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通信画面を閉じながら肩を落とす。
ふう、と吐き出された息は自分の物とは思えない程に重たかった。
それだけこれまでのあれこれが重労働だったと言う事なのだろう。
尤も俺が重労働だったわけではないのだが。
ようやくリインフォース達の件も落ち着いてきたので次に求められるのははやて達の立場の確立。
ここ数日その関連で本局とコンタクトを取っていた俺は、作業が一段落ついた事もあってやっとのんびり過ごせるかな、とそんな平和な思考に満たされていた。
「ま、結局あの人の力を借りる事になっちまったけどな」
≪仕方のない事でしょう。今のキングにはなんの権限もありませんから≫
「にしてもなあ……どんだけ無茶してくれんだか、あの人は」
借りばかりが累積していくな、と今度は本物の溜息。
現在、八神家は管理局との接点がほぼない状態だ。
ミスターの伝もある事はあるが、できる限り使いたくないと言うのが本音。
接点を洗い出されてしまうと闇の書の存在が浮かび上がってくる可能性もある為だ。
それはミスター側、はやて側、双方に取って上手くない。
≪いいではないですか。
これで大手を振ってファルコナーの家に行けるようになったわけですし≫
あの人はそうした俺達の事情を汲んで、まずは俺の立場を確立する事を勧めてきた。
俺と言う接点から局なり聖王協会なりに繋げばいい、と言う事だ。
昔いたアラン・ファルコナーとは別人として、しかしファルコナーの後継者としてアラン・ファルコナーの遺産を相続する。
それがあの人のプランだった。
ここにどんな無茶があったのか、考えるだけで頭がくらくらしそうだ。
あの人は明言しなかったが、恐らくリン姉やミスターも相応に力を貸してくれたのだろう。
「けどな……俺が“俺”の子供ってのはかなり無理があるような……」
≪現実的とは言い難いですがありえないとは言い切れませんよ。
あの当時キングは12歳でしたから≫
そう。
現在俺はアラン・ファルコナーの息子と言う事になっているのだ。
アラン・ファルコナーは失踪直前に子供を儲けており、その息子は生後間もなく次元漂流者になった、と。
漂着先はここ、第97管理外世界。
俺を拾った高町夫妻は、赤子の持っていたアラン・ファルコナーの遺品から子供の名をアランと誤認したまま養子に迎えた、と言うのが描かれたシナリオだ。
問題点は2つ。
1つ目はこれだと俺は8歳と言う事になり肉体年齢とのズレが生じてしまう事。
まあ肉体の成長速度はかなり個人差があるので誤魔化せない事もない。
なのは達より年下にされてしまった事も目を瞑ろうと思う。
だが、もう1点が問題だ。
「12歳で子持ちって……俺、どんだけ早熟なんだよ」
以前の“俺”の聞こえが悪すぎる。
これが別人の事ならともかく、実際には俺自身の事なのだからなお更凹めた。
≪キングは元々管理世界の住人としても早熟だったではありませんか。
それに、貴方もこの経歴を承認したでしょう?≫
「それ以外方法がなかったからだろうが」
俺が“俺”としてではなく、自由にあの家に出入りするにはそれ以外の方法がなかったのも事実。
俺の存在はジュエルシード事件でリン姉達が発見し、検査の結果遺伝子が一致。
アラン・ファルコナーの息子である事が判明した事になっている。
俺が生まれ、失踪した事になっている病院にはデータを割り込ませてあると言うのだからどれだけ無茶をしたのかが窺えるだろう。
と言うより父さん達が俺の戸籍を偽造した時以上の犯罪臭がする。
それでいいのか管理局。
≪何はともあれ……っ!? キング、感じましたか?≫
「ああ、結界がいきなり出現しやがった。
妙だな、何か事件が起こってるなんて聞いてないが……」
椅子から立ち上がり、自室の窓を開ける。
方向は海の方だと思われた。
一瞬感じた大きな魔力の胎動、その後も展開されていくそれより小さな、だけど一般的には大きな魔力の動き。
青空を徐々に侵食していくように展開されゆく、数多の結界が見えた。
ばたばたと廊下を走る音の後、俺の部屋のドアが慌しく開け放たれる。
「お兄ちゃん!」
「わかってる。これは──」
『先生! 今どちらにいらっしゃいますか!?』
「いいタイミングだ、クロノ。今は俺の部屋でなのはも一緒にいる」
飛び込んできたなのはを一瞥しつつ、開いた中空ウィンドウに目を向ける。
厳しい表情のクロノは数瞬考え込む様子を見せると、画面内から真っ直ぐに俺を見た。
『先生、“あちらの家”に連絡を取ってみてもらえますか?』
クロノがこうして通信で対象をぼかす以上、該当する一家は1つしかない。
「あの子の家に……? 今あそこは子供が生まれたばかりで大忙しのはずだが」
『こちらで検知された結界は…………ミッドチルダ式の物ではありません』
ガチリ、とピースがはまる。
すぐさま俺の居場所を確認してきた意味がそれでわかった。
ミッドチルダ式ではない。
つまり展開されている結界はベルカ式の術者による物だ。
現在この世界においてベルカ式の使い手は、俺と八神家の一同のみ。
そのメンバー全てが容疑者となる。
「疑いを晴らす為には致し方ないか。クロノ、確認してから折り返す」
『はい。…………すみません、こんなマネをして』
「いいさ、しょぼくれるな。お前はお前のやれる事を最大限やってるよ」
通信を切ってすぐさま繋げ直す。
通信先はもちろん八神家だ。
待ちわびていたのかコールを鳴らす前に向こうが回線を開いた。
画面内の彼女は厳しい表情で俺を見詰めて、
『アラン、これはいったい──』
「説明は後だ、シグナム。今は家だな? 全員揃ってるか?」
『いや……主はやて、ザフィーラ、シャマル、スクライアがリハビリで病院に行っている。
現在は帰路についているとの事なのでシャマルに急いで戻るよう伝えた』
「上等だ。ヴィータとリイン、シルフィは?」
『先程までテレビゲームとやらで3人とも遊んでいた。今は傍にいる』
「よし、4人とも家をでるなよ。戻ってきた奴等も同様だ」
『アラン、何が起きている? 必要なら私達も──』
「家に、いてくれ。現在展開されているのはミッド式の結界じゃねえ。
外に出ればお前等が犯人にされかねないからな」
俺の背後で息を呑む音が聞こえる。
シグナムはじっと俺の目を見ると、しばらくして重々しくわかったと頷いてくれた。
また後で事情を説明すると伝え、通信を切ろうとした所彼女に呼び止められて。
どうしたと問うとシグナムは至極真面目な表情で口を開いた。
『無理は……するなよ』
「ああ、大丈夫さ俺は。サンキュな、シグナム」
口元を微かに歪め笑顔を作って見せると、彼女はそうかと呟き通信を切った。
再び、アースラへと繋ぎなおす。
「クロノ、あちらはほぼシロだ。
4人は家に、残る奴等も病院から戻ってきている途中。
戻ったら家を出ないように指示してある」
『そうですか……ボク達は地球に行けるまでに時間がかかります。それで、先生』
「わかってる。嘱託魔導師としての初仕事、だな?」
『はい……それと、先生にも容疑はかかっています。
発言や行動には充分に注意してください』
「ああ」
心配そうに俺を見るなのはの頭を軽く撫でてやる。
大丈夫だと、伝えてやるように。
クロノはなのはが少し落ち着いたのを見て取ると、ただのクロノから時空管理局執務官へと表情を改めた。
『それでは、嘱託魔導師アラン・F・高町と民間魔導師高町なのはへ指示を下します』
「ああ」「はいっ」
『第97管理外世界極東地区海鳴市上空に発生した結界の調査と術者の特定を。
必要とあれば交戦は許可しますが、その世界が管理外世界である事に充分留意して下さい』
「「了解」」
そろって敬礼をし、バリアジャケットをまとう。
窓から飛び出そうとした瞬間、
『それと……』
「クロノ?」
『……御武運を』
日本式の、相手の無事を祈る言葉に少しだけ笑みが漏れて。
同じく笑顔のなのはと一緒に右拳をモニタに向かって突き出した。
「「まかせろ(まかせて)!」」
認識阻害を組み込んだ飛行魔法はそうそう一般人にばれるものではない。
俺となのはは最大速度一歩手前程度のスピードで現場に到着した。
急いだけど力を使い果たしました、では本末転倒だからだ。
「……結界の数、多いな」
「うん。それに、増えて行ってるよ、お兄ちゃん」
「ああ。本当なら分散した方が調査は早いんだが……」
流石になのはを1人で行動させるのは戸惑う。
何せ今の状況はまったく情報がないのだ。
丸く展開され行く結界たちを外から眺めつつ考える様子を見せると、妹はわかりやすくむくれた顔をした。
1人でも戦えると、そう言いたいらしい。
言葉にしないのは一応今の立場が俺の下位協力者として組み込まれていると理解しているからだろう。
なのはへの命令権は殆ど俺にあるのだ。
不意に、覚えのある魔力に振り向く。
高速と言う程ではないがかなりの速度で飛んできているのは見知った顔だった。
「なのは、アランさん!」
「ユーノ君!?」
「ユーノ、どうしてここに……?」
八神家で待機と伝えた筈だったのだが。
「僕の適性はミッドチルダ式だけですから。容疑者には含まれませんし──」
つい、と彼は結界群を睨み付けて、
「調査結果は僕の得意分野です。
今は少しでも人手が必要でしょう。お買い得だと思いませんか?」
悪戯っ子のような笑顔を俺達に向けた。
そう言う言い方は嫌いじゃない。
まったく、頼りになりすぎるっての。
「ふう……名コンビの復活ってとこだな。なのは、ユーノと一緒に近場の結界を回れ。
俺は沖合いにある奴から回っていく」
「……お兄ちゃん、1人で大丈夫?」
「おいおい、俺の力は信用に値しないか?」
「だって最近、お兄ちゃん怪我してばっかりだもん」
つまりは信用できない、と。
これマジで凹めるなあ……
器用な事に忍び笑いを漏らしている両腕の相棒を睨み付ける。
大体暴走も殆ど治まって、と考えた所ではたと気付いた。
そう言えば龍眼の反動が少なくなった事はまだ誰にも話していなかったか、と。
段取り悪いなあ、俺。
管理外世界にそうそう突発的な事件など舞い込んで来ないと高をくくっていたのが仇となったか。
色々と後回しにしてしまっていた事を悔やみつつ嘆息。
自分の渾名を忘れたわけではないが、日常的に囁かれなくなった分意識が薄くなっていたのかもしれない。
ぱん、と両手で自らの頬を張り、気合を入れると俺は意識的に不敵に見えるよう笑ってみせた。
「なめるなよ、なのは。この程度鼻歌交じりでクリアせんで何が兄貴か」
「でも……」
「それになのはは本格的な調査なんかはした事ないだろう?
ユーノが一緒ならその辺りは問題なくなるしな。
時間が経てばクロノも来る。そしたら大人しく合流するさ」
「なのは、今は時間がない。アランさんを信じよう?」
「………………うん」
ユーノも言葉を重ねてくれた事でようやくなのはは頷いて。
自業自得だが自分の信用のなさに少しばかり涙がちょちょぎれそうだ。
ガツンと両拳を打ち合わせ、俺は身体を返すと2人に向かって片手を挙げた。
「それじゃまた後で、だ。判明した事は随時通信で共有するって事で」
「はい、わかりました」
「お兄ちゃん、気をつけてね!」
「お前等もな!」
ま、2人なら大丈夫だろ。
ギリギリの所で師としての面目を保っているが、なのはとユーノのコンビネーションは俺でも勝利をもぎ取るのが難しい。
今はまだなんとか経験の差で勝ちを拾ってはいるが、
本当、末恐ろしい子供達だよ。
近い内に完敗する日が来るだろう。
そんな事を考えながら、俺は自分のいる位置から最も遠い結界に向かって速度を上げた。
────────interlude
「行っちゃった、ね……」
アランさんが飛んでいった方向を見詰めて呟かれたなのはの言葉。
酷く複雑な感情を含んだそれに、やりづらさを感じながらも声をかける。
すぐ側で増え続ける結界群。
このままこうしているわけにはいかないから。
「なのは、今は……」
「うん、わかってるよ」
振り向いたなのははどこか泣きそうな表情をしていた。
それに僕は内心のみで溜息をつく。
こんなにわかりやすいのに、当の本人とその対象にまったく自覚がないんだもんなあ……
やってられないと思いつつも、2人で連れ立って1番手前の結界に近づいていく。
手をかざしたまま、額の上に指示を出した。
「ミネルヴァ」
≪はいはい。解析してみせますよ、パーフェクトにね≫
「ユーノ君?」
ああ、そうか。
なのはは調査とか初めてなんだっけ。
「まずは結界術式の確定をね。
アランさんの話じゃミッド式じゃないってだけで、どんな術式なのか断定できてなかったから」
「え、でも……私もユーノ君もミッド式だし、正確な解析なんてできないんじゃ……?」
「なのは、先週僕が何をしていたか思い出して」
「あ……」
そう、僕は先週までシルフェルフォルトを生み出しリインフォースを復活させる手助けをしていた。
だからこその解析行為。
ミネルヴァから直接伝えられてくる術式の並びは、ここ最近よく慣れ親しんだ物で。
「うん、やっぱりそうだね」
≪97.8%の確率でベルカ式の結界になります。
パーフェクトではないのがいささか気に入りませんが≫
「あはは、それは仕方ないよ」
「うう……私何もしてない」
すっかり萎れてしまったなのはのピッグツイン。
それを見てわかりやすいなあとこんな状況なのに笑みが零れる。
僕は項垂れてしまった彼女の肩を軽くぽんと叩いて、
「ここからなのはの力が必要になるんだから、そんなに落ち込まないでよ」
「ふえ?」
「結界の中じゃ何があるかわからない。
もしも術者がいたら作戦の要はなのはになるからね」
「でも……ユーノ君、すっごく強いよね?」
「何度か模擬戦をしてみて気付いたんだけどね、僕の能力はやっぱり対人戦向きじゃないんだ。
人に使うにはちょっと威力が強すぎるんだよね」
アランさんのせい、と言うわけでもないんだろう。
アランさんは僕の力を最大限に生かせるようにしてくれただけ。
威力調整が効かないのは僕自身の未熟だ。
元々使えなかったはずの力なわけだし、恨むのはお門違いってやつだろう。
それでももうちょっと使い勝手がよければ、とは思うけど……
その辺りは今後の課題と言う事で。
新しい術式の構築も考えなきゃ、と思った所で思考を元に戻す。
今考えるべき事じゃない事だけは確かだ。
「そんなわけで頼りにしてるよ、“パートナー”」
にかっとアランさんを真似て笑って。
なのはは少し呆けてからぶんぶんと凄い勢いで首を縦に振った。
右拳を突き出して見せると彼女はそれに自分の拳を軽く合わせる。
それから、ふにゃりと表情を緩めた。
「う、うん。よろしくね、ユーノ君!」
≪さて、パーフェクトに準備が整った所で動きましょうか≫
「そうだね。待たせてごめんね、ミネルヴァ」
「ミネルヴァ、なのは、一緒に行こうか」
≪ええ、それでは参りましょう≫
「うん、行こう」
「「≪────戦場へ≫」」
真っ直ぐに、揺るぎなく。
僕達はその闇色の結界へ飛び込んだ。
────────interlude out
「ったく……冗談にしちゃ笑えない類のものだと思わないか?」
≪ええ、同感ですね。しかし今は愚痴よりも言いたい事があります≫
「奇遇だな、俺もだよ、相棒」
それだけの言葉を交わし、俺と相棒は睨み付けるよう前を見据える。
十中八九言いたい事は同じである筈だから。
「≪何故お前が(貴女が)ここにいる(のですか)、シグナム(さん)!!≫」
結界に飛び込んで一番最初に目に入ったのは、俺達にとって見間違いようのない凛とした容姿を持つ烈火の将。
彼女は酷く無表情のまま飛び込んできた俺を見詰めていた。
いつものように厳しいながらも温かみのある色をその瞳に見出す事はできない。
シグナムの魔力光であるラベンダーを基調とした物々しい甲冑に身を包み、ここに来て初めて彼女の愛剣レヴァンティンを俺達へ真っ直ぐに向ける。
「貴様……何者だ? 何故私の名を知っている?」
「おいおい、本気で言ってるのか?
大体さっき通信でお前等は家から出ないように指示して──」
はたと、違和感に気付いた。
シグナムは見た目通りの厳格な騎士だ。
そして一応俺は彼女からそれなりの信頼を得ていると言う自負がある。
その彼女が俺の指示を一切無視し、あまつさえ刃を向ける等と言う事がありえるのだろうか。
阿呆か……考えるまでもないだろ。
だからこそ、わからない。
目の前に立つ女性はいったい何者なのか。
見た目は俺の知るシグナムとほぼ同一だ。
差異は彼女が闇の書の闇を攻略する時に来ていた実戦仕様の甲冑を着込んでいる事のみ。
はやてから贈られた、あの騎士甲冑ではなく、だ。
そもそも主であるはやての贈り物を無碍にするなど、普段のシグナムを考えればありえない。
「ふん……今度は今度はだんまりか?
まあいい、貴様が何者だろうと、例え管理局だろうと、私のなすべき事には関係がなかったか」
「お前……誰だ?」
俺の知るシグナムはこんな物言いをしない。
彼女は確かに表面上厳しいが、身内への情に厚く心優しい騎士だ。
ならこのシグナムは、俺の知るシグナムとは別人と言う事になる。
マジかよ……勘弁してくれ。
「ここで倒れる貴様には関係のない事だ」
「そうかい、そんなに急いでどこに行く気なんだか」
「さて、な……目覚めたばかりなのか何なのか……どうも、よく覚えていない」
「なら──」
「だが、なすべき事があるのはわかる。我が友や同胞達も……泣いている」
リインフォースやヴィータ達の事か。
彼女達は今八神家にいる。
どうも、このシグナムが認識している時間と俺の知る時間は別物らしい。
もしかしたら彼女は、まだ闇の書が闇の書であった時代、起動させられたばかりのままの時間に置き去りにされているのかもしれない。
「……やるべき事は、変わらんか」
≪そのようですね、キング≫
構える。
ドラッケンはいつもの如くナックルフォーム。
俺の戦意を受け取った為か、元々厳しかったシグナムに良く似た人物──ああもう面倒だからシグナム(偽)でいいや──シグナム(偽)の目元が更に鋭く細められた。
「……最後通牒だ、シグナム。止まっては、くれないか?
お前の友も同胞も、そして主も、今は何事もなく暮らせてるんだ」
「貴様の言が正しいと証明されるわけでもない。私が止まる理由にはならんな」
「…………残念だ。ならば力ずくでも止めさせてもらおう」
深呼吸を1つ。
シグナム(偽)が愛剣を構えた。
張り詰める空気と発される闘気。
切り替えろ、アレは……敵だ!
「ならば貴様を倒して押し通る!」
≪キング、来ますよ!!≫
「レヴァンティン!」
≪sturmwinde≫
袈裟に振りぬかれるレヴァンティンから発される衝撃波を身をよじってかわす。
普段は誘導弾の撃墜にしか使っていなかった筈だが、あれはきちんと攻撃にも使える物だったらしい。
シグナム(偽)が俺の知るシグナムとは別人と気付いたときから覚悟はしていたので、余裕を持って避ける事ができた。
こう言う時ばかりは普段からシグナムと手合わせしまくっていた事に感謝する。
おかげであちらの癖は丸見えだ。
シグナム(偽)の左肩が僅かに沈む。
それを見て身体を半身にずらすと、先程まで俺がいた場所をレヴァンティンが貫いていて。
そのまま状態をそらしサマーソルトもどきをお見舞い。
これは余裕の表情で左手にガードされた。
ここっ!
右足がシグナム(偽)の左手に当たった瞬間、左足で彼女の手を蹴った。
一瞬のみだが足場を得て加速。
俺とシグナム(偽)の間に距離が開く。
「なあ、あの間合い冷や冷やするんだが……」
≪あのシグナムさんを相手に近接戦を挑む馬鹿は貴方ぐらいのものですよ、キング≫
そりゃそうだ。
なにせ相手は生粋の騎士だからな。
俺も慣れてなきゃできないって。
やはり、強い。
しかし、強いがどこか違和感を覚えるのは気のせいなのだろうか。
≪それで、距離を開けてどうするおつもりですか? 時間を取ればアレがきますよ≫
「んなこたあよく知ってるよ。どれだけアレに苦しめられた事か」
シグナム(偽)が愛剣を掲げる。
きっと奴はアレを出すつもりだ。
中距離でも届く彼女の剣、そう、連結刃を。
本当は俺、シグナムとの相性悪いんだよな……遠目からでかい魔力砲撃でズドン、が一番楽なんだが……
「出し惜しみはなしだ。やるぞ、ドラッケン!」
≪お断りします≫
「はあっ!?」
呆けた瞬間、蛇腹状になったレヴァンティンが飛んできて。
危ねっ、今前髪掠ったぞ!?
ギリギリのタイミングで上体を逸らしながら俺は手元の相棒に抗議した。
「おいドラッケン! どう言うつもりだ!?」
≪どうもこうもありませんよ。
最近ずっと思っていた事ではあるんですが、キングはアレに頼りすぎです≫
「何がっ……言いたい!」
迫る、迫る、迫る。
避ける、避ける、避ける。
まるで一瞬の間隙を突く舞を踊るかのように逃げ回りながら、会話だけは続いていく。
≪はっきり言いましょう、今の貴方は弱い≫
「なっ!?」
≪新たに得た力に引き摺られてしまっているんですよ、キングは。
らしくないんじゃありませんか?≫
「俺らしいって……なんだよっ!!」
目前に迫った刃を左手の甲で弾き飛ばす。
同時、自由になった刃先が俺の首元を狙うがダッキングして避けた。
シグナム(偽)は埒が明かないと思ったのか、縦横無尽に空間を暴れまわっていた刃を戻し、剣状に直したレヴァンティンを握ったまま距離を詰めてくる。
≪私は貴方に作られ、貴方のデバイスである事を最初から決められていました。
しかし、忘れないでください、キング。
私はたった1つしかない選択肢から、貴方の牙であり続ける事を選択したんです≫
「ドラッケン、お前……」
≪貴方は私が認め仕える事を望んだ王なんです……お願いですから失望させないでください≫
……勝手すぎるよ、お前。
は、と息が止まる。
シグナム(偽)はもうすぐ間合いに入る所まで来ていた。
なのに俺は動けないままで。
≪思い出してください、キング。貴方……信条はいったいなんでしたか?≫
「覚悟!!」
振りかぶられるレヴァンティン。
高速のそれを避ける術は、動きを止めてしまった俺にはなくて。
脳内を巡るのは長年の相棒の言葉。
そして大事な妹達の笑顔。
ただ1つ、胸の底から湧き上がるように溢れてくるのは揺るぎない想い。
死ねない!
俺は……こんな所で死んでなんかやれないんだ!!
ガチリとピースがはまる音がする。
コマ送りの世界の中、レヴァンティンが描く美しい軌跡を他人事のように見詰めて。
だと言うのに口は確かに、力ある言葉を紡いだ。
「……セットアップ」
≪stand by ready ... set up≫
響くのは金属のぶつかり合う甲高い音。
シグナム(偽)はそれを見て丸く目を見開いた。
果たして驚いたのは絶対と思っていた攻撃が受け止められた事か、はたまた俺の手に握られた日本刀によるものか。
知ったこっちゃねえな!
鍔迫り合いをする剣と刀に目もくれず、右のハイキック。
奴は左手でガードするとたたらを踏んだ。
そこまで見届け、俺は深い息をつく。
「らしくない、か……ああ、確かにそうだな。
俺は本当に大事な事を忘れかけていた」
「貴様……剣士だったのか? 道理でぎこちない動きをしていたわけだ」
「その疑問に答えるならNOだよ、シグナム」
ぎこちない、そう評されてしまう程に今の俺は鈍っているらしい。
俺は剣を使う者ではない。
ましてや典型的な魔導師と言うわけでもない。
戸惑う奴に構う事なく、ただ一言相棒に指示を出す。
「ドラッケン、足場を」
≪了解です≫
≪armor form≫
たったのそれだけで、相棒達は俺の意図を汲んでくれて。
身に纏うのは銀の軽甲冑。
飛び出したのは2つのビット。
ビット達はまるで出番が来た事を喜ぶかのように俺の周囲を飛び回る。
それを確認してから目の前で戸惑う彼女を睨み付け、それから不敵に笑って見せた。
「俺が何者かを知りたがっていたな」
「ああ……だが今はそれも関係ないと言ったはずだ。
私は行かねばならないのだから」
「そうもいかないからな、もう少し付き合っていけよ、シグナム」
返すシグナム(偽)は、不動。
その姿は硬い鋼を思わせ、同時に脆く見えた。
違和感があるはずだよ……俺の知るシグナムとは全然一刀の重さが違う。
それはきっと目前の彼女が得ていない時間による物なのだろう。
彼女には将としての義務感はあるが、肝心のはやてを護りたいと言う自主的な重みがない。
だからこそ腑抜けた俺でも戦ってこれた。
彼女が再び剣を構えるに合わせ、俺も構える。
腰を落とし、身を半身に。
それは格闘家の最も基本的な構え。
「はああああああああっ」
裂ぱくの気合と共に奴が襲い掛かってくる。
それが妙に遠い出来事に感じられて。
本当に、俺は馬鹿だ。
こんな大切な事を忘れていたなんて。
シグナム(偽)の踏み込みと同時、ビットから展開される足場に思い切り踏み込む。
下半身のバネを最大限に利かせて、俺は空中で地面を這うように、前へ。
「────アラン・F・高町、魔法使い、参る!!」
そうだ、俺は魔法使いだ。
だからこの程度の障害は、鼻歌交じりに乗り越えなきゃいけねえんだよ!