜ」
だからお前はお前の仕事をしろと、はやてに片目を瞑ってみせる。
彼女は間髪入れずに頷くと、祈るように目を瞑った。
「止まって!」
彼女が闇の書へ介入し始めると同時にベオウルフがそのサポートに入る。
俺は俺でロブトールを再セットアップすると、地面と思わしき所に手をついた。
っと、処理能力が足んねえか?
他よりは馴染みのある術式とは言え、ベオが全面的にはやてのサポートに回っている今、ロストロギアへ無理矢理介入するには能力が足りていない。
足りないなら足りるようにするまでだ!
「ったく、いつまで寝てんだよ。起きろ、白銀!!」
≪……別に寝てたわけじゃねえ。
てめえが俺を必要とするまで休んでただけだろうがっ!!≫
白き狼が不機嫌な面で顕現する。
だが、表情や言葉とは裏腹に、彼の尾っぽは上機嫌に揺らされていた。
≪ま、呼ばれたからにゃ仕事はしてやんよ。しくじんなよ、ジン≫
「当然!!」
はやてとベオの作業から防御プログラムの切り離しを行っていると判断。
作業過程を飛ばす事は不可能。
ならば、
細かい処理をこっちで行う!
俺達の手を借りて異常なほどのスピードで、世界の権限を取り戻していくはやて。
一定まで作業を終えた所ではやてに声をかける。
「はやて、外部に呼びかけろ。
この世界からそれができるのは、管理者権限を持つお前だけだ!」
「うん! 外の方! えと、管理局の方!」
届いてくれよ……お前ならいけるだろ、なのは!
「こちらは……そこにいる子の保護者、八神はやてです!」
【はやてちゃん!?】
うおっ!?
外部の声は念話っぽく聞こえんのか。
音がでかいからびびったぜ。
「なのはちゃん!? ほんまに? って、ジンゴ君、言ってくれてもええやないか!」
「いや、まあ……ちょっとは狙ったけどな」
【うん、なのはだよ。色々あって、闇の書さんと戦ってるの。
……って、今聞き捨てならない事が聞こえた気がするんだけど、もしかしてジンゴ君もそこにいるの? 無事?】
「ええっと……」
戸惑うようにこちらを見てくるはやてに頷いてやる。
未だフェイトの無事は確認できていないが、あいつも俺と同じようなパターンだったとしたなら絶対無事なはずだ。
あんなぬるい夢にどっぷり浸ってしまう程、今のフェイトは弱くない。
「ジンゴ君ならこっちでピンピンしとるで。
今もこの子を止めるんを手伝ってもらっとる」
【そっかあ、よかったあ……】
心底ほっとした風のなのはの言葉に胸が温かくなる。
が、今はそうしている場合ではないので、肘ではやてを小突いた。
それで今すべき事を思い出したのか彼女ははっとなり、再びなのはに呼びかける。
「ごめん、なのはちゃん。なんとかその子、止めたげてくれる?
魔導書本体からはコントロールを切り離したんやけど、その子が奔ってると管理者権限が使えへん。
今そっちに出てるのは、自動行動の防御プログラムだけやから!」
【ぁ……う……】
止めたいけどどうやればいいのかわからない。
そう言いたげななのはのうめき声に、すぐさま念話が飛び込んできた。
ユーノだ。
【なのは! 分かりやすく伝えるよ。
今から言う事をなのはができれば、はやてもフェイトもジンゴも外に出られる!】
【ん】
【どんな方法でもいい。目の前の子を魔力ダメージでぶっ飛ばして!
全力全開、手加減なしで!!】
【……さっすがユーノ君、わっかりやすい!!】
我が意を得たとばかりに急に活き活きし始めたなのはの言葉に俺は戦慄する。
なんて事言いやがるんだ、ユーノ。
攻撃を喰らうのが自分ではないとは言え、一瞬トリガーハッピーのようにカートリッジを使いまくるなのはの姿を幻視し、ぶるりと震えた。
彼女の魔法行使を実際に見た事がないからだろう。
はやては安心したように管制人格へ向き合い、最後の一押しを始めた。
【エクセリオンバスター、バレル展開。中距離砲撃モード!】
「……いつの間にエクセリオンモード解禁したんだろうなあ」
「ん? 何か言うた?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
なのはが無茶苦茶なのはこの半年間一緒に暮らしていて理解したつもりだったのだが。
……つもりだけだったみてえだな。
人知れずたらりと冷や汗を流した。
そんな俺の横で、管制人格ははやての前に跪き、はやては両手で彼女の頬を挟む。
白く輝くベルカ式魔法陣の上で向き合う主従。
その光景は周囲が暗闇である事も相まって、酷く幻想的であった。
「夜天の主の名において、汝に新たな名を贈る」
幻想空間を維持したまま、はやての声が静かに空間を満たす。
彼女が言葉を重ねる度、銀の意味が塗り替えられていく。
「強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール──────リインフォース」
瞬間、光が満ちた。
同時に今まで感じ取れなかった外部への繋がりを感じる。
どこかに引っ張られる感覚に、俺は頬を緩めた。
「どうやらお帰りはあちらからって事らしい。
あんま居座んのも、なのはに任せっきりなのもあれだし……行くか」
≪だな≫
≪yes, my lord≫
≪参りましょう≫
三者三様の返事を受け、俺は感じたままに光溢れる空間を走り出した。